第30話 ロックモール
足元の岩の隙間で、かすかに土が動いた。
ゴゴッ――。
鈍い音が、足元の奥で鳴った。
「……止まってください」
真宮寺さんの声が、低く落ちる。
全員の足が止まる。
「何だよ、今度は」
太野川が顔をしかめる。
真宮寺さんは答えない。
ただ、岩の根元を見ていた。
俺も視線を落とす。
さっきまでなかったはずの亀裂が、黒い石の近くの地面に走っていた。細かい砂が、さらさらとそこへ吸い込まれていく。
(……下、か?)
次の瞬間。
ドガッ!
地面が弾けた。
「うおっ!?」
太野川の足元から、黒っぽい塊が勢いよく飛び出す。とっさに太野川が後ろへ跳ぶ。その爪が、さっきまで太野川が立っていた場所を抉った。
「な、何だこいつ!?」
飛び出してきたのは、モグラみたいなモンスターだった。
グレイウルフほど大きくはない。
体長は中型犬くらい。
丸みのある胴体は、黒と灰色のまだら。
鼻先は異様に硬く尖っていて、前脚の爪だけが不自然なほど長い。
小さな目が、ぎらりと光る。
「ロックモールです!」
真宮寺さんの声。
その直後、右の岩陰と、さらに後ろの地面も盛り上がる。
「まだいるの!」
脛比が叫んだ時には、二体目、三体目が地中から飛び出していた。
合計、三体。
「散ってください! 固まると危ないです!」
真宮寺さんが素早く指示を飛ばす。
「太野川さん、正面! 脛比さんは左! 骨田さん、地面ごと狙ってください!」
「分かった!」
骨田が即答する。
太野川が剣を抜き、正面の一体へ踏み込む。
ロックモールは低い体勢のまま地面を滑るように走り、鼻先を穴に入れた。
「シッ!」
太野川の剣が振り下ろされる。
だが、ロックモールは潜るように沈み、その斬撃をかわした。
「逃げられた!」
脛比が左の一体へ飛び込む。
鋭い蹴りが横腹に決まる。
しかし、ロックモールは吹き飛ばされる前に地面へ爪を突き立てた。
「硬っ!」
骨田が杖を構える。
「ストーンバレット!」
石弾が背中に当たり、ロックモールは甲高い鳴き声を上げて、また土の中へ潜る。
「潜るなって!」
太野川が吐き捨てる。
また、地面が盛り上がる。
今度は真宮寺さんの足元だ。
「下!」
叫ぶ。
真宮寺さんがすぐ後ろへ跳ぶ。
その直後、ロックモールが鼻先から飛び出し、さっきまで真宮寺さんがいた場所の地面を抉った。
土と石が弾け飛ぶ。
「……っ」
真宮寺さんが着地と同時に剣を振る。
ロックモールの肩口に刃が入り、黒い砂になって消える。
(さすが)
もう一体が、今度は俺の左後方から飛び出してきた。
「うわっ!」
反射で体を引く。
爪がジャージの裾をかすめる。
ロックモールはすぐに向きを変え、また真宮寺さんの方を見た。
「またか!」
こいつらも、真宮寺さんを優先して狙っているように見える。
「羽賀登野さん、下がって!」
真宮寺さんが言う。
分かってる。
分かってるけど――。
その時だった。
俺の足元の地面が、ぐにゃりと膨らんだ。
(まずい)
「うぉ……!」
次の瞬間。
ズルッ!
ロックモールが地中に俺を引き摺り込んだ。
「羽賀登野さん!?」
真宮寺さんの声が聞こえた。
次の瞬間、視界が真っ暗になった。
「うわっ、ちょ、待っ――!」
土だ。
土と石と、湿った匂い。
ロックモールに引きずられるまま、俺の体は穴の中をずるずる滑っていく。
顔に土が当たる。
服の中にも砂が入る。
息を吸うたび、土臭さが喉に絡んだ。
(な、何なんだよこれ……!)
