第14話 異世界実習3
六華のパーティーがこちらへ近づいてくる。
彼女の銀髪が、ダンジョンの淡い光を受けてきらめいていた。
「夏さん、大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫」
心臓は、まだバクバクしている。どう見ても大丈夫な顔じゃないだろうに、反射的にそう答えてしまった。
六華は、ちらりと太野川たちのほうを見る。
「これ以上は、何が起きるか分かりません。……戻ったほうがいいです」
静かな声だった。けれど、その言い方には逆らわせない強さがあった。
太野川が何か言い返そうと口を開く、その前に――。
「分かりました!!」
脛比が、なぜかやけに大きな声で返事をした。その勢いに押されたみたいに、太野川は不満げに眉を寄せながらも剣を鞘へ戻す。
「……仕方ないな。戻るぞ」
渋々といった様子で、太野川が通路を引き返した。骨田も脛比も、それに続く。
六華が最後に周囲を一瞥し、ほかに何も潜んでいないことを確かめてから、全員で入口へ戻った。
外に出ると、ほかのパーティーはすでに集まっていた。門の向こうでは、夕焼けみたいな赤い光が揺らめいている。
「お前たち、遅かったな」
腕を組んで待っていた田中先生が、低い声で言う。その眉の下から、鋭い視線が向けられた。
太野川が、すかさず口を開く。
「コイツが、なかなかモンスターを倒せなくて遅れました!」
「そうなんですよ!」
「全然ダメでした!」
三人が口々に言い立てる。
息までぴったりだった。
「……そうか」
田中先生の視線が、ゆっくり俺へ移る。
「羽賀登野。事実か?」
「……はい。攻撃が、まったく通りませんでした」
正直に答えるしかなかった。
その声に重なるように、六華が一歩前へ出る。
「先生。確かに、彼の攻撃は通っていませんでした。でも――」
一瞬、言葉を選ぶように間を置く。
「何か、やっているようにも見えました。意図的ではないようでしたが……」
田中先生の表情が、わずかに変わった。
「何ができた?」
六華は小さく頷く。
「攻撃を受ける直前、彼の体勢が崩れて……、結果的にゴブリンを倒していました」
太野川たちが顔を見合わせる。
「結局コイツは何もしてない」
「ただ転んだだけだったね」
「運がよかった」
小声で笑う。
先生は、何も言わなかった。ただ無言のまま、俺を見つめている。その視線は叱責じゃない。何かを確かめるみたいな目だった。
「……なるほどな。とりあえず今日のところはここまでだ。全員、帰還する」
短くそう告げると、先生は別の指導教員へ合図を送った。
そして、俺の隣を通り過ぎざまに小さく言う。
「学校に戻ったら、少し話がある」
門の向こう側へ戻る光の縁が、ゆらりと揺れる。
全員が、順に門をくぐって帰還した。
◇
田中先生の言葉が頭に残ったまま、気がつけば校舎に戻っていた。
ほかの生徒たちは、疲労と興奮の入り混じった顔で談笑している。帰り支度を終える頃、教室の入り口から声がした。
「羽賀登野、ちょっといいか」
振り向くと、田中先生が立っていた。その目に、からかいの色は一切ない。促されるまま、二人で面談室へ向かった。
面談室は静まり返っていた。窓から差し込む夕方の光が、机の上で淡く揺れている。
田中先生は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと俺を見た。軽い興味でも、冷たい嘲笑でもない。ただ、何かを確かめるみたいな静けさがあった。
「……お笑い師か」
低く落ちたその声が、胸の奥に沈む。
「珍しいジョブだな。実は、俺の同期に――同じジョブの覚醒者が一人いた」
思わず息をのんだ。やっと、自分と同じジョブを知っている人に会えた。
「そいつは……とんでもなく顔が良かった」
「顔ですか……」
「ああ。誰が見ても認めるような美形だった。しかも性格もよくて、男にも女にも人気があった」
先生は、少しだけ苦い笑みを浮かべた。その笑みには、かすかな哀しみが混じっていた。
「そいつは本気で探索者を目指してた。必死に戦って、努力して……転んでも失敗しても、笑うやつはいなかった。周りはみんな励ましてた。いいやつだったからな」
先生の目が細くなる。夕方の光が、その横顔の輪郭を照らしていた。
「でも――結局、モンスターを倒せなかった。レベルアップもできなかったようだ」
「やっぱり……」
胸の奥が、重たく沈んでいく。その“やっぱり”には、自分でも感じていた確信が混じっていた。
「そいつが探索者を諦めるのに、そう時間はかからなかった。その後、芸能事務所にスカウトされてな。今じゃ国宝級なんて言われる売れっ子俳優だ」
先生は腕を組み、まっすぐ俺を見た。
「羽賀登野。……お前は、どうする?」
低い声が、まっすぐ届く。
「今日モンスターを倒せたのが偶然なら、このまま探索者を続けるのは命を張ることになる。それでも――やるのか?」
先生の視線とぶつかる。
しばらく黙ってから、俺は小さく息を吸った。言葉を探して、静かに口を開く。
「……やります。続けます」
田中先生の眉が、わずかに動いた。
「理由を聞いてもいいか?」
「妹が病気なんです。異世界の素材で作る薬じゃないと効かなくて……。自分で取りに行けたらって思ってます」
しばしの沈黙。
先生は腕をほどき、深く息を吐いた。
「……そうか」
短くそう言ったあと、少しだけ考えるように視線を落とす。そして、静かに尋ねた。
「その薬……名前は分かるか?」
「はい。リカバリードラフトです。ハイヒールポーションの効きが悪くなってきてて……。効かなくなるのも時間の問題だって。このままだと危ないって医者にも言われてます」
先生の目が、わずかに細くなる。
「……リカバリードラフト、か。確かに、あれは入手が難しい」
先生は個人端末を操作し、何かを調べるように視線を落とし、しばらくして顔を上げる。
「主な材料は月光草だ」
「月光草……」
「ああ。異世界の岩場や、低層ダンジョンの奥にまれに生える薬草だ。淡く光る白い草で、見つけても状態が悪ければ使えない。数も少ない」
先生は腕を組んだ。
「だから、深層に潜らなくても採れる可能性はある。運次第だが、E級探索者でも手が届かない話じゃない」
「……そうなんですね」
「だが、無理に探しに行くな。命を落としたら元も子もない。素材は見つからなくても、生きて戻れば次がある」
先生はまっすぐに俺を見る。
「お前が行く理由は、まっとうだ。だからこそ、死ぬな」
「……ありがとうございます」
頭を下げる。
先生は軽く頷いて、言った。
「いいか、羽賀登野。探索者は“なれること”より、“何ができるか”のほうがずっと難しい」
先生は椅子から立ち上がり、俺の肩に手を置いた。その手は驚くほど温かく、重かった。
「羽賀登野。……まあ、できるだけやってみろ。俺も、少し当たってみる」
そう言って、先生は小さく頷き、ドアへ向かった。ドアが閉まる音が、今度は少しだけ軽く聞こえた。




