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第17話 第1次パーティ結成

 体育館には、式典特有の張りつめた空気がなかった。

 毎年何人かは異世界実習のあとに探索者を諦めるらしいが、今年はいなかったせいかもしれない。


 壇上には校章の入った旗。

 整然と並べられた折りたたみ椅子。

 ざわめきを静かに抑えるみたいな、柔らかなBGM。


 名前を呼ばれるたび、ひとりずつ前へ出ていく。


「羽賀登野 夏」


 俺の番だ。


 壇上へ上がると、担当の先生が立っていた。


「探索者としての初歩は、これで修了です」


 短い言葉のあと、緑色の腕輪が差し出された。

 中央には、大きく “E” の文字。


 個人端末は異世界に持ち込めない。

 門を通る前に弾かれてしまうからだ。


 その代わり、探索者に支給される腕輪には、依頼内容の確認、簡易地図の表示、採取対象の識別、行動記録といった探索用の機能がまとめられている。

 錬金術師と鍛冶師が共同で作り上げたもので、異世界でも問題なく使える数少ない道具のひとつだった。


 この腕輪が、正式な探索者の証だ。

 腕に嵌めた瞬間、ひやりとした感触が走った。



 修了式とランク認定が終わる。

 そのあと、あちこちに自然と人の輪ができていた。


 でも――俺の席の周りだけ、ぽっかり静かだった。


 スキルも使えず、レベルも上がらないお笑い師。

 誰かに祝われるような成績じゃない。


 壇上のモニターが明るくなる。

 AIによるパーティ編成の結果発表だ。


 養成所での戦闘データや相性を自動分析して組まれる、第一次ファーストパーティ。

 とりあえず二週間の期限だが、七割はそのまま続くらしい。

 

 とはいえ、俺みたいな例外職がどう扱われるのか、不安しかなかった。


 大型スクリーンに次々と名前が映し出される。


 そして――。

 俺の名前が表示された瞬間、こめかみが重くなった。


《第8パーティ》

 真宮寺 真里亞

 太野川 剛

 脛比 武夫

 骨田 伸

 羽賀登野 夏


 最悪の三人と。

 最高峰の一人。


 太野川たちが、こっちを見て笑う。


 強さのバランスを考えたらこうなったのか?

 真宮寺さん――勇者が同じパーティだなんて。



 パーティー編成の発表が終わると、教室のあちこちで小さな輪ができ始めた。

 顔を見合わせて笑う人達。

 早速、役割の確認を始めるパーティー。


 真宮寺さんは、自分の名前が映っていたスクリーンを一度見上げると、静かに席を立った。

 艶のあるワインレッドの髪を背中に流したまま、こちらへ向き直る。

 その動きだけで、近くにいた連中がなんとなく道を空けた。


「おっ、よろしくな! 真宮寺さん!」


 最初に声をかけたのは太野川だった。さっきまでの嫌な笑みを引っ込めて、わざとらしいくらい明るい顔をしている。


「俺、戦士の太野川剛。前衛なら任せてくれよ」


 真宮寺さんは、軽く頷いた。


「よろしくお願いします。前に立ってくださる方がいるのは助かります」


 やわらかい言い方だった。

 でも、それだけで太野川の顔が少し緩む。


 すぐ横から脛比が身を乗り出す。


「オレちゃん武闘家! スピードなら誰にも負けないからさ。真宮寺さんのサポート、バッチリやるよ」


 真宮寺さんは脛比にも視線を向ける。


「機動力があるなら、横からのカバーもお願いできそうですね」


「おっ、いいね」

 脛比が嬉しそうに笑う。


 骨田も負けじと前に出た。


「ボクは魔法使い。属性は土。防御寄りの魔法も使えるし、後衛は任せてよ」


 骨田には軽い笑顔。

 

