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第18話 東雲六華1

 家に帰ると、玄関の中はしんとしていた。


 靴を脱いで廊下を進むと、リビングのソファに小蓮がいた。退院してまだ日が浅いからか、頬の色は少し薄い。それでも病室にいた時より、ずっと落ち着いて見えた。


「おかえり、夏」


 小蓮がこっちを見る。

 淡い金色の髪が、部屋の灯りを受けてやわらかく光っていた。


「ただいま」


 鞄を置いて、向かいの椅子に腰を下ろす。

 どっと疲れが出た。


「修了式、終わったんだよね?」

「ああ。一応、終わった」

「腕輪は?」

「これ」


 左腕を持ち上げる。

 緑色の腕輪。中央には大きく “E” の文字。


 小蓮が少し目を丸くした。


「へえ……。それが正式な探索者の証なんだ」

「そうらしい。嵌めた瞬間、ちょっと冷たかった」

「なんか微妙な感想だね」

「いや、もっとこう、感動するものかと思ったんだけど」


 言うと、小蓮がくすっと笑う。


「夏っぽい」


 その笑い方を見て、少しだけ安心する。

 それだけで、家に帰ってきた感じがした。


「で、第1ファーストパーティーは?」


 唐突に聞かれて、思わず顔をしかめた。


「……最悪?」

「なんで疑問形」


 小蓮が首を傾げる。


「太野川、脛比、骨田」

「うわ」


 即答だった。


「しかも、そこに真宮寺さん」

「え?」

「勇者」

「……それはまた。すごい組み合わせだね」


 すごい、で済ませていいのか分からない。

 俺は深く息を吐いた。


「最悪の三人に、最高峰の一人」

「これって、AIではバランスいいの?」

「さあ?」


 小蓮はマグカップを両手で包んだまま、じっとこっちを見てきた。


「真宮寺さんって、どんな人だった?」


 少しだけ考える。


「……思ってたよりも明るくて、しっかりした人だった」

「うん」

「愛想がよくて、ちゃんと相手に合わせて話す。でも、言うことははっきり言う」

「へえ」


 小蓮の目が細くなる。


「俺が欲しいものがあるって言ったら、あとで廊下まで追いかけてきて聞いてきた」

「何を?」

「何が欲しいのかって」


 一瞬だけ、小蓮の表情が動いた。


「で?」

「薬だって言ったよ。リカバリードラフトだって」


 小蓮は小さく息を止めた。

 でも、すぐに元の顔に戻る。


「……それで?」

「一瞬だけ反応した。ほんの一瞬だけど」

「何かあるのかな」

「名前だけは知ってるって」


 小蓮は少し黙り込んだ。

 窓の外はもう暗くなっていて、ガラスに部屋の灯りが映っている。


「夏」

「ん?」

「真宮寺さんも、何か欲しいものがあるかもね」

「……なんでそう思う?」

「なんとなく」


 小蓮は肩をすくめた。


「欲しいものがない人は、他人の欲しいものなんてわざわざ聞かないでしょ」

「まあ……それはそうか」


 第8パーティー。

 リカバリードラフト。


 上手くいく未来が全く想像できない。


 飲み物でも取りに椅子から立ちあがろうとした時。テーブルの上に置いた端末が、小さく震えた。


 画面を見る。


 東雲六華


『ちゃんと帰った?』


 短い一文だった。


 小蓮が、ちらっと端末を見る。


「六華?」

「ああ」


 そう返しながら、俺は短く打つ。


『帰ってる』


 すぐに既読がついた。


『ならよかった。今日、ずっと変だったから』


 その文を見て、少しだけ息が止まる。

 ずっと、か。


 小蓮がマグカップを両手で包んだまま、じっとこっちを見る。


 少し迷ってから、俺は返す。


『そんなに顔に出てた?』


 すぐに返信が来る。


『出てた。夏さんって分かりやすいし』


 そこまでは、まあ六華らしい。

 でも、その次の一文に指が止まった。


『私と一緒のパーティじゃなくて残念だった』


 一瞬、見間違いかと思った。

 小蓮が俺の顔を見て、少しだけ目を細める。


「どうしたの?」

「いや……別に」


 別に、ではない。

 でも、何て言えばいいのか分からない。


 画面を見る。

 六華から、すぐに追い打ちみたいなメッセージが来た。


『それなら、一緒にリカバリードラフトを探せるのに』


 小蓮が、何も聞かずにこっちを見ている。

 

