77、昔取った杵柄
・・・開かない。阿吽の呼吸とまでは言わないが、同時に扉を押してみたが、扉が開く気配がしない。だが封印術等の影響ではなさそうだ。全力で力を込めれば破壊する事も不可能ではなさそうに感じる。それでも押せば極僅かではあるが揺れ動く。これはつまり・・・。
「鍵が掛かってるな。」
「みたいやね。壊せん事もなさそうやけど・・・。」
クロトと、どうしようかと顔を見合わせる。
「殿、私が斬りましょうか。」
そう言ってギンカクは左手を腰の物に掛ける。
「待て待て待て。そうやって何でも力で解決しようとすな。」
クロトに制されると残念そうに「そうですか・・・。」と言って引き下がった。
「あぁ、いや・・・。ありがとうな、ギンカク。助けてくれようとしたんだよな。」
言い過ぎたと思ったのか、ギンカクの翼なのか、肩なのかを叩きながら声を掛けてた。
「ここが開いてないって事は、此処には入ってないって事だろ。」
俺達の後方で浮いているトウオウに話を振る。
「そうだねぇ。」
「ならなんで此処が図書館だって分かるんだよ。違うかもしれないじゃないか。」
十中八九この建物は図書館だろう。なぜならば浮き彫りで造られた装飾の一部が明らかに本を表しているからだ。世界が違っても、一目見てそれが本であると分かる様に表現されている事に驚く。それが紙が束ねられ、装丁で閉じられているそれは、間違いなく本だ。だとするなら少なくとも此処は本に関係する施設だろう。
その事が分かっていて、敢えてトウオウに聞いてみた。この文様を見て判断していたのか、それとも別の判断基準があるのか。ただの興味本位だ。この南瓜の魔王様が素直に答えるとは限らないが。
「別の町にも似たような建物があったのさ。そこは大分朽ちていたけれどね。その御蔭で中に入れた。本がたくさんあったよ、辛うじて形を成していたというものが殆どだったけど。」
納得だな。人の暮らしていた場所がここだけである筈はないよな。その建造物の造形が似通っていても不思議ではない。
「なるほどな。」
トウオウは此方の世界ではあくまで傍観者だった。極力物に触れないようにしていたのだろう。ましてや封印を解いたり、鍵が掛かっているものを無理矢理突破したりは決してしないだろう。故に此処は手つかずのままだった訳だ。
・・・アッシュの方は、文明等にそれ程興味が無かったのと、とある相手を探してしていたから、簡単に言えばそれどころではなかったのだろうな。それにしてもこの南瓜と灰猫は数百年もの間出会わずにいたとは・・・全く。ずっと星の裏側にでもいたんじゃないかと思われる。
「それにしてもどないしようか。・・・鍵探すっちゅてもなぁ。何処にあるのか見当もつかん。」
そうなんだよな。鍵を探すにしても誰が管理していたのかとか、何処に保管していたのかとか、情報が少な過ぎる。というより皆無だ。となると探し出すには膨大な時間が必要になる。それどころか現存してるかどうかも怪しい。どうしたものか。・・・なんてな。
「問題無い。ここは俺に任せろ。」
そう言って小さく開いたアイテムボックスに手を突っ込む。
「どういう事や。」
まさか此処へ来てこの技能が役に立つ時が来るとは思ってもみなかったよ。取得した時は一度も使う機会なんかないんじゃないかと思っていたよ。よもや胡桃を開くのに使用出来るとも思っていなかったし、それ以外に使う機会が訪れるとも思っていなかったよ。
「俺、鍵開けの技能を持ってるんだ。」
そう言いながら、松の葉を数本とメントグローブの小枝を一本取り出し、小枝を口に咥える。口に加えた小枝にあまり意味は無い。鼻を抜ける香りは集中力を高めてくれるのは確かだが。
「なんでそんな技能、持ってんのや。」
「俺、昔盗賊だったんだ。その時に自動的に取得したんだよな。」
「犯罪者だったんか・・・って言うのは冗談やけど。盗賊かぁ、浪漫やね。」
浪漫を全く感じていなかったと言えば嘘にはなるが。
「そういう訳じゃないさ。回避と隠密行動が必要だと思ったのと、機動力に重きを置きたかったんだ。」
「わかるわぁ。わい等兎は、一発貰ったら終わりみたいなところあるもんな。」
「だよな。ちなみに今、自分忍者やらせて貰ってます。」
「更に裏稼業やないかい。」
