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90、最初の兎に

 明らかに何者かによって穿たれた入口の前に、腕を組みながら立ち、洞穴をただ覗くだけで動かない俺に痺れを切らしたのか、ヤクモが声を掛けた。

「どうされますか・・・。」

 おそらく痺れを切らせた訳ではないだろうとは思うが。

「なぁ。ほんとに、どうしようかねぇ。」

 この洞穴、洞窟は人工的に作られた事は間違いない。ただその目的が分からない。となると、この中がどうなっているか予想が出来ないから迷っている訳だ。何かの儀式でもする為のものなのか、隠れ家や秘密裏な任務を遂行する為の拠点なのか、それとも何か別の目的でなのか・・・。入口付近に施された細やかな装飾の跡を見る限り、隠れ家の方の可能性は低そうだ。此処が隠れ家ならば、誰が見ても此処に何かありますよというような装飾は施さない。何らかの印があったとしても、目立つ場所にはないだろう。知っている者だけが見つける事が出来るようになっているはずだ。

「イッスンの。不安ならボクが中を見てこようか。」

 ヤクモの質問に曖昧な返事をしながら、入り口付近を観察している俺にトウオウが提案した。

「ありがたい申し出だが・・・。」

「イッスンの程の魔物が、随分と慎重じゃないか。」

 全く仰る通りではあるが、それには理由がある訳で。

 俺が今とは違い、この世界を単独で生きていたのなら。もしくは俺の仲間がトウオウだけ、ヤクモだけであったなら、こんなに迷ったりはしないだろう。俺だって男の子だ。冒険や探検と出会って心が踊らないなんて事はない。それこそ此れ見よがしに口を開いて此方を見ているんだ。すぐにでも飛び込んでしまいたい気持ちは間違いなくある。

 それでもそうしないのは、今の俺には家族がいるから。無謀な事は出来ない。それとは別に、今ここにいる俺達だけで探索してしまうのはどうかなと思っている。子供達がこういうのを喜ぶんじゃなかろうか。子供達だけでなく皆で探検したら楽しそうだなと考えている訳だ。だからこそ、この中がどうなっているのかが良く分からない事が悔しくもある。

「んん、まぁな・・・。気配を探る限り、危険な魔物や魔界獣はいないみたいだけどな。」

 ただこの場所を住処にしている魔物や魔界獣が留守にしている可能性もあるが・・・。匂いや付近の状況を見る限り、その可能性も低そうではある。

「確かにかなりの深さがあるように感じますが・・・。それにしても些か警戒し過ぎのようにも思われますが。」

「いや、なぁに。皆と一緒に来たら楽しそうだなあと思っているのと、それにしてはちょっと安全面に不安があるなぁと。」

 中に入ったは良いが、後にここを住処にしている何者かが帰宅し、出入り口を塞がれてしまうのも頂けないなと。

「ははは、なるほど。そんな事を考えていたのかい。・・・確かに子供達は喜びそうだね。」

「そうですね。良い訓練になるかもしれないですしね。」

 俺もそう思う。同意の頷きを返す。

「ただ・・・こういう場所には魔物や魔界獣以外にも危険があったりするかもしれないからな。」

 流石にこういう世界の定番の迷宮みたいな、迷路みたいな洞窟だったりはしないとは思うんだけど・・・。実際そんなものを作る目的は理解できないし、図書館にも禁書庫にもその記録はなかった。まぁ、こんな場所の存在を知らなかった可能性は大いにあるが。もし意図的にそんなものを建築するものがいたとしたら、娯楽施設か。それともどうしても隠しておきたいものでもあったのか。もしくは自分自身が隠れて暮らしたかったのか。・・・でもそれなら、この出入り口を塞ぐように隠そうとしても良さそうだけどな。

「魔物達以外の危険・・・ですか。」

 ヤクモはそれがどういうものなのか、想像できずにいる様子だ。そりゃそうだよな、罠や仕掛けが設置されているかもしれないなんて思ったりしないだろうな。今でこそ法じゅ・・・魔法でそういう系統のものがあることを知っているだけで、自分達で罠を作り設置するなんてことはないだろうからな。魔物の種類によってはそういう習性を持っているものが存在するかもしれないが。