『そうだな』


 結局、それしか返せなかった。


 小蓮が、ニヤニヤと笑っていた。


「六華なんだって?」

「……いや。リカバリードラフト探してくれるって」


 俺は画面に視線を落とす。


『それじゃ。また』


 それだけ打つのが精一杯だった。


 既読がついて、少ししてから返ってくる。


『うん。明日は会えるといいな』


 胸の奥が、妙に落ち着かない。


『時間が合えばな』


 そう返すと、六華から最後に一通だけ来た。


『そうだね』


 そこで、やり取りは終わった。


 端末の画面が暗くなる。


 その黒い画面を見つめながら、俺は小さく息を吐いた。

 なんか、これまでと違った感じだった。


 ふいに、時雨さんの声が蘇る。

 

「妹に迷惑をかけることだけは、しないでください」


 胸の奥に残っていた熱が、少しだけ冷えた。


 六華は、たぶん何も知らない。

 時雨さんが俺に何を言ったかも、俺がその言葉をまだ引きずっていることも。



 side東雲六華


 送信履歴を見た瞬間、私は端末を持ったまま固まった。


『私と一緒のパーティじゃなくて残念だった』

『それなら、一緒にリカバリードラフトを探せるのに』

『うん。明日は会えるといいな』


 ……何を送ってるんだろう、私は。


 なんか、もう少し、こう、自然に聞くつもりだったのに。ちゃんと帰ったか確認して、少し励まして、それで終わるはずだった。


 なのに気づいたら、一緒のパーティがよかったとか、明日会いたいとか、ほとんど隠す気のない文になっている。


 端末を胸の前で抱えて、私は小さくうずくまった。


 やってしまった。


 いや、変なことは言っていない。

 たぶん。

 たぶん、普通の範囲だ。


 少なくとも告白ではない。

 でも、普通に見えるかどうかと、私がこんな言い方をするかどうかは別だ。


 私は普段、こんなに風に送らない。

 気になっても、もう少し言葉を選ぶ。

 なのに今日は、それがうまくできなかった。

 夏さんの顔が、ずっと頭から離れなかったからだ。


 小さい頃のことを、ふいに思い出す。

 あの頃の私は、一人でいることが多かった。


 別にいじめられていたわけじゃない。

 ただ、何となく周りの輪に入るのが苦手で、気づけば少し離れた場所にいた。


 そんな時、夏さんだけは普通に声をかけてきた。


 昨日何してた?

 こっちで小蓮と三人で遊ぼう。

 とか。


 無理に引っ張るわけでもなく、放っておくわけでもなく、気づけば隣にいてくれた。


 くだらない話をして、変な顔をして、どうでもいいことで笑わせてくる。私はあまり表に出していなかったと思うけれど、それでもあの時間は嫌いじゃなかった。


 むしろ、楽しかった。

 たくさん笑わせてもらった。

 夏さんと小蓮ちゃんがいるのが、少しだけ当たり前になっていた。


 だけど、小蓮ちゃんの具合が悪くなってからは、なかなか三人で過ごせなくなった。

 

 夏さんはバイトをするようになり、小蓮ちゃんは病院で過ごす時間が長くなった。


 だからこそ、修了式の後やパーティ発表の時の、あの張りつめた顔が気になった。


 ああいう顔を見てしまうと、放っておけない。……いや、放っておきたくない、の方が近いのかもしれない。


 でも、端末の画面に残った文を見ると、自分の気持ちが思っていたより外に出ていたことだけは、もう誤魔化せなかった。


『明日は会えるといいな』


 あんなこと、こんなに素直に送るつもりじゃなかったのに。


 熱くなった頬に手を当てて、足をバタつかせた。


「コンコンコンコン」


 部屋の扉が鳴る。


「六華大丈夫か? 何かあったのか」

「えっ、兄さん。な、何でもないよ」

「本当に大丈夫なのか。なんかすごく嫌な感じがしたんだけど」

「本当に大丈夫だから」

「……それならいいけど」


 兄さんは心配症すぎる。


 それより、明日夏くんと会ったらどうしよう。

 ……変な顔をしなければいいけど。

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