第12話 異世界実習1
「ハーッハッハ! ばかとの、なんて格好だよ!」
「ヒーッ、ヒヒ! キミ、本当に異世界行く気あるの?」
「フーフフッ! ボク達を笑い死にさせる気!」
集合場所――門の前に来た俺を見るなり、太野川たちは腹を抱えて笑い転げた。
……まあ、気持ちは分かる。
その瞬間――「ポーン」
……また耳鳴りか。
でも、今は気にしている場合じゃない。
問題は――俺の格好だ。
頭には自転車用のヘルメット。
高校時代の紺色ジャージ。
肘にはエルボーパッド。
膝にはニーパッド。
足元はレザーブーツ。
……うん。
どう見ても探索者じゃない。自分でもかなり格好悪いとは思う。でも、今日は小蓮の退院祝いの日でもある。もし怪我でもして帰ったら――全部、台無しだ。
武器は、ダガー一本。
手のひらに収まる小さな刃。
防具も、本当は胸当てくらい欲しかった。結局、装備できたのはブーツだけだった。
腰のベルトには、ヒールポーションを一本。最後の保険だ。
太野川は、ロングソードにレザーヘルムとレザーアーマー。
脛比は、手にはめたゴツいナックルと武闘服。
骨田は、木のワンドに、自慢していた水のローブ。
まだ、笑いの収まらない太野川たちを横目に見て、俺は視線を上げる。
そこには――門があった。高さはおよそ3メートル。横幅は2メートルほど。
黒い。
ただ、黒い。
まるで光そのものを吸い込んでしまうみたいに、そこだけが完全な闇で塗りつぶされている。
柱と柱の間は、その空間だけ空気の色が違っていた。
赤と黒の靄が、ゆらゆらと渦を巻いている。炎にも見えるし、濃い霧にも見えた。
門の向こうは――この世界じゃない。もう何年も人が出入りしている門で、テレビでも何度も見た。それでも、いざ目の前に立つと胸の奥がじわりと重くなる。
ここから先に行けば、前と同じ自分では帰ってこられない。そんな感覚が、全身に伝わってきた。
「みんな揃ったか。じゃあ――行くぞ」
声を上げたのは、今日の引率教師の田中先生だ。
戦士の中川先生。
武闘家の田中先生。
魔法使いの鈴木先生。
僧侶の渡辺先生。
四人とも、現役探索者。
探索者科2クラス。
合計40人。
10パーティ。
順番に、門へ向かって歩き出す。
一歩。
門へ踏み込む。
――ぐらっ。
足元が揺れる。体が一瞬、宙に浮いたみたいな感覚。視界が歪む。
次の瞬間――景色が変わった。
目の前に広がっていたのは、草原だった。足元の草は膝下ほどの高さ。風に揺れて、さわさわと音を立てている。
体を包む空気は、わずかに暖かかった。
「……明るいな」
思わず、そう呟いた。門の外から見えた、あの赤黒い景色は何だったのか。そう思うほど、穏やかな世界に見えた。
空はどこまでも青い。太陽みたいな光が、空の高いところに浮かんでいた。
肩の後ろに、ふっと何かが現れる気配がした。
「……ん?」
振り向く。
右後方に、黒い小型カメラ。
左後方に、赤い小型カメラ。
まるでビデオカメラみたいな形をしたそれが、俺の肩の少し後ろに静かに浮かんでいた。
「うわっ」
思わず半歩ずれる。
でも、ぶつからない。触れもしない。
まるで半分だけ実体がないみたいに、すっとそこにある。
周りを見ると、ほかの生徒たちの肩の後ろにも、同じように黒と赤のカメラが一台ずつ浮かんでいた。
これだけの人数が集まっているのに、ぶつかる気配はまるでない。
(これが……)
養成所で説明は聞いていた。
異世界に入ると、自動的に記録用のカメラが展開される。
帰還後、ジョー・ハリーミラーで、その映像を再生できると。
説明だけ聞いた時は、もっと機械的なものを想像していた。
でも実際に目の前で浮いているのを見ると、どちらかといえば魔法に近い。
全員がその光景に見とれていた、そのとき。
「お前ら! 遊びに来たんじゃないぞ!」
田中先生の怒声が草原に響く。
一瞬で、空気が引き締まった。
「ここからはパーティごとに行動する! あそこを見ろ」
