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第2話 ジョブ判定後

「羽賀登野夏さん。あなたのジョブは――お笑い師です」

「……はい?」


「お・わ・ら・い・し、です。もう一度手を当てて、オーブをご覧ください」


 言われるままに、もう一度オーブへ手を触れる。

 黒い球体の上に、奇妙な模様――いや、記号のようなものが浮かび上がる。


 見たこともない形。

 なのに――読める。


(……おわらいし)


「どうですか? お笑い師と読めますよね」

「はい……。見たこともない文字なのに。どうして読めるんですか?」

「それは門文字ゲートグリフと呼ばれています。象形文字に近いと言われてますが、地球上の言語ではありません。覚醒者は“読むことはできる”が“書けない”。高次元言語ではないか、とも言われています」


 高次元言語って……。


「文字でありながら、イメージでもある。脳に直接意味が流れ込む……そんな性質ですね」

「……すごいですね」


 すごいけど、今はそれどころじゃない。


「下に数字が見えますよね?」

「はい」

「それがあなたのステータスです。門文字を研究者とAIが解析し、共通ジョブ認識システムとして可視化したものが、こちらのモニターにも表示されています」


 モニターを覗き込む。


 ……低い。

 明らかに、低い。


「お笑い師は過去にも数例あります。でも……まあ、覚醒おめでとうございます」


 “まあ”って。

 含みのある言い方に、胸の奥がざわつく。

 過去にもいた?

 数例?


 ところで――戦えるのか?


「あの……」

「覚醒者は登録手続きがありますので、あちらへお願いします」


 あっさりと話は打ち切られた。

 次の人がオーブに手を当てる。

 俺は半ば追い出されるように、判定台から離れた。


 覚醒したはずなのに、何ひとつ手に入った気がしなかった。



「こちらでーす!」


 やけに元気な声が飛んできた。

 机の向こうの若い職員が、ぶんぶんと手を振っている。


「いや~、すごいですね! お笑い師、初めて見ましたよ!」


 ジョブは知ってるんだ。


「どうぞどうぞ。まず登録しますね」


 椅子に腰を下ろし、何気なくモニターを見る。

 ――そこに映った自分の姿に、思わず目を見開いた。


 ……白い。

 黒かったはずの俺の髪が、真っ白に変わっていた。


「認証確認。羽賀登野夏、覚醒者登録」


 無機質なAI音声のあと、若い職員が軽快にキーボードを叩く。


「ちゃちゃっとやっちゃいますね。このあと、名前・ジョブ・ステータスはジョブ管理局で公開されます。成人とはいえ、まだ18歳なので、ご家族への説明と覚醒者法への同意も必要です」

「……はい」

「覚醒者法をダウンロードしてください。あー、ちょっとステータス低めですね。探索者養成所はどうされます?」

「……行こうと思っています」

「そうですか。では、こちらもダウンロードを」


 言われるまま、個人端末を操作する。


「養成所は明日からです。身長は?」

「176センチです」

「その体型なら、LLですね」


 渡されたのは、黒い長袖シャツとスパッツだった。

 妙にツルツルしていて、やけに軽い。


「異世界素材製です。丈夫で伸縮性抜群。探索者は装備の下に着るので、“アンダーアーマー”って呼ばれてます」

「これ、無料ですか?」

「もちろん! 探索者は国の重要人材ですから。異世界資源はいくらあっても困りませんしね」


 こちらを見ずに早口で話しながら、袋を渡される。


 そのとき、後ろからひそひそ声が聞こえてきた。


「なんか“お笑い師”って言ってたぞ」

「聞いたことねえな。特殊職か?」

「いや、ステータス低いらしい」

「なんだハズレジョブかよ」


 ――ハズレ。


 それは、生産系ジョブに向けて使われる俗称だ。

 異世界素材で武器や防具を作る鍛冶師。

 薬を精製し、エネルギーを抽出する錬金術師。


 戦闘系のスキルを取りにくく、前線で戦うには向いていない。ただ、ハズレといっても戦闘向きではないだけだ。むしろ安全に稼ぎたい人間にとっては、当たりのジョブですらある。生産系は、戦わなくていい。


 ……じゃあ。

 お笑い師は、どっちなんだ。

 モニターに映る、自分の白い髪をじっと見つめる。

 ――笑いのジョブ。

 なのに、今の俺は、まったく笑えなかった。



 覚醒者登録を終え、アンダーアーマーの入った袋を抱えて出口へ向かう。その途中、前から見覚えのある顔が歩いてきた。


 脛比すねびだ。

 しかも、やけに暗い顔をしている。


「オレちゃん達、終わったー」


 肩を落とし、大きくため息をつく。


「3人ともジョブがつかなかったよ」

「そっか……」


 思わず、言葉が詰まった。3人とも、ということは骨田こつだも、太野川も。いつも3人でつるんでいたけど、誰も覚醒しなかったのか。

 

