二十八話
「さてジョン。先程も言ったが改めて問おう。
【オリュンポス】支配権の移譲。貴様たち反逆者たちの処刑。応じるか、否か?」
大広間に響く、勝ち誇ったイグナティオスの声にジョン・リコポース・ミディカス・ゼウスは能面のような表情を浮かべなら、心中で歯噛みする。
周囲には漆黒の靄に捕らわれ身動きも力も封じられた世界会議に出席した多元世界のトップ達と、彼らを監視する武器を手にした魔導人形。
そしてジョンの正面に立つ【神雷を制する天空】のトップ3。娘とその友人たちを捕らえてきたロマノス・ポイボス・アポロンに魔導人形の制作者であり指揮官のラオメドン・ヘヴァール・ヘパイストス。
そして中央には盟主であるイグナティオス・ミディカス・ウラノスがおり、彼はジョンの後継者であり愛すべき息子、ルカの首を掴み高く掲げている。
「父、上……」
手にした固有神具をゆっくり下げながら、ジョンの脳裏にはつい先ほどの出来事がよぎっていた──
◆
「覗きはもういいのか? ラフシャーン」
「人聞きの悪いことを言うなよジョン。俺はただ可愛い同胞の様子を伺っていただけだ」
ジョンの言葉に窓際にいたラフシャーンが言う。
「そうだね。覗きではなく監視と言った方が正解かな?」
そう声をかけてくるのはエドガーだ。隣には頼光の姿もある。
「それで、マリアたちはどうだったのかね?」
「見たところ心配する必要はないな。先日のように四人同時に【タルタロス】に向かうといった真似はしないだろう」
「それは良かった。懇親会が行われている今、そのようなことをされては流石に問題となってしまうからな」
安堵する頼光。そして彼は視線を遠くに向ける。
それをジョンは追い、魂が抜けたような呆けた表情をしている舞香を見て苦笑する。先程異母妹である雪菜の怒りを買ったショックから、未だ立ち直れていないようだ。
「まー、先日のあれもエドガー、あんたが止めてくれれば起きなかったんだけどな」
咎めの視線を送るラフシャーン。
頼光も静かだが同じ意を持つ眼差しでエドガーを見るが、【アルゴナウタエ】のトップは平然とした面持ちで戦友たちに言葉を返す。
「それについては謝罪しただろう。彼女らの剣幕を見たのもあったが、私としても一刻も早く鳴神君を助けたかったからな。
まぁそれも発生した【瞬嵐】で台無しになったが」
小さく息をつくエドガー。
まぁ無断でシンシアたちを連れだした上タルタロスに降下したというのに【瞬嵐】と遭遇、撤退したとなればため息の一つもつきたくなるだろう。
「なぁジョン。あんたは鳴神雄斗の生存についてどう思っているんだ?」
「逆に聞くがお前はどうなんだラフシャーン」
「俺か。まぁ死んでるとは思うな。【万雷の閃刀】が発見されたんだろう?
