二十六話
「うおおおおおおおおおおおおおおおっっ!??」
自身を噴き上げる激しい気流の中で雄斗は絶叫する。
噂には聞いていたし本を読んでも知っていた。タルタロスより吹きあがる風の強さが凄まじいのは。
それでも【神殺士】となったことで得た膨大な魔力があれば何も問題はないと思っていたのだが、
(まさかろくに身動きが取れないとは! つーか、一体どこまで上昇するんだ!?)
体内にある魔力を全開にし、なんとか意識を保ちながら雄斗は思う。
タルタロスより吹きあがった風とその中にいる雄斗は【オリュンポス】の空を軽く突破している。
空気も薄くなっておりこのまま世界の果てまで行くのではないか。そう思い始めた時、ようやく周りの風の勢いが弱くなる。
(チャンス!)
四肢の自由が戻ったことを認識した雄斗は即座に吹き上げる気流から離脱。しばしの自由落下の後”浮遊”の魔術を発動、姿勢を正す。
(やれやれ。何とかタルタロスを脱出できたか)
ようやく心から安堵する雄斗。と、同時に軽いめまいがした。
それがようやく外に出れたことへの安堵、そして先のジルメルとの戦いの疲労だと悟った雄斗は、手元に【アヴァルの果汁】というラベルがついている二つの瓶を呼び寄せる。
これは【異形種大戦】の時、【ティル・ナ・ノーグ】のとある高名な神が作り出した霊薬だ。エリクシルほどの効果はないが、この一本でA級魔術師なら数十人。神財、神具使い、神でも普段の五割近くまで体力魔力を回復させるという兆候家であり希少な霊薬だという。グラディウス撃退の後、アザード達から礼としてもらったのだ。
タルタロス内部でも呼び寄せようとしたができなかった。それを見ていたグラディウス曰くタルタロス内部は転移系魔術が全く使用できないらしい。
【雲耀】を呼び出せたのは今は手元にない【万雷の閃刀】と共に雄斗の体内に収めていたからだ。
呼び寄せた霊薬を一気に飲み干す。アップルジュースのような爽やかなのど越しを感じた直後、ジルメルとの戦いで尽きかけていた体力と魔力が回復する。
「おお、【オリュンポス】が一望できるなー」
眼下に映る鮮やかな青色の下にある無数の浮島と大陸。多元世界最大と言われる広大な世界。
それらを眺めながらリトボスはどこかと視線をさまよわせ、発見する。
存在する浮島の中でも一際大きく、そして周囲には衛星を思わせる小島がある大きな浮島。あれが【オリュンポス】首都リトボスのある浮島だ。
しかし発見して雄斗は眉を潜めた。その浮島の本島に奇妙なものがあったからだ。
「何だあの黒い繭は。それにあれは魔導人形か!?」
”遠見”の魔術でそれを視認し、雄斗は驚く。
黒い繭に包まれている浮島本島と、本島三方向から囲んでいる女性型の魔導人形。
パッと見て高さは数十メートルはある。しかも発せられている魔力も並ではない。と、いうか──
「まさか【高天原】で見た神器を宿した大型の魔導人形か……!?」
胸中の想いを口に出し、そして直感でそうだと確信する。
どういう理由か、何故あそこにあるのかなど細かい理由は不明。だが間違いなくあれらはかつて見た神器を宿す魔導人形だ。
「【真なる世界】も【オリュンポス】でテロを起こしたのか?
まさか【神雷を制する天空】に協力している……!?」
反射的に脳裏に浮かぶ武蔵やラーマの姿。彼ら【十導士】がいるのかと思い気配を探ろうとした時だ、三つの浮島爆発が起きる。
魔力を視界に集中、強化する。すると視界に【オリュンポス】の軍や駐屯している同盟世界の戦士達が魔導人形の周りに現れたジャガーの衣装をまとう豹人と戦っているのが見える。
豹人。亜族の一種であり多元世界の一つ、【テノチ・ティトラーン】に多く存在する種族だ。
そしてその中で強力な戦士はオセロメと呼ばれ、ジャガーの衣装を身にまとい漆黒の獲物で敵を打ち倒すという。
(……いや、違う!)
