第3話 お笑い師のステータス
外はすっかり暗くなっていた。4月とはいえ、夜風はまだ冷たい。肩をすくめながら家までの道を歩く。
築50年以上の木造住宅。玄関の引き戸は相変わらず少し引っかかるし、廊下はきしむ。けど、落ち着く。
2階へ上がり、自分の部屋のドアを開ける。机の上に袋を置いて――そのままベッドへ倒れ込んだ。
「はぁ……」
柔らかいマットに沈み込む。今日一日分の疲れが、どっと押し寄せてくる。
そういえば今ごろ――“覚醒者リスト”が公開されている時間だ。
上体を起こし、個人端末を手に取る。検索窓に「ジョブ管理局」と入力すると、すぐに公開ページが表示された。
個人端末からのホログラム画面には、戦士・武闘家・僧侶・魔法使いといった戦闘系ジョブの平均的なステータスが並んでいた。
戦士 レベル1
体力 20
魔力 10
筋力 30
素早さ 20
頑丈さ 20
武闘家 レベル1
体力 20
魔力 10
筋力 20
素早さ 30
頑丈さ 20
僧侶 レベル1
体力 20
魔力 25
筋力 20
素早さ 15
頑丈さ 20
魔法使い レベル1
体力 20
魔力 40
筋力 10
素早さ 20
頑丈さ 10
戦士は攻撃力。
武闘家は素早さ。
僧侶は回復込みのバランス型。
魔法使いは圧倒的な魔力。
公開されるのは、覚醒直後――つまりレベル1の数値だけ。その後のステータスは、他人に公開する義務はない。レベルは異世界でモンスターを倒すことで上がる。
次に表示されたのは、今年更新された《新規覚醒者 ジョブ・ステータス公開データ》。今日会った――太野川、脛比、骨田の名前を探してみた。
太野川剛
戦士 レベル1
体力 20
魔力 5
筋力 35
素早さ 10
頑丈さ 30
トータル 100
戦士らしく、筋力と頑丈さが高い。
まさに前衛の壁タイプだ。
ただ、攻撃を当てるのは少し苦労するかもしれないな。
脛比武夫
武闘家 レベル1
体力 10
魔力 30
筋力 10
素早さ 40
頑丈さ 10
トータル 100
驚くほどのスピード。
しかも武闘家なのに魔力が30。
ただ、体力も筋力も頑丈さも低い。
武闘家としては、微妙か。
骨田伸
魔法使い レベル1
体力 20
魔力 20
筋力 20
素早さ 20
頑丈さ 20
トータル 100
きれいすぎる平均型。
ただ、魔法使いなのに、魔力20か。
それぞれ欠点はある。
でも、俺と比べればずっといい。
正直、うらやましいぐらいだ。
研究では、一般人の魔力は0。他の数値は、5〜8程度らしい。オリンピック選手みたいな、世界レベルの人でも9までだという。
つまり覚醒した瞬間、覚醒者は普通の人間を超える。だから、覚醒者法という法律が作られ、覚醒者は各種スポーツ大会への参加が禁止され、刑法なども変わる。
ただし――。
異世界で使える魔法や戦闘スキルは、地球のどこでも使えるわけじゃない。使えるのは、門の近くだけだ。逆に、門から十数キロも離れれば、魔法もスキルも発動しなくなる。
この限られた範囲を、門隣接域と呼ぶ。門隣接域は国の管理区域だ。ギルドや研究所、発電施設、探索者養成所が門の近くに建てられて、異世界由来の資源を扱う拠点になった。
そして、門の周囲には人が集まり、住宅ができ、店ができ、物流が生まれ――。やがて門前都市が形作られていった。
次に、歓声が上がっていた六華のステータスも見てみた。
東雲六華
魔法戦士 レベル1
体力 30
魔力 40
筋力 30
素早さ 35
頑丈さ 25
トータル 160
おお……これは。
戦士と魔法使いの複合職、魔法戦士。
しかもレベル1の時点で合計160。
平均が100前後だと考えると、かなり高い。
間違いなく、取り合いだろうな。あれだけの高ステータス覚醒者を、ギルドが放っておくはずがない。明日には何社もスカウトが来るだろうし、もう家に行ってるかもしれない。高ステータス覚醒者は、ほとんどプロ選手のドラフト状態だ。
ギルドは探索者を支える会社みたいなものだ。装備の貸し出し。遠征の補助。持ち帰った素材の買い取りと販売。探索者が取ってきた資源は、ギルドを通して国や企業へ渡る。
鍛冶師は武器や防具を作る。錬金術師はエネルギーや薬を生み出す。生産系ジョブは、戦わなくても社会の中心で働ける。異世界の力が、今の世界を動かしている。
ギルド所属なら会社員。国の発電施設や研究機関に入れば、ほとんど公務員みたいなものだ。
安定。
安全。
将来保証つき。
……じゃあ。
お笑い師は?
