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75、撤退。戦術的撤退。

 狂乱の首無騎士率いる一団を一掃し、灰色の地面だけが残った大地を見渡す。骨は跡形もなく消え去ってしまったが、その骸骨達の装備品だけが散らばっている。兵どもが夢の跡・・・か。

「何か探しものかいな。」

「あ、あぁ・・・。さっき砕けた大金槌の残骸をな。」

 クロトからすれば、どうしてそんなものをと思われるかもしれないが、俺にとってはロック達との思い出の品だ。出来る事ならなんとか回収して帰りたい。折れてしまった柄の部分は良いとしても、円柱状の鉄塊部分は持って帰りたい。柄は木材を削って作ったものなので、それはまた作れば良い。だが金属は俺達にとっては貴重だしな。少なくとも今の所。

「探すのを手伝うわ。」

 何の躊躇いもなく助力を申し出てくれた。

「悪いな。」

「かまへん、かまへん。」

「・・・そういえば、クロトの投げてた手斧は良いのか。一緒に探すか。」

「それはもう回収済みや。イッスンがあの騎士殿を相手してくれとる間にな。」

「そんな余裕があったのか。」

「たまたまや。運良く移動したら足元に刺さっとったんや。日頃の行いやね。」

「・・・そうかもな。それならその日頃の行いってやつで見つけてくれ。頼りにしてるぞ。」

「任しとき。」


 いっそこの辺りに散乱している装備品・・・の残骸を手当たり次第に回収した方が早いような気もするが。大分劣化はしているが貴重な金属も多く含んでいるとも言える。持って帰って損はしなさそうな気はするが。おっと。あまりゆっくりしてもいられない。

「イッスン。結構色んな武器が使えるんやな。」

 残骸を漁る音をさせながら会話をする。

「使える訳でもないんだけどな。使うと技能が取得出来るのも確かなんだけど・・・。」

「なるほどなぁ。それは盲点やった。わいも積極的に使ってみようかな。」

「俺の場合は、ロック達が作った試作品が結構あるからな。作り直すより新しく作った方が色々試せて良いかなと。」

「そら楽しそうやね。そうやって色々試してる時が一番楽しかったりするんや。」

 それは良く解る。その前のここはこうしようとか、今度はこれを試してみようかとか考えている時が俺は好きかもしれない。

「・・・なぁ、イッスン。」

「なんだ。」

「ちょいと思ってんけど・・・あのでっかい金槌、あの首無騎士の盾を弾き飛ばしてんな。」

「・・・そうだけど。相打ちだったけどな。それがどうした。」

「それやったら、こんな団体戦のあった所には落ちてへんのと違うか。」

「あ。」

  俺にしては珍しくそんな簡単な事を失念していたとは。普段とは違う状況に緊張の連続で、思いの外疲労して頭が回っていないのかもしれない。・・・と、言い訳してみる。

「仰る通りです、クロトさん。申し訳ない。」

 俺はあの首無騎士と一対一で戦っていたんだから、こんな場所に落ていている可能性は低い。むしろ探すべきは、かの騎士殿の左腕だろうな。こんな簡単な事に気が付かないなんて。そんなにあの大槌の先を失ってしまう事に動揺していたのだろうか。

「・・・っちゅう事は、あの辺かな。」

 クロトは首を軽く振り狙いを定め、ゆっくりとその見定めた方へと歩き出した。まだこの付近には骸骨達は接近してきてはいないので余裕はあるみたいだが、それにも限度はあるだろう。気配だけを探ってみれば、首無騎士程の強い気配は感じない。あくまで気配を感じ取れる範囲内にはだが。

「しかし・・・まだ思ったより距離があるな。」

 帰り道の方を見てそう思う。

「せやねぇ。来る時はこないに長い距離を移動してたつもりはなかってんけど。」

 来る時は、大袈裟に言えば最終決戦のつもりで帰り道の事までは計算せずに突っ込んで来たからな。なるべく最短距離をただ真っ直ぐに。

「行きは良い良い、帰りはぁ・・・ってやつだな。」

 まぁ帰り道は此方から喧嘩を売りに行っているのだから自業自得の感は否めないが。

「昔の人はうまいこと言うもんやね・・・っと、あれかな。」

 この世界の昔の人はそんな事を言ったのだろうか。普通に考えれば、そこに人の営みがあったのなら同じ様な言葉が、考え方があったとは思うが。目的のものを発見したクロトは小走りに大槌だった鉄塊に向かう。