戦いを見て雄斗は襲撃者がオセロメでないこと──いや生物でないことに気が付く。
【オリュンポス】の兵たちに倒されるオセロメもどきだが、首が吹き飛んでも体の一部が損傷しても何事もなかったかのように向かってくる。
完全に消滅しない限りただひたすら敵を襲い続ける。そんなオセロメもどきと雄斗は数年前、飽きるほどに戦ったのだから。
「【焔豹】……! ヤツがここにいるのか……!」
オセロメもどきの主を思い出し、雄斗の体に火花が散る。そして周囲を探り、発見する。
【焔豹】に囲まれているヤツと対峙するベオウルフ達とそして青白い顔で仲間に支えられているヴィルヘルミナの姿を。
「ヴィルヘルミナ……!」
彼女の名を口にすると同時、ヤツから放たれる巨大な光撃。防御姿勢を取るも吹き飛ばされるベオウルフ達。
そして同じく地面に倒れるヴィルヘルミナ。身じろぎさえできないボロボロの状態の彼女にヤツが攻撃の矛先を向ける。
窮地に陥る彼女を見た瞬間、雄斗は天下る雷となってその場に向かった。
◆
「リトボスが……!」
「なんだ。あの黒い、ヘドロのような靄は」
「迂闊に攻撃を放たないで!
どういう理由かはわかりませんが漆黒の靄に攻撃した人がダメージを受けています!」
本島外縁部にある衛星島。そこにいるヴィルヘルミナの耳に仲間たちの戸惑いの声が聞こえてくる。
世界会議開催中、シンジが率いる戦士団に所属するヴィルヘルミナと仲間たちはリトボスや衛星島の警備を命じられていた。
そして世界会議が終わり参加した各国トップたちの懇親会が行われている現在、周囲を警戒しながらも明日からの休暇をどう過ごすかシンジや仲間たちと話していた時、唐突に本島の周りに巨大な魔導人形が出現し、現在に至る──
「こめん。またせたね」
「シンジ……!」
他の戦士団の長たちと話し合っていたシンジが戻ってきた。
いつもと変わらぬ恋人の姿に小さく安堵し、仲間たちと共に駆け寄る。
「本島を包んだあの黒い繭。間違いなく突然現れたあの巨大な魔導人形の仕業だろう。あれを僕たち戦士団の隊長が破壊することにした。
感じられる魔力や圧からするに、おそらく数ヵ月前、【真なる世界】が作り出したという【狂神】を宿す魔導人形に違いないからね」
シンジの言葉にヴィルヘルミナは目を見開く。
今年の夏ごろ──雄斗たち【アルゴナウタエ】が関わった、【|高天原】にて起きた神器強奪事件。
それを起こした【真なる世界】が使用したとされる【狂神】を宿し、操るという魔導人形。
「噂に聞くあの……!」
「ということはこのテロは【真なる世界】のものなのか? 【神雷を制する天空】ではなく……!?」
「──いいや。この襲撃は【神雷を制する天空】によるものだよ」
ざわつく仲間たちの困惑に介入する一声。それを聞き、何故かヴィルヘルミナの心臓の鼓動が高くなる。
仲間たちに笑顔を見せていたシンジが一瞬で戦意に満ちた表情となり声のした方に振り向く。そこには見慣れぬ一人の男の姿がある。
漆黒の肌の長身痩躯の男性。髪は短く刈り上げており目元はサングラスをしているため表情はわからない。そしてこの場に似つかわしくないスーツ姿。
有能そうな雰囲気のビジネスマンにこの場にいる仲間たちの大多数が困惑する中、ヴィルヘルミナは大きく目を見開く。
ヴィルヘルミナは彼を、目の前の男を知っている。いや、忘れようがない。
三年前、父と雄斗と共に戦い、そして雄斗が父を殺めた要因となったこの男を。
「カルロス・ヴェネス・トラウィスカルパンテクートリ……!」
「【欲望の輩】のトップ、【五欲王】だと!?」
「どうしてここに!?」
目の前に姿を見せた仇──【欲望の輩】のトップである【五欲王】に皆が動揺する中、ただ一人シンジだけは冷静な面持ちで剣を抜き、構える。
一瞬遅れてヴィルヘルミナも【快癒の蛇杖】を呼び出し、カルロスに向ける。
