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第27話 言えること、言えないこと

 六華と別れた後の帰り道。


 時雨さんにあんな目で見られるなんてな。


 何も悪いことしてないよな、そう考えながら歩いていると端末がブルリと震えた。


 北海からのメッセージだった。


『リカバリードラフトの件、なんとかなるかもしれない』


 一瞬、意味を理解するのが遅れるが、すぐに返信する。


『ほんとか? こんなに早く?』


 すぐに既読がついた。


『ああ。上司が融通できそうだって』


 思っていたより早い。しかも今、リカバリードラフトそのものが手に入らないと真宮寺さんから聞いている。


『いつ頃手に入るんだ?』

『そんなに時間はかからないらしいぞ』


 もし本当なら、今回の月光草は真宮寺さんに渡してもいいかもしれない。


『手に入ったら場所を教えるから、小蓮ちゃんを連れて来てくれ』


『どこに?』


『多分うちのギルドの関連施設になると思う』


『病院じゃないのか?』


 すぐに打ち返す。

 数秒して、北海から返信が来た。


『まだ正式な手続き前だから、表に出せないんだってよ。そのへんはまた説明する』


 画面を見つめたまま、足が止まる。


 妙にぼかした言い回しだったが――

 もし本当に小蓮に使えるなら。


『分かった。後で詳しい話を聞かせてくれ』

『おう、任せとけ』


 短いやり取りが終わる。


 端末の画面が暗くなって、そこに自分の顔がぼんやり映った。


 真宮寺さんの家族。

 小蓮。


 どっちか一人しか救えないなんて、そんなの嫌だった。



「ただいま」


 靴を脱いで廊下を進む。


 リビングの戸を開けると、小蓮がソファに座っていた。薄い毛布を膝にかけて、端末を見ていたらしい。


 俺の顔を見ると、すぐに目を上げる。


「おかえり、夏」


「……ただいま」


 声が、少しだけ詰まった。小蓮はそんな俺の様子に気づいたのか、端末を膝の上に置いた。


「どうしたの?」

「いや……」


 言おうとして、言葉が止まる。


「何かあった?」


 小蓮がもう一度聞く。


 俺は小蓮をまっすぐに見た。


「……月光草、見つかった」

「え?」


 小蓮の目が、はっきり大きくなる。


「本当に?」


「ああ。今日は薬草採取の依頼だったんだけど、いろいろあってな」


 一瞬の沈黙のあと、小蓮が立ち上がりかけて、すぐに座り直した。体に力が入りすぎたんだろう。


「それって……、リカバリードラフトの材料だよね」

「そう」

「じゃあ……!」


 そこまで言って、小蓮は止まった。

 俺の顔を見て、何かを読み取ったみたいだった。


「……一人分」


「一人分?」


「月光草一株で、リカバリードラフト一人分の原料になるって。けど、それだけじゃ完成しない。補助素材もいるし、腕のいい錬金術師も必要なんだってさ」


 小蓮はゆっくりと息を吐いた。


「そっか」


 落胆、というより整理している顔だった。


「真宮寺さんの家族も必要としてる」


 小蓮は、少しだけ笑った。


「うん。私はまだ時間あるだろうし」


 その言葉に、少しだけ救われる。けれど、まだ言っていないことが残っていた。


「……それだけ?」


 小蓮がふいに言う。


「え?」

「夏、まだ何か隠してる顔してる」


 ぎくりとした。

 昔から、こういうところは鋭い。


「いや……」


 言いかけて、飲み込む。


 北海のリカバリードラフトの件だ。

 まだ確定じゃない。


「……また、月光草が見つからないかなと思って」


 自分でも苦しいごまかしだと思った。でも、小蓮はしばらく俺の顔を見たあと、ふっと息を吐く。


「そう……」


 たぶん、全部は信じていない。でも、それ以上は聞かないでくれた。


「まずは、真宮寺さんの家族の話とか聞かないとね」

「……ああ」


 リビングには、期待と不安のどちらにも寄りきれない空気だけが残った。


 それからしばらくして、母さんと父さんが店から帰ってきた。

 

