第21話 ゴブリンの襲撃
スライムの一団を片づけたあと、また薬草を探し始めた。
俺のダメージは思ったより軽かったし、真宮寺さんも何も言わなかった。
さっきまでの軽い空気はさすがに消えていたが、採取自体は思ったより順調だった。
一本。
二本。
三本。
保存ケースの中に、細い薬草が少しずつ増えていく。
トーカ平原には、薬草がわりと生えているらしく、腕輪の表示を確認しながら進めば、見つけること自体はそこまで苦労しなかった。
途中で切れないように抜いて、ケースへ入れる。やることはそれだけだ。
真宮寺さんは、少し先でしゃがみ込み、無駄のない手つきで薬草を採っていた。
太野川は周囲をうろつきながら、たまに草をかき分ける。
脛比は落ち着きなく視線を動かし、骨田は腕輪の地図を何度も見直していた。
風が吹く。草の波が、さあっと揺れる。
その時だった。
真宮寺さんの手が止まった。
「……静かに」
低い声。
全員の動きが止まる。
「何だよ、今度は」
太野川が顔を上げる。
真宮寺さんは答えない。
ただ、足元の地面を見ていた。
俺もそっちを見る。
草の根元の土が、不自然にえぐれていた。
細い足跡が、いくつも重なっている。
「これ……」
言いかけた、その瞬間。
背の高い草むらの奥から、濁った声が上がった。
「ギャッ」
左右の草をかき分けるようにして飛び出してきたのは、三体のゴブリンだった。
背丈は低い。けれど、目つきは獣みたいにぎらついている。
手には木の棍棒。その先端は黒ずんでいて、何度も何かを殴ってきたみたいだった。
「っ、来たぞ!」
太野川が真っ先に叫ぶ。
次の瞬間には、もう前へ出ていた。
脛比も反射みたいに地面を蹴る。
骨田は少し遅れて杖を構えた。
「三体だけだろ!」
「先にやる!」
「逃がさないよ!」
待て、と思った時にはもう遅かった。
三体のゴブリンは、こっちを見た瞬間に真っ直ぐ後ろへ走る。
「逃げんな!」
太野川が追う。
脛比もその後ろへ飛ぶ。
「伸、援護!」
「分かってる!」
骨田も二人を追って駆け出した。
「おい、待て!」
俺の声は、草原に吸われるみたいに消えた。
あっという間だった。
ほんの数秒で、太野川たち三人の背中が遠ざかっていく。
残されたのは、俺と真宮寺さんだけ。
「……勝手だな」
思わず口から出る。
真宮寺さんは答えなかった。ただ、太野川たちが走っていった方向を一度見て、それからゆっくりと周囲へ視線を巡らせる。
風が吹く。
草が揺れる。
その揺れの中に、別の動きが混じった。
「――来ます」
真宮寺さんの声が低く落ちる。
次の瞬間。
前方の草が割れた。
一体。
二体。
さらに横から一体。
そして背後、少し離れた位置から、もう一体。
二体は棍棒、もう二体は錆びたショートソードを構えて走り出した。
――四体。
「マジか……」
さっきの三体は囮か?
俺は反射的にダガーを抜いた。
また、刃が通らないかもしれない。それでも、構えずにはいられなかった。
四体のゴブリンは、どいつもこいつも、真っ直ぐ真宮寺さんへ向かっている。
「ギャッ!」
正面の一体が飛びかかる。
真宮寺さんの剣が閃いた。
一刀。
ゴブリンの体が揺れて、黒い砂になる。
速い。
速いけど――残る三体は止まらない。
一体は正面から、もう二体は左右から回り込む。
まるで最初から、真宮寺さん一人を潰すつもりみたいだった。
「くっ……!」
真宮寺さんが正面の一体を切り捨てた。
その隙に、右後方の一体が錆びた剣を振り上げた。
(まずい)
距離が近い。真宮寺さんがそっちへ剣を戻すより、一瞬早い。
「ヒブシッ」
ゴブリンの剣が横に走った瞬間。
バシャ!
「痛っ……?」
かなり大きな音がした。
反射で身をすくめたのに、痛みが来ない。
(……え?)