【快癒の蛇杖】。【オリュンポス】の医神アスクレピオスが使う固有神具を元に作られた、ヴィルヘルミナが保有する新造神具だ。
一斉に向けられる警戒と敵意をまるで気にしない様子のカルロスはシンジだけを注視して、微笑む。
「フム、優秀な反応だな。目の前の私に対して即座に警戒すると同時、周囲に気配を配っている。
シンジ・アーチボルト・ベオウルフ。我が兵団に来る気はないかね?」
「ふざけないでっっ!」
カルロスの言葉にヴィルヘルミナは反射的にかっとなる。
そして【快癒の蛇杖】を振るい彼の足元の地面を突起物に変化させ、悠然と佇む仇の肉体を貫く。
「おおっ!」
「流石ヴィルヘルミナ!」
周囲の味方から上がる声。
しかしヴィルヘルミナはそれを打ち消さんばかりの大声で叫ぶ。
「油断しないで周りに気を配って! カルロスが目の前にいるとは限らない!」
「──その通り。だがこの私が偽物と見抜けないようでは他の者たちは勧誘する価値はなさそうだな」
串刺しとなったカルロスが顔を上げ、何事もなかったかのような様子で言う。
それにヴィルヘルミナと仲間たちがぎょっとなった時、土の槍で串刺しになったカルロスの姿が炎の豹人に変わる。
そして豹人は獣声を上げると土の槍を吹き飛ばしヴィルヘルミナに飛び掛かってくる。
以前見た時よりもさらに速いその動きに挙動が遅れるヴィルヘルミナ。しかし繰り出された焔の爪牙の前にシンジが立ちはだかり、手にしていた神具【万夫不当の剛剣】を振るう。
「【剛強なる激烈】!」
繰り出された横薙ぎの一撃。一見何の変哲もないものだがそれを食らった炎の豹人は跡形もなく消し飛んだ。
神威絶技【剛強なる激烈】。その能力はシンジの繰り出す普通の攻撃を十倍以上に強化する。
つまり今、炎の豹人が消し取んだのは魔術や神威によるものではなく、物理的な超強力な攻撃を受けたからだ。
「はっ!」
豹人を粉砕した直後、シンジは反転し【剛強なる激烈】を放つ。
剣戟による衝撃波が地面を砕きながら飛ぶ。そしてその軌道上にあった何者かの気配が【剛強なる激烈】をかわすのをヴィルヘルミナは察知。
それに対してヴィルヘルミナは【快癒の蛇杖】を向け、”魔術解除”の術を行使。すると姿を見せたカルロスが地面に着地する姿が見えた。
「フム、我が居場所を見切るか。可能な限り気配を隠したつもりだったがこの短時間で見破られるとは。
君の【心眼】は中々に優れているようだ。ますます我が【兵団】に欲しいものだ」
「お断りです」
カルロスに冷たく返しシンジは【万夫不当の剛剣】を構える。
ヴィルヘルミナ達もそれに続きカルロスを囲み、各々の武器を抜く。
「カルロス・ヴェネス・トラウィスカルパンテクートリ。一応警告します。
大人しく捕まりあなたが知っていることを洗いざらい話すのであれば命は保証しますが」
「はははっ。そこは身の安全は保障するというべきだと思うがね。
では率直に答えよう。降伏勧告には応じられないな。【神雷を制する天空】から給金を戴いているのでね」
【五欲王】の一人であるカルロスはヴィルヘルミナの父と同じ傭兵だ。
ただ父と違い各世界の定めた法やルールを躊躇せず逸脱し、如何なる行為も平然と行っている。
故に数十年間、各世界から指名手配されてはいるが、
「カルロス、あの女神像は何なの!」
「詳しいことは知らんよ。私が【神雷を制する天空】より頼されたのは君たちの足止めと女神像の起動と防衛だ。
ただあの女神たちが生み出した漆黒の繭を見る限り、包まれた本島ではよからぬことが起きているのは間違いないだろうね。
早く像を破壊した方がいい。──と言っても私がいる以上不可能だがね」
そう言ってカルロスは右手に神具を喚ぶ。
彼が手にした黄金の意匠が刻まれた白一色の槍は【太白の閃槍】。歴代のトラウィスカルパンテクートリが継承してきた固有神具だ。
