第1話 あなたのジョブはー
「おう、夏。お前も二時からか」
できれば、このまま聞こえなかったことにしたい。
……まあ、無理か。
振り向くと、元クラスメイトの太野川が、オレンジ色のスーツ姿で立っていた。
「あー……。すごいスーツだな」
「だろ。この色、目立つにはバッチリだぜ」
目立つというか、場違いさが発光している。
春なのに、虫でも寄ってきそうな色だ。
「まあ、確かに目立ってるよ」
「だろ。女も寄ってくるかもな。で、なんでお前はいつもの服なんだよ」
太野川は笑いながら、俺の全身を上から下まで眺めた。
その目つきで、何を考えているかだいたい分かる気がする。どうせ、「コイツは大したことないな」とでも思っているんだろう。
「この後バイトあるし、これでいいかなって」
「お前、まだ仕事してんのか! 別に働かなくても暮らせるだろ? ベーシックインカムなんだしよ」
まあ、そうなんだけど。
日本はもう、とっくに“働かなくても死なない国”になっていた。それが当たり前で育った俺たちの世代は、むしろ働く人のほうが少ない。
「で、この後、飲みに行くよな?」
「さっきも言っただろ。バイトだよ」
「なんだよ、もったいねえな。今日から成人だぜ」
そう言われても、実感なんてない。
急に背が伸びるわけでも、中身が急に変わるわけでもない。
「太野川も、別に変わった感じしないだろ?」
「今はな。だけど、この後ジョブがつけば“覚醒者”だろ」
そこは、たしかに違う。
日本の成人式は、高校を卒業した18歳の4月2日に行われている。そして、4年前からジョブ判定が同じ日になった。
成人式だけなら、たいした変化はない。
だが、ジョブ判定は別だ。
毎年、成人の半数がジョブを得て覚醒者になる。その半分に入れるかどうかで、これから先の人生は大きく変わる。
「昔は偉い奴の挨拶とかあったんだろ? なくなって助かるぜ。しかも今日から、酒も堂々と飲めるしな」
太野川は腹を揺らして笑った。
酒もタバコも18歳から解禁。
そういう時代になったが、俺はどっちにも興味がない。
「俺はいいかな」
「相変わらずつまんねーな。そんなんだからボッチなんだよ」
否定はしない。
いろいろ忙しいからな。
太野川は鼻で笑って、それから俺の後ろへ目を向けた。
「おっ、あいつら来たみたいだから行くわ」
ひらりと手を上げて去っていく背中を見送る。在学中もちょくちょく絡んできたけれど、今日は妙にあっさりしていた。
そのことが、少しだけ引っかかった。
◇
太野川と別れて、会場の中へ入る。
受付前のカメラの前に立つと、青い光が目をなぞった。
「虹彩を確認。羽賀登野夏さん。男性。成人おめでとうございます」
無機質な音声が流れ、そのあとで受付の女性がにこりと笑った。
「成人おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「いいジョブがつくといいですね」
「できれば戦闘職に。魔法使いなら、最高なんですけど」
つい、本音が漏れた。
受付の女性はタブレットに目を落としたまま、慣れた口調で言う。
「覚醒者になれるのは例年半分くらいです。基本の戦闘ジョブが4つで、他にも生産系や特殊職がありますから……。魔法使いとなると、だいたい9人に1人くらいですね」
やっぱり、かなり低い。
魔法使いでなくても、せめて戦闘職なら十分だ。
「今日は何人くらい受けるんですか?」
「全員で約955人です。この回は188人ですね」
そのうち半分が“選ばれる”。
そして、残り半分は――何も変わらない。
「18歳って、もっと多くないですか?」
「病気や障害などで受けない方もいますし、ベーシックインカムもありますから。無理に受ける必要はないですしね」
たしかに、ジョブがなくても生きてはいける。
「今日来れなかった人はどうなるんですか?」
「後日判定は可能です。ただ、探索者養成所への入所が遅れるので、個別補習になりますね」
探索者養成所。
門の向こう側の異世界へ行く前に通う場所。覚醒者にとっては、そこが最初の入口になる。
受付の女性が扉を指さした。
「会場は、その扉の先です」
「分かりました。ありがとうございます」
扉の向こうで、俺のこれからが決まる。
ただの成人か。
それとも、覚醒者か。
◇
扉を開けた瞬間、熱気が押し寄せた。
……多くないか?
少なく見ても、300人はいる。
ざわめきが壁に反射して、場内はひどく騒がしかった。奥の一段高い場所には、長い列ができている。
おそらく、あそこが判定場所。
焦っても仕方ない。
少し様子を見るか――そう思って歩き出したところで、横から声がした。
「夏さん、こんにちは」
振り向く。
一瞬、言葉が止まった。
東雲六華が、銀色の着物姿で立っていた。
綺麗だ。
……いや、ちょっと待て。
見惚れた次の瞬間、我に返る。
時雨さん、来てないよな……?
