第29話 ゴクシ岩場
翌朝、ギルド協会本部に8時に集合した第8パーティは、次の依頼の説明を受けていた。
場所は、昨日と同じ小会議室。
長机の向こうで、若い職員が端末を操作している。
「第8パーティーへの次の依頼は、ブラックオニキスの採取です。本来ならまだ早い依頼ですが、昨日すでに採取実績があるため、問題ないと判断されました」
壁のモニターに依頼票が映し出される。
【第8パーティー 依頼内容】
ゴクシ岩場
ブラックオニキス採取
目標数 三個
確認対象モンスター:グレイウルフ、ロックモール
「やっぱりな。オレ達はすごい」
太野川が口元を上げる。
「今回も余裕だね」
脛比が笑う。
「ボクの言うこと聞いてよかったでしょ」
骨田は得意げだった。
俺は何も言わず、モニターを見る。
ブラックオニキス。
昨日、あの岩場で見つけた黒い鉱石だ。加工すれば、モンスターにも通る武器や防具の素材になる。
昨日も採取できたから、依頼としては問題なさそうだ。
でも、俺の頭にあるのはそれだけじゃなかった。
月光草。
もしかしたら、また見つけることができるかもしれない。もう一株見つけられれば、俺と真宮寺さんで分けることができる。
「今回も採取が主目的です。ただし、前回は運よく手前で発見したようですが、通常は岩場の奥まで入る必要があります。地形が不安定ですので、足場には十分注意してください」
職員が淡々と続ける。
「前回と同じように、腕輪で判定してください。類似鉱石も多いため、見た目だけでの判断は推奨しません」
「三個だけでいいのか?」
太野川が聞く。
「はい。中程度以上のものを採取してください。品質条件を満たせば達成です」
「楽勝じゃん」
脛比が肩を回す。
「少し気を引き締めましょう」
そこで、真宮寺さんが初めて口を開いた。
部屋の空気が少しだけ変わる。
「ブラックオニキスの周辺には、同じ岩場を縄張りにするモンスターが集まりやすいです。グレイウルフはもちろんですが、ロックモールはあの硬い岩場でも足元から襲ってきます」
太野川が少しだけ顔をしかめる。
「……分かってるよ」
「それなら大丈夫です」
それだけ言って、真宮寺さんは優しく微笑む。
俺は横目でその横顔を見る。真剣な横顔にワインレッドの髪。
昨日の夜にメッセージをやり取りしたせいか、同じ空間にいるだけで少しだけ意識してしまう。
「質問はありますか?」
職員が見渡すが、誰も手を挙げない。
「では、十分後に北側出入口前へ集合してください」
説明が終わる。
椅子を引く音が重なった。
太野川たちは、早くもブラックオニキスの分け前の話を始めている。骨田は腕輪の地図を見ながら、昨日の岩場をなぞっていた。
俺は立ち上がりながら、小さく息を吐く。
「羽賀登野さん」
顔を上げると、真宮寺さんが横にいた。
「何?」
聞き返しながら、少しだけ声が硬くなる。昨夜メッセージをやり取りしたのに、こうして面と向かうとまた変に落ち着かない。
「昨日の続きですが」
「うん」
真宮寺さんは周囲を一度だけ見た。
太野川たちはこっちを気にする様子もなく、まだ勝手なことを話している。
真宮寺さんは静かに続ける。
「月光草のことですが、父はこちらを優先してくれたら、できることはなんでもすると言っていました。だから、今日の依頼を終えてから改めて話したいです」
「分かった」
「それと」
一瞬だけ、真宮寺さんの声が止まる。
「今日は……無理しないでください」
すごく優しい言い方だった。
昨日のことを、気にしてるんだろう。
「ああ、分かった」
「本当?」
「大丈夫……だと思う」
そう答えると、真宮寺さんはわずかに目を細めた。
「昨日も、そう言っていました」
「う……」
反論できない。
真宮寺さんはそこでほんの少しだけ視線を逸らした。
「……あなたは、危なくなるとすぐ前に出てくるので」
「そんなつもりはないんだけどな」
「結果として、そうなっています」
