第40話 ちょっとだけ よ
俺と小蓮を取り囲むように三人が近づいてくる。
前には北海。
左右には白衣の男たち。
逃げ道が、じわじわと狭くなっていく。
「小蓮、俺の後ろにいろ」
「う、うん……」
小蓮の声が震えている。
袖を掴む指にも、力がこもっていた。
北海は小瓶を持ったまま、ゆっくりこちらへ近づいてくる。
淡い桃色の液体が、ベッドの上の照明を受けて、ぬめるように揺れた。
「怖がらなくていいって。薬だよ、薬」
「……それ、リカバリードラフトなのか」
俺が聞くと、北海は笑った。
「それより、もっといい薬だよ」
小蓮が俺の背中の後ろで、さらに身を縮めた。
「小蓮には飲ませない」
俺は北海を睨む。
北海の笑みが少しだけ消えた。
「羽賀登野。お前、状況分かってる?」
「分かってるよ。これ以上近づくな」
俺は小蓮を庇うように一歩前へ出る。
大柄な男が鼻で笑った。
「威勢だけはいいな」
細身の男が横へ回る。
無精ひげの男が、こちらへ近づいてきた。
まずい。
「小蓮、隙があったら扉まで走れ」
「でも、夏は」
「いいから」
小蓮が何か言いかけた、その時。
「はい、そこまで」
無精ひげの男が一気に踏み込んできた。
速い。
「あんたら、ただの職員じゃないな」
覚醒者か。
腕が伸びる。
俺の肩を掴みにくる。
(避け――)
避けようとした時、足がなぜか床の上で滑った。
「うわっ!?」
俺の体は、情けないくらい派手に横へ流れた。
「おっと」
無精ひげの男が、反射的に俺の腕を掴む。
捕まった。
そう思った瞬間、俺の体はその男の腕に引っ張られる形で、さらに勢いを増した。
「ちょ、待っ――」
「おい、暴れんな!」
暴れているつもりはないが、体が流される。
その拍子に衝立が倒れる。
衝立の先には、三脚の上にビデオカメラがあって、小さい赤い光が点灯していた。
俺と無精ひげの男は絡まるように横へ流れ、そのまま細身の男の方へ突っ込んだ。
ドンッ!
細身の男が目を見開く。
俺の肩が、細身の男の胸にぶつかった。
その衝撃で細身の男がよろける。
「ぐっ、お前――!」
細身の男の肘が、ちょうど北海の腕に当たった。
「っ!」
北海の手が跳ねる。
小瓶が、指先から離れた。
淡い桃色の液体が入った小瓶が、空中でくるりと回る。
時間が、そこだけ遅くなったように見えた。
「薬を――!」
北海の声が響く。
大柄な男が手を伸ばす。
その手が、落ちかけていた小瓶の軌道に入る。
カンッ!
小瓶は男の手に当たって跳ねた。
「ちっ!」
小瓶はまた斜めに弾かれて、空中で回る。
「取れ!」
北海が叫ぶ。
俺を捕まえていた男、が反射的に手を伸ばす。
けれど、小瓶はその指先をすり抜けた。
そして、その薬は――
開けていた俺の口にはまった。
スポッ!!
「ゴクリ」
一瞬、全員の動きが止まった。
俺は謎の薬を飲み干してしまった。
北海の顔から、完全に笑みが消えていた。
「ふざけんな……。なんでお前が飲むんだよ」
北海の後ろでは、三人の男が互いに顔を見合わせていた。
「どうする?」
「予定変更だ。兄貴は縛っておけ」
「了解。別にやることは変わらないからな」
なんの薬かわからないけど、碌でもない薬だったのは間違いない。 でも、これで小蓮には飲ませることはできない。
「もう、好きなようにさせねえ」
そうは言ったものの、俺の体がなんだかおかしい。
体が熱い。
俺は普通に立っているつもりだった。
でも、床が揺れている。
天井も揺れている。
北海の顔も、二つに見える。
「小蓮……」
「夏!」
目の前に、ライトに照らされた処置室のベッドがあった。
それがちょうどいい場所に見えた。
小蓮が肩を掴む。
「夏、大丈夫?」
「体が熱くて……、眠い……」
体がもう言うことを聞かなかった。
ちょっとだけ横になりたかった。
「ちょっとだけ、よ……」
俺はベッドに横になる。
冷たいシーツの感触が背中に触れた。
見える景色が紫色になって、音楽が聞こえた気がした。
そこで俺の意識は途絶えた。
◇
【押収映像記録】 川北ギルド資材管理棟地下
映像は、処置室の斜め奥から部屋全体を映していた。
薄暗い部屋の中で、中央に置かれたベッドだけが照らされていた。
スポッ!!
「ゴクリ」
一瞬、全員の動きが止まった。
「ふざけるな……なんでお前が飲むんだよ」
そう言った男の後ろでは、三人の男が互いに顔を見合わせていた。
「どうする?」
「予定変更だ。兄貴は縛っておけ」
「了解。別にやることは変わらないからな」
白髪の男がふらふらになりながらベッドに近づく。
「ちょっとだけ よ……」
変に高い声だった。
明らかに意識がはっきりしていない様子。
ベッドに白髪の男が横たわった瞬間、照明が紫色に変わる。どこからか怪しい音楽が流れてきた。
ベッドに横になった男の襟が大きく広がり、肩が露わになる。
無精ひげの男が、少女へ向かって一歩踏み出す。
「兄貴をどかして、それから妹だ」
無精髭の男が手を伸ばし、ベッドの横にきた時、白髪の男の足が大きく上がった。
「あがっ!」
足先が男の顎を打ち、男はその場で仰け反って倒れた。
それを見ていた、大柄な男と細身の男が左右からベッドに飛び掛かる。
白髪の男が大きく左右に足をV字に広げ、男たちをその足で挟むように引き寄せた。引き寄せられた、男たちはお互いの頭をぶつけ合い、ベッドの下にずり落ちた。
「ばかとの。お前、なんなんだ。全部台無しじゃねえか」
若い男が叫びながら、ベッドの男に殴りかかろうと手を振り上げる。
「あんた・・、も・すき・・・・・・ねえ」
ベッドの男はそう呟くと、殴りかかってきた男を足で挟んで締め上げた。
その時、外から複数の足音が接近する。
直後、大きな音と共に警官が、部屋に入ってきた。
「警察だ。みんな動くな」