それを見てシンジたちが動こうとした時だ、カルロスは神威絶技の真名を呟く。
「【熱発火】」
直後、ヴィルヘルミナたち全員の体が炎に包まれる。
【熱発火】。カルロスの周りの者たちに宿る熱量を瞬間的に増幅し発火させる神威絶技だ。
「ぐおおっ!?」
突然の炎に驚き、苦しむ声を上げる仲間たち。
しかし経験のあるヴィルヘルミナと巨大な魔力を持つシンジたち神や神具、神財保有者は即座に体内の魔力を高めて炎を打ち消す。
そして一番先に飛びかかったシンジは誰よりも早くカルロスに対し剣戟を放つ。
【剛強なる激烈】を警戒してか、大きく飛びのくカルロス。しかしシンジはすぐさま距離を詰めて剣を振るう。
シンジが手にする固有神具【万夫不当の剛剣】はグレートソードに分類される長剣だ。それをシンジは普通の剣のように速く正確に振るう。
「ははっ、それほどの巨大な獲物をこうも見事に操るか。
しかも一撃一撃の重さも並外れている。真っ向から打ち合えば叩き潰されるな!」
数合打ち合ったのちカルロスはそう言って再びシンジから距離を置く。
しかし当然ながらシンジは追い、他の戦士団の長たちも彼に続く。
「シンジにばかり注力するとは、舐められたもんだ!」
「カルロス・ヴェネス・トラウィスカルパンテクートリ! あの女神像の事も含めて、捕縛して知っていることを吐き出してもらいます」
シンジの左右から飛び出す男と少女が言い、両者は己の神威をカルロスに向けて放つ。
強力な横殴りの暴風を放った軽薄そうな三枚目に見える男性はシンジと共に【オリュンポス】戦士団の一つを預かるフリストス・テサリア・アイオロス。一年前風神アイオロスを継承した若き神だ。
フリストスの風を強引に弾いたカルロスに儚げな雰囲気の美少女は手にした弓矢を放つ。彼女は【ティル・ナ・ノーグ】戦士団を率いるシャーロット・ディール・ディアドラ。フリストスと同じ時期に女神ディアドラを継いだという。
戦士長三人の連携と合間で放たれる神威絶技にカルロスは防戦一方となる。しかしすぐにカルロスはシンジたちが放つ絶え間のない猛攻をかわし防ぎそらし、反撃する。
(相変わらず上手い……!)
過去に父と戦った時もそうだった。雷と破壊力ある父の猛攻をカルロスは巧みに的確に捌きかわし、防いでいた。
父曰く元々見切りの才能が優れているらしく、その一点のみで言えば現在の神々の中でも最上位に入る可能性すらあるという話だ。
またそれを助長しているのが彼が周りに展開している無数の白く発光する鏡──ではなく、鏡に見える神威絶技だ。
【陽炎鏡】。カルロスに向かって放たれた攻撃に対し自動で動いて防ぎ弾く神威絶技だ。これがフリストス達の攻撃の合間にヴィルヘルミナ達戦士団の団員が放つ攻撃をことごとく防ぎ、弾いてしまっていた。
鏡を破壊するような強力な攻撃もあるが、それに対しても鏡は巨大化して弾いたり、また放たれた攻撃を受け止めた瞬間、鏡の位置が変化して角度をつけ、別方向に逸らしたりもしている。
とはいえこちらが押している状況に変わりはない。このまま彼が逃げるまで攻め続けると思い、ヴィルヘルミナが神威絶技を放とうとした時だ、
「そろそろふるいにかけてみるとしよう!」
カルロスはそう叫んだ時だ、彼の背後に巨大な黒と赤が入り混じった炎が出現。そしてそこより先程シンジが倒した炎の豹人が姿を見せる。
先程のように一人ではなく数十、いや百に届こうかという数の豹人たち。そして彼らが持つ武器も己やナイフ、剣、槍、弓など多種多様だ。
「【太陽を沈ませろ、黒焔の戦士】……!」
豹の軍勢を見てヴィルヘルミナは表情を引きつらせる。
【太陽を沈ませろ。黒焔の戦士】。カルロスが使用する神威絶技の中でもっとも有名であり、彼の凶悪さを広めた神威絶技。
一軍を形成するほどの数の炎の豹人──焔豹を呼び出し敵を蹂躙する絶技だ。
