第2話 ジョブ判定後
「羽賀登野夏さん。あなたのジョブは――お笑い師です」
「……はい?」
「お・わ・ら・い・し、です。もう一度手を当てて、オーブをご覧ください」
言われるままに、もう一度オーブへ手を触れる。
黒い球体の上に、奇妙な模様――いや、記号のようなものが浮かび上がる。
見たこともない形。
なのに――読める。
(……おわらいし)
「どうですか? お笑い師と読めますよね」
「はい……。見たこともない文字なのに。どうして読めるんですか?」
「それは門文字と呼ばれています。象形文字に近いと言われてますが、地球上の言語ではありません。覚醒者は“読むことはできる”が“書けない”。高次元言語ではないか、とも言われています」
高次元言語って……。
「文字でありながら、イメージでもある。脳に直接意味が流れ込む……そんな性質ですね」
「……すごいですね」
すごいけど、今はそれどころじゃない。
「下に数字が見えますよね?」
「はい」
「それがあなたのステータスです。門文字を研究者とAIが解析し、共通ジョブ認識システムとして可視化したものが、こちらのモニターにも表示されています」
モニターを覗き込む。
……低い。
明らかに、低い。
「お笑い師は過去にも数例あります。でも……まあ、覚醒おめでとうございます」
“まあ”って。
含みのある言い方に、胸の奥がざわつく。
過去にもいた?
数例?
ところで――戦えるのか?
「あの……」
「覚醒者は登録手続きがありますので、あちらへお願いします」
あっさりと話は打ち切られた。
次の人がオーブに手を当てる。
俺は半ば追い出されるように、判定台から離れた。
覚醒したはずなのに、何ひとつ手に入った気がしなかった。
◇
「こちらでーす!」
やけに元気な声が飛んできた。
机の向こうの若い職員が、ぶんぶんと手を振っている。
「いや~、すごいですね! お笑い師、初めて見ましたよ!」
ジョブは知ってるんだ。
「どうぞどうぞ。まず登録しますね」
椅子に腰を下ろし、何気なくモニターを見る。
――そこに映った自分の姿に、思わず目を見開いた。
……白い。
黒かったはずの俺の髪が、真っ白に変わっていた。
「認証確認。羽賀登野夏、覚醒者登録」
無機質なAI音声のあと、若い職員が軽快にキーボードを叩く。
「ちゃちゃっとやっちゃいますね。このあと、名前・ジョブ・ステータスはジョブ管理局で公開されます。成人とはいえ、まだ18歳なので、ご家族への説明と覚醒者法への同意も必要です」
「……はい」
「覚醒者法をダウンロードしてください。あー、ちょっとステータス低めですね。探索者養成所はどうされます?」
「……行こうと思っています」
「そうですか。では、こちらもダウンロードを」
言われるまま、個人端末を操作する。
「養成所は明日からです。身長は?」
「176センチです」
「その体型なら、LLですね」
渡されたのは、黒い長袖シャツとスパッツだった。
妙にツルツルしていて、やけに軽い。
「異世界素材製です。丈夫で伸縮性抜群。探索者は装備の下に着るので、“アンダーアーマー”って呼ばれてます」
「これ、無料ですか?」
「もちろん! 探索者は国の重要人材ですから。異世界資源はいくらあっても困りませんしね」
こちらを見ずに早口で話しながら、袋を渡される。
そのとき、後ろからひそひそ声が聞こえてきた。
「なんか“お笑い師”って言ってたぞ」
「聞いたことねえな。特殊職か?」
「いや、ステータス低いらしい」
「なんだハズレジョブかよ」
――ハズレ。
それは、生産系ジョブに向けて使われる俗称だ。
異世界素材で武器や防具を作る鍛冶師。
薬を精製し、エネルギーを抽出する錬金術師。
戦闘系のスキルを取りにくく、前線で戦うには向いていない。ただ、ハズレといっても戦闘向きではないだけだ。むしろ安全に稼ぎたい人間にとっては、当たりのジョブですらある。生産系は、戦わなくていい。
……じゃあ。
お笑い師は、どっちなんだ。
モニターに映る、自分の白い髪をじっと見つめる。
――笑いのジョブ。
なのに、今の俺は、まったく笑えなかった。
◇
覚醒者登録を終え、アンダーアーマーの入った袋を抱えて出口へ向かう。その途中、前から見覚えのある顔が歩いてきた。
脛比だ。
しかも、やけに暗い顔をしている。
「オレちゃん達、終わったー」
肩を落とし、大きくため息をつく。
「3人ともジョブがつかなかったよ」
「そっか……」
思わず、言葉が詰まった。3人とも、ということは骨田も、太野川も。いつも3人でつるんでいたけど、誰も覚醒しなかったのか。
覚醒者になれなかった人の進路は、大きく3つある。ベーシックインカムで暮らすか、大学へ進むか、これまでに身につけた技能で働くか。成績のあまり良くなったあの3人には、大学も就職も正直厳しいよな。
出口の上にある大きな時計が目に入る。
――やばい。
そろそろバイトの時間だ。
俺は、お笑い師とはいえ覚醒者になった。でも、今の脛比達にとっては、ただの自慢にしか聞こえないかもしれない。
「じゃあ……俺、行くわ」
なるべく普通に。
なるべく刺激しないように。
脛比の横を通り過ぎようとした、その瞬間。
ドンッ!!