神財が見つかるのは二つしかない。一つは未発見の場合、もう一つは使い手が死に自然に使い手の躯から抜け出ること。
これらからするに生きていると思うほうが不自然だろ」
淡々とした口調のラフシャーン。死亡八割、生存二割と思っているような感じの物言いだ。
「私は生きていると思っていますよ」
静かな、しかし断固たる口調でそう言ったのはエドガーだ。
近くを通ったウェイターに空のグラスを渡した後、頼光は問う。
「エドガー殿。どうしてそう思われるので?」
「私は今まで幾人かの【七雄神財】の保持者を見てきました。
能力性格、一人一人違ってはいましたが彼らには一つ共通する点があります。それは異様なほど生き汚く、また運がいいことです」
「なるほど。確かにそうですな。
【万雷の閃刀】の先代──陽司も穏やかな性格や静謐な戦振る舞いに反して、追いつめられた時は異様なほどしぶとかった。
また時折、信じられない強運で絶体絶命の危機を乗り越えたりもしていましたな」
力強く頷く頼光。
彼は初代、そして二代目とも親交が深く、そして幾度となく肩を並べて戦ったことがある。
おそらくこの中でエドガー並みに【七雄神財】の保持者についてについて詳しいののだろう。
「かつてのライバルは語る、か。んでジョンさん、改めて聞くがあんたは?」
「生きているだろう、多分」
「その根拠は?」
「特にない。ただ娘たちがああも躍起になるのだから生きてはいるかもしれない。そう思うだけだ」
「親馬鹿だなぁ」
「お前も子供がいるのだからわかるだろう。
時折、子供たちが根拠のない答えを信じて見たくなることが」
それにとジョンは言葉を切り、
「あのグラディウスと戦い生き延びただけではなく、アナーヒターとアスタルテの三人がかりとはいえ奴の首を落とした男だ。
彼は”持っている”男だ。そう易々と死ぬとは思えん」
雄斗はこの一年弱の間、幾度も死にかけているがギリギリのところで生還し、その度に強くなっている。
稀にいるのだ。彼のような短期間で度重なる視線を潜り抜け、強くなる戦士は。そしてそのような男は死神に嫌われていることが多い。
彼は死んではいない。何らかの形で生きている。己も同類だから、より強くそう思うのだ。
「……まぁ確かに」
「そう言われれば返す言葉はねぇな」
「ええ。本当に」
彼らもまた、ジョンや雄斗と同じ、そのような資質を持つもの達。
ジョンの言葉に幾分か納得するような顔になる。
「しかしマリアやアイシャ嬢はともかく、シンシア姫や雪菜嬢も一緒に行くとは思わなかった」
「私としても少々驚いた。よほど鳴神少年に惚れているのか」
再び舞香に視線を向ける頼光。今度は異母兄である晴之と何か言いあっているようだ。
「俺としては不思議でも何でもないがな。あれは見た目も性格もリリアーナそっくりだ。
淑やかで慈悲深い姫君でありながら、時と場合によっては自分の立場や身分をかなぐり捨てた行動を率先して取る。
まぁだからこそ25年前、【異端なる神雄】の一人だった俺に接触してきたんだろうが」
「惚気かよおっさん。──んでその正妻殿はどこにいるんだ?」
「下がらせた──と言うか下がった。第三皇子と第七妃の様子を見に行くと言ってな」
ジョンの言葉にラフシャーンは目を丸くする。
そして次の瞬間、爆笑する。
「ははははっ。多元世界の重鎮たちを放っておいて側室とその子供を見に行くとは!」
「流石は神王ゼウスを支え、抑え込める多元世界唯一の女傑。大した肝の座り様です」
「ジョン殿の治世は当分安泰ですな」
「……」
エドガーと頼光からの微量のからかいが混じった言葉。
ジョンは無言で先程ウェイターから手にした酒を口にし、彼らが静まるのを待つ。
「まぁ今はリリアーナがいなくても問題はない。代わりにルカたちが接待をしてくれているしな」
「次代のゼウスを継承する自慢の息子殿か。テオドロスと言い【オリュンポス】の若者はしっかりしている上に戦士としての才能にも恵まれている。見事なものだ」
「ああ。だがこれで満足するわけにはいかない。まだまだ戦力は必要だ」
ジョンの言葉にエドガー達は表情を厳しくする。
各多元世界も【アルゴナウタエ】も大戦以降、戦力増強に力を入れている。特に近年は若手育成にも。
