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第19話 初めての依頼

 翌朝、俺は探索者ギルド協会本部の前に立っていた。


 ガラス張りの高い外壁。正面玄関の上には、剣と杖と門を組み合わせた協会の紋章。

 

 出入りする探索者たちは、鎧姿の者もいれば、ローブ姿の者もいて、年齢も雰囲気もばらばらだった。


 養成所を卒業した探索者は、まずここで第一次パーティの正式登録を行う。そのあと、協会から初回依頼を受けて動き始める。


 二週間活動して、継続か再編かを決める――そういう流れらしい。


 つまり、今日が第8パーティとしての始まりだけど、正直うまくいく気はしなかった。


 自動ドアをくぐると、ひんやりした空気が肌に触れた。ロビーは思っていたより広く、天井も高い。


 受付カウンターの向こうには協会職員が並び、その左右には依頼掲示板、公開端末コーナー、資料閲覧室への案内板が見える。


 朝だというのに、すでに人は多い。

 依頼票を眺めている探索者。

 装備の相談をしている新人らしき二人組。

 窓口で大声を出して怒られている中年男。


 ……なんというか、急に“現場”って感じだな。


 養成所の中とは空気が違う。

 もう訓練じゃない。

 現場の熱気みたいなものを感じて、少しだけ喉が渇いた。


 ロビー中央に設置された大型モニターには、今日登録予定の第一次パーティーの番号が表示されていた。


 第8パーティー。集合時刻、午前8時。


 思ったより朝早かったせいで、日本史の授業でやった、会社員の話を思い出す。

 

 満員電車に乗って、朝早くから夜遅くまで働いていたらしい。今の時代には考えられない話だ。


 周囲を見回して、とりあえず壁際の公開端末コーナーに目を向けた、その時だった。


 ふと、少し離れた柱のそばに骨田の姿が見えた。何をしているのかと思ったが、次の瞬間、見覚えのあるワインレッドの髪が視界に入る。

 

