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第24話 月光草

 岩場の奥へ進むにつれて、黒い石は少しずつ増えていった。


 むき出しの岩肌。

 裂け目みたいな隙間。

 踏みしめるたびに、小石がじゃりっと音を立てる。


 骨田が先頭で腕輪の表示を何度も確認していた。その横で太野川と脛比が、落ちている黒い石をいちいち覗き込んでいる。


「これじゃね?」

「いや、違うっぽい」

「黒けりゃ何でもいいわけじゃないんだな」


 そんなことを言いながら進んでいた時だった。腕輪を見ていた骨田が、止まった。


「……あ」


 一気に全員の視線が集まる。


 岩陰に半分埋もれるようにして、黒い鉱石が顔を出していた。表面は鈍く光っていて、普通の石よりずっと重たそうに見える。


 腕輪の表示された文字を見て、太野川が声を上げた。


「おっ、マジか! ブラックオニキス!」

「やったじゃん」

 脛比が笑う。


 太野川はすぐにしゃがみ込み、鉱石の周囲の土を払った。


「結構デカくね?」

「当たりだね」

 骨田も満足そうに頷く。


 俺も少し遅れて近づく。でも、俺の頭の中にあるのは別の名前だった。


 月光草。


 岩場に生えていることが多いなら、この近くに――。そんなことを考えながら、一歩踏み出した、その瞬間。


 ズルッ。


「え?」


 足元の小石が滑った。

 体が傾く。

 咄嗟に踏ん張ろうとして、逆にもう片足ももつれる。


「うわっ」


 バランスが崩れる。

 腕を振る。

 空を切る。


「ヘブシッ!!」


 変なくしゃみまで飛び出した。

 次の瞬間、俺の体はそのまま斜め下の岩棚へ向かって転がり落ちていた。


「羽賀登野さん!」

「なんだ!?」


 上から声が飛ぶ。


 ゴロッ。

 ドンッ。


 変な音を立てながら、俺は一メートルほど下の岩棚に尻から落ちた。


「っつ……」

 いや、そこまで痛くないか。


「大丈夫ですか!」

 真宮寺さんの声が上から落ちてくる。


「だ、大丈夫……」

 そう答えながら顔を上げる。


「大丈夫なら早く上がってこいよ」

 太野川がすぐに見えなくなる。


 立ち上がり、砂を払ってふと足元を見る。

 岩の裂け目。

 

