十二話
「【真なる世界】に【戦帝】との戦い。その見事な活躍ぶりは僕の耳にも届いています。
そしてこうしてお会いして、僕の想像以上の戦士であることに感動しています」
「光栄です殿下」
対面の座席より向けられる羨望の眼差しをくすぐったく感じながら雄斗は微笑する。
「ところで、どうしてルカ殿下は王城にいるんですか?
確かオトリーズにある魔術師学院に通い、その寮住まいだと聞いていましたが」
「はい、仰る通りです。
ですか世界会議や最近【オリュンポス】各地で起きている【神雷を制する天空】のテロ活動を陛下と母様が懸念されて。
ひとまず世界会議が終わるまでは王城内にいるよう言われたのです」
当然の対応だ。ルカは現ゼウスであるジョンの長男にして王位継承第一位。
まだ十三歳ながらも並ならぬ利発さで知られている上、神財を継承した神童。こんな状況なのだから王城で預かるのは必然と言える。
「鳴神雄斗さん。昨日の事件でのご活躍、改めてお礼と感謝を言わせてください。
あなたが戦わなければオトリーズは今以上に破壊され、犠牲者も出ていたでしょう。
最悪、浮島が落下して都市そのものが崩壊していた恐れもあります。本当に、ありがとうございました」
憂いの顔で深々と頭を下げるルカ。
そして顔を上げた時、幼い少年の顔には似つかわしくない怒りが宿っていた。
「しかしそれもこれも陛下が【神雷を制する天空】に対して徹底していないのが原因です」
「その辺の事情は俺も多少は知っています。陛下だけの責任という訳ではないでしょう」
「いいえ。陛下の責任です。僕が知る限りでも数度、【神雷を制する天空】に対して掃討作戦は行われていました。
ですが父様の詰めの甘さが原因で今なお彼らを殲滅できていません。それが先日のテロを生んだのですから」
口調こそ丁寧だが、言葉の端々にジョンへの怒りと苛立ちがにじみ出ている。
ジョンへの呼び名も変化しているのに気づいていない。
「父様が保守派を慮っていることは理解していますがそれも限度があります。それによって起きたテロや事件で犠牲になるのは何の罪もない民たちです。
ですが彼らは、【神雷を制する天空】は、そんなことはお構いなしです。そんなやり方で万が一、【オリュンポス】の王権を手中に収めたとしても民や同盟を結んでいる世界が認めるはずもないというのに……!」
血を吐くような声音で言うルカ。
【神雷を制する天空】のテロで何かあったのかと雄斗が思うのと同時、彼ははっとして、怒りと憎しみに歪んでいた顔を改める。
「……すみません。少し熱くなりました」
「いいえ、気になさらずに。
むしろその若さでそこまで国を、民のことを思う殿下を素直に尊敬します」
うわさに聞いていた通り、いやそれ以上の正義感が強く真面目な少年だ。
長男と言うこともあるが次期【オリュンポス】の王座を担うものとして期待されるのもわかる。
「ありがとうございます。……鳴神さん、僕が将来、陛下に代わり王座を継いだときはこの【オリュンポス】をもっと平和で豊かな世界にしようと思っています。
世界を脅かす要因を徹底的に排除し、暮らすであろう誰もが幸せでいられる世界を。その夢の実現のために、僕の力になってもらえませんか」
ルカの言葉に雄斗は目を丸くする。
そして掘り出された宝石のように向きな輝きを放つ真っすぐな瞳を向けられ、雄斗は微苦笑する。
「……【アルゴナウタエ】に配属されてから何度か他の人達から勧誘を受けたが、こうも短時間で率直なものは初めてだな」
思わず雄斗は素の口調になってしまう。
軽く一息つき、雄斗は幼い王子を見据える。
「姉様から話を聞き、また自分でもあなたについては可能な限り調べました。
この一年弱余りの【アルゴナウタエ】での活躍。さらに本気を出していないとはいえテオを圧倒し、アレス神と対等以上に渡り合うその強さ。
僕は、あなたが欲しい。父にニコス様がいたようにあなたと言う片腕がいれば僕が理想とする世界を築けると思うのです」
「真っすぐで熱い言葉ですな。──だが俺について調べたというのなら、俺がどう返答するのかわかるのではないですか」
「はい。あなたは断ると確信しています。ですがそれでも構いません。
今、僕があなたに求めていることは了承の返事ではなく、話を聞いてもらうことですから。
