第37話 月光草の相談
ギルド本部のロビーで、俺は真宮寺さんと向かい合って座っていた。
「羽賀登野さん。父が、前回の月光草はウチで使わせてもらいたいと言っています」
「……」
すぐには返事ができなかった。
「小蓮のため……」
喉の奥まで、その言葉が出かかった。
月光草は、俺が駄目した。
自分の足で。
あれさえあれば……。
それに、真宮寺さんの顔を見ると言えなかった。彼女も、楽な顔をしていなかったからだ。
「すでにリカバリードラフトをギルド協会に依頼しています」
真宮寺さんはまっすぐ俺を見ていた。
「それで……俺にどうしてほしいの」
自分で思ったより、声が低くなった。
真宮寺さんの指が、膝の上で小さく動く。
「羽賀登野さんには、納得してもらいたいです」
「……」
「もちろん、一方的に譲ってほしいと言うつもりはありません」
真宮寺さんはそこで一度、息を整えた。
「父は、次を必ず探すと言っています。真宮寺家の情報網を使って、できる限り早く見つけます」
「次……」
「はい。月光草でもリカバリードラフトでも、見つけた場合は、優先的に羽賀登野さんへ渡します。調薬費用、必要な手続きはすべて真宮寺家が負担します」
思わず、言葉が詰まった。
条件としては、悪くない。悪くないどころか、普通ならあり得ないくらいの話だ。
月光草の探索。
素材の確保。
リカバリードラフトへの調薬。
それを全部、真宮寺家が負担する。
俺一人でどうにかできる話じゃない。
でも――。
「必ずって言っても、見つからない可能性も時間がかかる場合もあるんだよな」
そう言うと、真宮寺さんは少しだけ唇を結んだ。
「あります」
嘘は言わなかった。
「月光草は、探せば必ず見つかるものではありません。2回も見つけられたこと自体、かなり運が良かったのだと思います」
「……だよな」
「だから、これは約束であって、保証ではありません」
静かな声だった。
その正直さが、少しだけ胸に刺さる。
「それでも、父は探します。私も探します」
真宮寺さんは、そこで少しだけ目を伏せた。
「今日、二株目を失ったのは……羽賀登野さんだけのせいではありません。あの状況で全員が生きて帰れたことの方が、大きいです」
「でも、踏んだのは……」
「それでもです」
はっきり言われた。
「私は、あの時助けられました。羽賀登野さんが前に出なければ、パーティが全滅していたかもしれません。結果だけ見れば月光草は失いました。でも、その前に全員の命が助かりました」
「……」
「だから、感謝することはあれど、責めることはありません」
俺は膝の上で拳を握る。
ロビーのざわめきが、少し遠くなる。
探索者たちの声。
受付端末の案内音。
誰かが歩く足音。
全部が、今だけぼやけて聞こえた。
俺は目を閉じる。
小蓮の顔が浮かぶ。
リビングのソファに座って、少し薄い顔色で笑っていた小蓮。
俺が探索者になることを、無理に止めなかった小蓮。
それから、真宮寺さんの顔。
潰れた月光草を見ても、俺を責めなかった顔。
どっちも、家族のためだ。
こんなの、どっちかを選ぶ話じゃないはずなのに。
「……分かった」
真宮寺さんが、少しだけ目を見開く。
「納得したわけじゃないけど」
正直に言った。
「小蓮の薬は欲しい。今すぐ欲しい。でも、真宮寺さんのお母さんも同じなんだろ」
「……はい」
「だったら、今ここで取り合っても仕方ない」
俺は小さく息を吐く。
「ただ、約束はしてほしい」
「はい」
「次の月光草が見つかったら、小蓮のために使わせてくれ。調薬まで手伝ってくれるなら、俺はその分、ちゃんと返す」
「返す必要はありません」
真宮寺さんは首を横に振った。
「今回、こちらが先に使わせてもらうんです。次を探すのは、真宮寺家の責任です」
「でも――」
「それに」
真宮寺さんは少しだけ表情をやわらげた。
「羽賀登野さんがいなければ、最初の月光草も見つけられなかったかもしれません」
「……そんなことは」
「あります」
きっぱり言われる。
「だから、次は私たちが探します。見つけた時は、必ず羽賀登野さんに渡します」
その声は静かだった。
俺はしばらく黙ってから、小さく頷いた。
「分かった。真宮寺さんのお母さんに使ってくれ」
真宮寺さんは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「頭、下げなくていいよ」
真宮寺さんは顔を上げ、端末を取り出した。
「父に連絡します」
「ああ」
俺は頷いた。
真宮寺さんが端末を操作する。
数秒後、画面に通話中の表示が出た。
「真里亞か」
低く、落ち着いた男の声が聞こえた。
「はい。羽賀登野さんに、了承していただきました」
一拍、沈黙があった。
端末の向こうで、男の人が息を吐く気配がした。
真宮寺さんが俺を見る。
「はい。代わりますか?」
端末を差し出される。
急に言われても困る。
相手は真宮寺さんの父親だ。
つまり、真宮寺家の当主みたいな人なんだろう。
俺は少しだけ背筋を伸ばして、端末を受け取った。
「……羽賀登野です」
「真宮寺真征です。突然すまない」
落ち着いている声だった。
「まずは、礼を言わせてほしい。月光草の件、本当に感謝する」
「いえ……俺は」
言いかけて、言葉が止まる。
俺は二株目を駄目にした。
礼を言われるようなことをしたのか、分からない。
けれど、端末の向こうの声は静かに続いた。
「真里亞から聞いている。君は何度も、あの子の前に出たそうだな」
「……体が勝手に動いただけです」
「それでも、動ける人間は少ない」
短い言葉だった。
でも、変に持ち上げる感じではなかった。
「君がいなければ、真里亞は無事ではなかったかもしれない。月光草のことだけでなく、そのことにも礼を言いたい」
「……」
返す言葉が見つからなかった。
真宮寺さんは隣で黙っている。
少しだけ視線を落としていた。
「月光草は、こちらで使わせてもらう。これは、私の判断だ」
穏やかな声だった。
「君の妹さんに必要だと分かった上で、こう頼んでいる。だから、綺麗事を言うつもりはない。こちらの都合を優先させてもらうことになる」
「……はい」
「その代わり、次の月光草は必ず探す。真宮寺家の名にかけて、できる限りの手を尽くす」
「必ず、ですか」
「見つかると保証することはできない。だが、探すことは約束する。見つけた場合は、君の妹さんを最優先にする。調薬費用も、手続きも、こちらで負担する」
真宮寺さんが言ったことと同じだった。
でも、父親本人の声で聞くと、その重さが少し違った。
「君にとって、納得しきれる話ではないと思う」
「……そうですね」
思わず本音が出た。
端末の向こうで、真征さんは少しだけ黙った。
怒るでもなく、急かすでもなく。
「それでいい。簡単に納得できる話ではない」
その言葉に、少しだけ息が詰まった。
「だが、それでも譲ってくれるというなら、真宮寺家はその恩を忘れない。君の妹さんのことも、こちらで可能な範囲で調べさせてもらう。もちろん、君とご家族の許可があれば、だが」
「小蓮のことを?」
「ああ。リカバリードラフト以外に、今すぐできる処置や薬がないかも含めて確認する。医師の紹介もできる」
思わず、端末を握る手に力が入った。
それは、俺一人では届かない話だった。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ」
真征さんの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
納得したわけじゃない。
悔しくないわけでもない。
それでも、決めた。
今ある一株は、真宮寺さんのお母さんへ。
次の一株は、小蓮へ。