戦場に突撃してくる豹の軍勢。瞬く間に形勢は逆転する。
「くっ、こいつら雑魚じゃないぞ!」
「神威絶技で生み出された使い魔だというのにこの強さ……!」
いくつも聞こえる仲間たちの驚きと苦悶の声。しかし無理もない。
神が神威絶技で生み出す使い魔は数が多ければ多いほど一個体の力が弱いのが原則だ。本来ならヴィルヘルミナ達の仲間ならば瞬殺できる。
しかし【太陽を沈ませろ。黒焔の戦士】はどういう理由かはわからないがその原則を無視している。かつて【クレタの魔宮】に閉じ込められた時、ヴィルヘルミナも【太陽を沈ませろ。黒焔の戦士】の強さに驚愕し、恐れた。
しかも豹人たちは一人に対して複数で迫っており、使い魔とは思えない見事な連携を見せている。それに対し仲間たちは耐えては反撃しているが、問題なく跳ねのけているのはヴィルヘルミナを含めたごく一部の面々だけだ。
さらに豹人たちは倒れされるが数は変わりない。赤黒の炎から新たな豹人が出現して迫ってくるからだ。
「ほら、どうしたのかね。三人がかりでもこの程度かね。
遠慮せず【神解】してもいいのだよ?」
ヴィルヘルミナ達が焔豹と戦う中、楽しそうなカルロスの声が戦場に響く。
近くの仲間と協力して焔豹を消滅させシンジたちに視線を向けると、シンジたち戦士長たちがカルロス一人に押されている光景が目に入った。
焦燥の色が濃いシンジ達。実のところ彼らは【神解】を行使できない。
と言うのもシンジたち三人は神を継承してまだ一年程度しか時間が経っていない。神器より力を引き出し現在の己の力を百パーセント発揮する【神解】は発動させるのに一年から数年は要するのが普通なのだ。
もちろん継承した人物の資質や短期間でいくつもの死線を潜り抜けるなど苛烈な出来事を経験して習得する者もいるが──
「シンジ……! このっ、【活性の白鳥】!」
槍のように杖を振るって迫ってきていた焔豹の頭を砕き、ヴィルヘルミナは神威絶技を発動。自身から放たれる無数の白き鳥が苦戦する仲間たちの体に入り込む。
すると苦戦していた仲間たちは豹人の群れを押し返し始める。【活性の白鳥】。一時的に力を引き上げる白き鳥を生み出す神威絶技だ。
「大地よ。生命を育む大母よ。我が盟友たちに汝の慈悲を与えよ。──【地癒の碧光】」
続くヴィルヘルミナの神威絶技。石畳より溢れる淡い緑の輝きが仲間たちの傷を癒し、ゆっくりとだが体力と魔力を回復させる。
【地癒の碧光】。最近新たに身に着けた神威絶技で地上にいる仲間たちの傷を癒し、体力魔力を永続して回復させる。
治癒や回復の度合い、持続力はヴィルヘルミナの魔力が続く限りという条件はあるが、今のような軍勢と相対する仲間たちの援護にはぴったりの神威絶技だ。
二つの神威絶技の援護によりシンジたちはカルロスと渡り合う。他の仲間たちは【太陽を沈ませろ。黒焔の戦士】の兵たちを押し返す。
しかしまだ終わりではない。一瞬軽くめまいを覚えるヴィルヘルミナだが、杖の切っ先をシンジたちと戦うカルロスに向け、言霊を紡ぐ。
「命は何物よりも強く激しい。天を巡り地を駆け世界を作る、絶対不変の力……!」
「ヴィルヘルミナ!? 立て続けに神威絶技を使いすぎだよ?」
仲間から聞こえる驚きと制止の意が籠った声。しかし構わずヴィルヘルミナは続ける。
優勢なヴィルヘルミナ達。しかしこの状況は決して長く続かない。
今、相対しているのはあの【五欲王】であり、父ヘンリクを殺めた強者。今優勢なのはヴィルヘルミナが後先考えず力を使っているのと、彼がこちらを侮っているからだ。
かつて父、雄斗と共にカルロスと相対したヴィルヘルミナにはわかる。カルロスがその気ならこの場にいる全員がなすすべなく皆殺しにされることが。
(目的は勝つことじゃない。カルロスが撤退する気になるだけの傷を負わせること……!)