「思ったより飛ばされとったな。」

 ひしゃげた騎士盾と中身を失った鎧の右腕が落ちている場所から大分離れていた。鉄塊の側に立ったクロトは腰を屈め手を伸ばす。

「なんやこれっ・・・。えらい重たいやないかい。こんなもんを振り回しとったんかっ。」

 少し過剰表現をしているとは思うが、確かに重くはあるだろうな。いかにも重そうなものを持ち上げる体勢になってそれを俺に手渡してくれた。

「ありがとうな、クロト。基本的には、俺にとっては重さはあまり関係ないんだ。」

 その鉄塊を片手で受け取ってみせる。

「のわっ。急に軽くなりよった。・・・それが魔法の力ってやつか。」

「そうだ。重力魔法だな。簡単な重量操作と重加速位しか使えなけど、結構便利だ。」

 重量を操作する対象の大きさに消費する力が比例するんだけどな。それでも大木や象ほどの大岩でもなければそれ程力は消費しないのだが。

「でもそれやと、重量を活かした武器は威力が半減ちゃうんか。」

 鋭いね。直ぐにその事に気が付くとは。やはりクロトも男の子なのだろう。自分で武器を製作しているらしいしな、そんな事ばかり考えていたりするんだろうな。男なんて幾つになっても心の中に小中学生男子がいるものだ。

「だから、振り降ろす直前に魔法を解除するんだ。」

「なるほどな。」

「究極、当たる直前に。」

「えらい器用やね。」

「凄く腕や手首に負担が掛かるから、あまりやらないけどな。」

 勿論今現在は身体能力の強化系の技能や身体そのものの能力値でそれ程苦ではない。初期の頃は慣れるまで苦労した。

「そらそうやろね。・・・聞くだけで、なんや、手首が痛くなってきた気がするわ。」

 そう言って自分の両方の手首を擦っている。

「技能である程度補助出来るから、言う程でもないけどな。」

「そうなんか。そんな技能もあるんやね。」

「回復系や身体強化系で、かな。」

「あぁなるほど。わいももう少し技能の使い方を柔軟にせんとな。どうにも名前通りの使い方に囚われてる気がするわ。」

「俺も何回も失敗して、経験して、身体で覚えたって感じだよ。」

 その日々を思い出すと、俺の方もその痛みが蘇って来るようだよ。

「ははは。やっぱり繰り返し練習って事やね。」

「そうだな。どんな事もそれが基本だな。」

 でも今回の事で俺もあらためて武器ももう少しちゃんと扱えたらと、その重要性を認識した。無手や合気にこだわるにしても、もう少し練習しても良さそうだと思う。いや・・・するべき、だろうな。

「じゃ、帰って練習するか。」

「そうやね。わいも自分の得意なものがどれかをもう一度調べるところからやってみるわ。」

「良いね。付き合うぜ。・・・なら、さっさと帰るとしますか。」

 余計な手間を取らせてしまった俺が何を言っているのかとも思うが。

「賛成や。」

 アイテムボックスに鉄塊と、適当に散乱していたものを数点放り込み本日の出発地点の方へと身体を向ける。


 ゆっくりと来た道を帰る為に歩き出す。この場所から見るとやはりまだ遠い印象を受ける。

「なぁ・・・結構色んなものを拾っとったけど。そんなに持って帰ってどないするんや。」

 クロトは幾つか使えそうなものを簡単に選別して回収していたようだけど。そのクロトの方から見れば俺が手当たり次第に回収したように見えた事だろう。

「貧乏性なだけさ・・・というのは、半分本当だ。幾つか確かめてみたい事があるのと、調べてみたい事があるからって感じかな。」

「ほぅ。なるほどな。」

 気になる事の一つは強度。正確には劣化具合。骸骨がその手に持っているのを見た瞬間から疑問がある。

「そちらの灰色の猫の魔王様、アッシュ・・・もとい、アッシュ・ザ・グレイキャットが此方の世界に来たのはいつ頃なのかは知らないが、此方の南瓜の魔王、トウオウは此方に来て三百年経過しているらしい。」

 勿論その言葉を信じれば、だが。というか俺は信じている。トウオウは冗談は言うが嘘は言わない。重要な事でも言う必要のない事は黙っている傾向にあるが。

「わざわざアッシュの名前を良い直さんでも・・・。アッシュも二百年位前やったと思うで。」

 という事は二百年もの間すれ違い続けていたのか・・・。韓流作品のようだな。

「となると、トウオウの方が先に此方の世界に来ていた訳だな。」

 まぁ、クロトに聞くまでもなくトウオウの話を聞いていたからある程度予想は付いていたが。

「そう・・・なんか。その辺はわいは詳しく聞いてへんからよう分からんが、きっとそうなんやろうな。それがどないしてん。」

「その頃には既に人はいなかったらしい。」

 これもトウオウに聞いた限りは、ではある。本当に一人も存在していなかったかを確かめる術など無いが。実際さっき俺達と会話をした・・・会話と呼べるかは難しいが、相手が人ではないと言い切れないし。