「これは八割方浪漫だな。」
何と言っても忍者には男の子なら一度くらいは憧れるってもんだ。職業の制度的には盗賊の上位互換みたいなものだから、理想的である事は間違いないんだが。
「それはわいもなってみたいわ。・・・わいは今、激闘士や。」
「激闘士・・・そんなのがあるのか。」
そう言いながら両手に一本づつつまんでいる金属製の松の葉を鍵穴へ近づける。作業に取り掛かろうと思ったのだが、とある不安が過ぎりその手が止まる。
「・・・なあ、これって、錆びてて回らないなんて事はないよな。」
この建物の保存状態、劣化具合を見る限りその恐れは無さそうではあるが、それでも万が一はある。
「そらどうやろうね・・・。」
と言いながら、クロトは鍵穴と俺の顔の間に頭を差し込み、その鍵穴を除き込んだ。
「んん、見えんね。どないしよか。油でも差してみるか・・・。」
「油かぁ・・・。」
油が全くない訳ではないが、潤滑油に使えそうな油は所持していない。持っているのは動物性の脂質なんだよな。滑りは一時的に良くなるだろうが、不必要な劣化を招いてしまいそうだ。だがこのまま強引に鍵開けをして鍵そのものを破損させてしまう可能性も否定できないし、不本意だ。・・・まぁ、最悪の場合はそれでも解錠する方を選択させて貰うつもりだが。
「それはわいに任せてくれ。丁度良さそうなやつを持ってんねん。」
クロトはそう言ってアイテムボックスからゆで卵大の赤紫の球を取り出した。・・・まぁ生卵でも良いんだけど。
「何かの木の実か。俺は見たことないな。」
「オリオリっちゅう植物の実や。なんやちっさい椰子の木みたいな植物やねん。」
クロトはその不思議な色の木の実の他に、木で出来た味噌汁のお椀程の大きさの器と、自分の顔の半分程の大きさの葉を取り出した。ギンカクが無言で手を差し出し、木の器を受け取る。そして赤紫の実を、オリオリと呼ばれた植物の実を木の葉で柏餅のように挟み込んだ。
「・・・ギンカク、悪いな。下に置いてやるわ。ありがとう。」
下から興味津々な眼差しに気が付き優しく微笑みながらそう言った。
「分かりました。どうぞ・・・。」
ギンカクから木の器を頷きながら受け取り、扉の前の石の床に置き座った。俺もクロトの隣に腰を下ろした。
「ハク坊、これはなオリオリっちゅう小さな木・・・みたいな植物の実や。」
ハクは真剣な眼差しで見つめながら頷く。そんなに興味を持ってくれる生徒の為にクロト先生の特別講義が始まる。
「この実はな、食べられなくもないんやけども・・・美味しくないんや。」
「食べられるのか。」
なんとなく合いの手を入れる。
「いやいや・・・食べられん事もないっちゅうだけや。極めて不味いって訳でもないんやけども・・・。」
「えらく歯切れが悪いな。」
クロトはギンカクと視線を合わせてから、困惑したような苦笑いを浮かべた。そして質問をした俺の方を向く。
「これ色はこんなんやけど、不味そうな感じはせえへんやろ。・・・なんやけど、味が殆どせえへんのや。」
「味が・・・しない。なるほど・・・。」
香り自体は悪いものではなさそうに感じるんだが。味がしない、無味なだけならばそんな表情にはなりそうもないんだけどな。
「そんでもって、この実の持つ最大の特徴がぁ、や。食うにはちょいと向かへんやつやねん。」
そう言いながら、葉で挟んだ実を握り締めた。すると握り潰された木の実の中に含まれていたであろう果汁が、二つ折りにされた葉の折り目の端から、床に置かれた木の器に流れ落ちた。透明の液体は粘度があり、まさしく油のようだ。だが独特の匂いもなく、粘度のある水のようにも見える。卵大の木の実からとは思えない程の量の液体が流れ出ている。
「これが・・・正真正銘、純粋な植物性油や。」
木のお椀に半分程注がれていた。そのお椀をハクが楽しそうに見つめている。
「ほぅ。油か。」
おそらくちゃんと鑑定もしたのだろうし、性質を調べたのであろうから、間違いはなさそうだ。この状況で適当な事を言う意味もないしな。
「そうやねん。オリオリの実は果肉もあるんやけど、殆どはこの液体の油やねん。・・・つまり少ない果肉も油まみれな訳や。」