きっぱり言われる。
でも、不思議と嫌な感じはしなかった。責めているというより、本気で警戒してくれているみたいだったからだ。
声が、昨日までより少しだけ柔らかく聞こえた。
◇
第8パーティは、早々に平原を抜け岩場までやって来た。
途中、ホーンラビットやグレイウルフを何体か遭遇したが、俺以外はレベルが上がったせいか、難なく倒していた。
もちろん俺は何もできず、躱していただけだったけど。
昨日の岩場よりもさらに奥に入る。
背の低い岩がいくつも突き出していて、その隙間に黒い石が顔を覗かせている。
骨田が前の方で腕輪の地図を見ながら、少し得意げに顎を上げる。
「やっぱりこっちに行こう」
風がやんでいた。岩と岩の間に空気が溜まっているみたいで、静かすぎるぐらいだった。
真宮寺さんは何も言わず、一番前ではなく、少し後ろから周囲を見ている。
太野川たちが先に行きたがるのを、あえて止めていないようにも見えた。
その時、骨田がすっと歩調を緩めた。
それまで先頭気味に地図を見ていたのに、わざわざ真宮寺さんの横へ並ぶ。
「ねえ、真里亞さん」
名前で呼ぶ声が、妙に馴れ馴れしい。
真宮寺さんは前を見たまま、少しだけ視線を動かした。
「はい、何ですか?」
「昨日さ、ボクの言った通りだったでしょ」
骨田が少し得意げに笑う。
「岩場の方に来たら、ちゃんといいもの見つかったし」
たしかに月光草に繋がったのは事実だ。
でも、骨田が言いたいのはそういうことじゃない気がする。
真宮寺さんは一瞬だけ黙ってから、素直に頷いた。
「……そうですね。結果としては、そうなりました」
「でしょ?」
骨田の口元が、さらに嬉しそうに緩む。
「だからさ、ボクのこと信用してくれてもいいんじゃない?」
「信用していないわけではありません」
「ほんとに?」
骨田が少しだけ顔を寄せる。
真宮寺さんは避けない。
でも、自分から距離を縮めることもしなかった。
「昨日のことについては、運が良かったとはいえ助かりました」
真宮寺さんが言う。
「その点は、感謝しています」
明るいというより、丁寧だった。
でも、その一言だけで骨田はかなり気を良くしたらしい。
「いやいや、真里亞さんにそう言われると嬉しいな」
脛比が少し後ろで肩を揺らしている。
太野川は聞こえているくせに、知らないふりで前を向いたままだ。
骨田はそのまま話を続ける。
「真里亞さんってさ、もっと話しかけにくい人かと思ってた」
「そうですか?」
「うん。勇者だし、真宮寺だし、もっとこう……近寄りがたい感じっていうか」
真宮寺さんは、そこで少しだけ笑った。
「そんなことはありませんよ」
「じゃあ、これからもっと普通に話してもいい?」
骨田の声が、少しだけ軽くなる。
冗談っぽくしているけど、半分は本気だと分かった。
真宮寺さんは、ほんの少しだけ返事に間を置いた。
断りたい様子だったが、昨日は結果的に骨田の言葉に乗ったのも事実だ。
「……依頼の間なら」
ようやく出た言葉は、それだった。
骨田が目を細める。
「依頼の間だけ?」
「必要なことを話すのは、当然でしょう?」
「ふうん」
骨田は笑った。
でも完全には満足していない顔だった。
「じゃあ、必要なこといっぱい話さないとね」
「そんなに沢山ありますか?」
真宮寺さんは明るく返した。
でも、そこから先へは踏み込ませない返しだった。
脛比がついに吹き出す。
「伸、かわされてんじゃん」
「かわされてないけど?」
骨田がむっとする。
太野川が鼻で笑った。
「いや、十分かわされてるだろ」
「うるさいな」
三人がそんなことを言い合っている横で、真宮寺さんは何事もなかったみたいに前へ視線を戻した。
俺は、その横顔を少しだけ見る。
ちゃんと受け答えしている。
でも、骨田の思う通りにはなっていない。
その絶妙な距離の取り方が、なんだか真宮寺さんらしかった。
その時だった。
足元の岩の隙間で、かすかに土が動いた。