「罠の類か・・・。確かにその可能性はありそうだね。ボクにはこの場所にそんなものを設置する理由は分からないけど。」

 トウオウにはなんとなく想像がついたらしい。魔界にも建造物はあるみたいだからな。

「ま、あくまで可能性の話だ。」

 さて、どうするかなともう一思案しようとアイテムボックスから枝を取り出し口に咥える。


 咥えた枝に火を点けようと右手の人差し指を立て、その指先に小さな火を出す。その時だった。俺の頭の上の方で辺りを観察していたトウオウが「あ。」と声を上げた。その声に反射的に左に飛び退いた。次の瞬間、俺の立っていた所に後方から縦に太めの鞭のようなものが振ってきた。俺と同時に右へと飛び退いたヤクモとの間の大地を鞭のようなものが叩き付けた。

「危なっ・・・。」

 飛び退きながら首を捻り横目でその鞭の出所を確認する。どうやら振り下ろされて空を切り大地を打ったのは、あいつの枝らしい。

「動《リビング》く樹木《・ツリー》か・・・。」

 今までに二度ばかり遭遇した事はあるが、こいつは知らない種類の樹だな。幹や枝が気味の悪い深い紺、葉は暗い赤紫。枯れている訳ではなさそうだが。

「この木は魔界種だね。珍しい。」

 トウオウは危機感を微塵も感じさせない口調で興味深そうにそう言った。

「おい、魔界の木は皆こうなのか。」

 休みなく繰り出される枝を躱しながら早々に戦線を離脱した南瓜に文句を投げる。

「ははは。そんな訳ないじゃないか。」

 何がおかしいんだ。俺は分からないから聞いているのに。らしいと言えばらしいが。

「おっと。これは失礼した、イッスンの。」

 俺が眉間に皺を寄せたのを察したのか、トウオウの口調が変わった。

「魔界の多くの動く樹木は始めから「動く樹木」という種で生まれるはずだよ。この個体はおそらくこの世界で魔界の魔力に当てられて変異したものだろうね。」

 なんですと。この忙しい中であの南瓜の魔王は難しい話を始めたぞ。聞いたのは俺だから、これに関しては文句も言えない。

「・・・つまり、この樹自体はトウオウと一緒で魔界出身って事か。」

「そうだね。きっと種があの穴を通り抜けた魔界獣の身体にでも付いていたのだろう。」

「それが此方で育ち、魔力によって動く樹木に変異したと・・・。」

 よし。そこまでは俺にもなんとなく理解できるぞ。忙しなく逃げ回りながらだからちゃんとではないが。・・・後でちゃんと聞こう。

「じゃあ、なんで魔界の樹木は変異しないんだよ。」

 魔界の魔力に当てられたのなら、魔界の樹木は殆ど動く樹木に変異してしまってもおかしくないはずだと思うんだけど。

「これはボクの推論だけど、魔界の樹木は栄養が足りてないんじゃないかな。」

 はい。何を言っているのか分からなくなって来たかも。

「栄養不足、ですか・・・。」

 ヤクモも自分の方に飛んで来る枝や葉を当り前のように避けながら、俺も抱いた疑問を口にした。・・・しかしヤクモの躱す姿は、まるで動く樹木の枝や葉がヤクモの身体を擦り抜けているようだよ。それこそ形の無い雲のようだ。

「そうだねぇ。魔界は此方みたいに太陽が毎日のように出ている訳じゃないからね。それに大地にも栄養が豊富なようには感じられなかったと記憶している。・・・何百年も前の記憶だから確かな事は言えないけど。」

 トウオウはそう言って笑った。ま、トウオウの記憶が曖昧だと言うのは嘘として。あまり詳しく思い出したくないだけかもしれないしな。・・・そういえば以前、魔界は年間通して曇りの日が多いって聞いた記憶がある。俺の記憶力の方が不安ではある。・・・っぶね、今のは危なかった。鼻の前を枝が通過した。まさに紙一重。考え事をしながらは、良くない。

