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84、大返し

「大返しじゃぁぁぁぁぁっ・・・。」

 とヤクモ達にとっては意味不明の叫び声を上げながら全速力で我が家のある森に向かい真っ直ぐに走る。全速力と言っても俺が本気で走れば、ノインやトウオウはともかく他の皆は簡単に引き離してしまう事になるので、正確には俺達の全速力ではあるが。

「主殿。大返しとは一体何でしょうか・・・。」

 案の定意味は伝わらなかったらしい。それにしてもだ。俺だって皆に合わせて速度は落としているとはいえ、それなりの速度で走っているつもりだ。俺の前方から来て左右へ流れて行く景色は決して緩やかではない。にも関わらずヤクモはさも当り前のように涼しい顔で並走しながら話している。ちなみにフタバとサツキはノインに乗せて貰っている。

「大返しは・・・そうだな、大急ぎで帰るぞって事だな。」

 かくいう俺も当然のようにヤクモと会話する。

「なるほど。今一つよろしいでしょうか。」

「おお、なんだ。」

「そこまでお急ぎになると言う事は、やはり主殿は千五百日は少ないとお考えですか。」

 なるほど。俺が焦っているように感じたのか。

「いや、そんな事はないさ。ただ現時点で最速でどれくらい掛かるか知っておきたいのさ。」

「これは・・・失礼しました。流石です主殿、そこまでお考えだったとは・・・。」

 ヤクモは走りながらなのに器用に頭を下げた。前を見ないと危ないぞ・・・なんてな。ヤクモならこの程度の道程、目を瞑っていても特に問題はないだろう。ただでさえ殆ど遮るものもない平原を走っているのだから。

「なあに、俺が心配性なだけさ。肝心な時に間に合いませんでしたなんていうのは嫌だしな。」

「確かにその通りですね。」

「それに万が一、その千五百日っていうのに大きな誤差があるかもしれないしな。」

「やはり流石です主殿。」

 何時もながら随分と俺を持ち上げてくれる。たとえ誤差があったとしても最大で百日前後ではないかと予測している。油断しているつもりもない。


 先程も言ったが、全速力ではないにしろそれなりの速度で走っている。その速度にヤクモの妹であるモモカやある程度速度に特化しているミナはともかく、スーアンやロックが付いて来られているのが驚きだ。意外にもサイやハク、そしてジュウザ達は・・・眼鏡蛇の速度は遅くはない。それでもジュウザは俺達の中では一番素早く動くのは苦手ではあるが。今回はそのジュウザの全速に合わせる形にはなっている。まぁそれでどれくらい掛かるかを調べていると言っても大きく間違ってはいないが。なぜならジュウザだけは誰かに乗って移動するのは無理だからな。今やジュウザは俺とロックを背に乗せて移動するくらいは簡単に出来そうな程大きいからな。必然的にジュウザには自走して貰うしかない訳だ。・・・まぁ俺やサイの重力系の魔法でなんとかする方法もなくはなさそうだが、それは最後の手段だな。実験しても良さそうだが・・・凄く喜びそうだからやめておこう。

 太陽がもう少しで真上に来る事を知り、振り返り後続の様子を確認する。出発したのは早朝という訳でもなかったが、それでもここまで走りっぱなしだ。モモカやスーアンは問題ないが、心配なのは子供達だ。体力お化けのジュウザやロック、近距離戦闘特化のミナはともかく、サイとハクはかなりきつそうだ。その事を表情にも出さず、弱音も吐かず頑張ってはいるが。

「丁度昼時だし、一度休憩するか。」

「それが良いかもしれませんね。」

「昼飯も食べたいしな。」

 魔物からすれば朝昼晩の三食摂る必要はないのだが、これだけは前世からの名残りで、その習慣が抜けない。勿論前世でも様々な理由で毎日必ず三食食べられていた訳ではないが。だからこそ、そうしたいと思っているのかもしれない。そして何より子供達にはちゃんと三食食べさせてあげたいと思っている。魔物の皆からすれば、そんなに気を遣う必要はないと言われそうだ。きっと俺が子供達に不自由なく三食食べさせたいという自己満足なのだろう。