雄斗と父ヘンリクとの戦いでもそうだった。終盤、雄斗の一撃を受けて重傷を負った彼はその後は一転。【クレタの魔宮】を解除し逃走を図った。
命の危険があれば迷わず逃げる。生き汚い傭兵らしい行動を取った。
故に今はカルロスを倒すのではなく彼を殺せる、命を脅かすだけの強力な攻撃を見せる必要があるのだ。
「存在する数多の生命。その一つ一つが生物にとって至上の宝石であり、敵を貫く刃」
詠唱と共に、周囲と自身の体内から放たれる生命力が【快癒の蛇杖】の頭頂部にある蛇の頭部に集まる。
めまいだけではなく頭痛も覚え倒れそうになるが、奥歯を噛んで必死に堪える。
「命よ。万物に存在する唯一にて至上の煌きよ。
今このひと時、我が元に集いて、あらゆる障害を撃つ輝きとなれ! 【命蛇の輝顎】!」
ヴィルヘルミナの血を吐くような叫びと共に、杖の切っ先より放たれる、緑色の巨大な蛇の形をした砲撃。
シンジ達仲間たちはそれを察しカルロスから離脱。カルロスもそれに気づきかわすが、【命蛇の輝顎】は反転して再びカルロスに向かう。
幾度かわしてもしつこく追尾する【命蛇の輝顎】に業を煮やしたのか、カルロスは巨大な炎の砲撃を放つ。
炎に呑まれる緑蛇。しかしヴィルヘルミナは小さく微笑む。──その程度で【命蛇の輝顎】がどうにかできるものか。
「何!?」
ヴィルヘルミナの予想通り、【命蛇の輝顎】は炎の砲撃の中から、変わらぬ様子で姿を見せる。
そして攻撃直後でかわしきれないと思ったのかカルロスは幾重にも防御魔法を発生させ耐え凌ごうとするが、牙をむいた緑蛇は防御魔法を通過しカルロスに命中。彼方まで吹き飛ばす。
【命蛇の輝顎】。ヴィルヘルミナ自身と【快癒の蛇杖】に収縮した大地の生命エネルギーを圧縮して放出。魔力ではなく純粋な生命エネルギーの塊のため魔力による防御はほぼ無効化され、命中した相手の生命力を直接攻撃し減少させる神威絶技だ。
吹き飛んでいったカルロスを見てヴィルヘルミナは微笑み、しかし直後に喀血する。
自身の過剰な生命力消費と周りから強引に生命力を集めたことによる、反動だ。
「ヴィルマ! 無茶をして……!」
「大丈夫。まだ戦えるから。
それよりもシンジ、油断しないで。──この程度じゃカルロスはとてもじゃないけど倒せない」
血相を変えて駆け付けたシンジにヴィルヘルミナはそう言い、視線をカルロスが吹き飛ばされた彼方に向ける。
直後、巨大な炎が発生し、それと共にかすかに唇の端を赤く汚したカルロスがヴィルヘルミナ達の前に舞い戻る。
そんなカルロスを見てヴィルヘルミナは心中で唸る。ダメージはある。だが逃げを選ぶほどではない。
「生命力そのものを砲撃として放つ神威絶技……。思い出したよ、君はヘンリクの娘だな」
「へぇ……。私のような小物のことを覚えていたの」
「忘れようはずがない。君の父親は我がライバルにして宿敵。──結局、この手で殺すことは叶わなかったのだから」
うっすらと微笑むカルロス。冷酷なそれを見てヴィルヘルミナの体が怖気る。
しかし父のことを思い出し仲間に支えられながらも【快癒の蛇杖】の切っ先をカルロスに向ける。
「なるほど。ゲイルの奴が君と鳴神雄斗に施した記憶の改ざんが解けたかもしれないと言っていたが、その反応を見る限りそのようだ。
──ならば三年前の心残りである君を、ここで片づけておくべきかな」
