第17話 第1次パーティ結成
体育館には、式典特有の張りつめた空気がなかった。
毎年何人かは異世界実習のあとに探索者を諦めるらしいが、今年はいなかったせいかもしれない。
壇上には校章の入った旗。
整然と並べられた折りたたみ椅子。
ざわめきを静かに抑えるみたいな、柔らかなBGM。
名前を呼ばれるたび、ひとりずつ前へ出ていく。
「羽賀登野 夏」
俺の番だ。
壇上へ上がると、担当の先生が立っていた。
「探索者としての初歩は、これで修了です」
短い言葉のあと、緑色の腕輪が差し出された。
中央には、大きく “E” の文字。
個人端末は異世界に持ち込めない。
門を通る前に弾かれてしまうからだ。
その代わり、探索者に支給される腕輪には、依頼内容の確認、簡易地図の表示、採取対象の識別、行動記録といった探索用の機能がまとめられている。
錬金術師と鍛冶師が共同で作り上げたもので、異世界でも問題なく使える数少ない道具のひとつだった。
この腕輪が、正式な探索者の証だ。
腕に嵌めた瞬間、ひやりとした感触が走った。
◇
修了式とランク認定が終わる。
そのあと、あちこちに自然と人の輪ができていた。
でも――俺の席の周りだけ、ぽっかり静かだった。
スキルも使えず、レベルも上がらないお笑い師。
誰かに祝われるような成績じゃない。
壇上のモニターが明るくなる。
AIによるパーティ編成の結果発表だ。
養成所での戦闘データや相性を自動分析して組まれる、第一次パーティ。
とりあえず二週間の期限だが、七割はそのまま続くらしい。
とはいえ、俺みたいな例外職がどう扱われるのか、不安しかなかった。
大型スクリーンに次々と名前が映し出される。
そして――。
俺の名前が表示された瞬間、こめかみが重くなった。
《第8パーティ》
真宮寺 真里亞
太野川 剛
脛比 武夫
骨田 伸
羽賀登野 夏
最悪の三人と。
最高峰の一人。
太野川たちが、こっちを見て笑う。
強さのバランスを考えたらこうなったのか?
真宮寺さん――勇者が同じパーティだなんて。
◇
パーティー編成の発表が終わると、教室のあちこちで小さな輪ができ始めた。
顔を見合わせて笑う人達。
早速、役割の確認を始めるパーティー。
真宮寺さんは、自分の名前が映っていたスクリーンを一度見上げると、静かに席を立った。
艶のあるワインレッドの髪を背中に流したまま、こちらへ向き直る。
その動きだけで、近くにいた連中がなんとなく道を空けた。
「おっ、よろしくな! 真宮寺さん!」
最初に声をかけたのは太野川だった。さっきまでの嫌な笑みを引っ込めて、わざとらしいくらい明るい顔をしている。
「俺、戦士の太野川剛。前衛なら任せてくれよ」
真宮寺さんは、軽く頷いた。
「よろしくお願いします。前に立ってくださる方がいるのは助かります」
やわらかい言い方だった。
でも、それだけで太野川の顔が少し緩む。
すぐ横から脛比が身を乗り出す。
「オレちゃん武闘家! スピードなら誰にも負けないからさ。真宮寺さんのサポート、バッチリやるよ」
真宮寺さんは脛比にも視線を向ける。
「機動力があるなら、横からのカバーもお願いできそうですね」
「おっ、いいね」
脛比が嬉しそうに笑う。
骨田も負けじと前に出た。
「ボクは魔法使い。属性は土。防御寄りの魔法も使えるし、後衛は任せてよ」
骨田には軽い笑顔。
「土属性なら、防御や足場の補助も期待できますね」
骨田の目が見開かれ、すぐに顔が赤くなる。
真宮寺さんは、三人を一度見回した。
「役割の相性は悪くなさそうです」
穏やかな言い方だった。
でも、その時点でもう頭の中では整理が終わっている感じがした。
「いやー、それにしても勇者と同じパーティなんて運がいいよな!」
「ほんとほんと。これ、当たりだよね」
「真宮寺さんがいれば、どこでも行ける――」
骨田の言葉に、真宮寺さんは少しだけ首を傾げた。
「どこに行くつもりですか?」
一瞬、太野川たちの笑みが止まる。
