第35話 異世界リアル4
動画サイト 異世界リアル
通称、“ビリアル”。
【勇者パーティ、岩場の決戦】
【ブラックウルフ戦でまさかの結末】
映像は、岩場の奥で月光草を発見した直後から始まっていた。
暗い岩肌の裂け目の向こう。
影の中に、淡く発光する白い草が一本だけ立っている。
だが、その直後。
岩陰に伏せていた灰色の影が、次々と動く。
<来た>
<グレイウルフ群れかよ>
<しかも多い>
左から二体、右から二体。
さらに奥の岩の上には、一回り大きい黒い個体。
鈍い金色の目。
黒い毛並み。
ただ立っているだけで、周りのグレイウルフの空気まで変わる。
<あれブラックウルフだろ>
<格が違う>
<これ新人の相手じゃないって>
「来ます!」
真宮寺真里亞の声が飛ぶ。
その直後、左右のグレイウルフが一斉に飛び出した。
戦士の太野川が正面を受ける。
だが、低く潜り込まれ、剣筋が外れる。
その時。
お笑い師の夏の足が、なぜか太野川の膝裏に引っかかる。
ガクン。
「うおっ!?」
体勢を崩した太野川の剣が、意図せず低い軌道の横薙ぎになる。
ザシュッ!
ちょうど懐へ潜ってきたグレイウルフの首元に、その剣がきれいに入った。
<膝カックンwww>
<今の入るのかよ>
<いつもより早かった>
「……は?」
太野川が固まる。
その間にも、別の一体が脛比へ飛びかかる。
夏の手が咄嗟に伸びる。
指先が脇腹に入る。
「ひゃっ!?」
脛比の体が大きく跳ねた。
半回転するように崩れ、その踵が狼の顎へ。
ガッ!
さらに前のめりに倒れた肘が鼻先に入った。
グレイウルフは岩に叩きつけられ、そのまま黒い砂になった。
<くすぐってたwww>
<そこ弱いんかい>
<いい脱力加減>
「お前、今わざとか!?」
「違う!」
「オレちゃん、脇腹弱いんだ」
<情報が渋滞してる>
<ほうほう。脇腹が弱いと>
残った一体が骨田へ向かう。
骨田が後退しながら杖を向ける。
「ファ、ファイヤーボール!」
火球が生まれる。
その瞬間、夏の近くで妙な音が鳴った。
ブッ!!
「うわっ!?」
同時に、骨田の火球がぼふっと膨れた。
一回り、いや二回りは大きい。
そのまま轟音と一緒に飛ぶ。
ゴォッ!!
飛びかかったグレイウルフが、目を見開く暇もなく炎に飲み込まれる。
「ギャアアアッ!?」
炎が岩場を赤く染め、次の瞬間には黒い砂だけが残った。
<今、オナラしたよなwww>
<意味分からん>
<オナラってファイヤーボール強化できんだ>
<今年一番くだらなくて好き>
「……今の何?」
骨田が固まった顔で聞く。
「こっちだって分かんねぇよ!」
真宮寺だけが数秒黙ってから、静かに言う。
「……威力が上がったのは事実ですね」
<冷静すぎる>
<笑い我慢してるだろこれ>
<勇者のツッコミ>
その時だった。
黒い影が、消えた。
「え――」
気づいた時には、もう太野川の目の前にいた。
ブラックウルフ。
<来た>
<速すぎ>
<うわ、別格>
太野川が反射で剣を上げる。
ギィンッ!!
