第11話 装備選び
いよいよ――明日は、異世界実習の日だ。もし異世界で命を落とせば、門外追放。ジョブを失い、異世界での記憶も消える。
そんな実習を前にして、今日は授業がない。
その代わりに、装備販売会が開かれていた。
体育館の扉をくぐった瞬間、思わず足を止める。
そこには、まるで小さな市場みたいな光景が広がっていた。
剣や槍がずらりと並ぶ武器ブース。
革鎧や盾が吊るされた防具ブース。
ポーションが淡く光る薬品のショーケース。
鉄と革の匂いが混じり、ギルド職員たちの声が飛び交っている。
俺たちは全員、初心者の探索者だ。
少しでも質のいい装備を揃えておきたい。
けれど当然、いい装備ほど高い。
(バイト代……足りるかな)
ポケットの中の端末を握りしめる。俺が貯めた金は、およそ五十万円。決して少ない額じゃない。でも、装備一式を揃えるとなると心もとない。
異世界では、火器や兵器は持ち込めない。
門を通れないからだ。
初期の探索者たちは素手で戦ったり、倒したモンスターの武器を奪って戦っていたらしい。その後、剣や槍、鎧みたいな古典的な武器、防具なら門を通れると分かった。
ただし、それだけではモンスターへのダメージが通りにくい。異世界素材を扱える鍛冶師が加工して、初めて実戦向きの武器になるらしい。
そんなことを考えていると、体育館の入り口が少しざわついた。
視線の先には――六華。
銀色の髪を揺らしながら、体育館に入ってくる。すぐに何人かのギルド職員が声をかけていた。やっぱり、六華は注目の的だ。
魔法戦士。
高ステータス。
しかも複属性覚醒者。
ギルドのスカウトも、もう来ているんだろう。有望な探索者には契約金が出る。その金で高品質の装備を揃えたり、場合によってはギルドが全部用意してくれる。プロスポーツ選手みたいなものだ。
羨ましい話だな……。俺には芸能界のスカウトしか来なかった。しかも――顔を見た瞬間、全員帰った。
……いや、まあ、うん。
頼れるのは、自分のバイト代だけだ。
それにしても――。
お笑い師って、何を装備すればいいんだ?
武器。
……マイク?
いや、さすがにそれはない。
そもそも、お笑い師ってどんな戦い方をするジョブなんだ。装備選び以前に、ジョブ自体が謎っていうのが最大の問題だった。
体育館にはブースがずらりと並んでいる。剣のブースでは男子が目を輝かせ、防具のブースでは女子がデザインを見比べていた。
俺はその中を歩きながら、やっぱり武器からだよな……と考え、武器ブースの前で足を止めた。
「いらっしゃい。ジョブはなんだい?」
カウンターの向こうから、少し太ったおじさんが声をかけてくる。
「いや、ちょっと待て。当ててやるよ」
おじさんは顎を撫でながら、俺をじろじろ見回した。
「そうだな……体格がしっかりしてる。武闘家だな」
当てるって言ったわりに、ただの見た目判断だった。
「違います。お笑い師です」
「お笑い師?」
おじさんの眉がぴくりと動く。
「戦えるのか? でもお前さん、体はがっしりしてるよな」
「バイトで重い物を運んでたからですかね」
「まあいいか。とりあえず見ていけ」
興味をなくしたみたいに、おじさんは適当に一本の武器を取り出した。
「これでいいんじゃないか。初心者でも扱えるショートソードだ」
差し出された剣を受け取った瞬間。
「重っ!」
持った途端、剣先が床に落ちかけた。
慌てて両手で支える。
いや、これ無理だろ。
「これが重いのか? 片手用だぞ。筋力いくつだ?」
「10です」
「10!?」
おじさんが目を丸くする。
「それじゃ魔法使いと同じじゃねぇか」
そう言って棚をがさがさ探り、取り出したのは刃渡り十五センチほどのダガー。
「これしか使えねぇな」
試しに持ってみる。……これなら、なんとか扱えそうだ。
「こんなの後衛の護身用だぞ」
「でも、これしか使えそうにないので」
「刃が短いと接近戦になるぞ。頑丈さはいくつだ?」
「10です」
「10!?」
おじさんは額を押さえた。
「悪いことは言わねぇ。探索者はやめとけ」
