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第36話 2回目の依頼報酬

 門をくぐった瞬間、空気が変わった。


「……戻ってきた」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 探索者ギルド協会本部の帰還口。

 淡い白い照明の下で、職員たちが慌ただしく動いている。


 ほかのパーティーも、ちらほら戻ってきていた。


 けれど、俺たち第8パーティーの様子を見た瞬間、近くにいた職員の顔色が変わった。


「第8パーティー、帰還確認。だいぶ疲れているようですが、大丈夫ですか」


 その言葉で、ようやく全員が本当に消耗しているんだと分かる。


 太野川も、脛比も、骨田も、ブラックウルフにやられたせいかフラフラだった。

 

 真宮寺さんだって平然として見えるだけで、呼吸が乱れていた。


 異世界から帰ってくると、どんなに怪我をしていても、全て治っている。


 ただ、異世界でのダメージは、精神的な疲労や倦怠感として残る。


 俺は少し疲れていたが、他の四人に比べればしっかりした足取りだと思う。


 しかし、思い出すのは最後のあれだ。


 月光草。


 あの白い光。

 足の裏に伝わった、柔らかい感触。


 せっかく見つけたのに。

 せっかく、あと少しだったのに。


「羽賀登野さん」


 優しい声に、顔を上げる。


 真宮寺さんがこっちを見ていた。

 その目だけはいつも通りまっすぐだった。


「先に報告を済ませましょう」

「……ああ」



 第8パーティーは、そのまま小会議室に通された。


 昨日と同じ部屋だった。

 でも空気はまるで違う。


 長机の向こうには、若い職員が二人。それに加えて、今日は年配の職員まで同席していた。

 

 おそらく、帰還時の状態を見て呼ばれたんだろう。


「まず確認します」


 若い職員が端末を見ながら言う。


「依頼内容は、ゴクシ岩場でのブラックオニキス採取。目標数は三個です。第8パーティーの帰還は全員確認。門外追放者はなし。ここまではよろしいですね」


「はい」


 真宮寺さんが答える。


「では、依頼品の提出をお願いします」


 太野川が腰のケースを机に置く。

 骨田も無言でケースを差し出した。

 職員が中身を一つずつ確認していく。


「……一、二、三、四、五、六、七」


 そこで、職員の手が止まった。


「七個?」

 若い職員が顔を上げる。


 もう一人の職員も、ケースの中を覗き込む。


「目標数は三個のはずですが」

「ロックモールが通った跡から、多く採れたので」


 真宮寺さんが簡潔に答える。


 年配の職員が眉を上げた。


「七個は新人パーティーとしては多いですね。しかも、いくつかは中程度どころか高品質に近い」


「マジ?」


 脛比が思わず顔を上げる。


 ブラックオニキス七個。

 数字だけ見ればかなりの成果だ。

 昨日の太野川たちなら、大騒ぎしていたと思う。


 なのに今は違う。月光草のことが、全員の頭のどこかに残っているからだろうか。


 少なくとも俺は、素直に喜ぶ気になれなかった。


 若い職員が端末を操作しながら続ける。


「ですが、帰還時の皆さんの状態を見ると、通常の採取任務とは思えません。確認対象モンスターはグレイウルフとロックモールでしたが、何がありましたか」


 そこで、部屋の空気が少しだけ変わった。


 太野川たちが顔を見合わせる。

 脛比が口を開きかけて、閉じる。

 骨田も視線を泳がせた。


 結局、最初に話したのは真宮寺さんだった。


「ロックモール三体と交戦しました。その後、ブラックオニキスを採取中に月――」


 一瞬だけ言葉が止まる。

 でも、真宮寺さんはすぐに言い直した。


「……さらに奥で、グレイウルフの群れと遭遇しました」

「群れ?」

「はい。少なくとも六体」


 若い職員の顔色が変わる。


「六体?」


「加えて、ブラックウルフ一体を確認しました」


 その一言で、今度は年配の職員まで黙った。


「ブラックウルフ?」


「はい」


「グレイウルフの上位個体の、ですか」


「そうです」


 部屋が、しんと静まる。

 端末を打つ音まで止まった。


 若い職員が乾いた声で言う。


「確認します。新人パーティーが、ゴクシ岩場でブラックウルフと遭遇し、交戦のうえ帰還した、と?」


「そうなります」

 

