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第41話 病室にて

 目が覚めた時、最初に見えたのは白い天井だった。


 病院の天井。

 それだけは、すぐに分かった。


 体には薄い掛け布団。


「……よく寝たな」


 なんだか体調がいい。

 

「夏」


 すぐ横から声がした。


 顔を向けると、小蓮が椅子に座っていた。

 目元が少し赤い。


「小蓮……」


「起きた?」


「ああ……」


「体調は?」


 いつもの言い方だった。

 でも、その声は少し震えていた。


 俺はゆっくり瞬きをする。

 記憶が、ところどころ抜けている。


 川沿いの倉庫。

 北海。

 桃色の小瓶。

 小蓮の震えた手。


 そこまでは覚えている。

 でも、その後が曖昧だった。


「俺……どうなった?」


 小蓮は少しだけ唇を結んだ。


「夏が、薬を飲んじゃった」


「……覚えてる」


 小瓶が飛んできた。

 口に入った。

 飲んだ。


「それから?」


「ちょっとだけ横になるって、ベッドに」


「……寝たのか」


「寝てない」


「寝てないのか?」


「ベッドに横になった後も動いてた」


「全然覚えてない。ごめん」


「謝るところ、そこじゃない」


 小蓮は少しだけ怒った顔をした。

 けれどすぐに、泣きそうな顔に戻る。


「本当に怖かったんだから」


「……悪い」


「北海たちが、僕を……」


 そこで小蓮の言葉が止まった。

 俺は布団の中で拳を握る。


「何かされたのか?」


「されてない」


 小蓮はすぐに答えた。


「何もされてないよ。夏が止めてくれた」


「俺が?」


「うん」


 小蓮は小さく頷く。


「……何したんだ、俺」


 嫌な予感しかしない。


 小蓮は一瞬だけ迷った顔をした。

 それから、少しだけ視線を逸らす。


「警察の人が、ビデオカメラの映像を確認したって」


「ビデオカメラ……」


 そうだ。


 衝立が倒れた。

 その向こうに三脚。

 赤い光。


「録ってたのか」


「うん。あいつらが用意してたみたい」


 その意味を考えて、胸の奥が冷たくなる。


「……最低だな」


「うん」


 小蓮は膝の上で両手を握った。


「でも、その映像が証拠になったって。北海が喋ったことも、薬を出したところも、全部映ってたみたい」


「そうか……」


 息を吐く。


 あのカメラが、結果的に証拠になったってことか。


「それで、俺は?」


「夏は……」


 小蓮が少しだけ困ったような顔をした。


「薬でふらふらになりながら、四人とも倒した」


「……は? 俺が」


 思わず間抜けな声が出た。


「うん」


「どうやって?」


「それは……」


 小蓮は、今度こそはっきり視線を逸らした。


「なんだよ」


「言っていいのかなって」


「怖いんだけど」


「怖くはない……と思う。たぶん」


「教えてくれ。何があった」


 小蓮は小さく息を吸った。


「まず、夏がベッドに横になったでしょ」


「ああ」


「ベッドの照明が紫色になって、音楽が聞こえてきた」


「あそこの照明は普通だったよな。音楽ってどんな?」


「なんか怪しい音楽。色っぽいっていうか、そんな感じ」


「それで? 俺がベッドでどうした」


「そこに無精髭の男が近づいてきたら、夏の足が跳ね上がって、その人の顎に当たった」


「……寝てたのに?」


「起きてたと思うよ」


「全然覚えてない」


「その後、二人が左右から夏を押さえようとしたんだけど、夏がガバって足を広げて、二人の頭をぶつけた」


「……」


「それで二人倒れた」


「……何だそれ」


「私も見てて思った」


 小蓮は少しだけ口元を押さえた。

 泣きそうだった顔が、少しだけ変な表情になる。


 笑いをこらえている。


「笑うなよ」


「ごめん。でも……ちょっと……」


 小蓮は咳払いをして、表情を戻す。


「それで、北海が夏に近づいたら、夏が足で挟んで動けなくした」


「足で?」


「うん」


「俺、何してるんだ」


「私も分からない」


 小蓮は即答した。


 俺は天井を見上げる。


 記憶がない。

 でも、やったのは俺らしい。


 薬のせいなのか。

 ジョブのせいなのか。

 両方なのか。


 考えても分からない。


「それで警察が来たのか?」


「うん。六華が通報して一緒に来てくれてた」


 小蓮は端末を見下ろす。


「僕が六華に連絡してた。それで六華が、警察にもギルド協会にも連絡した」


「北海は?」


「警察に連れて行かれた」


「そうか」


 ほっとした。

 同時に、腹の奥がまだ冷たい。

 六華達が来てくれなかったら、小蓮がどんな目にあっていたか。


「結局、何の薬だったんだ?」


 小蓮の顔が少し曇る。


「ヴィーナス・ドロップっていう、禁制薬だったって」


「……禁制薬」


「詳しいことは、お医者さんも警察の人も、僕にはあまり言わなかった。でも、治療薬じゃないって。それだけは言ってた」


「そうか」


 喉の奥が乾く。

 きっと碌でもない薬だったんだろうな。

 俺が飲んだせいで、小蓮は飲まされずに済んだ。


 でも、それは偶然だ。

 あまりにも馬鹿みたいな偶然。


「夏」


「何」


「ありがとう」


 小蓮が、まっすぐこっちを見る。


「助けてくれて」


「……俺は、薬を飲んで寝てただけだろ」


「違う」


 小蓮の声が少し強くなる。


「夏は、ずっと僕の前にいた。薬を飲んでも、意識がぼんやりしてても、ずっと僕を見てた」


「……」


「怖かったけど、夏に守られた」


 その言葉で、胸の奥が詰まる。


 守れたのか。

 少なくとも、今回は。


 そう思った瞬間、ようやく体から少し力が抜けた。


「小蓮が無事なら、それでいい。六華にもお礼言わないとな」


 小蓮が少しだけ笑った。


 その笑い方を見て、俺はようやく、小蓮が無事だったんだと思えた。

 それだけで十分だった。


 俺はもう一度、白い天井を見上げて、小さく息を吐いた。

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