どこが上かも分からない。
目を開けても閉じても、ほとんど同じだ。
ただ、足か服のどこかを引っかけられたまま、地中を振り回されている。
その時だった。
前の方が少しだけ明るくなった。
「……え?」
次の瞬間、俺は顔だけ地面の上に突き出していた。
「うわっ、出た!」
脛比が叫ぶ。
「夏だ!」
骨田が指さす。
「うわ――」
またズルッと引っ張られる。
「うわあああっ!」
また地面の下に引きずられる。
「何だよ今の!?」
太野川が怒鳴るのが聞こえる。
狭くて暗いトンネルのようなところを引きずられている。
時々、硬いものが体に当たる。
耳鳴りまでしてきた。
今度は足元からぐいっと押し上げられる。
「ぷはっ! た、助け――」
「どこから出てくんだよお前!」
脛比が半笑いで叫ぶ。
その直後。
ドガッ!
俺が出た場所のさらに後ろから、ロックモール本体が飛び出した。
「本体そっちかよ!」
太野川が剣を振り下ろす。
ガキン!
浅い。
ロックモールは地面を滑るように走る。
俺はまた地中へ引きずり戻された。
「うぶっ!」
土が口に入る。
もう何が何だか分からない。
もこっ。
今度は、真宮寺さんの靴がすぐ目の前に見えた。
「……羽賀登野さん」
「真宮寺さ――」
ズルッ。
「うわあああっ!」
また引きずられる。
「だからロックモールはどこ!」
骨田が叫ぶ。
「やりづれぇんだよ!」
太野川が吐き捨てる。
また、明るくなる。
今度は首まで。
「げほっ……! 早く倒し――」
「しゃべるな、笑う!」
脛比が腹を押さえる。
「こっちは余裕がな――」
叫んだ瞬間、また引っ張られる。
ズボッ!
「うわああああっ!」
右。
左。
少し前。
今度は岩陰の横。
もこっ。
もこっ。
もこっ。
そのたびに、顔だけ地面の上に出る。
「また出た!」
「次あっち!」
「いや本体どこだよ!」
「……次です」
真宮寺さんの声が鋭く飛ぶ。
「羽賀登野さんが、先に出た後の左後方!」
「分かるのかよ!?」
太野川が叫ぶ。
そして一拍遅れて。
ドガッ!
左斜め後ろの地面が弾け、ロックモールが飛び出した。
「マジかよ!」
太野川が剣を振り下ろす。
ガキン!
浅い。
でも、確かにロックモールの動きが鈍った。
「そこです!」
真宮寺さんが踏み込む。
低く、無駄のない一歩。
剣が斜めに走る。
首元に、一閃。
ロックモールの体が震え、そのまま黒い砂になって崩れた。
静寂。
「……終わった?」
「終わりました」
「ごめん。助けてもらってもいい」
「……はい」
真宮寺さんが少しだけ屈み、俺の脇の下に手を入れる。
ぐいっと引っ張られ、ようやく地面の外へ抜けた。
俺はその場にへたり込む。
「……はぁ、はぁ……」
髪も服も土まみれだ。
口の中までじゃりじゃりする。
「お前……何なんだよほんと」
太野川が剣を担ぎ直しながら呆れた顔をする。
「アイツらより先に何回も顔だけ出てくるの、マジでモグラ」
脛比が肩で息をしながら俺を見る。
「顔だけ出てくるのは反則でしょ。プフフ」
骨田がついに吹き出す。
真宮寺さんが、そんな三人を一度だけ見てから、俺の前にしゃがみ込んだ。
「怪我は?」
「……たぶん、ない」
「本当に大丈夫ですか?」
そう言いながらも、その声には少しだけ安堵が混じっていた。
立ち上がった後、掘り返された地面の奥で、鈍い黒い光が覗いていた。
骨田がそっちを見て、目を細める。
「でも……これ、掘った跡を探せば、ブラックオニキスありそうじゃない?」
全員の視線がそこへ向いた。
掘り返された土の奥。
岩の割れ目の間に、鈍い黒い光が見えた。
太野川が腕輪を見て、呟く。
「……あった」