先生が指差した先。草むらの陰に、小さなスライムがいる。少し離れた場所では、角の生えたウサギみたいなモンスター――ホーンラビットが跳ねていた。
「まずはあいつらでレベルを上げろ! ただし、自分のパーティから離れすぎるな!」
さらに先生は続けた。
「敵に与えるダメージは、筋力と武器の攻撃力で決まる。逆に敵の攻撃を受けると、まずは頑丈さと素早さが削られる。頑丈さと素早さが尽きた後で、体力が減っていく」
一拍置いて、先生が低い声で言う。
「体力が0になれば、門外追放だ」
みんな真剣に聞いていた。
「この近くのダンジョンは低難度だが、お前たちはまだEランクだ! 絶対に入るな!」
田中先生の目は、本気だった。
異世界の風が、草原を渡っていく。空は青い。景色は穏やかだ。
けれど、ここはモンスターが人間を見るだけで襲ってくる世界。
いよいよ――。
実戦が始まる。
◇
見渡す限り、背の低い草が風に揺れていた。その隙間を、ぷよりとした緑色の塊がぬるりと動いている。
――スライムだ。
目も口も見当たらない。どうやって人間を認識しているのかは分からない。それなのに、こちらの存在を察知したのか、草むらの中からゆっくり近づいてくる。
「おっ、来たな。行くぞ!」
太野川が迷いなく前へ飛び出した。
戦士らしく、大きく振りかぶった剣を。
ズバッ!
スライムに叩きつける。斬られたスライムは、一瞬だけ形を崩し、黒い砂になってさらさらと消えた。
「よっしゃ!」
太野川が満足そうに笑う。
一方、脛比は地面を蹴り、一瞬でスライムの懐へ入り込んだ。
次の瞬間――。
ドンッ!
鋭い蹴りが炸裂する。スライムは草の上を跳ね飛び、そのまま黒い砂へと変わった。
そして、魔法使いの骨田。
「ファイヤーボール!」
炎の球が放たれ、スライムを焼き尽くす。
骨田は最初の一体こそ炎で吹き飛ばしたものの、それ以降はダガーで地道に倒していた。魔力の消耗を抑えているんだろう。
しばらくすると――三人が、ほぼ同時に声を上げた。
「よっしゃ! なんかレベル上がったみたいだぜ!」
「体の奥から力が湧いてくる感じ!」
「ボ、ボクもレベル上がったかも……!」
三人とも、順調に経験値を稼いでいるらしい。
対して俺は――。
(……よし、行くぞ)
近くにきたスライムに、意を決してダガーを振り下ろす。
ぷにっ。
「……え?」
刃が刺さらない。スライムの表面にめり込むことすらなく、まるで柔らかいゴムに触れたみたいに押し返された。
今度は斬る。
角度を変え突く。
突き刺す。
だが――。
ぷに。
ぷに。
ぷに。
「……なんで?」
その瞬間、スライムの体がぶるりと膨らみ――。
どん!
「ぐっ……!」
体当たり。
思った以上の衝撃に、体がよろめく。
「ハハハ! お前、スライムに負けてんじゃねぇか!」
「ヒヒヒ! スライムに舐められてる!」
「フフフ! もう帰ったほうがいいかもね!」
三人の笑い声が、草原に広がった。
「ポーン」
またあの耳鳴り。
(……倒せない)
念のため、ダガーの切れ味を確かめる。
足元の草を軽く払うと――。
スパッ。
問題なく切れた。つまり、刃が悪いわけじゃない。
太野川は普通に斬れる。
骨田も斬れる。
脛比は蹴って倒している。
なら――。
(物理が通らないんじゃない。俺の攻撃だけ、通らない……?)
答えは出ないまま、パーティはそのまま草原を進んでいく。
しばらく歩くと、坂の下に影が見えた。石で囲まれた入口。明らかに人工的な造り。
ダンジョンだ。
「おっ、ダンジョン発見〜!」
「どうする? 行くっしょ」
「行くしかないよね!」
先生は言っていた。
まだランクが低い。
危険が読めない。
だから入るな、と。
だが、太野川たちは迷いもしなかった。
そのまま入口へ向かい、暗闇の中へ消えていく。
「おい……本当に行くのかよ」
返事はない。
三人の背中は、もう奥へ消えていた。
俺は深く息を吐く。
(……はあ)
パーティメンバー、だしな。
仕方なく。俺も三人の後を追って、ダンジョンへ足を踏み入れた。