 ヤクモが皆に号令を掛け、走り詰めだった足を止める。道の少し北側にある軽自動車程の岩の近くに移動して休む。

「サイ、ハク。大丈夫か。」

 適当な木の実を口に放り込みながら聞いてみる。

「速さはジュウザ兄ぃよりボクの方が速いと思うけど、ずっと走るのはジュウザ兄ぃの方が出来る。やっぱりジュウザ兄ぃは凄いなぁ。」

 サイはちゃんとその事に気が付いているのか。・・・そりゃそうか。ジュウザの速度に合わせてはいる状態だからな。

「ごめんなさい、主。俺が遅いせいで・・・。」

 おや・・・。せっかくサイが褒めたのに効き目なしか。そして気にし過ぎでもある。

「気にするな、ジュウザ。今の俺達が一番速く移動出来る速度を調べてるんだから。」

「それは・・・なんとなく、分かってるけど・・・。」

 あぁあぁ・・・声が掠れて涙目になっちゃった。悪い事したかな。自分の不甲斐なさが悔しいんだろうな。

「あのな、ジュウザ。そんなのはこれからの二年で、今日より速くなれば良いんだ。」

「・・・うん。」

 ま、この程度で納得するとは思えないが、それでも多少は気が楽になったかな。

「それにな、ジュウザ。きっとな・・・フタバとサツキの方がこれから大変だと思うぞ。最低でもこの速度に自分で付いて来られる様にならなきゃいけないんだからな。」

 そう言われたフタバとサツキは「あい。」「はい。」と同時に返事をしてジュウザに近付いた。その姿を見たジュウザは何かに気が付いたらしく、顔を上げた。

「一番お兄ちゃんのジュウザがちゃんとやって見せないとな。」

「うん。俺、頑張るよ、主。」

 そう言ったジュウザの顔は普段の明るさを取り戻していた。この切り替えの速さもジュウザの良いところだ。俺の感想を正直に言うなら、ジュウザなら放っておいても無尽蔵に身体能力を向上させてしまうだろうから、そんなに気にしなくても良いと思っているのだが。

「ジュウザ兄さんは凄いです。全然平気でしょ。僕は正直かなり疲れました。」

 食事をして休息を取ったおかげで回復した御様子だが、此方も自分の力不足に落ち込んだ様な声でハクがそう言った。それもそのはずだ。ハクは魔力・魔法特化、知力特化型だからな。兄妹の中でも一番体力は少ないだろう。

「大丈夫だ、ハク。いざとなったら俺の肩に乗せてやる。だから行けるところまで頑張れ。」

「はい。・・・でもそうならないように頑張ります。」

「えぇ、良いなぁ。あるじぃ、そうなったらボクも乗せてよぉ。」

「サイは駄目だな。」

「なんでぇ・・・。」

「何言ってんだ。ハクの倍以上あるから無理だ。サイは鎖でジュウザにでも引っ張って貰え。」

「・・・それ良い。ジュウザ兄ぃ、お願い。」

「良いぞ。本当に限界だったら、引っ張ってやる。」

 おや。意外なお答え。てっきり嫌がると思ったのに。これは・・・弟達に良いところを見せたいのと、自分もちょっと面白そうだと思ったのと半々って感じかな。

「やったぁ、ありがとうジュウザ兄ぃ。」

「本当に限界になったらだぞ。俺も頑張るから、サイもちゃんとやれ。」

「うん、分かった。」

 ジュウザって頼れる良いお兄ちゃんだよな。だから弟達もお兄ちゃんの事が大好きなんだろうな。妹もしょっちゅう呆れていたりするが、頼りにもしている。

「ジュウザ。本当に危機的状況になったら、俺やヤクモでも乗せて貰う事があるかもしれない。頼めるか。」

「え・・・俺に・・・。」

「そうだ。ジュウザだけじゃないけど、頼りにしてるって事だ。」

「・・・わかった。任せてよ。」

 ジュウザは嬉しそうに返事をした。俺達もそうならない様にしたいとは思うが、それでもそんな事態が起きた時にある保険の様なものがあるのは大きい。本当に頼りにしてるよ、ジュウザ。・・・ただ、これの所為でジュウザがこの先どんな選択をして成長するのか一抹の不安が過ぎる。だ、大丈夫・・・だよな。たぶん・・・。俺と同じ様に浮遊する事はあっても、流石に翼を生やして空を跳んだりする様な事はないだろう。・・・ないだろう。


 空を見上げると太陽は真上をやや通り過ぎたかなという感じに見える。充分に休息は取れただろう。

「それじゃ、そろそろ出発しようか。」

 皆の顔を見渡すと、了解の頷きと返事がある。それを確認し道に戻る。

「良し。じゃあまた頑張って走るぞ。・・・きつくなったらすぐに言ってくれ。頑張り過ぎなくて良いからな。」

 今一度皆の顔を確認して、あらためて進行方向を向く。

「行くぞぉっ・・・。大返し、の続きじゃぁぁ・・・。」

 景気付けにさっきの続きの叫び声を上げて走り出す。しばらく進んでから後方を振り返り、ジュウザの速度を確認する。殿を務めるノインの前を一生懸命に走っている。その速度に合わせる為に少しだけ調整をする。