それは大戦やその後に起きた戦争などで失った国力と戦力の補充と言う意味もあるが、一番の理由は年々増加する【異形種】と【異形王】に対抗するためだ。
今回の世界会議でも上がった話だが【異形種】の各世界で暴れる回数や【異形王】の発生件数は増加傾向にある。そしてそれに立ち向かい死亡する戦士や神々の数も増えている。
有能な戦士はもちろんだが死亡した神の後継者がおらず、次代の継承者が十数年後に現れることも珍しくなくなっている。それ故に各世界は神々たちには早婚、一夫多妻などを推奨し、優れた戦士を育て生み出す学院などの教育機関にも力を注いでいる。
その成果は目に見えて上がってはいる。だが増加する【異形種】と【異形王】との戦いはそれ以上であり、大半の世界が保持する戦力は各世界が目標としていた水準より低いのが現状だ。
現在多元世界同盟に加盟している【オリュンポス】、【アヴェスター】、【ヴェーダ】、【ヌトゲプ】、【ユグドラシル】、【ティル・ナ・ノーグ】、【ムンドゥス】。この中で目標水準を超えているのは【オリュンポス】と【ティル・ナ・ノーグ】ぐらいだ。
「ここ数年における【異形種】の活動について、どう思う?」
「グラディウスが数年ぶりに姿を現したといい、やはり【異形種】に何かしらの動きがあるように思えるな」
「他の四帝は確認されていません。ですが【滅帝】が影で動いている可能性は十分にありますね」
「【滅帝】か……。大戦以降確認はされいないが生きているのは間違いないからな。どこぞの世界で悪だくみでもしているんだろうが」
神話の時代より存在する最強にして最古の【異形王】である【最古の四帝】。
その中でもっとも危険視されているのが【滅帝】の字を持つ【異形王】だ。人知を超えた知恵を持ち、あの【戦帝】グラディウスと同等の強さを持つという──
「エドガー。ディアボロ達は何か掴んでいないのか」
「今のところは何も。ただ彼らも【異形種】、【異形王】の増加は気にかけてはいますね。
──【門】に異常がないことは私も頻繁に訪れて確認していますが」
「その奥がどうなっているかはわからんからな。……俺たちの知らない新たな抜け道が生まれた可能性もあるからな」
「【真なる世界】の本拠も未だ発見できていません。
各世界が力の限り探しているにも関わらず発見できないとなると、未確認である【失われた世界】に潜伏しているとしか考えられませんが」
「【失われた世界】の正確な数も、それらに通じる航路もわかっていないからな。本当、連中はどこにいるのやら」
様々なテロ組織の存在はあるが、やはりもっとも危険視すべきは【真なる世界】だ。
加担している神々の数も多く、各世界のトップクラスと同等かそれ以上の強者で構成されている【十導士】。そしてそれを束ねる盟主。
盟主については未だその正体は不明だ。ただジョンの脳内では幾人かの候補が上がっている。
とはいえそれを口にしたことはない。確たる証拠がないのもあるが、口にすれば多元世界全体を揺るがすほどの騒ぎになる可能性があるからだ。
ちなみに【真なる世界】と並ぶ【欲望の輩】についてはジョンは他世界と違い重く見てはいない。
もちろん警戒すべき組織なのは間違いはないが、彼らの行動は悪意はあっても敵意はない。トップたる【五欲王】も個人の目的を最優先で動いているからだ。
「そういえばジョン、世界会議でも言っていたが近々【神雷を制する天空】の殲滅に動くというのは本当か」
「ああ。【神雷を制する天空】と戦い続けて十数年。いい加減にケリをつけてもいいだろうからな」
ラフシャーンの問いに、ジョンは眉間にしわを寄せて頷く。
イグナティオス率いる【神雷を制する天空】。このテロ組織をここまで放置していたのは保守派や旧政権を支持する者たちを慮ったこともあったが、最大の理由は【オリュンポス】の崩壊を防ぐためだ。
設立当初の【神雷を制する天空】は今よりはるかに巨大な組織であり味方も多かった。当時ジョンが王座に就いた時でも全戦力を向ければ殲滅できたが、もしそうしていれば先の王位継承戦争と同じかそれ以上の戦いが【オリュンポス】で発生し、ジョン達にも多大な犠牲が出ては弱体化は免れなかっただろう。