「土属性なら、防御や足場の補助も期待できますね」


 骨田の目が見開かれ、すぐに顔が赤くなる。


 真宮寺さんは、三人を一度見回した。


「役割の相性は悪くなさそうです」


 穏やかな言い方だった。

 でも、その時点でもう頭の中では整理が終わっている感じがした。


「いやー、それにしても勇者と同じパーティなんて運がいいよな!」

「ほんとほんと。これ、当たりだよね」

「真宮寺さんがいれば、どこでも行ける――」


 骨田の言葉に、真宮寺さんは少しだけ首を傾げた。


「どこに行くつもりですか?」


 一瞬、太野川たちの笑みが止まる。

 けれど、声はきつくなかった。


「い、いや、そういう意味じゃなくてさ……」

「分かっています」


 真宮寺さんは落ち着いた声で続けた。


「ただ、最初から無理をする必要はないと思います。まずはできることを確認して、堅実に動きましょう」


 場の空気が、少しだけ締まる。


「まあ、そうだよな」

 太野川が咳払いをする。


「じゃあ、まずは連携ってやつ?」

 脛比が聞く。


「はい」

 真宮寺さんは自然に話を引き取った。


「太野川さんが前衛。脛比さんは機動役。骨田さんは後衛支援。私は状況を見て、足りないところを埋めます」


 言い方は柔らかい。

 でも、決めるべきことはもう決まっていた。


「その方が、たぶん一番動きやすいので」

「ま、いいんじゃねぇか」

 太野川が頷く。


「オレちゃんも異議なし」

 脛比が笑う。


「ボクもそれでいいよ」

 骨田もすんなり乗った。


 そのときだった。

 真宮寺さんの視線が、三人の肩越しに動く。


 俺と、目が合った。


「……あなたも、第8パーティーですね」

「え、あ……うん」


「ジョブはお笑い師でしたね」

「そうだけど」


 馬鹿にしてる感じはなかった。

 ただ、確認しているだけみたいだった。


「まだ、自分でも動き方を掴みきれていない感じですか?」

「……まあ、正直」


 少しだけ言いよどんでから、口を開く。


「何ができるか分からないけど、欲しいものがある」


 それだけは、譲れなかった。


 真宮寺さんは、ほんの少しだけ目を細めた。


「欲しいものですか」


 静かな声だった。

 

「見つかるといいですね」


 その言葉に、少しだけ胸の奥が動く。


 太野川たちがまた何か言おうと口を開く。

 けれど真宮寺さんは、全員を見回して先に言った。


「細かいことは、実際に動きながら調整しましょう。必要があれば、その都度合わせます」


 そう告げると、くるりと背を向ける。

 長い髪がふわりと揺れた。


「私は先に行きます。何かあれば、また話してください」


 そのまま、体育館の出口へ向かって歩いていく。

 残された太野川たちは、しばらくその背中を見送っていた。


「……なんか、気づいたら仕切られてたな」

 太野川が呟く。


「でも、嫌な感じしなかったよね」

 脛比が言う。


「いい!」

 骨田が鼻を鳴らす。


 そのあと、骨田がふっとこっちを見る。


「ばかとのにも優しいってすごいね」



 廊下を歩いていると、後ろから静かな声がした。


「羽賀登野さん」


 振り向くと、真宮寺さんが立っていた。


「……何?」


 彼女は少しだけ間を置いてから、まっすぐこっちを見る。


「さっき言っていた“欲しいもの”って、何ですか」


 少しだけ迷う。でも、ごまかす気にはなれなかった。


「薬なんだ」


 真宮寺さんの表情は大きく変わらない。

 けれど、目がほんの少しだけ動いた気がした。


「薬?」

「リカバリードラフトっていうんだ」


 一瞬。本当に一瞬だけ、彼女の呼吸が止まったように見えた。

 でも、すぐにいつもの落ち着いた顔に戻る。


「……そうですか」


 前の冷たい返しより、少しだけやわらかい声だった。


「珍しいものを探してるんですね」

「まあね」


 そう返すと、真宮寺さんは小さく頷いた。


「簡単には見つからないと思います」

「だよな」


 そこで彼女は、ほんの少しだけ口元を和らげた。


「真宮寺さん、何か知ってる?」

 思わず、口をついて出た。


 彼女が顔を上げる。


「え?」

「いや、なんとなく。真宮寺さんも、その薬のこと知ってる感じがしたから」


 彼女はすぐには答えなかった。

 少しだけ視線を逸らして、それからまたこっちを見る。


「……名前くらいは」

「やっぱり」


 そう言うと、真宮寺さんはほんの少しだけ困ったみたいに目を細めた。


「明日、遅れないでくださいね」

「分かってるよ」


 そう言うと、彼女は少しだけ表情をやわらげた気がした。


「では、また明日」


 それだけ言って、真宮寺さんは背を向ける。

 長い髪が、静かに揺れた。

 

 そして、そのまま廊下の向こうへ歩いていった。


 


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