二十七話
「お前……」
目を見開くカルロスへ雄斗は手加減の無い雷霆を放つ。
巨大な雷光に呑まれ吹き飛ばされる【戦欲王】から視線を外し、雄斗は背後へ振り向く。
「雄斗……。あなた、無事だったの?」
呆然としたヴィルヘルミナ。体は埃塗れで擦り傷だから。血行も良くない。
そして何故か異常に消耗しており今にも倒れそうだ。それを見て雄斗はしゃがみ彼女の手首をつかむ。
「ゆ、雄斗。ちょっと、聞いているの?」
上ずった声でヴィルヘルミナが言うが、雄斗はスルーし彼女の体調を確認する。
(魔力、生命力が異様に低下しているが命に別状はない。
大きな怪我も無いからこれなら自然回復する、か)
安堵し、小さく息をついて立ち上がる。
そして吹き飛んだカルロスの方に行こうとした時、ヴィルヘルミナの視線に気が付いて、言う。
「見ての通り俺は生きてる。──だが今は詳しく話している時間はない。
あのクソ野郎を始末した後で話してやるよ」
顔だけ向けてそう言い、雄斗は火花を散らしてカルロスの元へ向かう。
雄斗からの不意打ちのような一撃を受けて吹き飛んだカルロスは衛星島の端近くにいた。雄斗の容赦のない一撃は神であろうと結構なダメージを与えるはずだが、体のあちこちが焦げている以外の外傷は見られない。
「久しいな鳴神雄斗。【タルタロス】に落ちたと聞いていたが生きていたか。
しかし今の巨大な雷霆に感じる強大な魔力。これは、もしや」
「黙れ」
笑うカルロスに向けて雄斗は問答無用の雷光を放つ。
しかし今度はカルロスも跳躍してかわし、お返しと言わんばかりの巨大な光の砲撃を放ってくる。
竜を容易に飲み込む巨大な輝きへ、雄斗も同じ規模の雷光を放つ。巨大な二つの輝きは【オリュンポス】の空で相殺。凄まじい余波を周囲に放つ。
「お前とかわす言葉はない。さっさと死ね」
「ふむ、そうか。──なら殺して見せろ、鳴神雄斗」
挑発するように言うカルロスに雄斗は躊躇することなく突撃し、【雲耀】を手にして斬りかかる。
疾風怒濤に等しい雄斗の剣戟。カルロスは手にしている神具と【陽炎鏡】で防ぎ、反撃してくる。
しかし構わず雄斗は前に出る。カルロスの反撃を回避し続けながら【雲耀】を振るう。
「ほほう、あの時の少年がこれほどまでに腕を上げるとはな……!」
無数の脂汗を頬に浮かべながらカルロスは言う。
さすがは【戦欲王】と言う字を持つだけあって彼の武芸の腕は優れている。
だが今の雄斗から見れば危険であっても脅威ではない。現に今、カルロスは【陽炎鏡】を用いているというのに雄斗に対してまともに反撃できていないのだ。
また【陽炎鏡】が雄斗の攻撃を防げたのは最初だけ。雄斗は剣戟に魔力を注ぎ込みカルロスを守るため自動で動く【陽炎鏡】を切り裂き、粉砕する。
「おおおっ!」
雄叫びと共に雄斗は自身の体にさらなる魔力強化を施す。
最強との死闘で目覚めさせられた才覚、【神殺士】となったことで得た膨大な魔力。
その二つが交じり合った閃電に等しい剣戟に対し、今やカルロスは防戦一方だ。
首を狙った雄斗の横薙ぎをカルロスはかろうじて受け止める。だが不安定な姿勢の彼の腹部を雄斗は蹴り飛ばす。
そして体勢を崩したカルロスに向けて、虹色の雷光を迸らせる左腕を向けた。
「【神討閃】!」
突き出した左腕より放たれる、ちょうど人一人だけを飲み込む大きさの虹色の雷光。
【神討閃】。今、新たに生み出した神威絶技だ。【神殺士】となったことで扱えるようになった虹色の稲妻を圧縮した一撃。
直撃すれば並の神なら死に至らしめることさえあり得る、名前通り神を討つ雷だ。
「【天道を穿つ赤星の輝き】!」
迫る【神討閃】を見てカルロスは嬉々とした表情を浮かべ、先程と同じように反撃の光──神威絶技を放つ。
目を焼くかのような強烈な輝きの砲撃。あれは【天道を穿つ赤星の輝き】。【神討閃】と同じく圧縮した光を放つ破壊力重視の一撃だ。
再び空で激突する光と雷。しかし今度は相殺されない。虹色の雷が黄金の光を粉砕したからだ。
迫る【神討閃】をカルロスは横に回避する。だが無傷ではない。虹色の雷撃はカルロスの左腕を飲み込み、焼いていた。
「はははっ……! 虹色の稲妻……! 【神殺士】の稲妻!