またそんな弱体化した状況では【異形種】達への対応も満足にはできなかっただろうし、王位継承権を持ち中立ながらジョンに反意を持つ者たちも自ら王になろうとして反逆していた可能性もある。そんな状況になれば間違いなく世界は荒廃し民には多大な犠牲が出ただろう。最悪【オリュンポス】そのものが滅びていた可能性もある。
だからジョンは王位継承戦争で疲弊した国力を回復させると同時、敵であった者、中立であった者たちを様々な手段で味方につけ──または無力化し──【神雷を制する天空】の戦力を削っていった。
過去、【神雷を制する天空】を殲滅しようと動いたのはもう問題がないと判断したからだ。もっともこちらの予想以上に【神雷を制する天空】のシンパやジョンの政策に反感を持つ優勢思想たちがおり、彼らの助力があったため壊滅させることは叶わなかったが。
「【神雷を制する天空】の本拠地もすでに調べ上げてある。【オリュンポス】においては最大のテロ組織だが【真なる世界】や【欲望の輩】とは比べるべくもない。
現十二神の三、四柱と彼らが率いる軍で十分に対応できる。あなたたちが無事に帰り次第動く予定だ。──俺たちが生み出した塵は俺たちの手で片づけなければな」
戦意に満ちているジョンの言葉にラフシャーンたちは満足そうに微笑む。
ジョンも笑みを見せて酒が入ったグラスに口を突けようとしたその時だ、巨大な魔力反応を感じグラスを床に投げ捨てる。
カシャンとグラスの割れる音を聞きながらジョンは無数の雷が刻まれた金と銀の槍を右手の内に呼び出す。【天地引き裂く雷槍】。代々のゼウスが継承してきた固有神具だ。
ジョンと同じくラフシャーンたちも異変を察知したのだろう、その手に己が相棒である神具を出現させており、会場のガラスドアの向こう──【オリュンポス】の空を見つめている。
「ははは。噂をすればなんとやらだな。【神雷を制する天空】の連中の襲撃だぞ」
嬉々とした表情で言うラフシャーン。彼の言う通り鮮やかな蒼穹に出現した巨大な転移魔方陣から【神雷を制する天空】の戦艦が姿を見せる。
そして無数に射出される魔導人形。軽く見ても千は超えている。だが会場内にいる者たちは驚きつつも慌てた様子はない。当然だ。彼らは各世界のトップにしてトップたりえる強者だからだ。
「巨大な魔力を感知し念のために神具を呼び出しましたが、我らの出番はないようですな」
頼光の言う通りだった。【神雷を制する天空】の戦艦とそこから射出される魔導人形は衛星島にいる【オリュンポス】と同盟世界の戦士達が次々と撃墜している。
他世界の者と歓談していたオグマが魔術を使いその様子をより鮮明にし、それを見た者たちは感嘆の息を吐いていた。
「父様! あれは……!」
「慌てるなルカ。見ての通り【神雷を制する天空】の襲撃だ。
とはいえ大したことはない。すぐに殲滅させるだろう」
駆け寄ってきた──会場の中で血相を変えた数少ない人物──息子の頭を乱暴に撫でジョンは言う。
【神雷を制する天空】の保有する戦力もすでに調査済みだ。彼らが持つ全戦力が投入されても王城に近づくことさえできない。
(さて、ここまで派手にやったということはイグナティオス達も姿を見せるはず。──そこか)
一瞬感じた会場内の魔力の歪み。そこに視線を向けると同時、転移魔方陣が出現。
代々ミディカス家に伝わる、【オリュンポス】の王のみが着ることを許される服を身にまといイグナティオスが姿を見せた。
「初めまして皆々様。私はイグナティオス・ミディカス・ウラノス。この【オリュンポス】の正当な王です」
周囲を見渡し優雅に一礼するイグナティオス。
周りから向けられる冷たい目線には全く動じない、昔と変わらない肝の太さ、図々しさに感心しながらジョンは声をかける。
「ようイグナティオス。久しぶりだな。
だがおかしいな。懇親会にお前を招待した覚えはないが。外の状況を見て降伏に来たのか」
唐突に出現した【神雷を制する天空】の戦力。
しかし敷いていた警備や兵たちの活躍に見事阻まれており、この様子ではさしたる時間もかからず壊滅するだろう。
「いいやジョン。私がこの場に姿を見せたのは私が今日この時より【オリュンポス】の新たな王になるのを各世界の者たちに見てもらうことと、貴様たち愚王の一族の処刑を執り行うためだ」