 真宮寺さんだった。


 端末の前に一人で立ち、画面を見つめている。人の多いロビーの中なのに、そこだけ妙に静かに見えた。


 別に隠れるつもりはないけど、なんとなく声をかけづらい。少し離れた位置で立ち止まる。


 ふと端末の画面に目がいって、表示されていた文字に息が止まった。


 ――リカバリードラフト

 ――主要材料 月光草


 やっぱり。


 真宮寺さんは、あの薬のことを知っている。

 昨日の反応は、気のせいじゃなかった。


 その時、不意に真宮寺さんが顔を上げた。

 真っ直ぐに、こっちを見る。


 ……見つかった。


 逃げるのも変だ。

 俺は観念して、そのまま歩み寄った。


「おはよう」


 そう言うと、真宮寺さんは端末の画面を閉じた。


「おはようございます」


 相変わらず、声は落ち着いている。昨日と同じで、余計な感情は乗っていない。


「その薬……」


 言いながら、自分でも少し踏み込みすぎたかと思った。


 真宮寺さんは、すぐには答えなかった。

 ほんの数秒、静かに俺を見る。


「リカバリードラフトは、知っています」


 あっさりだった。

 隠す気はないらしい。


「欲しいの?」


 思わず聞いてしまう。すると真宮寺さんは、一度だけ視線を横にずらした。


「……はい」


 やっぱり。

 胸の奥が、少しだけざわつく。

 同じものを欲しがっている。


「理由、聞いてもいい?」


 今度は少し長く間が空いた。


 ロビーのざわめき。

 受付番号を呼ぶ機械音。

 遠くで誰かが笑う声。


 そんな音の中で、真宮寺さんは静かに言った。


「家族。それと……今はリカバリードラフトが手に入りません。いろいろ手を尽くしているのですが」

「……そうなのか」


 それ以上は聞けなかった。

 真宮寺さんは俺の顔を見て、それからほんの少しだけ目を細めた。


「あなたは?」

「妹のためなんだ」


 また少し、沈黙が落ちる。

 その沈黙を、場違いなくらい明るい声が突き破った。


「おーっ、いたいた! 第8パーティー集合ってここで合ってるよな!」


 太野川だ。その後ろから脛比と骨田。


「ハハ。バカとの、また同じ格好かよ」

「ヒヒ。さすがにもう慣れてきたよ」

「フフ。それがキミの制服かな」


 俺は異世界実習と同じ格好。


 頭には自転車用のヘルメット。

 高校時代の紺色ジャージ。

 肘にはエルボーパッド。

 膝にはニーパッド。

 足元はレザーブーツ。


 前にも見ていたからか、3人はあまり笑うことなく、真宮寺さんに挨拶をした。


 真宮寺さんは一瞬だけ三人を見た。

 そして、昨日と同じような明るい声で言った。


「おはようございます」


 その時、受付カウンターの上にあるモニターに、第8パーティーの番号が表示された。


【第8パーティー 登録窓口3番へ】


「呼ばれましたね」


 真宮寺さんが先に歩き出す。長い髪が背中で静かに揺れた。太野川たちが慌てて後を追う。俺も一歩遅れて、その背中を見ながら歩き出す。


 第8パーティー。


 最悪の三人に、最高の勇者。


 しかも、その勇者は俺と同じ薬を追っている。


 面倒なことしか起きる気がしなかった。



 窓口の奥にある小会議室へ通されると、そこには長机が二列に並べられていた。


 壁には周辺地図と簡易ダンジョン図。


 前方には、協会職員らしい男女が二人立っている。


「第8パーティーですね。全員そろっていますので、これより初回依頼の説明を始めます」


 眼鏡をかけた若い職員が、淡々とそう告げた。


 俺たちはそれぞれ席に着く。

 真宮寺さんは一番前。

 太野川たちはその後ろにまとまって座り、俺は少し離れた端の席に腰を下ろした。


「第一次パーティーに割り当てられる初回依頼は、原則として低危険度区域での採取、討伐、地形確認のいずれかです」


 職員が端末を操作すると、壁のモニターに依頼票が映し出された。


【第8パーティー 初回依頼】

 トーカ平原

 薬草の採取

 周辺のモンスター:スライム、ホーンラビット、ゴブリン


 薬草採取。討伐よりはマシそうだが、太野川たちと一緒だと思うと、簡単な依頼にも見えなかった。


「なお、今回は採取依頼が主目的ですので、戦闘は必要最低限でいいです。危険行動は禁止。採取した薬草は損傷させずに持ち帰ることを優先してください」


 職員はそこで一度言葉を切って、俺たちの腕を見た。


「採取対象の判別には、支給された腕輪を使ってください。腕輪には簡易識別機能が搭載されています。対象に近づけると、登録済みのデータと照合し、名称と採取可否が表示されます」


 前方のモニターに、腕輪を草へ近づける映像が映る。次の瞬間、草の名前と簡単な説明が表示された。


「判定精度は非常に高いです。現在登録されている植物に関しては、誤認はほとんどありません。基本的には腕輪の表示に従ってください」


「へえ、便利じゃん」

 太野川が小声で言う。


「履歴も残りますか」

 真宮寺さんが静かに尋ねた。


「残ります。採取時刻と対象種は腕輪側に記録され、帰還後に提出してください」


 淡々としたやり取りだった。でも、その質問の仕方で分かる。真宮寺さんは、この依頼を最初から“作業”として正確に処理するつもりらしい。


「指定数は十五株です。詳細は、後ほど各自の端末へ送信されます。なお、足場の不安定な区域もありますので、無理に奥へ入らないでください」


「なんだ。討伐じゃないのか」

 太野川が椅子にもたれながら言う。


「オレちゃんなら余裕だな」

 脛比が腕を回す。


「薬草取るだけなら楽だね」

 骨田も気楽そうに笑う。


 三人とも、完全に軽く見ていた。


「質問はありますか?」


 職員の言葉に、一瞬だけ部屋が静まる。誰も手を挙げない。


 俺は自分の左腕を見る。Eランクの文字が入った緑の腕輪。ただの身分証だと思っていたけど、思ったよりずっと探索者の道具らしかった。


「では、十分後に北側出入口前へ集合してください。簡易保存ケースを支給します」


 説明が終わり、椅子を引く音が重なる。


 真宮寺さんが真っ先に立ち上がり、太野川たちもそれに続いて立った。


 第8パーティーの初依頼。

 薬草採取。

 低危険度。

 新人向け。


 なのに、どうしてか――。

 嫌な予感だけは、最初から消えなかった。

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