 初めての依頼の話や真宮寺さんの強さの話をした。

 小蓮も、俺も、月光草の話はしなかった。


 言えば、きっと二人は喜ぶけれど、誰かの犠牲で成り立つとしたら、素直に喜べないだろう。

 


 自分の部屋に戻ってベッドに寝転ぶ。


 今日は色々ありすぎた。


 薬草採取。

 スライム。

 ホーンラビット。

 ゴブリン。

 グレイウルフ。

 ブラックオニキス。

 月光草。


 ポケットから端末を取り出す。

 真っ黒になった画面に、自分の顔がぼんやり映った。


 その時だった。

 

 ブルリ、と端末が震えた。反射的に画面を見る。表示されていた名前を見て、なぜか背筋が伸びた。


 真宮寺真里亞


 今日登録したばかりの名前だった。


 メッセージを開く。


『起きていますか』


 短い一文。


『起きてる』


『よかったです』


 少し間を置いて、次のメッセージが届く。


『今日はありがとうございました』

『月光草のこと?』

『それもあります』


 それ、も。


 画面を見つめたまま、少しだけ黙る。


『グレイウルフの時も助かりました』


 あれは助けたというより、勝手に体が動いて、勝手に変なことになっただけだ。しかも最後はジャージまで脱げた。


 思い出して、ちょっと頭を抱えたくなる。


『あれは本当に狙ったわけじゃない』


『分かっています』


『分かってるならいいけど』


 送ってから、少しだけ間が空いた。何を打っているんだろう。そう思っているうちに、また画面が震える。


『庇おうとしてくれたのは分かりました』


 部屋の中がやけに静かに感じる。


『体が勝手』


 途中まで打ち込んでやめる。何か他に言いようがある気がして考えていたら、真宮寺さんから先に届いた。


『誰にでもああなんですか』


『ああって?』


『誰かが危ないと思ったら、考える前に前へ出るところです』


 太野川達の時は、一度もなかったな。


『いや。今までは一度もなかった』


 続けて送る。


『真宮寺さんなら当たってもダメージがなかったかも。迷惑だったならごめん』


 すぐに返信が来た。


『迷惑ではありません』


 数秒迷ってから、俺はメッセージを打つ。


『月光草のこと、家族と話した?』


 既読がつく。でも、返事はすぐには来なかった。


 たぶん数十秒。

 でも、やけに長く感じた。


 ようやく届いた返事は、短かった。


『話しました。羽賀登野さんは?』


 画面を見つめたまま、指が止まる。小蓮には月光草のことを話した。でも、北海のことは言っていない。


『妹には、月光草のことは話した』


『そうですか』


 少し迷ってから、俺は端末を打つ。


『真宮寺さんは、誰に使うつもりなんだ?』


 送ってから、少し踏み込みすぎたかと思った。でも、月光草が一人分しかない以上、そこは避けて通れない話だった。


 既読はすぐについた。なのに、返事は来ない。


 数秒。

 それだけのはずなのに、やけに長く感じる。

 

 やっぱり聞くべきじゃなかったか。

 そう思い始めた頃、ようやく画面が震えた。


『母です』


 思わず、画面を見つめる。


『お母さん?』


 すぐに返す。


『はい。父は薬を探して海外にいます。明日帰国の予定です』


『お母さん、病気?』


 また少し間が空く。

 それから届いた返事は、やっぱり短かった。


『中学生の頃からです。普通の薬では、もうほとんど効きません』


 胸の奥が、少しだけ重くなる。


 小蓮と同じだ。全部じゃなくても、少なくとも似ている。


『そっか』


 それしか返せなかった。


『だから、私も必要なんです』


 その一文だけで十分だった。

 必死なんだ、と思った。


 俺は少しだけ指を止めてから、メッセージを打つ。


『分かった。教えてくれてありがとう』


 既読がつく。


 返事はすぐだった。


『羽賀登野さんも、妹さんのためなんですよね』


『そうだよ』


 短く返す。

 それだけなのに、何かを認め合ったみたいな妙な静けさがあった。


 その後は、明日またよろしくとお互いにメッセージを送り合った。


 たったそれだけのやり取りなのに、真宮寺さんが少しだけ遠い人じゃなくなった気がした。

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