 覚醒者になれなかった人の進路は、大きく3つある。ベーシックインカムで暮らすか、大学へ進むか、これまでに身につけた技能で働くか。成績のあまり良くなったあの3人には、大学も就職も正直厳しいよな。


 出口の上にある大きな時計が目に入る。

 ――やばい。

 そろそろバイトの時間だ。


 俺は、お笑い師とはいえ覚醒者になった。でも、今の脛比達にとっては、ただの自慢にしか聞こえないかもしれない。


「じゃあ……俺、行くわ」


 なるべく普通に。

 なるべく刺激しないように。

 脛比の横を通り過ぎようとした、その瞬間。


 ドンッ!!


「うわっ!?」


 背中に強烈な衝撃が走り、前によろける。


「エイプリルフールは昨日だけどな。ばかとのサマー!」

「さっきのはウッソだよー! オレちゃんの演技、上手かった?」

「ばかとのー! ボクたち3人ともジョブついたんだよ!」


 太野川と骨田も、いつの間にか横に立っていた。


 太野川の髪は鮮やかな赤。

 骨田の髪は緑。


 ……覚醒者か。


「なあ、バカとの。お前もジョブついただろ?」

「キミ、頭真っ白だね?」

「キミのジョブ、ボク達に聞こえるように、大きな声で言ってみなよ?」


 白くなった俺の髪を見て、三人が口の端を吊り上げる。


 ……もう、分かってるな。これ。


「「「なんのジョブ!?」」」


 三人の声が、ぴたりと重なった――その瞬間。


「おおおおおおおお!!」


 会場の奥で、今日一番の歓声が爆発した。


「勇者が出たってよ!」

「マジ!? 特殊ジョブ!」

「しかも女勇者!!」


 空気が、一瞬で塗り替わる。

 視線が一斉に奥へ向かった。

 太野川たちも、思わずそちらを振り向く。


 ――今だ。


 俺はその隙に、人混みへ滑り込んだ。

 背後では、まだ興奮が渦巻いている。

 振り返らなかった。


 会場の扉を抜け、外の空気を吸う。

 ようやく、息ができた気がした。


 覚醒者になれたのは、嬉しい。

 それは本当だ。

 でも――。

 お笑い師って、何ができるんだよ。


 戦えるのか。

 戦えないのか。

 役に立つのか。

 ただのネタなのか。


 ジョブさえつけば、探索者になれる。そう思っていた。けれど、どうやらスタートラインに立てたかどうかすら、まだ分からない。



 ジョブ判定の帰り道、俺はそのまま、いつものバイト先へ向かった。


 覚醒者になった実感なんてものはない。

 とりあえず、今日も働く。

 それだけだ。


 今日の仕事は荷詰め。荷下ろしよりはマシとはいえ、トラックに箱を積み込む作業は普通にきつい。


 ……今日、多くないか。


 段ボールを抱え上げた瞬間、腰にずしりと重みがかかる。

 汗が額を伝った。


「おい、早くしてくれねぇか」


 背後から、刺すような声が飛ぶ。


「もう少しで終わります」

「グズグズすんなよ」


 言い返す理由もない。

 黙って、次の箱を持ち上げる。


 異世界資源が新たなエネルギー源になってから、電力は無料になった。ロボットとAIの技術も一気に進歩して、工場も交通もサービス業も、自動化できるところは片っ端から自動化された。


 その結果が、ベーシックインカムだ。働かなくても、最低限は生きていける時代。学生は、生活に行き詰まることもない。


 でも、何もしなくても手に入るのは“最低限”だけだ。ちょっとした贅沢や、その先にあるものは別になる。


 日本では制度がうまくできていて、社会を支える仕事に参加した人間ほど、いろんな支援を受けやすい。地味で、面倒で、でも誰かがやらなきゃ困る仕事だ。

 農業、物流、清掃、介護。


 そういう仕事の案内は、だいたい覚醒者じゃないやつに優先して来る。別に強制じゃない。でも断り続ければ、支援の優先順位が落ちる。だから結局、たいていの人は何かしら働く。


 最後の箱を積み終える。

 トラックの扉を閉める音が、やけに大きく響いた。


 俺は高校に入る前から、ずっと理由があってこのバイトを続けてきた。そして、今日が最後の日だ。覚醒者になれた以上、この仕事は辞めて、異世界へ行くつもりでいる。


 とりあえず、これで薬代と最低限の装備代はなんとか揃いそうだ。

 問題は――。

 あのステータスで、本当にやっていけるのかってことだ。

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