なんということか。面白い、実に面白いぞ!」
炭化した左腕を見てもカルロスは笑みを消さない。
いやむしろ、先程よりもさらに喜んでいる。それを見て雄斗は舌打ちをする。
(戦狂いが……!)
三年前もそうだった。【クレタの魔宮】内部で幾度となく自分たちの前に姿を見せては戦いを挑み、どれだけダメージを与えられても嬉々としていた。
己の命が危ういとなれば即座に逃げるくせに、己を殺めることができる敵に何度も挑んできた。何より戦いを愉しんでいた。
そんな相反するカルロスの一面に雄斗は不気味に思ったものだが、宿敵であるヘンリクからの評を聞いて納得した。
「奴の目的はより多くの戦いをすることと、それを心から愉しむことだ。敵の強さは二の次三の次だ。
だから死ぬと感じれば速攻で逃げる。死ねば戦えなくなるからだ」
その話を聞いた時、さすがに冗談だと雄斗は思った。
だが魔宮内で幾度もカルロスの襲撃を受けて、それが事実だと痛感した。
そして彼につけられた字【戦欲王】は正に、彼の本性そのものだということを。
「左腕を失ってもそんなセリフが吐けるとはな。──だが次こそは消し炭にしてやるよ!」
そう言って雄斗が【雲耀】を構えた時だ、カルロスは炭化した左腕を横に振るう。
すると雄斗との間に無数の転移魔方陣が出現し、そこから大小、様々な形の魔導人形が姿を見せる。
そしてそれらは雄斗とカルロスの間に立ちはだかる。──壁のように。
「テメェ……!」
「本当はこのまま最後までやり合いたいが、今回の事件の主役はあくまで【神雷を制する天空】。
脇役である私が好き勝手に暴れていては【神雷を制する天空】からも敵認定されかねない。
それに君と戦う分の給金は貰っていないし【神殺士】と戦うには準備不足。今回はこの辺で撤退するとしよう」
「逃がすか馬鹿が!」
叫ぶと同時雄斗は雷撃を放ち、立ちはだかる魔導人形の群れを一掃する。
しかし空に散らばる魔導人形の残骸の向こうでは、既にカルロスの足元には転移魔方陣が展開されていた。
「その威勢の良さに私に向ける殺意、実にいいな。
だが私ばかりに注力して本島を包んでいる魔導人形を放置してよいのかな?」
言われて雄斗はカルロスに向けようとしていた稲妻を纏う左手を止め、本島を包む魔導人形に横眼を向ける。
動かない魔導人形。しかし一つ一つから感じられる魔力の量は神クラス。
容易に破壊できるものではないし、カルロスと最後までやりあってそれが実行できる可能性は低い。
(今の俺なら転移を阻害することもできる。
そして戦い続ければおそらく勝てる。だが……)
かつてヘンリクと共に戦った時見せた彼の全力。おそらく現【七英雄】にさえ匹敵するあの強さ。
今あれと戦えば勝てなくはない。だが確実に無傷では済まないし、消耗を強いられる。下手をすれば力を使い果たし、戦闘不能になる可能性もある。
そう思い雄斗は舌打ちしながら戦意を鎮める。
「そう急くな。君が【神殺士】となった以上、活動の場は広がる。そうなれば私と再会する日はそう遠くない。
次に会った時は逃げずに相手をしよう。そして存分に君という戦士との戦いを堪能した後、ヘンリクの元に送ってやろう」
そう言ってカルロスは姿を消す。
雄斗は念のために残身して警戒するが、彼の気配は微塵も感じない。完全に逃げたようだ。
ひとまず何があったのかを知るため、雄斗はヴィルヘルミナと傍にいるシンジの元に降り立つ。