 その奥、薄暗い隙間に、白っぽい葉を揺らす草が生えていた。夜の光を閉じ込めたみたいに、淡く銀色に光っている。


 これってもしかして……。

 腕輪をかざしてみる。


「……え?」


 表示を見て、息が止まる。

 腕輪の表示には、はっきり文字が出ていた。


 ――月光草。


 喉が鳴る。

 見つけた。

 本当に、あった。


 上から小石が落ちてくる。

 耳を澄ますと、聞こえるのは石を削る音だ。

 上の三人は、こちらを気にする様子もなく、ブラックオニキスの周りで騒いでいる。


「おい、これ当たりじゃねぇ!?」

「結構大きいかも!」

「念の為、採掘道具持ってきてよかった」


 ……あいつららしい。


 でも、そんなことより先に、俺は目の前の月光草から目を離せなかった。


 白というより、薄い銀色。細い葉が岩の隙間から何本も伸びていて、根元の方がわずかに青白く光っている。


「羽賀登野さん」


 真宮寺さんの声が、すぐ近くで聞こえた。

 顔を上げると、真宮寺さんだけが足場を確かめながらこっちへ下りてきていた。


「あった……」


 俺がそう言うと、真宮寺さんの動きが止まった。

 視線が、俺の見ている先へ落ちる。


 次の瞬間。

 その黒い瞳が、ほんのわずかに見開かれた。


「……月光草」


 真宮寺さんは、俺の隣にしゃがみ込む。

 腕輪を月光草へ近づけた。

 表示を見て、息を止めるような気配があった。


「……間違いありません」

「だよな」

「私が取っていいですか」

「……任せるよ」


 真宮寺さんは保存ケースを開き、ゆっくり手をのばす。その動きは、さっきまでの薬草採取よりずっと慎重だった。


 俺は息を止める。


 岩の隙間の土を、少しずつ崩す。

 細い根が見えてくる。

 真宮寺さんは月光草を見たまま答える。


「市場に出る量も少ないですし、状態が悪いと価値が大きく落ちます」


 声は落ち着いている。

 でも、指先だけは少しだけ力が入っているように見えた。


「そうなんだ」

「……はい」


 やがて、真宮寺さんの指先が月光草の根元をそっと支えた。


「抜きます」

 小さな声。


 次の瞬間、月光草は、ほとんど抵抗もなく、するりと岩の隙間から抜けた。

 白銀の葉が、手の中で静かに揺れる。


「……取れた」

 思わず声が漏れる。


 真宮寺さんは、すぐに保存ケースへ月光草を収めた。


 上ではまだ太野川たちが騒いでいる。


「うおっ、これ結構重い!」

「いくらになるかな?」

「ボクのおかげでしょ?」


 その声が、妙に遠く感じた。


 真宮寺さんはケースを両手で持ったまま、しばらく黙っていた。

 それから、ほんの少しだけ目を伏せる。


 この場合、月光草はどうする?

 見つけたのは俺だ。

 でも、落ちた先にあっただけだし、取ったのは真宮寺さんだ。

 

 俺は真宮寺さんに何か言おうとして、言葉に詰まる。


 その沈黙の中で、上から脛比の声が落ちてきた。


「おーい! そっち無事ー?」

「無事なら早く上がってきてよ!」

 骨田の声も続く。


 今さらかよ、と思う。


 真宮寺さんが小さく息を吐いた。


「……行きましょう」

「ああ」


 彼女が先に岩を登り始める。

 俺もその後に続こうとして、足元の小石を踏んだ。


 ぐらっ。


「うわっ」

「羽賀登野さん」


 真宮寺さんが振り返る。

 すぐに手が伸びてきて、俺の腕を掴んだ。


 その手は細いのに、驚くほどしっかりしていた。


「危ないですよ」

「ありがとう」


 そう言うと、ほんのわずかに、真宮寺さんの口元が緩んだ気がした。


 岩場の上に戻ると、太野川たちはブラックオニキスの周りにしゃがみ込んだままだった。


「お、戻ったか」

「そっちは?」

「何かあったの?」


 真宮寺さんは月光草のケースに手を当てていた。


「もしかして月光草?」

 骨田の目が少しだけ細くなる。


「ならボクのおかげだね。真里亞さん、よかったでしょ」

「……そうですね」


 そこで、骨田がわざとらしく首を傾げた。


「でもさ、それって第8パーティーで見つけたものだよね?」


 一瞬、空気が止まる。


「……何が言いたいんだよ」

 太野川が顔を上げる。


 骨田は肩をすくめた。


「いや、パーティーで動いて見つけたなら、普通は共有物じゃないのかなって」


「……ああ、なるほどな」

 太野川の口元がにやりと歪む。


 嫌な流れだった。


「ブラックオニキスはともかく、月光草だって売れば金になるんだろ?」

 太野川が言う。


「だったら、誰か一人のものってのも変じゃない?」

 脛比も笑いながら続ける。


 思わず一歩前に出ていた。

 三人の視線が、こっちへ向く。


「見つけたのは俺だけど」

「でも採ったのは真里亞さんだよね?」

 

 骨田がすぐに返す。


「それに、ここまで来たのは第8パーティー全員だし」

 脛比が口を挟む。


「だったら分け前くらいあって当然じゃねぇの?」

 太野川が腕を組んだ。


 一瞬身体中に力が入ったが、息を吐き、頭を下げる。


「頼む。ブラックオニキスの金はいらない。今日の薬草採取の報酬もいらない。だから月光草だけは譲ってくれ」


 言ってから、自分でも声が強くなっているのが分かった。


 太野川が眉をひそめる。


「何に使うんだよ?」

「……妹のためだ」


 言った瞬間、空気が少し変わった。


 脛比が口を閉じる。

 骨田も、今度はすぐに言葉を返さなかった。


「とりあえず帰還してからにしましょう」


 真宮寺さんの声は、静かだった。

 彼女はケースを両手で持ったまま、まっすぐ前を見ていた。

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