「それならなんで此方の世界の樹木は変異しないんだよ。全くしないって訳でもなさそうだけど。」

 魔界の魔力に当てられて変異するなら、樹木の豊富なこの森の木があらかた変異してもおかしくはないはず。

「それはきっと、此方の世界の木が変異しにくい種なんだと思うよ。」

「あぁ、なるほどね・・・。」

 釈然とはしないが、概ね納得出来る内容ではある。つまりこういう事だ。

  ・魔界では動く樹木と一般の樹木は生まれた時から別の種である。

  ・魔界の木は魔界の魔力によって動く樹木に変異しやすい。但し魔界の木は大地の栄養不足と日照時間の関係で変異する為に必要な力を蓄える事が困難である為。

  ・此方の世界の木は魔界の魔力に当てられても変異しにくい種である。

 勿論これは後にあらためてトウオウに話を聞いて、簡単に整理したものだ。枝やら葉やらに追い回されながら理解するには些か複雑だった。


「主殿、私が屠ってもよろしいでしょうか。」

 簡単な料理をしましょうかみたいに言う。確かにヤクモなら問題なく対処出来るだろう。それでも簡単な相手ではないと思うんだけど。

「いや。さっきはヤクモに任せちゃったからな。今回は俺がやろう。」

 別にヤクモに任せることを嫌った訳ではない。俺が進んで戦いたかった訳でもない。ただ単純に順番ぐらいのつもりだ。

「かしこまりました。それではお任せします。」

 そう言って動く樹木の本体から少し離れた。全く・・・何時もながら、素直に指示に従うものだ。もう少し自分の意思を出してもいいのに。たぶんこれは性格もあるんだろうな。

「おう。譲ってくれてありがとうな。・・・さて、それじゃあ始めようか。」

 毎度の事ながら、どんな魔物でも魔界獣にでも恨みなどない。出会ってしまっただけ。だが今回は、どんなに安く見積もっても、このまま放っておいて良い相手ではなさそうだ。申し訳ございませんがご退場願います、お客様。

「しっかし、休みなく良く動く。」

 この動く樹木には感情はないみたいだな。まぁ、動く樹木は基本的に本能的に獲物を襲うだけで、何かを考えているようには思えないが。

「変異体は、本当にただの動く樹木と言って良いだろうね。魔界産まれの動く樹木は魔界獣、生き物だと考えて良いと思うよ。」

「補足、ありがとう。だがちょいと忙しいから、後で・・・頼むっ・・・。」

 いい加減面倒臭くなってきたな。一気に決めるか。大地を蹴って距離を詰める。飛び交う枝や葉を右に左に躱しながら。距離がノイン三頭分くらいに縮まった辺りで一度両足を揃えて膝を曲げ深く沈み込む。その反動を使って気味の悪い色の動く樹木を跳び終える為に大地を蹴る。丁度頂点の上を通過した直後に降下を始める。幹の先の部分を右肩に担ぐように掴む。そのまま重加速を乗せて、なるべく真下に向けて落下していく。

「さあ、このまま圧し折ってやる。」


ーー《白兎流格闘術・重加式ネック・ブリーカー》ーー


 この動く樹木の何処が首なのかは不明だが。こいつの場合、正面も背面もあって無いようなものだろうな。

 これで決まった・・・と思ったんだけどなぁ。思ったより柔軟で良く撓る。動く樹木の幹は俺が大地に力強く尻から着地しても、折れることなく半円状に撓った。つまり技自体は申し分なく決まった。だが勝負を決めるには到らなかった。これで決まらなっかったとなるとどうなるか。驚異的な柔軟性で湾曲した幹は、当然元に戻ろうとする。対応が遅れた俺も悪いのだが、幹を肩に抱えたままの俺を連れたまま。・・・どちらかと言うと、釣れたという感じではある。

「のわぁぁぁぁぁっ・・・。」

 思わず途中で手を離してしまい、俺は真上に放り出される形になった。下からのトウオウの笑い声とヤクモの「大丈夫ですか。」という声が凄い速さで遠ざかって行った。トウオウもだが、ヤクモの「大丈夫ですか。」も全く不安や焦りが感じられなかった様に思えるが・・・。大怪我を負った訳でもないから、間違ってもいないんだけど。もう少し心配してくれても良いと思うんだが。・・・いやそれもなんか嫌だな。つまりこれで良いって事だな。

「くそう。じゃあ・・・次はこれかな。」

 身体を反転させ頭を下に向ける。浮遊の技能で空中に足場を作り、逆さまに着地する。上昇してきた力を反転し、今度は下の動く樹木に向けて跳び出す。これだけ離れているのにあいつの標的は俺に向いたままの御様子だ。意思もないのに、それでも兎を狙うのか。不可解な話だよ、全く。

 角で指し貫いても構わないとも思ったが、今回は別の技で。再び身体を反転させ、足を向ける。

「兎の真骨頂を見せてやるぜ。」

 仮面の改造人間とまでは言わないが、せめて形と気持ちだけでも。ついでに重加速も上乗せして。俺の蹴りをくれてやる。渾身の一撃を延髄に決めてやる。


ーー《白兎流格闘術・白兎洛星脚《はくとらくせいきゃく》》ーー


 動く樹木の表も裏も、更に右も左も判別出来ないので、何処が延髄なのかは分かるはずもなく。という事は逆に言えば、何処が延髄としても問題はないと言う事に違いない。・・・という事にしておこう。どうやら上下ははっきりしているみたいですが。