けれど、声はきつくなかった。
「い、いや、そういう意味じゃなくてさ……」
「分かっています」
真宮寺さんは落ち着いた声で続けた。
「ただ、最初から無理をする必要はないと思います。まずはできることを確認して、堅実に動きましょう」
場の空気が、少しだけ締まる。
「まあ、そうだよな」
太野川が咳払いをする。
「じゃあ、まずは連携ってやつ?」
脛比が聞く。
「はい」
真宮寺さんは自然に話を引き取った。
「太野川さんが前衛。脛比さんは機動役。骨田さんは後衛支援。私は状況を見て、足りないところを埋めます」
言い方は柔らかい。
でも、決めるべきことはもう決まっていた。
「その方が、たぶん一番動きやすいので」
「ま、いいんじゃねぇか」
太野川が頷く。
「オレちゃんも異議なし」
脛比が笑う。
「ボクもそれでいいよ」
骨田もすんなり乗った。
そのときだった。
真宮寺さんの視線が、三人の肩越しに動く。
俺と、目が合った。
「……あなたも、第8パーティーですね」
「え、あ……うん」
「ジョブはお笑い師でしたね」
「そうだけど」
馬鹿にしてる感じはなかった。
ただ、確認しているだけみたいだった。
「まだ、自分でも動き方を掴みきれていない感じですか?」
「……まあ、正直」
少しだけ言いよどんでから、口を開く。
「何ができるか分からないけど、欲しいものがある」
それだけは、譲れなかった。
真宮寺さんは、ほんの少しだけ目を細めた。
「欲しいものですか」
静かな声だった。
「見つかるといいですね」
その言葉に、少しだけ胸の奥が動く。
太野川たちがまた何か言おうと口を開く。
けれど真宮寺さんは、全員を見回して先に言った。
「細かいことは、実際に動きながら調整しましょう。必要があれば、その都度合わせます」
そう告げると、くるりと背を向ける。
長い髪がふわりと揺れた。
「私は先に行きます。何かあれば、また話してください」
そのまま、体育館の出口へ向かって歩いていく。
残された太野川たちは、しばらくその背中を見送っていた。
「……なんか、気づいたら仕切られてたな」
太野川が呟く。
「でも、嫌な感じしなかったよね」
脛比が言う。
「いい!」
骨田が鼻を鳴らす。
そのあと、骨田がふっとこっちを見る。
「ばかとのにも優しいってすごいね」
◇
廊下を歩いていると、後ろから静かな声がした。
「羽賀登野さん」
振り向くと、真宮寺さんが立っていた。
「……何?」
彼女は少しだけ間を置いてから、まっすぐこっちを見る。
「さっき言っていた“欲しいもの”って、何ですか」
少しだけ迷う。でも、ごまかす気にはなれなかった。
「薬なんだ」
真宮寺さんの表情は大きく変わらない。
けれど、目がほんの少しだけ動いた気がした。
「薬?」
「リカバリードラフトっていうんだ」
一瞬。本当に一瞬だけ、彼女の呼吸が止まったように見えた。
でも、すぐにいつもの落ち着いた顔に戻る。
「……そうですか」
前の冷たい返しより、少しだけやわらかい声だった。
「珍しいものを探してるんですね」
「まあね」
そう返すと、真宮寺さんは小さく頷いた。
「簡単には見つからないと思います」
「だよな」
そこで彼女は、ほんの少しだけ口元を和らげた。
「真宮寺さん、何か知ってる?」
思わず、口をついて出た。
彼女が顔を上げる。
「え?」
「いや、なんとなく。真宮寺さんも、その薬のこと知ってる感じがしたから」
彼女はすぐには答えなかった。
少しだけ視線を逸らして、それからまたこっちを見る。
「……名前くらいは」
「やっぱり」
そう言うと、真宮寺さんはほんの少しだけ困ったみたいに目を細めた。
「明日、遅れないでくださいね」
「分かってるよ」
そう言うと、彼女は少しだけ表情をやわらげた気がした。
「では、また明日」
それだけ言って、真宮寺さんは背を向ける。
長い髪が、静かに揺れた。
そして、そのまま廊下の向こうへ歩いていった。