「そうかぁ・・・。それは随分と昔やね。この世界での三百年やもんな。」

 あらためて流れてしまった時間に想いを馳せると少し切なくもある。

「って事は、だ。これが作られたのはそれより前って事になる。」

 アイテムボックスから刃こぼれはしているものの形を留めている剣を一本引っこ抜く。

「そらそうやね。・・・って、おい。」

 どうやらクロトもこれだけの簡単な説明で俺の抱く疑問に気が付いたようだ。説明する手間が大幅に省けて助かる。

「そうだ。それにしては、劣化が進んでいないとは思わないか。」

 そんなに時間が経過していたのなら、百歩譲って形が残っていたとしても、錆だらけになっていてもおかしくない。所々若干錆びてはいるが、それでも劣化速度としては納得しかねる。この世界の金属が俺達の知っているものと全く同じではないという可能性も大いにあるが。

「わいもそう思う。」

「だろ。この前少し話したが、俺は住んでた森の中で「人」の亡骸を見つけた事がある。その亡骸は鎧を全身に纏っていた、金属製のな。」

 その全てが長い時間を過ごしたと思われる状態だった。今思えばあの森の不思議な力の様なものが作用したいた気もする。でなければ、あれほど形を留めていられなかったのではないかと思われる。森に住む魔物に荒らされていなかった事も不思議ではある。

「その鎧に触れたら・・・音もなく崩れ去った・・・。」

 あの時の感覚が蘇る。なんとも言えない寂しさと一緒に。

「つまり、最低でもそれくらいは劣化するっちゅう訳やね。」

 俺とクロトは申し合わせた様に小走りになる。

「だから劣化具合の差の理由を知りたい。たぶん答えは出ないが、推察する材料ぐらいは手に入りそうだ。単純に強度も知りたい。」

「なるほどな。」

「って事で少し手伝ってくれ。」

 別の剣を引き抜きクロトに軽く放り投げて渡す。

「よっしゃ。任せろ。」

 当たり前の様に剣の柄を掴み構える。視界に捉えた骸骨に向かって速度を上げて近づく。

「すぐ壊れるかもしれないから気を付けろよ。」

「わかった。」

 その剣を振り上げ、俺達はそれぞれ別の骸骨に斬り掛かる。


 予想通り三体程切り倒した所で剣は折れてその剣先は宙を舞って大地に刺さった。クロトの方も似たような結果だった。

「やっぱり劣化はしているみたいやね。見た目通り位の強度しかないな。」

 その通りだな。だがそれにしても三百年も前に製造されたものには思えない。せいぜい多くて百年といったところだろうか。今更だが、ものの劣化具合の差などそれ程詳しく認識している訳ではない。あくまで直感に頼った推察だ。

「イッスン、この残った柄の方はどないしようか。放っていくか、それとも持って帰るか。」

 残った柄を振って見せる。

「造りとかも調べたいから持って帰る。」

「はいよ。」

 そう言って俺に投げ返す。それを受け取り自分の持っていた剣の柄と合わせてアイテムボックスに放り込んだ。

「何も折れたやつでなくても良かったんちゃうか。今倒したやつのでもええんちゃう。」

「それでも良いんだけど、ちょっと今折れたやつが良いんだ。」

「へぇ、そうなんか。ようわからんけど。」

 こればっかりは説明しても理解して貰える自信がない。折れた箇所の断面を見たみたいなどと言っても。そういう趣味があるわけでもなく、ちゃんと調べてみたいと思っている。何か解るかもしれない。俺の知識では解明出来る事に限りはあると思うが。

「後は・・・ロック達の武器製作の参考になるかと思ってな。こういうのは実物を見た方が勉強になるだろ。」

 何と言っても魔物に武器などという概念はおそらくないだろうからな。せいぜい角や爪などの形状がそれに近いだけで、それを己で作り使おうなどとは考えないだろうしな。それこそ二足歩行で手を使い、道具を使う魔物には出会った事はないからな。少なくとも此方の世界では。