だが、防ぎきれていない。
前脚が剣ごと太野川を叩きつけ、レザーアーマー越しに胸を打ち抜く。
「がっ……!」
そのまま岩へ叩き飛ばされる。
脛比も避けたと思った次の瞬間には横殴りの一撃を受け、骨田の火球は首を少し振られただけで外へ流された。
骨田本人も、直後の体当たりで二メートルは吹き飛ぶ。
<うわ……>
<今までと格が違う>
<グレイウルフ相手のノリが一瞬で消えた>
数秒。
それだけで三人とも倒れた。
その場に立っているのは、羽賀登野夏と真宮寺真里亞だけ。
<終わったか?>
<いや真宮寺がいる>
<でもキツいだろこれ>
「……羽賀登野さん」
「何」
「三人を連れて下がってください」
「え?」
真宮寺は前を見たまま言う。
「月光草は諦めます。ここでこれ以上戦うのは危険です」
「でも――」
「下がってください!」
<真宮寺一人でやる気か>
<無茶だろ>
<本気みたいだ>
「私は、真宮寺です」
<重い>
<覚悟決まりすぎてる>
<お笑い師、どうする>
ブラックウルフが動く。
真宮寺が迎え撃つ。
剣と爪がぶつかり、鈍い音。
重い。
速い。
何度か浅く切り返しても、決定打にはならない。
少しずつ、真宮寺が月光草の近くへ押しやられていく。
<まずい>
<押されてる>
次の瞬間、ブラックウルフが一直線に跳んだ。
「危ない!」
夏が割り込む。
ガブッ!
ブラックウルフの牙が夏の肩を噛む――。
スポッ!!
ジャージの上も下も、まとめてきれいに脱げて飛んだ。
<www>
<何で上下まとめて脱げるんだよwww>
<黒インナーだけ残るのずるいwww>
さらに二度目、三度目と庇うたびに服が脱げていき、ついにはヘルメットと肘膝サポーターだけの姿になる。
<絵面がおかしい>
<何で庇うたびに脱げるんだよ>
<角度によっては履いてないように見える時がある>
<大丈夫、履いてるよ>
<でも、次噛まれたら……>
「下がってください、と言いたいところですが」
真宮寺が短く息を吐く。
「もう言っても無駄そうなので、せめて私の近くにいてください」
その直後。
「背中を!」
二人が反射で背中合わせになる。
<きた>
<背中を預ける二人>
<熱い構図なのに格好が熱くない>
<ヘルメット姿の下着で背中合わせは反則>
ブラックウルフが周囲を回る。
右から見せかけて左へ。
夏の前にいて、足を振りが上げたブラックウルフが消えた。
<ブラックウルフが消えた!?>
<あれはブラックウルフのスキル、影法師!!>
次の瞬間、大きく口を開けたブラックウルフの牙が真里亞に迫る。
「ヘブシッ!!」
夏のとんでもなく大きなくしゃみ。
上半身が前へ折れ、腰が後ろへ突き出る。
右足が一歩前に出る。
その結果――
「きゃっ……!」
真里亞が、夏の尻に押されて前へ出た。
同時に、斜めに返した剣がブラックウルフの首元へ深く入る。
「ガウッ!?」
<ブラックウルフは勇者を狙ってた>
<決まり方www>
<尻アシストでボス撃破>
<こんなの予測できるか>
ブラックウルフの体が大きく震え、そのまま黒い砂になって崩れた。
静寂。
風だけが戻る。
「……倒した?」
「倒しました」
<勝った>
<マジで勝った>
その時、真宮寺の視線が夏の足元に落ちる。
「……羽賀登野さん」
「何」
「足元を」
そこにあったのは、淡く光るはずだった白い草。
けれど今は、夏の靴の下で無残に踏み潰されていた。
月光草。
<あ……>
<うそだろ>
<最悪のタイミング>
「……あ」
夏の声が、ひどく小さい。
ブラックウルフは倒した。
みんなも生きている。
なのに、いちばん欲しかったものだけが足元で駄目になっていた。
「ごめん」
真宮寺はしばらく何も言わず、潰れた月光草を見つめる。
やがて、小さく息を吐いた。
「……仕方ありません」
「でも」
「今は、生きている方が優先です。それと、先に服を着て下さい」
<最後それかよw>
<真宮寺の優しさが刺さる>
<そして服を着ろは正論>
動画はそこで止まった。
コメントだけが、まだ流れ続けている。
<ここまで笑わせて最後で落とすのやめろ>
<お笑い師、守ったのに報われなさすぎる>
<真宮寺、完全に信頼してるだろこれ>
<月光草つぶしたのつらい>
<でも最後の“服を着て下さい”でちょっと笑った>