 ジュウザに気が付かれないようにスーアンがその少し前方を走っている。更にその前方をサイとハクが並んで走る。

 先頭は俺。ヤクモが俺の右側を並走。ロックとミナが俺達のすぐ後ろを走る。ロックとミナは出来る限り付いて来ようとしている様だ。自分達で判断して挑戦しようとしているのだろう。素晴らしい事だ。そして隊列の中央にモモカ。モモカの上にトウオウ。特に指示を出した訳ではないが、しばらくはこの隊列で進む事になりそうだ。

「なぁ、ヤクモ。」

「何でしょうか、主殿。」

「帰った後の話なんだけど・・・。」

「はい。・・・北の竜の住む山に行く、でしたね。」

 書物で得た情報とクロト達との同盟によって起きた変化を元にそう計画を立てた。

「そうだ。その為には・・・いわゆる強者の森を抜ける必要がある。」

「そうですね・・・。」

「勿論、一度森の外に出て迂回する事も可能だとは思うが。どう思う。」

 安全面を考えれば、迂回して山へ向かう選択もありだと考えている。

「簡単ではないと思います。ですが、今の皆の力を考えれば可能だと思います。子供達も今回の旅で少なからず成長しましたし。」

 流石ヤクモ、良く見ている。そして冷静だ。俺もほぼ同意見でもある。

「安全性を考えたら、迂回する方だとは思うが・・・。」

「そうですね。私もそう思います。・・・ですが、主殿はどうしたいのですか。」

「俺は・・・できれば、強者の森を抜ける方で行きたいと思っている。」

 後ろで俺とヤクモの会話を聞いているミナとロックが少し緊張したのを感じ取る。

「その理由をお聞きしてもよろしいですか。」

「あぁ。・・・これから先の二年で、俺達は今より強くなる必要がある。」

「・・・はい。」

「本音を言えば俺は、強くなる為だけに他の魔物と戦うのは、命を奪うのは気が進まない。」

「承知しております。」

「だがそんな事を言っている余裕がない状況かもしれないとも思っている。」

「・・・主殿とクロト殿のお話を聞く限り、私もそう感じています。」

 ミナとロックの緊張感が僅かに増す。そんなに緊張させるつもりもなかったが、ミナもロックも俺達の会話を聞いてようやく事の重大さを自覚し始めたのかもしれない。

「ならば、だ。強者の森で怖気づいている場合じゃないと思うんだよ。」

「仰る通りだと思います。」

「その挙げ句に、その先にいる竜に会おうってんだ。」

「はい・・・。」

「話をするにしても、強者の森も抜けて来られない様な奴の話なんか聞くかな。」

 端から竜と喧嘩するつもりはないが、それでも竜である自分達と境界線を引く強者の森の魔物に遅れを取る様な弱者の話に耳を貸すだろうか。勿論竜が弱者に味方をしてくれる心優しい種族の可能性もあるが、それは書物に残る記録を見た限りその可能性は低そうに思える。会話・交渉は出来そうではあったが、どうだろうか・・・。問答無用で襲い掛かって来る可能性も低そうだが。ここで懸念する点があるとすれば、俺が兎だって事だな。

「それは何とも言えないですね。私も竜種と遭遇した事がないの分かりません。」

 確かにヤクモの言う事は最もだ。

「俺の考えとしては、一回で強者の森を抜ける必要はないと思っている。危なくなったら引き返して・・・。何回か繰り返せば良いんじゃないかと考えてる。」

「なるほど。」

「どちらにしても強くなる必要はある訳だし。・・・どうかな。」

「・・・良いのではないかと思います。我々はどんな事があっても主殿に従うだけです。」

「そう言ってくれるのは嬉しいが・・・。で、ミナとロックはどう思う。」

 なんとなく答えは分かっている様な気もするが、ミナとロックの気持ちも聞いてみたいと思った。

「私は・・・やってみたいです。自分の力をちゃんと知りたいです。」

 普段口数の少ないミナにしては珍しくはっきりとした口調で答えた。自分の実力を正確に把握したいのか。強者の精神だな。この返事を聞いていたヤクモも感心したような表情で小さく頷いた。

