第13話 異世界実習2
ダンジョンの入口は、人が二人並んで通れるくらいの幅だった。
そこを抜けて奥へ入ると――。幅は4メートルほど。天井は3メートルくらいか。圧迫感はない。
(……思ったより広いな)
そして、もうひとつ意外だったことがある。ダンジョンの中は、薄暗いどころか、ほんのり明るかった。
壁そのものが淡く発光している。松明も灯りもないのに、通路の先まで視界がはっきりしていた。
(……どういう仕組みなんだ?)
自然の洞窟とは思えない。まるで、巨大な建物の中みたいだ。そんな疑問を抱きながら、太野川たちの背中を追う。
しばらく進むと、通路が左右に分かれていた。
「太野川。あまり奥まで行くのは危険だぞ」
できるだけ穏やかに声をかける。
「何ビビってんだよ、ばかとのサマ」
太野川は振り向きもしない。
「帰りたいなら、一人で帰れば?」
脛比が肩をすくめる。
「でも一人だと……、スライムにやられちゃうかもね?」
骨田がくすくす笑った。
……やっぱり、聞く気はない。
三人は迷いなく、右の通路へ進んでいく。
(はあ……)
ため息をつく。パーティの一員ということになっているから、置いていかれるわけにもいかない。仕方なく、俺も後を追った。
しばらく歩く。
そして――。
「ギャギャッ」
耳に濁った声が届いた。通路の先、少しひらけた空間に、小さな影が二つ揺れている。
(……ゴブリン)
背丈は、俺の胸くらい。
痩せた体。
緑色の皮膚。
ボロ布を巻きつけただけの衣服。
手には、木を粗く削っただけみたいな棍棒。
二体のゴブリンが、何か話しているように見えた。
「じゃ、やるぞ」
太野川が言う。
「先制いく。ファイヤーボール」
骨田の手から火球が飛ぶ。
赤い軌跡を描き――。
ドンッ!
手前のゴブリンに直撃した。
「ギャッ!」
短い悲鳴。
ゴブリンの体が炎に包まれてよじれる。
そこへ――。
「せいっ!」
「はっ!」
太野川と脛比が、一気に飛び込んだ。
剣と蹴りが交差する。
斬撃。
衝撃。
ゴブリンの体が揺れ――そのまま黒い砂みたいに崩れ、霧のように消えた。
だが、その直後。残っていた一体が。
「ギャアアアアアア!」
鋭く、耳を刺すような声を上げた。
(……まずい)
その瞬間。奥の通路から――三体のゴブリンが走ってきた。
「上等じゃねえか!」
「オレちゃん、まだイケる」
「近いから、これでやる」
奥から来たゴブリンに向かって、三人が走り出す。
太野川は一体と正面から斬り結び、脛比は床を蹴って素早く横合いへ回り込む。骨田もダガーを構え、前に出た。
そして――俺の前には、叫んだゴブリンがまっすぐ突っ込んできた。
(……っ!)
棍棒が振り上がる。
振り下ろされる――その瞬間。
ゴブリンの足が滑った。
(今だ!)
俺は一歩踏み込み、ダガーを胸の中心へ突き出す。
カシュッ。
ゴブリンの動きが止まった。
(やった!)
そう思った瞬間。
(……刺さってない?)
刃が、入っていない。
ゴブリンは再び棍棒を振り上げた。だが、また足をもつらせる。その勢いで、背中を俺へ向けた。
(今度こそ!)
3度背中へ突き立てる。
カシュ。
カシュ。
カシュ。
(……刃が、引っ込んでる?)
まるで、びっくりナイフだ。
刺すたび、刃が柄の中へ戻ってしまう。
(そんな……)
不良品?
いや。
さっき草は普通に切れた。
じゃあ――なぜ。
ゴブリンが、振り向く。
その口が、ゆっくり開いた。
ニタァ。
「ギャ……ギャ……」
そして。
「ギャギャギャギャギャ……!」
笑っている。
モンスターが。
俺を。
嘲笑っている。
「ポーン」
そして、ゴブリンの笑い声が聞こえたのか、通路の奥からさらに二体が姿を現した。
(……まだ増えるのかよ)
太野川も、脛比も、骨田も、それぞれ一体ずつ相手にしている。三人とも、まだ倒しきれていない。
そして――新しく来た二体は、なぜか俺のほうへ向かってきた。
「ちょ、待――」
言い終わる前に、棍棒の風圧が頬をかすめた。
ゴッ!
別の一体の振り下ろしが床を叩き、石片が跳ねる。逃げようとして踏み込んだ先に、三体目の気配。
(やばい、囲まれた――)
「おい、ばかとの! そっち行ったぞ!」
「早く当てろ!」
「早く捌け!」
早くって言われたって、無理なものは無理だ。
棍棒が横薙ぎに振り抜かれる。
(当たる――!)
その瞬間。
「ヘブシッ!!」
また、あの変なくしゃみが飛び出した。同時に体が勝手に前屈みになり、ゴブリンの棍棒が頭上を切る。直後、もう一体が背後から棍棒を振り下ろしてきた。
俺はつまずいて転んだ。しかし、その倒れた場所を棍棒がかすめて通り過ぎる。
「……え?」
「ギャアアアッ!!」
三体のゴブリンが一斉に襲いかかってくる。
棍棒が何度も振り下ろされる。
そのたびに、足が滑る。
体がふらつく。
バランスを崩す。
――なのに、当たらない。
「……っは……は?」
「こっちは終わったぞ、何してんだ!」
「早く反撃しろ!」
「倒せってば!」
太野川たちの怒鳴り声が響く。怒っているのか、焦っているのか、もう分からない。
(倒せ……? 倒せって言われても……)
ゴブリン二体に、完全に挟まれた。
逃げ場はない。
前後から、同時に棍棒が振り下ろされる。
(もう、無理――)
そう思った瞬間。
「……っ、うわっ!」
足が滑った。バランスを崩し、派手に尻餅をつく。
どさっ。
その同じ瞬間――。
ゴッ!!!
二体のゴブリンの棍棒が、俺の頭のあった場所ではなく――互いの頭に叩き込まれた。
「ギャッ!?」
「ギ……!?」
鈍い衝撃音が重なり、次の瞬間、二体のゴブリンが黒い砂になって崩れ落ちる。
尻餅をついた俺の前に、ゴブリンが落とした棍棒が転がっていた。使えないダガーよりはマシだ。そう思って、素早くそれを拾い、立ち上がる。
仲間が全員やられたのを見て、最後の一体が背を向けて逃げ出そうとしていた。
俺は拾った棍棒を、思いきり振り下ろす。狙いは、後頭部。
「スパーーーン!!」
棍棒で殴ったとは思えない、軽くて大きな音が通路に響いた。
殴られたゴブリンは、盛大に前のめりに転ぶ。
(……棍棒で殴ったよな? 当たる瞬間、ハリセンに見えたような……?)
その背中に、突然、氷の槍が突き刺さった。
ゴブリンは短く跳ねるように震え、すぐに黒い砂となって消えていく。
振り返る。
通路の奥。
右手をまっすぐ前へ突き出したまま、銀の髪を揺らした六華が立っていた。