「はわっ・・・そいつは盲点やった。わいももう少し回収すれば良かったかもしれんなぁ。」

「問題無い。後で適当に分けよう。最低一つ二つ有れば良いんだし。」

「なんか、すまん。」

「気にすんな。年の功ってやつだ。それと俺が貧乏性で心配性なだけさ。」

 そう言いながら眼の前の骸骨の鳩尾に飛び膝蹴りを叩き込む。

「いや、わいも見習わないとあかんな、そういところを。」

 別の骸骨の胸元に拳で連撃を見舞いながらそう答えた。、

「まだ十代だったんだろ。そんなもんだ。慌てる事はないさ。」

「合計したら二十代や。」

「ははは。男なんて幾つになっても餓鬼だよ。こんなものは経験の差だ。」

「ありがとうな、先輩。そんでもやっぱりわいも中身が成長せんと皆を危険に晒してまう・・・。」

「そうだな。でも大丈夫だ。成長期はこれからだ。伸び代しかないって事だ。」

 そう言いながら速度を少し上げる。眼の前に広がる灰色の大地には、先程までとは打って変わって骸骨の姿は疎らだ。敢えて此方から喧嘩を売りに往く程ではない量だ。それでも俺達の車線付近の骸骨だけでも排除する。


「なんかおかしないか、イッスン。」

 それは俺も気になっていた。この灰色の領域はこんなに広かっただろうか。侵入する時はとにかく目的地に向かう為に全速力で走っていたとはいえ、こんなにも長かっただろうか。方向感覚や距離感の技能も取得して久しい。つまりLvも低くはない。この空間で本来の性能を通常通りに発揮できている保証はないが。感覚的には問題なく機能している様に思えるが。

「俺もそう思う。」

 走りながら目線を合わせる。そう・・・何かがおかしい。どんなに進んでも目の前の景色が白黒のまま。つまり元の世界との境界線が見えない。

「これは・・・たぶん、この中からだと全ての世界がこう見えるって事なんだろうな。」

「やね。しかしそろそろこの景色、見飽きてきたな。」

「確かにな・・・俺も少し気分が悪くなってきた様な気がするよ。」

 気の所為かもしれないが。軽い二日酔いのような、風邪の時のような気持ち悪さを感じる。この色の無い景色に当てられて酔ったのだろうか。・・・現段階では、かもしれないという程度だが。

「イッスンもか・・・。気の所為やないかもしれんな、これは。ちょいと急いだ方がええかもしれんね。」

 クロトと一瞬目を合わせて無言のまま頷き合う。そして更に速度を上げる。

「此方で合ってるんか・・・。不安になってきたわ。」

 同感だが、どうやら大丈夫そうだ。世界は未だ白黒のままだが、目線の先に豆粒ほどの小さな塊を捉えた。たぶんあれは・・・ロックだな。気配自体は何かに遮られてはっきりと掴むことはできでいないが、間違いはなさそうだ。

「問題無い。迷わず走るぞ。この際、直線上の相手以外は無視しよう。追いつかれる心配は無さそうだしな。」

「了解や。」

 ロックと思われる影の少し離れた隣に、その数倍・・・十数倍の大きさの黒い影も確認できる。この遠目からでもその筋骨隆々の姿形を見れば、それがキンカクであることは想像に難くない。

「思ったより倒せんかったなぁ。まぁしゃあないか。」

 残念ではあるが、この場所の事を良く知らないのだから仕方がない。もっと慎重に下調べをするべきだったのかもしれないが、結果として世界の制限時間をある程度正確に知る事ができたのだから良かったとも言える。結界の外側に漏れ出てしまっている不死者達の数を減らそうと算段したのは、撤退を決めた後だ。計画そのものに計画性がなかったと言わざるをえない。その割にはおよそ四分の一程を削れたと思えば、戦果は上々と言って良い水準だろうと思う。

「深いことは気にするな。これがどの程度意味のあるものかは分からないんだ。」

 少しだけでも何かしなければと思っただけだ。効果が定かでない以上、自己満足の域は出ない。やっておけば良かったと後悔しない為に実行しただけだ。

「おう、せやったね。」

「ほら、見ろ。あれはたぶんロックとキンカクだ。あと少しだ、走れぇぇっ。」

「わいの全速力を見せたんでぇぇっ。」


 俺とクロトの走り抜けた後に灰色の砂煙が巻き上がる。直線上にいた骸骨達も、撃破することもせず、ただ弾き飛ばす。最早交通事故のようだ。

 足を進めるにつれて、あの黒い大小の塊が確かにロックとキンカクである事がはっきりしてきた。なぜ両名が仁王立ちをしているのかは不明だが。その少し後方にヤクモやギンカク等の皆の姿も白黒ではあるものの確認できてきた。どうやら侵入地点の境界線は近いらしい。その影響なのか少しづつ体調が回復してきたように感じる。