・・・それは、あんな顔にもなる訳だ。口の中が無味無臭の油まみれになるんだとしたら・・・想像しただけでも胸焼けしそうだ。思わず不味い顔になってしまった。
「俺達の住んでた森には無かったなあ、ハク。全てを隈なく見て回った訳じゃないけど。」
「はい。見たことないです。」
見た事がないという事が嬉しそうにそう答えた。
「これはなぁ、少し温かい所に生えるらしい。わい達の住んでた所の近くに、温水が湧いてる場所があってな。そこに生えてたんや。」
「温泉が湧いてるのか。それは少し羨ましいなぁ・・・。」
水浴びはしたことはあるが、この世界に来てからは一度も風呂には入ってはいない。魔物だからなのかもしれないが、是が非でも入りたいかと言われれば、そうでもないが。それでも入ってみたいとは思う。
「いやいや。それがそうでもないんや。温泉っちゅう程温かくもないんや。ぬるま湯っていうのもどうかなっていう位温度が低い。残念だけどな。」
「あぁ・・・それは、残念だな。」
「まぁ、しゃあないわ。近くに火山もなさそうやしな。なんで温水が湧いてるんかもわからんし。」
それは残念だが仕方がないな。この世界の事象が前世の理屈で成り立っているとは限らないからな。
「あるじ様、オンセンってなんですか。」
ハクに限らず魔物なら当然の質問だろうな。
「うぅん、どう説明したら良いかな・・・。地面からお湯が・・・温かい水が、それも熱いお湯が湧き出てるぅ・・・場所ぉ・・・かなぁ・・・。」
不充分な説明ではあるが、何も知らない相手への最初の説明としては合格点ではなかろうか。多少甘めではあると思うが。
「そうやねぇ・・・。それが池みたいに溜まってる所かな。それに浸かると身体が暖まって気持ちがええんや。」
語尾に「のはずだ。」が付く感じではあるが。
「なるほど・・・。」
クロトの補足もあったが、ハクには今一明確に想像はつかなかったらしい。ま、致し方なし。眼鏡蛇には・・・意外と良いかもしれないが。
「それは、もし見つける事が出来たら、その時にまた詳しく説明するよ。実際に目の前にないと説明するのが難しい。ごめんな、ハク。」
「いいえ、大丈夫です。その時を楽しみにしています。」
と言いつつ、目線はすぐに下を向いた。今はそれよりも目の前に置かれた木の器とその中身の方が気になる御様子だ。
「ハク坊、油って分かるか。」
「はい・・・。なんとなくは・・・。あるじ様やフタバに聞いたくらいの知識は有ります。実物をちゃんと見たのは初めて・・・だと思います。」
実に正直な答えを返す。確かにハクの言う通り、植物性の油は見た事がないかもしれない。俺達の生活に特に必要では無かった為、探す事も利用する事もしていなかったな。
「そうか。そんなら・・・少しで申し訳ないが、二つくらいあげるわ。ハク・・・やのうて、取り敢えずイッスンに渡しておくわ。」
「なんで俺なん・・・あぁ、そういう事か。それって劣化するのか。」
「そらぁな。一応生物やからね。」
植物なんだから、枯れもすれば腐りもするのは当り前だな。それがたとえ前世では存在しないような植物でも、その摂理の外にあるものは、少なくとも今日まで見たことはない。
「じゃぁ、これは俺が預かっておくぞ、ハク。必要になったら何時でも言ってくれ。」
クロトからオリオリの実を二つ受け取り、俺のアイテムボックスの中へしまった。
「はい。お願いします、あるじ様。今日はこのトショカン・・・という建造物を調べるんですよね。」
・・・おっと。忘れるところだったぜ。そういえば俺は今この図書館の扉の鍵を開けようとしていたんだった。
クロトが用意してくれた油の入った器の中に松の葉の先を少しだけ着けた。その松の葉を鍵穴へ差し込む。差し込んだ松の葉を鍵穴の縁をなぞる様に三回程滑らせる。今更だが、この油を使用して問題は無かっただろうかと、疑問が微かに過る。・・・まぁ、大丈夫だろう、きっと。
油の付いた松の葉を一度引き抜き床へ置く。別の松の葉をアイテムボックスから取り出した。現在手に持っている二本の松の葉を適当に折り曲げ、鍵開け用の道具の様に加工する。・・・本当の事を言えば、技能のおかげで適切な形がなんとなく理解できるので、それにふさわしい角度の波型を作り出す事が出来る。九割方理想的な形を再現できているとは思う。