「面白い冗談だ。気でも違ったか? ──いや、お前の頭がおかしいのは昔からだったな」
余裕の態度を見せるイグナティオスにジョンは【天地引き裂く雷槍】の切っ先を向ける。
そしてオグマたちにより会場にいる他世界の重鎮たちの周りに障壁が貼られたのを見て穂先に火花を散らせたその時だ、イグナティオスはにやりと笑った。
「これは最初で最後の礼だ。──ありがとうジョン。貴様のおかげで我が策は完成した」
そう言ってイグナティオスは指を鳴らす。すると彼から巨大な魔力が沸き上がる。
何かされる前にイグナティオスを始末しようと【天地引き裂く雷槍】に集まった雷撃を放とうとした時だ、突然ジョンの右腕に黒い靄が出現し、身動きを封じた。
「これは……!?」
「はは、ははは、ははははははっ!」
会場に響くイグナティオスの狂ったような笑い声。
ジョンは雷光で黒い靄を消し飛ばし彼に向かって稲妻を放つ。
放たれた稲妻は人一人を貫く程度の小ささだが、その分無数の雷を凝縮してある。直撃すれば神を殺めることも可能な一撃だ。
だがその雷の前に先程ジョンの右腕にまとわりついた黒い靄が出現。稲妻をジョンに元に弾き返す。
予想もしない反撃にジョンは大きく目を見開き、跳ね返ってきた稲妻を【天地引き裂く雷槍】で受け止める。
だが完全に抑えきれない。ジョンは大きく後方へ吹き飛び会場の壁に強く背中を打つ。
「ゼウス様!」
驚きの声を放つオグマに問題ないと返そうとして、ジョンは言葉を失う。
それはあの黒い靄がパーティー会場にいる皆に纏わりついているのを見たからだ。
「これは……!?」
「フン、腹は立つがさすがだなジョン。エリニュエスの束縛と反撃に対し、こうも見事に対応するとは」
「エリニュエスだと……!?」
エリニュエスとは【オリュンポス】の神の一柱であり復讐の神として名高い。
だがおかしい。エリニュエスは数百年前に本家分家共に断絶しており、その神器も行方知れずとなっている。
もしかしてイグナティオスが発見しその身に宿しているのかと思ったが、彼からは以前対峙した時と様子が変わっていない。また新たなエリニュエスの気配もない。
「不可解と言った顔だなジョン。──これを見ろ」
癇に障る笑みを浮かべながらイグナティオスは腕を振り上げる。
広間の空間に穴が開き何かが見える。あれは──
「これはまさか……!」
「以前、我が【高天原】にて【真なる世界】が作り出したという、【狂神】を宿した魔導人形か!」
エドガーが驚く横で、頼光が怒りを帯びた声を上げる。
「にしては妙だな。狂神を宿している割には随分大人しい。というかイグナティオスの命令に忠実に従っている。
どういうことだこれは」
ラフシャーンの問いにイグナティオスは笑みを深めるだけだ。
彼も返答は期待していなかったのか小さく息を吐き、映し出されている魔導人形に向けていた眼差しをイグナティオスに向ける。
「エリニュエス。【オリュンポス】の復讐の女神だったな。確か使い手は自身の敵対者からの攻撃を跳ね返したり、敵意を持つ者に呪いをかけたりしたそうだが。
なるほど。この黒い靄はそれか」
「ほう、詳しいですなラフシャーン殿」
「だがなイグナティオス。会場にいる他の面々はともかく、この程度で俺たちを大人しくさせられると本気で思っているのか」
ラフシャーンが蔑むように言ったのと同時、彼の体から光が発生られ、エリニュエスの束縛を消し飛ばす。
エドガーと頼光も一拍遅れては生み出した風と雷で同じように黒い靄を消滅させる。
「流石ですなお三方。エリニュエスの束縛をこうも容易く消し去るとは」
「さてイグナティオス殿、あなたの切り札はあっさり対処されたわけですが。──降伏なさいますか?」
悠然とした態度のエドガー。しかしイグナティオスに向ける眼差しは氷のように冷たい。
「いいえエドガー殿。それはあり得ませんよ」
「じゃあ死ぬか」
「せっかちですなラフシャーン殿。──これをご覧ください」
魔導人形が映っていた空間が切り替わる。
そしてそこに映し出されたものを見てジョン達だけではなく、会場にいる各世界の重鎮たちから驚愕の声と悲鳴が上がる。
視界に移ったその場所はリトボスの城下街。そしてそこにはエリニュエスの黒い靄に身動きが取れない状態な上、街中に倒れもがき苦しむ民たちの姿があった。