「あと少しだ、頑張れぇ。」

「なんちゅう速さやねん、おっさん。ほんで、なんでそんなに余裕やねん。」

 必死の形相で走りながら俺を睨みつける。

「悪いな、若造。俺は機動力と運特化なんだ。」

 クロトに速度を合わせながら走る。俺達の姿を見つけたのか、ロックは小刻みに飛び跳ねている。おそらく無意識なんだろうな。熊のぬいぐるみが跳ねているみたいで、かわいい。

 その後方にヤクモとスーアンの姿を見つけて思い付いた事がある。その思い付きを思念伝達で飛ばす。・・・どうやらこの辺りからなら上手く技能は機能するようだ。良かった。

『ヤクモ、スーアン、フタバ。聞こえるか。』

 突然の俺の声に少し驚いた様子だったが、直ぐに『はい。』という返事がある。

『もう少しでそっちに戻れる。』

『此方でも主殿達の姿は確認しております。』

 ヤクモが皆を代表して答える。

『俺達が色の変わる境を跨いだら、出来るだけ広範囲の法術を色のない方へ出来るだけ遠くへ撃ってくれ。』

『・・・了解しました。』

『畏まりました。』

『あい。』

 何時もながら何の躊躇もなく俺の指示に従うなぁ。もう少し理由を聞いたりしても良さそうな気もするんだが。俺の声の雰囲気から何かを察してくれているのかもしれないが。信頼してくれているのは嬉しく思うが、心酔はしないで欲しい。

『皆同じ地点を狙いますか。それともそれぞれ別の地点を狙いますか。』

 おっと。スーアンの疑問、御尤も。少しばかり指示を省略し過ぎた。

『別で頼む。結構離れてても構わない。重ならない方が理想的だが、指定がある訳でもないからある程度適当で良いぞ。』

『・・・承知しました。』

 うぅん。我ながら些か曖昧な要求をしてしまったなと反省する。正直領域内に適当にぶっ放してくれれば問題無いからな。これで大きく失敗する事はないと思われる。しかし雑な作戦だな。ま、後は俺の意図を汲んでヤクモかフタバが何かしら指示を出すだろう。実に他力本願である。

『じゃあ、たぶんそろそろだと思うから、後は任せた。』

 三名とも揃って返事をした。

「イッスン、今何か呟いてなかったか。どないしてん。」

「・・・ん。ちょっと思い付いた事があってな。ヤクモ達に指示を出してた。」

「・・・なんや、嫌な予感がすんねんけど。」

「大丈夫大丈夫。そら、あと少しだ。全速力で駆け抜けろ。」

「ぬえぇぇい。分かったわいっ。」


 これだけ皆に近付いてもまだ色は戻らない。それでもこの世界の境界線がもう少しである事は確信できる。後はただ真っ直ぐに駆け抜けるだけ。

 それは、突然訪れた。

 急に目の前が、それだけではなく世界が明るくなった。まるで長い夢から覚めたみたいに。今まで呼吸を忘れていたのかと思う程に開放された様な感覚になる。それと同時に叫ぶ。

「ぶっ放せぇぇっっ・・・。」

 俺の叫びが先だったか、それよりもヤクモ達の最大級の三つの法術が放たれたのが先だったかは分からない。元の世界に帰還を果たした俺とクロトの頭上を見た事もない大きさの法術の球が通過した。あまりの大きさに驚き、思わず直進しながらその巨大な球を目で追ってしまった。首を大きく後ろへ反らし、もう少しで走ったまま橋を掛けてしまいそうになった。

「なんじゃこりゃ。」

 ロックとキンカクの立っていた所を通り抜けた辺りで止まり、振り返ってヤクモとスーアンとフタバの放った規格外の法術の球の行方を追った。

「此処までとは、俺も予想外だったぜ・・・。」

 その法術の球が俺達がさっきまでいた灰色の世界の大地に着弾するのを確認する。・・・あぁ。少しでも不死者の数が減れば良いかなと思って指示を出したが、それをちょっとだけ後悔する程の大惨事がその不死者達を襲っている。風と炎と爆炎と・・・。

「・・・あっぶなぁ。おっさん、なにしてんねん。」

 大地の形が変わる程ではなかったが、それでも些かやり過ぎのな気がしないでもない。

「いやぁ・・・これで大分数は減らせただろ。狙い通りだ。」

「・・・ほんまかぁ。」

 半分とは言わないまでも五分の二位は削れたんじゃないかと思う。俺は皆の方に振り返って笑顔で言う。

「撤退。撤退するぞ。・・・戦術的撤退だっ。」

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