「僕は、やりたい。たぶん、大丈夫。翡翠馴鹿でも、僕でも、倒せる。」

 此方も珍しい発言だ。ロックは過信や慢心をするような事はまずない。むしろ普段は必要以上に冷静に状況を確認して判断している。とするなら、冷静に自分の実力を分析した上での発言だろう。・・・自分の実力を理解していなければ、あの時サツキを助けるという判断を下さなかっただろうしな。

「でも、数が、多いと、僕だけじゃ、勝てない。」

 一対一なら問題ないが・・・という事なのだろう。至って冷静な戦力分析。何時も俺が稽古の時に言っている事が染み付いているのだろう。凄い事だし、喜ばしい事だ。喜ばしく思うと同時に俺自身が少し疎かになっていないかと反省する。本当に良い弟子だ。師匠の俺を成長させてくれる。師範方の気持ちが今更ながら少し理解できたような気がする。

「そうか。なら強者の森を抜ける方向で考えよう。他の皆は大丈夫かな、ロック。」

「・・・サツキだけ、ちょっと、危ないかも、しれない。」

 全く持って冷静な戦力分析。俺もそう見ている。

「ロックは良く皆の事を見ていますね。流石、主殿の弟子、ですね。」

「そうだな。・・・じゃ、ロックがしっかり守ってやらないとな。」

「う、うん。頑張る。」

 おっと。ロックもその難しさをすぐに理解した様だ。少し大変な任務を与えてしまったかな。

「ロック、大丈夫。私も一緒にサツキを守る。」

 ミナが静かな声でそう言った。ミナもロック同様大切な弟妹達を守らなければならないと思っているようだからな。今でもかなり個性的な兄達だが、その兄達に守られてばかりだと思っている節があるからな。俺から見れば、皆それぞれに得意不得意な分野があって、ミナが思う程差があるとは感じないが。ミナ自身が納得していないのだろう。

「うん、ありがとう、ミナお姉ちゃん。」

「心配しなくて良い。私もモモカもスーアン殿もいるのだ。そして何より、主殿がいるのだ。」

 俺を持ち上げるヤクモの言い回しが些か気になるが、間違ってもいない。俺だって家族を守る為なら全力だ。大袈裟に言えば、世界より大切だからな。

「なぁに、サツキだって俺達と一緒に居たらすぐに強くなるさ。だから、良い見本でいないとな。」

 ミナもロックも小さいが力強く「はい。」と返事をした。これは俺自身への再確認の言葉でもある。頑張ろう。

「これは、我々も気を引き締めないといけませんね。」

 どうやらヤクモも俺と同じ事を考えているようだ。

『主たま。前から、何か来る。』


 フタバの声が皆に伝わる。本日、ここまでの道程で何者にも遭遇しなかった事の方が不思議だ。冷静になって考えれば、人種の領域に近かった所為だと理解できるが。それに付け加え、他の魔物から見れば異常な速さで移動していた事もその要因の一つだと考えられる。発見されても左右の側から追跡されても通常の魔物なら追いつくことは難しいだろう。後方からであるなら尚の事困難だろう。だが正面から接近して来るのはどうしようもない。

「我々に気が付いた訳ではなさそうですね。」

 地平線に豆粒程にしか見えない魔物の群れを見つめながらそう言った。砂埃も舞っているところを見ると、絶賛爆走中のようだ。

「そうみたいだな。・・・群れで移動中かな。もしくは、何者かに追われているか。」

 俺でさえフタバに警告されなければ、意識的に探知に振っていない限り見つけるのは難しい。つまりあちらさんが現段階で俺達を認識いているとは考え難い。

「どうされますか。・・・迂回しますか。」

『フタバ。あいつ等の後ろから別のが追いかけて来たりしてるか。』

 ヤクモに目で少し待ってくれと言いながら、フタバに聞く。ヤクモは小さく頷いた。

『・・・来てない。ただ、まっすぐ、走ってるだけ。』

『分かった。ありがとう。』

 普段なら意味もなく戦う方を選択する事はないのだが、今回は緊急事態時想定の訓練の意味合いもある。本番でも同様の事態が起きる可能性もある。

「・・・あいつ等には申し訳ないが、今回は真っ直ぐ突っ切ろう。」

「はい。かしこまりました。」

『皆、戦闘態勢。正面衝突するぞ。蹴散らせっっ。』

 俺の声に皆足を止めることなく戦闘準備に入る。隊列が細かい指示も出していないのに、相手に合わせるように左右に広がる。って事は、あの中央の他の個体より一回り大き目の奴の相手を俺がする・・・と。別に譲ってくれなくても良いんだけどな。仕方がない、皆がせっかくお膳立てをしてくれたのだから、やるとしますか。