 真宮寺さんが答える。


「討伐したのか?」

 年配の職員が低く問う。


 一瞬、誰も答えなかった。


 太野川が俺を見る。

 脛比も、骨田も。

 それから真宮寺さんが、わずかにこちらへ視線を寄こした。


「……討伐しました」

 真宮寺さんが言う。


「第8パーティーで、です」


 若い職員が思わず椅子から少し浮いた。


「本当に?」


「記録動画を確認していただければ分かります」


 年配の職員が、ゆっくり息を吐いた。


「……分かりました。映像は後ほど確認します。第8パーティーは報酬は、依頼達成で一人二万円。ブラックオニキスが7個ですが、高品質近いので八十万。計一人十八万円の均等報酬になります。これからすぐに振り込みます」


「一人十八万!!」


 太野川が顔を上げる。

 急に三人の顔が明るくなった。


「すごい! 1日で十八万円」

「何に使う?」


 脛比が身を乗り出すように言った。


「そりゃ装備だろ。もっといいやつ買えるじゃん」


 太野川はもう腕を組んで、完全に考え込んでいた。


「ワンドを新調したいけど、今日の報酬でも少し足りないか」

 

 骨田も腕を組んだ。

 


「ロングソードの強化だな。あと、レザーアーマーも買い替える。今日のブラックウルフ相手だと、今の装備じゃ全然足りねぇ」


「お、剛がちゃんと反省してる」


「うるせぇ。でも、金があるなら強くなる方に使うだろ」


 三人の声が、急に明るくなる。


 ちょっと前にブラックウルフに吹き飛ばされていたのに。


 報酬の数字を聞いた瞬間、部屋の空気が三人の周りだけ変わった。


「十八万かぁ。やばいな」

 脛比がにやける。


「これ、毎回こんな感じなら探索者最高じゃん」


「毎回ブラックウルフ出てきたら死ぬけどね」

 骨田が言う。


「それは勘弁」

「でもさ、今日の成果、普通にすごくない?」

「すごいでしょ。ブラックオニキス七個だよ。しかも高品質近いって」


 骨田は腕輪の画面を見ながら、何度も報酬欄を確認している。


「十八万……十八万……」

「何回見るんだよ」


 太野川が鼻で笑う。


「でも、まあ……悪くねぇな」


「悪くないどころじゃないって」


 脛比が椅子の背にもたれながら笑う。


「先月まで学生だったのに、いきなり十八万だよ?」


「しかも一日で」

 骨田が続ける。


 三人は完全に浮かれていた。


 はしゃぐ三人の無視するように、若い職員が言った。


「ブラックウルフをどうやって討伐したか、動画で確認します。あと次回の依頼の後にレベルの確認をして、10以上ならランクアップします」


 職員の言い方は事務的だった。

 でも、それだけ異常な成果だということなんだろう。


 どこか他人事のようにその話を聞きながら、まだ言えずにいた。


 月光草のことを。


 見つけたことも。そして、俺が踏んだことも。


 その時だった。


「それと」


 真宮寺さんが静かに口を開く。


 心臓が跳ねる。


「岩場のさらに奥で、月光草を確認しました」

「……!」


 思わず顔を上げる。


 職員たちの目が、また変わる。


「確認したのか?」

「はい」


「採取は?」


 年配の職員の問いに、真宮寺さんはほんの少しだけ間を置いた。


「失敗しました」

 静かな声だった。


「ブラックウルフとの交戦中に損傷し、使用不能です」


 部屋の空気がまた静まる。


 俺は何も言えなかった。

 真宮寺さんは、俺の名前を出さなかった。


 年配の職員が低く唸るように言う。


「……そうか」

 それだけだった。


 責める言葉も、慰めもない。

 ただ、記録されるだけの失敗。


 若い職員が端末を閉じる。


「本日のところは以上です。第8パーティーは、明日から二日間休養としてください。追加確認が必要な場合は後ほど連絡します」


「はい」

 真宮寺さんが答える。


 椅子が引かれる。

 報告は終わった。


 ブラックオニキス七個。

 ブラックウルフ討伐。

 月光草の損失。


 部屋を出る直前、真宮寺さんが小さく言った。


「羽賀登野さん」

「……何」

「その件は、後で二人で話しましょう」


 “その件”が何を指しているのか、聞かなくても分かった。


 俺は小さく頷くことしかできなかった。

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