切られたはずだ。
なのに、脇腹には熱も痛みもなかった。
「羽賀登野さん!」
真宮寺さんの声が、はっきり揺れた。
次の瞬間、炎が走る。
火の玉が、俺を斬りつけたゴブリンを真横から包みこむ。赤色の目が見開かれ、その体が黒い砂になって崩れる。
残りの二体は、もう消えていた。
「羽賀登野さん、大丈夫ですか?」
真宮寺さんが、心配そうに俺の体に手を伸ばす。
「……え?」
真宮寺さんの手が、俺の脇腹のあたりで止まる。
俺もつられてそこを見る。
服は切れていなかった。
血も出ていない。
さっき、たしかに音はした。
当たった感じはあった。
が、痛みはない。
あるのは、さっき身をすくめた時の変な強張りくらいだった。
「怪我は……ありませんね」
真宮寺さんが小さく言う。
俺は、消えたゴブリンが握っていた剣を見つめる。
刃は赤茶けていて、ひどく錆びていた。
「このショートソード、かなり錆びてるし……」
自分に言い聞かせるみたいに呟く。
「当たってなかったのか、効かなかったのか」
そう言ったものの、自分でも少し引っかかった。
あの距離で。
あの勢いで。
本当に、かすりもしていないなんてことがあるのか。
真宮寺さんは何も言わなかった。
ただ、じっと俺を見ている。
その時だった。
「おーい! お前ら大丈夫か!?」
草を踏みしめる音と一緒に、太野川の声が飛んできた。
脛比と骨田も、その後ろから歩いてくる。
真宮寺さんは、すっと手を引いた。
さっきまでのやり取りがなかったみたいに、もう表情を戻している。
「囮でした」
「は?」
太野川が眉をひそめる。
「最初の三体は、あなたたちを引き離すためのものです。残り四体が、こちらを襲ってきました」
「……マジかよ」
骨田が顔をしかめた。
脛比が俺を見る。
「で? ばかとのはどうしたの?」
「庇ってくれました」
真宮寺さんが淡々と言う。
一瞬、空気が止まった。
「は?」
「はぁ?」
「何してんの?」
三人の反応が、見事なくらい揃う。
「いや……なんか、体が勝手に」
そう答えると、自分でも変な言い訳みたいに聞こえた。でも、本当にそれしか言えなかった。
真宮寺さんは、少し目を伏せた後。
「だから、庇わなくても平気だと言ったはずです」
スライムの時よりも、ずっと小さい声だった。
「採取を再開します。あと少しです」
「まあ、そうだな」
太野川をはじめ、3人が頷く。
◇
依頼の薬草が全部集まった時。
俺の斜め前にいた真宮寺さんの横に、骨田がふと並んだ。
「ねえ、真里亞さん」
「……」
骨田のやつ、急に名前で呼びやがった。
「真里亞さんってば」
「……何でしょうか」
「月光草って、岩場に近い場所の方が出やすいらしいよ」
真宮寺さんの動きが、ほんの少しだけ止まった。
「……どうしてそれを?」
骨田は肩をすくめて笑う。
「協会本部で端末見てたでしょ」
その瞬間、空気が少しだけ変わった気がした。
「ボクが、岩場の方に誘導してあげるよ」
骨田は声を潜めているつもりなんだろうが、丸聞こえだった。
そのまま骨田は少し先へ出て、腕輪の地図を見た後、今度は岩場の方へ目を向けた。
それから、くるりと振り返って太野川に声をかける。
「剛、あっちの岩場の方、ブラックオニキスがあるかもしれない」
「ブラックオニキス?」
太野川がすぐに食いついた。
「うん。異世界で採れる黒い鉱石。地球に持ち帰って精製すると、素材になるやつ」
「へえ」
脛比も横から覗き込む。
ブラックオニキス。
異世界資源の中でも、武器や防具の素材として知られている鉱石だ。精製して加工すると、モンスターにダメージを与えられる装備になる。
「岩場の近くで見つかることが多いって。結構金になるってよ」
骨田が続ける。
「マジか」
太野川の目の色が、分かりやすく変わった。
「どうせ薬草採取も終わったし、そっち見に行くのもアリかもね?」
脛比が笑う。
「ボク、だいたい場所分かるよ」
骨田は少し得意げだった。
太野川は腕を組んで、岩場の方を見る。
考えているふりをしていたが、もう顔に出ていた。
「ブラックオニキスか……」
「当たりならデカいよ」
骨田が背中を押すように言う。
「よし。じゃあ、このまま岩場の方行くぞ」
太野川が言った。
「ちょっと待てよ」
思わず口を挟む。
「依頼は薬草採取だろ。勝手に寄り道していいのかよ」
「素材があるなら、取ったほうが得だろ」
太野川が即答する。
「ついでだよ、ついで」
脛比も軽い調子で言う。
骨田は何も言わず、ただ口元だけで笑っていた。
真宮寺さんの方を見る。
止めるかと思った。
でも、何も言わない。
ただ一度だけ、岩場の方へ視線を向けた。
本当に月光草があるなら、俺も行きたい。
風が吹く。
草が揺れる。
第8パーティーは、そのまま岩場の方へ向かうことになった。