「牛の魔物かな。・・・あのでかいのだけ角が四本もありますけど。」

「双角牛《ジェミニ・ホーン》と言う魔物のようです。」

 どうやらその双角牛も此方に気づいたようだ。目が合っちゃったよ。うぅん、予想通りではあるが、目の色が変わったよ。

「じゃぁ、あれは俺が相手をしよう。他のは任せた。」

「承知しました。それでは・・・」

 と言って、ヤクモは皆に指示を出し始めた。戦闘態勢の為、皆の速度が少し緩む。フタバはノインの角から飛び立ち、戦線に加わった。サツキもノインの背から飛び降りる。その両脇をハクとスーアンが固める。更にその頭上にトウオウが布陣する。あくまで万が一の為だ。トウオウとノインは危機的状況に落ちるまでは決して参戦することはない。

「さて、始めようか・・・。」

 俺は速度を上げ直進する。文字通り正面衝突してやる。相手が牛系の魔物なのが些か気にはなるが、正面衝突をするならこの技しかない。一本ではあるが、俺にだって角はある。やってやるさ。

 つい最近出会った、ある金色の角を持った猛者の事を思い浮かべる。その猛者の姿をこの小さな身体に宿らせるつもりで集中する。全身に力が漲っ・・・たような気分になる。気持ちは大事。気持ちから負けてたら、正面衝突なんて出来やしない。足に力を込めて、体勢を低くして更に加速する。

「黒兎金牛拳《こくときんぎゅうけん》・奥義・・・。」

 白兎流でも構わなかったのだが、この技をキンカク程似合うとは思えないし、クロトの事だ、きっと同じ技ないし似たような技を伝授している可能性が高い。故に敢えて別の流派の技という事にしておいた。だいぶ事後報告になってしまうが、二年後にクロトに許可取りをする事にしよう。

「ハリケェェェェェェェン・ミキサァァァァァッッッ・・・。」


ーー《黒兎金牛拳・奥義・ハリケーン・ミキサー》ーー


 やはり正面衝突をするなら、この技しかない。1000万パワーの悪魔の猛牛のこの技以外考えられない。巨大な双角牛の顔の左側を掠め、その肩口に角を下に滑り込ませながら激突する。想定以上の低くて重い衝突音が広い草原に響く。激突と同時に滑り込ませた角も使い双角牛の身体を突き上げる。ここは勝手知ったる合気の呼吸で相手の力と勢いを逸らし、利用し、反転させる。見事思惑通り四本角の巨牛が宙に舞う。

「良し。」

 ここまで完璧に決まれば、もはや目で追う必要もないだろう。おそらく突き上げた時点であの双角牛の意識も一緒に飛んでいた。あいつは受け身を取る事は出来ないだろう。受け身が取れないなら・・・あの巨体だ、自重でその命を砕く事になる。

 俺はゆっくりと前に進む。その少し後、巨大な質量の塊と大地が激突する音と振動が響く。・・・そしてLvが上昇した報告を確認し、絶命した事を確信する。振り向き、その亡骸に一礼を。

 その直後、歓声が上がった。・・・余裕があるのは悪い事ではないが、皆自分の戦いに集中して欲しい。俺の戦いに関心があるのは分かるが、俺としては憧れの技の一つを俺なりに体現してみただけなので、些か気恥ずかしい。

 頭の後ろを擦りながら見渡すと、戦闘はもうすぐ終了しそうだった。己の役目を終えたヤクモが近付いて来る。

「お見事でした。」

「いや・・・お恥ずかしい。やっぱり力勝負は柄じゃないな。」

 今その半ば無理矢理の力技に敗れ去った双角牛を回収しながら肩を竦める。

「・・・確かに少し珍しいですね。ですが素晴らしい技だったと思いますが。」

「そうか。・・・ただな、牛の姿を見て、キンカクが過ったのさ。たまにはキンカクみたいに純粋に力で勝負してみたいな・・・なんてな。」

「ははは。少し分かるような気がします。キンカク殿のように純粋に力で勝負出来たらと・・・。」

 ヤクモも男の子なんだな。純粋な力には多少なりとも憧れるものだよな。

「・・・良し、終わったみたいだな。回収して、少し休憩かな。」

「かしこまりました。」


 さて・・・今日は後どれくらい進めるかな。予想していたよりはだいぶ速く進めている気はするが。まあ、焦らずそして程良く緊張感を持って急ぐとしよう。

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