ギルドは欲しがるか?
ちなみに、ギルドにも国にも属さない“フリー探索者”もいるらしい。探索そのものを楽しみたい奴。好き勝手研究したい奴。どこにも縛られたくない奴。
――要するに、ちょっと変わった人たちだ。
俺も、その枠になるのか。
ベッドに仰向けになり、天井を見上げる。
六華は選ばれる側。
俺は――選ばれないだろうな。
◇
同級生のうち、四十人が覚醒者として名前を連ねていた。その中で、二つの名前が目にとまった。
真宮寺真里亞
勇者 レベル1
体力 40
魔力 40
筋力 30
素早さ 30
頑丈さ 40
トータル 180
……え、何だこれ。
画面を見たまま、しばらく瞬きが止まった。
基本戦闘ジョブの平均が100前後。
その常識を、軽く飛び越えている。
勇者。
名前負けしない数字。
そりゃ、あの歓声も上がるわけだ。
真宮寺さんは、イギリス人と日本人のハーフ。そして、かなりのお嬢様だったはず。
身長は俺より高い。スタイルは、言葉にするのがもったいないくらい整っている。何気なく立っているだけで、まるで舞台の上のモデルみたいに視線を奪う。どこか赤みを帯びた髪は、光の加減で濃い紅色に見える。
派手に笑うわけでもない。媚びるわけでもない。彼女がそこにいるだけで、空気が一瞬、張りつめる。華やかでありながら、近寄りがたいほどの気高さを持つ。
実は茶道をたしなんでいるらしい。その座っている姿が評判になり、いつの間にかついた異名が――。
「二校の牡丹」
「牡丹の女王」
俺は笹森第二学園に通ったけど、真宮寺さんと話したことは一度もない。廊下ですれ違うことはあった。でも、それだけだ。
世界が違う。育ちも、立っている場所も、たぶん見えている景色も。
そして、もう一人。
羽賀登野小蓮
聖者 レベル1
体力 20(5)
魔力 40
筋力 30(5)
素早さ 30(5)
頑丈さ 40(3)
トータル 160
俺の双子の妹。本来なら、まだ入院しているはずだ。それでも判定を受けたってことは、きっと無理をしたんだろう。括弧の中は、今のステータスか?
相変わらずだな……
身長は俺より二十センチほど低い。少し痩せ気味で、骨ばった体が頼りなく見える。けれど、立っているだけで、なぜか目を引く。線は細いのに、折れない芯がある。
今は体調のせいで、肌は病的なほど白い。触れたら消えてしまいそうな色。淡い栗色の髪。病室の窓辺に立っていた姿を思い出す。
外見だけなら――“儚げなお姫様“と言われても、誰も否定しないだろう。でも、中身はまるで違う。
口調はさっぱり。誰にでもズバズバ言う。昔から俺より気が強くて、行動力もあって、正直、何度も引っ張られてきた。
そんな小蓮が、美術部でキャンバスに向かっていたある日。絵に集中している姿を、たまたま写真部の誰かが撮ったらしい。その写真がコンクールで入賞。それがきっかけで、彼女には異名がついた。
二校三花の一人――。
「二校の芍薬」
「芍薬の姫」
ひと通り同級生たちのステータスを見終えた。あの二人以外は似たようなもんか。
ステータスは、レベルが1上がるごとに各項目がほぼ均等に伸びていくと言われている。つまり、レベル10になれば10倍だ。
……この理屈でいくと、俺はかなりきつい。生産職と変わらないステータスだからだ。レベルが上がるほど、他の人との力の差がさらに広がる。
俺はもう一度、自分のジョブ欄を開いた。画面に浮かび上がる自分の名前と数字を、しばらく無言で見つめていた。
羽賀登野夏
お笑い師 レベル1
体力 10
魔力 10
筋力 10
素早さ 10
頑丈さ 10
トータル 50