 俺に目掛けて射程範囲最大限まで伸ばしてくる枝も、蹴りの威力で蹴散らしながら突っ込んで行く。幹に到達した俺の蹴りは速度と威力で身体ごとその幹を貫いた。柔軟性を発揮する前に速度と威力でと考えたのだが、上手くいったみたいだね。

 幹に穴を穿ち向こう側の大地へと帰還する。穴を穿たれた箇所から上が折れて落ちた。

「威力は上々。」

 概ね満足。ただ相手が動く樹木だと、これで終わりにはならないのが面倒だ。流石に落ちた部分はただの倒木になったので一安心だな。その上攻撃方法が減少したので大分戦いやすくなった。

「これでもかなり面倒だな。・・・武器使うか。」

 アイテムボックスに手を入れどれを使うか少し考える。

「・・・これにするか。」

 引き抜いたのは、金属製の斧。ロックとフタバが作った試作品だ。試作品とは言え立派なものだ。性能は申し分ない。

「それじゃあ、最後の仕上げといこうか。」

 手数を減らしたが、それでも休むことなく動き続けている。与えられた命令を遂行し続ける機械のようだ。きっと似たようなものだろう。壊れるまで動き続けるだろう。ならば解体するしかない。この森の為にも。

「輪切りにしてやる。」


ーー《白兎流格闘術・影技・刃車《はぐるま》》ーー


 斧を手に持ち、独楽のように身体を回転させながら動く樹木へ接近する。幹に接触した斧は存分に威力を発揮して、残った部分を宣言通りに輪切りにしてい。・・・良かった。魔界の樹木相手でもロック達の作った斧はちゃんとその品質を証明する事ができた。俺はこれでも問題がないと思うのだが、ロック達は不満足な様子だった。向上心があるのは良い事だ。

 残ったのは切り株だけ。切り株だけになっても動き続けている。大した生命力だよ。

「よいしょぉっ・・・。」

 斧を両手で持ち頭の上まで振り上げ、渾身の力を込めて振り降ろす。斧は見事に切り株の中心に深く食い込んだ。あわよくばこれで仕留められれば儲けものと思っていたが、そんなに都合良くはいかなかった。

「おや、思ったより効果があったみたいだな。」

 切り株だけになったのと、攻撃を加えた事によって魔力が抜けたのか、動きがかなり鈍くなったな。

 切り株にもう一撃を加えようと思い、突き刺さった斧を引き抜こうとしたが、思いの外深く食い込んでいて簡単に抜けなかった。

「やむなし。」

 一度少し離れ、再び切り株に向かって走る。斧を掴むように飛び込む。予定通り突き立った斧の柄を掴みながら反対側へと飛び越えながら力を込める。

「どっこいしょぉっ・・・。」

 ここで予想外の事が起きた。俺が引き抜こうと思っていたのは斧だったのだが、実際に引き抜けたのは動く樹木の切り株の方だった。大地から引き剥がされた切り株は、斧が頭の上を通過する辺りで、今度は動く樹木の方が斧から外れ上空に投げ飛ばされた。

「これは嬉しい誤算だね。」

 一旦手に持っている斧から手を離し、舞い上がった切り株を追いかける。切り株を追い越し上に出る。根を掴み右の膝を添える。重加速を発動し、そのまま今飛び立った大地へと帰っていく。

「白兎流格闘術・カーフ・ブランディング。」

 低く重い音と振動を響かせる。これで完全に沈黙した。魔界産の動く樹木はやっと倒木へとなった。

「お見事です、主殿。」

 戦いの終了を冷静に見極め、ヤクモが近寄ってきた。トウオウも何事もなかったみたいに近付いてきた。

「そうかぁ。思ったより手こずったけどな。」

 甘く見積もっていたつもりはないけど、やはり初見の相手は特性や特徴を正確に判断をするのは難しい。特にこの世界にいると、余計にそれを強く感じる。結構忘れがちだが、此処はファンタジー。前の世界の常識は通用しない事を今一度意識しないとな。その常識が通じる部分も多分にあるのが、判断を鈍らせる。・・・という言い訳。

