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第26話 東雲六華2

 ギルド協会本部を出ると、空はもう夕方の色に染まり始めていた。


 異世界での時間は、あんなに長く感じたのに、地球に戻ってくるとまだ日が沈みきっていない。

 

 異世界での時間と、こっちの時間。


 頭では分かっていても、やっぱり少し変な感じがする。


 肩も足も、妙に重かった。


 怪我らしい怪我はしていない。していないはずなのに、全身がじわじわ疲れている。


 端末をポケットに押し込みながら、俺は家へ向かう道を歩いた。


 薬草。

 ブラックオニキス。

 月光草。

 真宮寺さん。

 

 頭の中で、今日の出来事がまだごちゃごちゃしている。


 その時だった。


「夏さん」


 不意に名前を呼ばれて、足が止まった。


 顔を上げる。


 歩道脇の街路樹のそばに、六華が立っていた。


 夕方の光を受けて、銀の髪がやわらかく光って見える。軽鎧姿のまま、小さく首を傾げてこっちを見ていた。


「……六華?」

「おかえり」

「ただいま、ってまだ帰ってる途中だけど」


 そう返すと、六華は少しだけ笑った。


「無事に戻ってきたなら、それでいいから」


 その言い方が、妙に六華らしかった。


 俺は少しだけ目を瞬かせる。


「なんでここに?」

「たまたま」

「絶対うそだろ」

「……半分くらいは」


 視線を逸らしながら言うあたり、分かりやすすぎる。


 俺が黙っていると、六華は少しだけ唇を結んだ。


「昨日送ったでしょ」

「え?」

「会えたらいいって」


 真正面から言われて、一瞬だけ言葉に詰まる。


「待ってた?」

「うん」


 六華はあっさり頷いた。


「帰り道で倒れてないかな、とか。変なところで一人で座り込んでないかな、とか」


「そっちかよ」


 思わず言うと、六華はまた少しだけ笑った。


「今日、大変だった?」

「……まあ、いろいろあったな」


 相変わらずスライムすら倒せないし、ゴブリンには斬られるし、グレイウルフには……。

 

 そう思っていると、六華が一歩だけ近づいた。


「怪我、してない?」

「たぶん」

「たぶん、って何」


 真宮寺さんと同じことを言われて、少しだけ変な気分になる。


「見た感じは大丈夫そうだけど……」


 六華がそう言いながら、俺の肩に手を伸ばした時。

 

「六華。そろそろ帰るよ」


 いつの間にか俺たちの後ろに、時雨しぐれさんが立っていた。

 

 六華が焦ったように手を引いた。


「兄さん。どうしてここに?」

「どうしてって、六華の初依頼だろ。お祝いしなくちゃな」


 六華は小さく息を吐く。


「もう。家で待ってくれればいいのに」

「どんな成果か早く知りたくてな。さあ早く帰るよ」


 時雨さんが六華の肩に触れようとするのを、六華がするりと躱した。


「夏さんが無事なら、とりあえず今日はそれでいいです。仕方ないけど帰ります。また今度ゆっくり話をしましょう」 


「ああ。六華、ありがとな。また今度ゆっくり」


 六華は少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。


「うん。またね」


 二人が背を向けて歩き出した後、時雨さんがこっちを振り向いた。


 まるで、俺を射殺さんとしている目だった。



 side東雲六華


 兄さんの隣を歩きながら、私は少しだけ唇を噛んだ。


 せっかく、ちゃんと顔を見て話せたのに。


 夏さんは疲れていたけれど、怪我もなさそうだった。それだけで少し安心したのに、もっと聞きたいことはたくさんあった。


 今日の依頼はどうだったのか。

 何があったのか。

 

 でも、兄さんが来たせいで全部そこで途切れてしまった。


「そんなに不満そうな顔をするなよ」


 横から兄さんの声がする。


「してない」

「してる。昔から分かりやすいんだよ、お前は」


 そう言われて、少しだけむっとする。

 でも言い返さなかった。


「兄さん」

「ん?」

「さっき、いつから見てたの?」


 兄さんは少しだけ肩をすくめた。


「途中からだよ」

「途中って、どこから?」

「さあ、どうだったかな? おかえりって聞こえたかな」


 思わず足が止まりそうになる。


 最初から見ていた?


 兄さんは別に怒っているようには見えない。

 いつも通りの顔だった。


「……それって最初からじゃ」

「偶然だよ」


 あっさり返される。

 否定もしない。からかいもしない。

 でも、その返事の仕方が妙に冷たく感じた。


 さっきの兄さんの目を思い出す。


 夏さんを見た時の、あの目。

 あれはただの警戒じゃなかった気がする。


 まるで、最初から嫌っているみたいな。あるいは、近づいてほしくないものを見るみたいな目だった。


 どうして、あんなふうに見たんだろう。


 兄さんは昔から私に過保護だった。

 それは知っている。

 でも、さっきのは少し違った。


「兄さん、夏さんに何かした?」

「何もしてないよ」


 返事は早かった。

 早すぎるくらいに。


 私は前を向いたまま、小さく息を吐く。


 嘘かどうかは分からない。でも、本当に何もないなら、あんな目はしない気がした。


 それに。


 夏さんがあの時、少しだけ表情を固くしたのも、たぶん気のせいじゃない。


 私の知らないところで、何かあったんじゃないか。そう思うと、胸の奥が妙にざわついた。


 兄さんのことを信じていないわけじゃない。

 家族だし、今までずっと守ってくれた。


 それでも、今日は少しだけ分からなかった。


 どうしてあんなふうに、夏さんを見たのか。


 風が吹いて、銀の髪が頬にかかる。

 私はそれを耳にかけながら、さっきの帰り道を思い出す。


 「また今度、ゆっくり」と、まっすぐ言ってくれた。


 その一言だけで、胸の奥がやわらかくなったこと。


 もっと話したかった。

 もう少しだけ、一緒に歩きたかった。


 そんなふうに思ってしまった自分に、今さら気づく。


 兄さんが隣で何か言っていたけれど、半分も頭に入ってこなかった。

 

 それより、夏さんのことが気になって仕方なかった。


 ちゃんと休めるだろうか。

 また一人で無理をしていないだろうか。

 そこまで考えて、私は小さく目を伏せる。


 おかしい。


 今日は、無事を確認できればそれでよかったはずなのに。


 なのに今は、それだけじゃ全然足りない。


 会えて嬉しかった。

 少ししか話せなくて、物足りなかった。

 兄さんに邪魔されたのが、嫌だった。


 そこまで認めてしまうと、もう誤魔化しきれなかった。


 私はそっと指先を握る。


 次は、兄さんがいない時に会いたい。

 そう思った瞬間、自分の中で何かがひとつ、はっきりした気がした。

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