「ダメだと思ったら逃げ帰りますよ」
「筋力がないと防具も軽いのしか着れないぞ」
「探してみます」
おじさんは完全に、かわいそうな生き物を見る目をしていた。
……まあ、気持ちは分かる。
俺はダガーと鞘を買い、武器ブースを離れた。
手の中に残る、小さな刃。
これが――。
俺の最初の武器だった。
◇
次は、防具のブースへ向かってみた。
こちらの店番は、まだ若い男の店員だった。
さっき武器ブースで筋力を聞かれて面倒なことになったので、今回は最初から伝えておく。
「筋力が10でも着られる防具ってありますか?」
店員は一瞬考えてから言った。
「あるよ。魔法使い?」
「え?」
「このローブなら着られるよ」
差し出されたのは、紺色のローブだった。
「……それしか装備できないんですか?」
「だって魔法使いだろ? レベルが上がればレザーアーマーくらいは着られるけどさ。養成所の生徒なら、まだレベル1だろ?」
まあ、そうなんだけど。それでも、もう少しまともな防具が着られるんじゃないかと期待していた。
とりあえず、ローブを羽織ってみる。
……うーん。
動きづらい。
別に重くはない。
ただ、動くたびに布がまとわりついてくる。
(これ、戦う服じゃないよな)
ローブを脱いで、店員に返す。
「レザーアーマーも試してみますか?」
「お願いします」
出してもらったレザーアーマーを着てみた。
……重い。
しかも固い。
腕が上がりづらいし、動くたびにぎしぎし鳴る。
「どうします? ローブより軽いのはありませんよ」
店員が不思議そうにこっちを見ていた。
兜も見た。
盾も持ってみた。
――全部、重い。
唯一まともに装備できたのは、レザーブーツだけだった。
「これ、ください」
「毎度ありー」
店員はあっさり会計を済ませると、すぐ次の客の相手へ向かってしまった。
……防具が着られないのか。
だとすると、家にある動きやすい服といえば――学校のジャージくらいしか思いつかない。
(いやいやいや)
ジャージで異世界。
命がけの場所に着ていく格好じゃないだろ、それ。
そんなことを考えていたとき、視界の端に見覚えのある三人組が入ってきた。
太野川、脛比、骨田。
いつものトリオだ。
「よう、ばかとのサマー。装備はもう揃ったか?」
「一応、オレちゃんたちのパーティーメンバーなんだから、ちゃんと準備しろよ」
「ボクは水のローブを買ったよ。防御プラス火属性耐性つき。なかなかの一品さ」
骨田が、自慢げにローブの裾を広げる。
脛比は腕を組んでニヤニヤしていた。
「まあ……それなりには」
そう答えると、太野川が俺の手元を見て眉を上げた。
「その割に、荷物少なくないか?」
言われてみれば、俺の持っている袋はかなり小さい。……いや、実際に中身も少ない。
買えた装備は、これだけだ。
ダガー。
革の鞘。
それを吊るすベルト。
そして、レザーブーツ。
最低限の中でも、さらに最低限。周りを見れば、光沢のある剣や魔法装備を抱えている連中ばかりだ。それに比べると、どう見ても地味だった。
あとは、いざという時のためのヒールポーションを一本。養成所価格らしく、一本で十五万円。ダガー、ブーツ、ベルトで二十万。思っていたより、装備は買えなかった。
でも、唯一の救いは――少し金が余ったことだ。この分を薬代に回せば……、小蓮の助けになるかもしれない。そう思えば、悪い買い物じゃない。
……とはいえ、この装備では。さすがに心もとない。不安になって、帰り道にホームセンターへ寄った。
売り場をうろうろして、少し悩んだ末に買ったのは。
プラスチック製のエルボーパッドとニーパッド。軽いし安い。ただ、役に立つのは転んだときくらいだろう。そして、最後に自転車用のヘルメット。色は黒。
全部つけた自分を想像してみる。
ダガー。
ジャージ。
エルボーパッド。
ニーパッド。
ヘルメット。
……。
「防災訓練?」
思わず、苦笑いが漏れた。
……本当に。
こんな格好で――異世界に行くのか?
期待より、不安のほうが大きかった。