「それじゃ、始めようか。」
軽く呼吸を一つしてから、二本の鍵開け道具を鍵穴に差し込む。左右の手を良き所を探りながら小さく上下させる。前世でも一度もやったことがないのに確信できる。この鍵が簡単に開ける事が出来るという事が。あとはただこの鍵が想定通りに回るかどうか、だ。経年によって錆び付いてしまっていないか。オリオリの油が想定通りに効果があっただろうか。手に伝わる感触は悪いものではないと思うが。
「お。これは・・・きたかな。」
そう言ってクロトの方を向いて口の端を少し持ち上げる。
「えらい得意気な顔するやん。」
俺の鍵開けが成功する事を始めから知っているみたいな笑顔だな。
多少なりとも緊張はする。軽く深呼吸をして、力を加減しながらゆっくりと回す。やはり扉の大きさからある程度想定した通りの重い手応えがある。力を込め過ぎてしまうと松の葉か、或いは鍵の方が破損してしてしまう可能性がある。慎重に回転させていく。
「よいしょぉっ・・・。」
分厚く重い金属の低い音がして回転が止まり鍵が開いた事をお報せしてくれる。その音が扉や壁に阻まれているにも関わらず、建物の中から聞こえる。反響音の大きさで、その空間が小さいものではない事を教えてくれる。
「よし・・・上手くいったみたいだ。」
安堵の息を小さく吐き出し、皆の方を向く。
「ご苦労さんやね。・・・ほな、あらためて中に入ろうか。」
「そうだな。行ってみようか。」
遣った道具を片付けて扉に手を添える。隣でクロトも同じ姿勢になって手を添えている。呼吸を合わせて力を込める。
重くて古い扉が開く。
その扉が開くと中から古めかしい香りを乗せた風が俺達を通り過ぎた。最後にこの扉が閉じられた当時のものは残ってはいないとは思うが、それでもその当時の名残りを乗せた香りが鼻先を掠める。あたかも昨日まで此処を利用していた人々とすれ違った様な錯覚を覚える。
思ったていたよりずっと湿気を感じない。それだけ此処の保存状態は良好だったのだと分かる。どんな方法なのかは詳しくは分からないが、それでも当時の建築技術が確かなものであった事を示す証拠といえる。顔も名前も分からないが、感謝する。そのお陰で決して少なくない数の書物が現存し、今の俺達に一部であるが知識を繋いでくれているのだから。まさか魔物にその知識を繋ぐ事になるとは想定していなかったとは思うが。
「あんまり気にしてなかったけど、内開きで良かったな。」
「あぁ・・・そう言われてみれば、そうやね。これで外開きやったら、格好つかへんかったなぁ。」
俺とクロトの笑い声が図書館の内側にこだまする。
「深く考えた事も無かったけど、内開きって珍しい気もするな。」
「そういう文化だったんちゃうか・・・。知らんけど。」
確かにそういう文明だった可能性もあるな。その答えの一部もこの中に埋もれているかもしれないな。
「中も思ったより広く感じるな。」
開いた扉の位置から中を見渡す。日の光が届く扉付近以外は暗くて良く見えない。書物は陽光でも劣化する。故に窓の無い、又は少ない構造になっている事が多い。その少ない窓も遮光幕で覆われているはず。劣化を極端に遅らせる法術が図書館全体を覆っている。故にその遮光幕も無事の様だ。あくまでこの場所から分かる情報だけからの推測だが。
「暗くて良く分からんけどな・・・。」
「そうだよなぁ・・・。どうしようか。」
灯りは最低限必要だとは思うが・・・。かと言って、安易に火を使うのも躊躇われる。なにせ相手は書物だからな、極力火を使うのは避けたいんだけど。
思考を巡らせながら首を動かした。俺の後方の頭上の無表情の・・・無表情に見える南瓜の魔王を見つける。
「なぁ・・・トウオウ。なんとかならないか。」
声を掛けられたことが意外だったのか、此方に視線を向けるまでに一瞬の間があった。
「ん。ボクがかい。なんでボクになんとか出来ると思っているんだい。ボクをなんだと思っているんだい、イッスンの。」
「それは、そっくりそのまま返すよ。トウオウは自分の事をなんだと思ってるんだよ。」
「・・・一体、何を言っているんだい、イッスンの。ボクは・・・あ。」
どうやら自分が何者かを無事に思い出したらしい。
「忘れていたよ。ボクならなんとか出来そうな事を今思い出した。」