そうカルロスが言った時だ、彼の体から膨大な魔力が迸る。
自分を庇うように前に立ちはだかるシンジ。直後、目を突き刺すような光がカルロスから放たれ、思わずヴィルヘルミナは目をつぶる。
そして視界を開いた時、目の前には黄金の鎧を纏うカルロスの姿があった。
「【明星の破王】……!」
三年前にも見たカルロスの【神解】。それを目の当たりにしてヴィルヘルミナは体が震えだす。
以前相対した時、カルロスの放つ圧と巨大な力を感じ怯んだ。だが父と共に戦うことはできた。
しかし今は戦意よりも恐れの方が強い。それはヴィルヘルミナが以前に比べ成長し、より正確に彼我との実力の差を感じ取れてしまったからだ。
そしてそれはシンジたちも同じのようだ。純金のようなギラギラとする輝きを放つカルロスに皆、気圧されている。
「【妖星閃】」
カルロスの氷の眼差しがヴィルヘルミナに向けられた瞬間、彼の体から黄金の輝きが射出された。
シンジたちが幾重にも防御壁を展開するが飛来する閃光はそれらをあっさりと破壊。
立ちはだかったシンジが【万夫不当の剛剣】で受け止めるも巨大な光爆が発生し、ヴィルヘルミナ達を吹き飛ばす。
(シンジー!)
カルロスの神威絶技に呑まれた恋人の名を叫びながらヴィルヘルミナは宙を舞う。
かろうじて意識を保ち地面に叩きつけられるのは回避する。しかし【命蛇の輝顎】を使った影響が残っているのか、すぐに立ち上がることができない。
「くっ……!」
それでも何とか体を起こした時だ、眼前にカルロスが立っていた。
呆気にとられるヴィルヘルミナ。【戦欲王】は愉悦の笑みを浮かべると【太白の閃槍】の切っ先をヴィルヘルミナの眉間に向ける。
「さらばだ。ヘンリクの娘」
穂先に収束する光を見ながら回避は不可能とヴィルヘルミナは他人事のように思う。
そして脳内を巡る走馬灯に幾人もの知人友人たち。父、シンジ、そして雄斗──
(再会した時、言っておけばよかった。父さんが死んだのは君のせいじゃないと)
そんなことは三年も前から分かり切っていたことだ。カルロスとの死闘で雄斗もヴィルヘルミナも精魂尽き果てていたあの状況。
呪いをかけられ正気を失った父を止めるには、ああするしか術はなかった。
だが助けると言っていた雄斗によって目の前で父が殺められた事実、そして唯一の肉親を失った悲しみが彼に罵声を浴びせることになってしまった。
そして先日再会した時、本当はヴィルヘルミナは彼に謝ろうと思っていた。しかしこちらを揶揄するような素振りと父を手にかけたことを気にする素振りさえ見せない態度を見て思わず逆上してしまったのだ。
(ごめんなさい)
雄斗に対し、心中で謝罪すると同時、【太白の閃槍】の閃光がヴィルヘルミナに向かってくる。
それを見てヴィルヘルミナが視線を閉じようとした時だ、突然出現した雷が視界を塞ぐ。
「……!?」
雷の余波で倒れるヴィルヘルミナ。直後彼女の前に誰かが降り立つ。
「誰……?」
雷光の輝きで一時視力を落としたヴィルヘルミナには目の前の人物が何者なのかわからない。
思わず問い返すと少しの焦りと多分な安堵を込めた声が返ってくる。
「ギリギリ間に合ったか。
何とか無事みたいだな、ヴィルヘルミナ」
聞こえてきた声にヴィルヘルミナは大きく目を見開く。
戻った視界に移ったのはタルタロスに落ちたはずの雄斗だった。
次回更新は12月30日 夜7時です。