思わず、半歩だけ距離を取る。
淡い銀色の生地に咲く白百合が、照明を受けて静かに浮かび上がっていた。派手な色ではないのに、妙に目を引く。むしろ静かなぶんだけ、余計に目立って見えた。
六華は、俺より少し背が低く、細身。白い肌に、すっと通った鼻筋。黒い瞳は、整いすぎているせいか、どこか近寄りがたい。肩の下までまっすぐ伸びた黒髪は、動くたびに絹みたいに揺れた。
その佇まいと歩き方の優雅さから、在学中は「二校の百合」「百合の君」と呼ばれていた。
「こんにちは。着物、すごく似合ってるよ。いい色だね」
「ありがとうございます。これは銀鼠って言うんですよ」
六華は少しだけ頬を染めた。
それだけで、周囲の空気が一段やわらかくなる気がする。
「東雲さんもこの回だった?」
六華の眉が少し寄った。
「東雲って……。私もこの回でした。夏さんは終わりました?」
「いや、まだだよ。これから並ぼうと思ってる」
「私もこれからです」
一拍おいて、六華がまっすぐ俺を見た。
「夏さんは、ジョブがついたら探索者になるんですか?」
「そのつもり。探索者になれたら、欲しいものがあるんだ」
一歩ぶん、距離が縮まる。
黒い瞳が、俺の目から離れない。
心臓が、少しだけ速くなる。
「欲しいものって、なんですか?」
その視線に少したじろいで、俺は目をそらした。
六華はいつもこうだ。
静かな顔で、逃げ道だけ塞いでくる。
「えーっと……まずはジョブがつかないとな。それからだよ」
「そうですか……探索者にならないと手に入らないものなんですね」
六華の眉が、少しだけ寄る。
そのとき、後ろから六華を呼ぶ声がした。
六華はそちらに短く返事をしてから、もう一度だけこちらを見る。
「夏さん。ジョブがついたら、教えてくださいね」
「……考えておくよ」
六華は納得したように頷き、静かに会釈すると、列のほうへ歩いていった。歩くたび、着物に咲いた白百合が風に揺れているように見える。
卒業しても、二校の百合は健在だな。
そんなことを思いながら、俺も列へ向かった。
◇
歩き出すと、周囲の声が次々と耳に入ってきた。
「どうだった?」
「ダメだったー。覚醒者にはなれなかったし、大学でも行くかなー」
「やったぜ。戦士のジョブがついた」
「お前も覚醒者か。よかったな」
「なんか午前中に聖女が出たらしいぞ」
「マジか!?」
歓声とため息が、同じ空間に入り混じっている。壁際をすり抜けるように歩いていた、そのときだった。
「わぁあああっ!!」
ひときわ大きな歓声が上がる。
反射的にそちらを見る。
――そこにいたのは、少し困ったように微笑む六華だった。
友人たちに囲まれ、肩を揺さぶられ、手を取られ、あちこちから声をかけられている。よく見ると、黒髪だったはずの髪が、光をまとったような色に変わっていた。
……銀?
覚醒の瞬間に髪色が変わる者は珍しくない。
つまり。
六華も、覚醒者になった。
うれしいのか。それとも、少し遠くへ行ってしまった気がしたのか。自分でも、よくわからなかった。
ざわめきの中心にいる六華が、こちらを見た気がした。
だが、その視線はすぐ人の波に隠れる。
……さて。
俺も、そろそろ並ぶか。
列はさっきより短くなっていた。
一番前の人が歓喜に震え、その次の人が肩を落とす。
たった数秒。
俺の目の前にいた男は、肩を落とし、足を引きずるように出口へ向かっていった。
覚醒者になれるか、なれないか。
それだけで――。
そして、いよいよ俺の番が来た。
「成人おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「これからジョブ判定を行います。では、オーブを挟むように手を当ててください」
目の前にあるのは、直径30センチほどの黒い球体だった。
手を伸ばす前に、深呼吸をひとつ。胸の鼓動が速くなっているのが、自分でもわかる。
どうか――戦闘職ジョブを。
できれば……魔法使いで。
祈るような気持ちで、オーブに手を当てた。
その瞬間、体の奥がふっと熱を帯びた。
体が、かすかに光った気がする。
係員が、ぴたりと動きを止めた。
「……え?」
隣のモニターを見る。
もう一度、オーブを見る。
それから、またモニターを見る。
な、何?
係員は軽く咳払いをして、告げた。
「羽賀登野夏さん。あなたのジョブは――」
……。
…………。
「――お笑い師です」
「……はい?」