「ふん。昔から貴様はそういう奴だ。自分の事を忘れ過ぎだ。」
アッシュが不機嫌そうな表情で溜息をついた。まぁなんとなくトウオウがそうなってしまう理由が分かるような気がする。魔界ではどうだったのかは知らないが、少なくともこの世界では傍観者に徹していたのだから、自分はこの世界に存在していない者の様に過ごしてきたのだろうから、自分の事を忘れてしまっていても不思議ではなさそうだ。アッシュはその事が少し不満なのだろう。
「すまないよ、アッシュの。」
アッシュは「ふんっ。」とだけ言って、次に続けるつもりだった言葉を飲み込んだようだった。
「すまん、イッスン。今一何の話をしてるのか分からんのやけども・・・。」
「暗いからなんとかならなかって話だ。」
「それと、トウオウはんとどう関係があるんや。」
わざとらしく驚いた表情を作りクロトを見る。
「トウオウが何に見えるんだよ。」
「あ。阿呆な事を言うてもうた。」
そう・・・見たら分かる。なぜ俺がトウオウに相談をしたのかが。
「では、任せてくれ給えよ、イッスンの。」
「あぁ、頼んだよ、ランプキング。」
トウオウは少し前進し図書館の中に入って止まる。何かの位置を確認するようにゆっくりと館内を見回した。その後、右手に持っている角灯を顔の前辺りに掲げ、何かを呟いた。
トウオウの掲げた角灯が橙色の光を放つ。その角灯の光が複数の小さな玉になり、四方八方に飛び散った。飛び散った光の玉か始めから決まっていたかのように所定の位置に納まった。図書館に設置されていた灯りの位置だったのだろう。全ての光が灯ると図書館内が読書をするのに充分な明るさで満たされた。
図書館内が灯りに照らされ、規則正しく並ぶ本棚と壁の棚にもぎっしり埋め尽くされている本が浮かび上がると、皆が歓声を上げた。
「これは・・・壮観だな。」
灯りに釣られるようにゆっくりと中へと進みながら視界を一周させる。前に進むにつれて、多少の埃っぽさも感じるが、本特有の懐かしい香りが鼻を抜ける。なんとも言えない感情が込み上げて来る。
「こら凄いなぁ。で、これは間違いなく図書館やね。」
「そうだな。これはかなり期待出来るな。」
状態は想定していたより大分良いな。だがこの量は想定外だったな。正直辛うじて数頁確認できるだけの状態のものが残っていれば儲けもの位に思っていたのだが。嬉しい誤算ではあるが、これだけあると選別するだけでも苦労しそうだ。
「さてどうしようか、クロト。」
「わいに聞かれても分からんわ。」
そうりゃそうだ。俺でも分からん。
「これは・・・手分けして、なんとなく幾つか選んで来るしかなさそうだな。」
「そうやね。いろんな棚から適当に何冊か持ってきても良さそうやね。」
「それが良いかもしれないな・・・。そうするか。」
俺は頭にフタバを乗せ、その上にトウオウを従え自分の担当の箇所をゆっくりと棚に所狭しと並ぶ本の背表紙を眺めながら移動する。
この図書館を探索する組みと、外に出て付近ではあるが、他の場所を探索する組みに分かれた。ノインとコバはこの図書館の屋根に登りゆっくりと過ごすみたいだが。おそらくいざという時の為に警戒をするという役目を買って出てくれたんだろう。
様々な色や高さの本が並ぶ棚。同じ装丁で揃った本が並ぶ棚。これぞ本棚。これぞ図書館。兎の俺ではこのままの状態だと、一番下の段と下から二段目しか手が届かない。上のはフタバかトウオウに取って貰おうかな。
取り敢えずどの本を持っていこうか吟味しようとしていたのだが・・・。
通り過ぎる道すがら背表紙を眺めながら、不安が過ぎる。担当の本棚の前に立ち、その不安が大きくなる。恐る恐る一番下の段の眼の前にある本に手を伸ばす。手で本の状態を感じ取る。どうやらこの建物同様、経年はしているものの劣化は極めて少ない。触れても、開いてもその形が失われるような事はなさそうだ。
だが、問題はそこではない。
手の上に乗せ、開いた本を見て思う。
本の中の頁に並ぶ文字の列を見て、先程からあった懸念が現実であったことを知る。
正確には、その本に並んでいるものは、おそらく文字だろうと思われるもので、それが列を成しているという事だ。
字が、文字が読めない。