「雄斗、あの……」
「助けてくれてありがとう鳴神君。ただのんびりもしてはいられない状況だ」
何か言おうとしたヴィルヘルミナに割って入り、シンジがここで何が起こったのか話す。
雄斗も細かい事情──グラディウスとのこと──を省き己のことを説明。【タルタロス】内部で生きていたことにシンジは驚くがすぐに表情を引き締め、
「あの魔導人形をどうにかして本島に向かわなければ……!」
「カルロスが撤退したことで他の島々にいた【焔豹】も消えているから戦闘は終了しているだろ。
あとあの魔導人形だが、多分一体でも破壊すれば本島を覆っている黒い繭は消えると思う」
よく視ればわかることだが、あの魔導人形は両隣にいる互いと魔力の波長をぴったりと合わせている。
つまりあの不可解な黒い繭は三体の魔導人形の合作という訳だ。
「そして魔導人形だが、俺が何とかできると思う」
「できるって、何か方法があるの?」
「こうする」
シンジと支え合っているヴィルヘルミナにそう言い、雄斗は右腕を近くの魔導人形に向ける。
そして掌に巨大な魔力が集まり虹色の火花が散る。
「ちょっと待ってくれ! 先程も言ったが魔導人形も黒い靄は攻撃すると攻撃した当人にその威力が跳ね返ってくる!」
「雄斗の雷が強力なのはわかったけど、迂闊な攻撃は──」
ヴィルヘルミナ達の言葉を最後まで聞かず、雄斗は雷撃を放つ。
天に上る龍のように雷撃は魔導人形に迫り貫通。巨大な体躯が二つに割れる。
「な……!?」
驚くシンジたちの横、雄斗は落ちてくる上半身を雷撃で消し飛ばし、大きく息を吐いて空を見上げる。
予想通り、三体のうち一体が破壊されたことで魔導人形たちが張っていた結界──本島を覆っていた黒い靄が薄れて消えていく。
あんぐりと口を開けて唖然とした顔のシンジたち。しかし雄斗にとっては予想通りだ。
【神殺士】となったことで神やその神威への強い特効を備え、さらにけた違いに強くなった雷撃。
神クラスの魔力を宿す魔導人形だが、神威絶技でもない全力の一撃ならば破壊することはできると思っていた。
「さてと、俺は王城に行く。お前たちは他の衛星島の様子を確認し、傷を癒した後で来い。
その様じゃ足手まといにしかならないからな」
体内の魔力の残量を確認して雄斗は言い二人に背を向ける。
そして全身に雷光を纏わせ飛び立とうとしたその時だ、
「雄斗!」
「何だヴィルヘルミナ。話なら後に」
「三年前、そして先日も、酷いことを言ってごめんなさい!」
「……。えーと」
「ヴィルマ……?」
唐突な謝罪に雄斗は呆気にとられる。彼女を支えているシンジも同様だ。
何で今そんなことを言う。と言うか今、そんなことを言っている場合か。雄斗は反射的にそう思い口にしようとするが、ヴィルヘルミナの顔を見て言葉に詰まる。
裏表のない、真っすぐな表情。心からそう思っている人の顔。
それを見て雄斗は眉根を潜め、そして脳内にシンシアの顔が浮かび上がり、視線をそらして、言う。
「あー、なんだ。わかったよ。だがその話はまた後でな。
俺もちょっと、お前を話したいと思っていたから、その時に。な」
「雄斗、気を付けて……!」
ヴィルヘルミナの気遣いに雄斗は微笑み、雷光を纏って王城へ跳ぶ。
何故か先程より──ほんの僅かだが──体が軽くなったような気がした。
次回更新は1月3日 夜7時です。