「うわっ!?」
背中に強烈な衝撃が走り、前によろける。
「エイプリルフールは昨日だけどな。ばかとのサマー!」
「さっきのはウッソだよー! オレちゃんの演技、上手かった?」
「ばかとのー! ボクたち3人ともジョブついたんだよ!」
太野川と骨田も、いつの間にか横に立っていた。
太野川の髪は鮮やかな赤。
骨田の髪は緑。
……覚醒者か。
「なあ、バカとの。お前もジョブついただろ?」
「キミ、頭真っ白だね?」
「キミのジョブ、ボク達に聞こえるように、大きな声で言ってみなよ?」
白くなった俺の髪を見て、三人が口の端を吊り上げる。
……もう、分かってるな。これ。
「「「なんのジョブ!?」」」
三人の声が、ぴたりと重なった――その瞬間。
「おおおおおおおお!!」
会場の奥で、今日一番の歓声が爆発した。
「勇者が出たってよ!」
「マジ!? 特殊ジョブ!」
「しかも女勇者!!」
空気が、一瞬で塗り替わる。
視線が一斉に奥へ向かった。
太野川たちも、思わずそちらを振り向く。
――今だ。
俺はその隙に、人混みへ滑り込んだ。
背後では、まだ興奮が渦巻いている。
振り返らなかった。
会場の扉を抜け、外の空気を吸う。
ようやく、息ができた気がした。
覚醒者になれたのは、嬉しい。
それは本当だ。
でも――。
お笑い師って、何ができるんだよ。
戦えるのか。
戦えないのか。
役に立つのか。
ただのネタなのか。
ジョブさえつけば、探索者になれる。そう思っていた。けれど、どうやらスタートラインに立てたかどうかすら、まだ分からない。
◇
ジョブ判定の帰り道、俺はそのまま、いつものバイト先へ向かった。
覚醒者になった実感なんてものはない。
とりあえず、今日も働く。
それだけだ。
今日の仕事は荷詰め。荷下ろしよりはマシとはいえ、トラックに箱を積み込む作業は普通にきつい。
……今日、多くないか。
段ボールを抱え上げた瞬間、腰にずしりと重みがかかる。
汗が額を伝った。
「おい、早くしてくれねぇか」
背後から、刺すような声が飛ぶ。
「もう少しで終わります」
「グズグズすんなよ」
言い返す理由もない。
黙って、次の箱を持ち上げる。
異世界資源が新たなエネルギー源になってから、電力は無料になった。ロボットとAIの技術も一気に進歩して、工場も交通もサービス業も、自動化できるところは片っ端から自動化された。
その結果が、ベーシックインカムだ。働かなくても、最低限は生きていける時代。学生は、生活に行き詰まることもない。
でも、何もしなくても手に入るのは“最低限”だけだ。ちょっとした贅沢や、その先にあるものは別になる。
日本では制度がうまくできていて、社会を支える仕事に参加した人間ほど、いろんな支援を受けやすい。地味で、面倒で、でも誰かがやらなきゃ困る仕事だ。
農業、物流、清掃、介護。
そういう仕事の案内は、だいたい覚醒者じゃないやつに優先して来る。別に強制じゃない。でも断り続ければ、支援の優先順位が落ちる。だから結局、たいていの人は何かしら働く。
最後の箱を積み終える。
トラックの扉を閉める音が、やけに大きく響いた。
俺は高校に入る前から、ずっと理由があってこのバイトを続けてきた。そして、今日が最後の日だ。覚醒者になれた以上、この仕事は辞めて、異世界へ行くつもりでいる。
とりあえず、これで薬代と最低限の装備代はなんとか揃いそうだ。
問題は――。
あのステータスで、本当にやっていけるのかってことだ。