「これは……リトボスの城下か!」
「エリニュエスの力で身動きが取れない。……いや、それだけじゃない。
これは何かしらの病にかかっているようだ……!」
「その通りです鹿島頼光殿。城下にいる平民たちはエリニュエスで身動きを封じ、アポロンの神威絶技で病を発症させています。
この日のために生み出した強力な神威絶技と彼は言っていましたから、普通の者ならば数分程度で死に至るでしょう。
神具、神財持ちでも保って一時間でしょうな」
そう言ってイグナティオスは周囲に視線を向ける。直後、背後から無数の倒れる音と苦しそうな声が聞こえてきた。
思わず振り返りジョンは見る。懇親会に参加していた者たちのほとんどの面々が顔をしかめていることに。
病状は様々だ。神や神具、神財持ちは頭痛がしているような顔だが、それ以外の面々は苦しみに喘いでいる。
平然としているのは病や治癒の権能を持つ神や神財、神具持ち。そしてジョンたちのように病魔をものともしないほどの力を持つ者たちだ。
「城下のみならず、会場にもアポロンの神威絶技を行使していたか」
「苦しむ民衆、そして懇親会に参加している各世界の重鎮の命を引き換えにジョンから王座を奪おうという訳か……!」
迂闊と言う表情の頼光。歯をむくラフシャーン。
城下の民、懇親会の面々を見てジョンはもちろん、他三人も魔力を開放する。
四つの巨大な魔力の余波と輝きで会場のガラスドアは一瞬で粉微塵となり、四人の魔力の光が虹色に変化し始める──
「馬鹿だなお前は。俺たちがお前を殺しエリニュエスを宿した魔導人形を破壊するのにそんな時間をかけると思っているのか……!」
「後者はともかく前者はかかるだろう。私の宿すウラヌス神は天空──空間を操る。
全力で逃げることだけに力を費やせばお前たちが私を仕留めるころには城下の民は屍と化しているだろう。この場にいる者たちもただでは済まない」
ジョン達四人から向けられる殺意を気にする素振りを見せず、イグナティオスは本島を包んでいるエリニュエスの漆黒の繭の方を見る。
そして横目をジョンに向け、いやらしい笑みを浮かべ、
「ところでジョン。生まれたばかりのお前の可愛い息子は、大丈夫だろうか?」
「お前──!」
イグナティオスの挑発にジョンがキレかけたその時だった。ルカが怒りの声を上げ神財を呼び出してエリニュエスの束縛を破る。
【青天の雷槍】。彼が一年前に継承した神財であり彼の祖父──リリアーナの父である先々代のゼウスが死の間際に残したものだ。
「いかん!」
「よせ!」
頼光、ラフシャーンが静止の言葉を放つが遅かった。
ルカは【青天の雷槍】を構えてイグナティオスの側面から突撃する。だがイグナティオスはその突撃をかわすと同時、右腕を鞭のように振るってルカの首を掴み、高く持ち上げる。
「粗暴で短絡的。父親が父親なら息子も息子だな。
【|掌握】すらできない小僧が私を相手取れると思っていたのか」
「き、さま。……があっ!?」
「品の無い悲鳴だ。──黙れ」
より力を込めたのか、ルカの表情がより一層苦しげに歪む。
ジョンは懸命に押さえていた怒りのボルテージが跳ね上がるのを感じながらこの状況を打開する方法を思考するが、
「殿下!」
「イグナティオス、貴様──!」
ルカの危機にオグマやこの場にいる十二神たちが色めき立つ。
しかしイグナティオスは彼らの方を向き、愉悦に歪んだ笑みを浮かべて、言う。
「それと言っておくが、私を殺しても全ては解決はせんぞ。
エリニュエスの束縛は魔導人形を破壊すれば消失するだろうが、ロマノスの【病魔を宿す黒曜鏃】はロマノスを殺すか、体内の病原菌自体を消さない限り治りはしない」
「……!」
十二神達を始めとする、先程のルカのようにイグナティオスに突撃しようとしていた者たちが動きを止める。
そんな彼らを見てイグナティオスは心底愉快そうな顔となり、そしてジョンの方を向き直り、
「さてジョン。改めてだが我が要求を伝えよう。【オリュンポス】支配権の移譲。貴様たち反逆者たちの処刑。
応じるか、否か?」
勝ち誇ったイグナティオスの声が大広間に響くのだった。
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