「そうかい。特に問題はなさそうに見えたけど。」

「はい。私もそう思います。」

 あんなに間抜けな感じで空高く放り投げられたところ見ていて、それでも尚そう思うのだろうか。トウオウはともかくヤクモがお世辞や思ってもいないことを口にするとは考え難い。実際俺としても窮地に追い込まれたと感じてはいないから、そう見えても仕方がないかもしれないが。

「始めの一撃で折るつもりだったんだけどな。」

 苦笑いをしながら、斧を拾いアイテムボックスにしまう。

「特に最後の、相手を上へ掘り投げる方法など、見事でした。」

 ・・・それは計算してやった訳じゃないんだよな。あれが意図的に出来たのなら、かなり格好良く見える事だろう。故に些かこそばゆくはあるが、真実は帰り道にでも話すとしよう。

「ま、とにかくこいつを回収しよう。きっと珍しい木材だろうからな。」

 そう言って出会った頃とは変わり果て木材と化してしまった、元動く樹木の部品を拾い集める。

「そうだねぇ。きっとハクのやフタバのが喜ぶ。」

「そうですね。」

 そう言いながら思ったより多くの部品に分割された木材を皆で拾い集める。残しておくとこの森にとって悪い影響があるかもしれない。なるべく残す事なく回収しよう。


 木材や葉を回収し終え一休みする。その後、再び洞窟の入口の前に立ち中を覗き込みながら考える。

「イッスンの。まだ悩んでいるのかい。」

「ん・・・。」

 自分の中で後日出直すという事は既に決まっている。悩んでいるのは、その際に皆で来るべきか、それとも選抜又は希望者だけにするかをだ。

「そんなに悩むなら、ボクが少し覗いてこようか。」

「いや。せっかくだから、楽しみは後にとっておこう。」

 この場所からは悪意や邪気は感じられない。だからといって危険が全くないとは断言出来ないが、罠や仕掛けがあるとも考え難い。全くないという保証も何処にもないが。

「・・・という事は、今日は入らずに帰るという事ですね。」

「そういう事だな。」

 今回は残念だけど、俺の冒険心は封印だ。きっと子供達と一緒に来た方が楽しいという気持ちの方が、若干ではあるが上回った。

「うん。ボクもその方が良いと思うよ。思ったより深そうだし、準備はした方が良いと思うし。」

 なんですと。トウオウにしては珍しい助言だな。子供達のことを思っての言葉だとは思うが。それにしてもそんなに大きな施設の様には思えないが。深いという表現も気にはなる。

「そうか。・・・じゃあ少ししっかり探ってみるか。集中するから護衛を頼む。」

「かしこまりました。」

 ヤクモは表情も気配も変える事なく、静かに向きを変えた。目を閉じ意識を集中する。技能の力もあるが、空間把握は俺の得意分野だ。意識だけを暗闇の中へと走らせる。

「・・・確かに、思っていたより深いな。」

「そうだろう。ボクも簡単に探って見たけど、どうやら・・・いや、せっかくだからやめておこう。」

 ・・・気になる言い方をする。トウオウは何か思い当たる節があるみたいだな。それを敢えて隠したのは、そうしても特に問題がなさそうな情報だと判断したからだろう。俺やヤクモだけなら多少の危険があったとしても悪戯心で放っておく事もあるだろうが、子供達のことを考えたらきっとそんな情報を隠すような事はしない。

「何か気が付いたのか。」

「そうだねぇ・・・。まだ、そうかもしれないなぁという程度の事だけどね。」

「・・・そうか。その答えも後の楽しみにしておこう。・・・って、地下があるのか・・・。」

 分かるのは地下にも似たような空間があるらしいという事くらいではあるが。それでも頭で思い描いていたよりずっと広く深そうだ。

「みたいだね。だから準備はある程度必要だろう。」

 仰る通り。意識のみでの探索を切り上げ、目を開ける。

「ありがとうな、ヤクモ。」

 その声にヤクモは静かに此方に向き直した。


 再び腕を組みこの洞窟の中の暗闇を覗き込む。

 最初の兎。

 失敗を恐れずに暗闇に飛び込めよと前に進む為の一歩を促すような意味がある。・・・と俺は解釈している。

 俺もそうありたいとは思っている。それでも今の俺には失いたくない大切なものがある。しかもそれは俺の命よりも大切な「命」だ。慎重にもなる。場合によっては石橋を叩いて渡らないぐらいの慎重さを発揮する。でもそれで良いと思っている。

「どうやら俺は、最初の兎には慣れそうもないな。」

 そう呟いて暗闇に背を向ける。

「さ、今日は帰ろうか。」

 そう言って、一歩踏み出す。

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