何もなければあなたは年明けにでも【アルゴナウタエ】の【ムンドゥス】支部に配属されると思います。でもそれが永久にそうなるとは思えません。
何かしらの理由でどこかの世界に行くこともあり得ますし、僕は【オリュンポス】に来てもらうよう様々な工作をしておこうと考えていますし」
「はっきり言うなオイ」
再び素の口調で突っ込む雄斗。
しかし若き皇子はの顔は微塵も揺るがない。
「それだけあなたが欲しいということです。
それと二人きりの時は普通に話してくれて構いません。その方がお互いに気が楽ですから」
にこりと微笑むルカ。
無邪気な、しかし抜け目がないような笑顔を見て雄斗は軽く頬を引きつらせる。
王子のそれは今まで出会った知恵者、策士のそれによく似ているからだ。しかも姉と同じことを言う。
「……そうか。ま、せいぜい頑張ってくれ。未来のゼウス様。
ただ一ついいだろうか。お前さんの志は立派だが、理想を叶えたいのならもう少し懐を深くした方がいいと俺は思う」
「どういう意味ですか?」
「間違っていたら謝るが、お前さんはちょっと狭量、いや潔癖すぎるきらいがあるな。
陛下のやり方を甘いと思うのはわかるが、それを全否定してそうな感じを受けたな。それはあまりよくないと俺は思う」
サボりを始めいくつかの問題行動はしているジョンだが、結果として彼が【異形種大戦】で荒廃した【オリュンポス】を立て直し、多元世界有数の世界にした賢君であるのもまぎれもない事実だ。
そんな父と反するような態度を取っているのは今後の彼のこと、【オリュンポス】のことを思えばよくはない。
「……僕は、そんなつもりは、ありませんよ」
雄斗の言葉にルカは軽く頬を膨らませて視線を逸らす。
「本当か~? 俺も鳴神雄斗と同じ印象を受けたぞ」
突然聞こえてきた第三者の声にルカは目を丸くし、雄斗たちの傍にいるメイド二人は臨戦態勢を取る。
しかし雄斗一人は慌てず視線を右手──本棚の傍にいる子鼠に向ける。
こちらの視線に気づき、小さく泣き声を上げる鼠。それにルカとメイドたちが気付き振り向くのと同時、鼠が大の大人に姿を変える。
「父様……!」
「ルカ、お前はリリアーナや義父上に似た利発で聡明な子。シンシア共々俺の自慢だ。
だが鳴神雄斗が言った通り潔癖すぎるな。前にも言ったが清濁併せ呑むことを覚えるべきだし、上に立つものとしては個人的感情で動くことは控えるべきだな」
「わかっていますよそんなことは……! ですが父様ー!」
わしわしと頭を撫でるジョンの手を乱暴に振り払うルカ。
反抗期真っただ中と言う反応を見せる息子にジョンは苦笑し、視線を雄斗に向ける。
「ルカの相手をしてくれてありがとうな鳴神雄斗。
ついでと言うわけじゃないが俺にも少し付き合ってくれないか」
「構いませんがゼウス様、お仕事の方はよろしいのですか」
「問題ない。──シンシアに押し付けてきたからな」
笑いながら言うジョン。そんな【オリュンポス】の神王にこの場にいる彼以外の人全ては冷たい眼差しを向ける。
それに気付かないのかそれともスルーしたのか、ジョンは片手を振るう。すると雄斗の周囲が切り替わる。
今までいくつもの本棚がある書庫にいたはずだが、今雄斗の周りには無数の草花が咲き誇っている。
おそらく王城にあるどこかの庭園に転移した。それも自分たちだけ。そう雄斗が思っていると共にいるジョンが大きく体を伸ばす。
「う~ん。久方ぶりの休憩だ。
ここ連日朝から晩まで政務室に監禁されていてな。全く王様と言うのは大変だ」
「その分恩恵を受けたり権力を持っているのだからしょうがないと思いますが。──で、こんなところまで転移してきて俺に何の用ですか」
「そう身構えるな。前会った時も言っただろう。ニコスからお前さんの話は聞いていたから一度話をしてみたくてな」
そう言って近くの石垣に腰を下ろすジョン。
「……そういえばニコスさんとあなたは盟友でしたね。俺のことはなんと?」
「前にも言ったが褒めていたぞ。だが同時にルクス達とはまた違った意味で問題児とも言っていたな」
「問題児? 俺がですか。正直心外ですね」
好色で強者との戦いばかり望む戦闘狂に、暇さえあれば本ばかりを読んでおり、熱中しすぎて仕事や任務に幾度も遅刻してくる読書魔。
自分とラインハルトは彼らと違いまとも枠のはずだが──
「そうか? 俺なりに調べさせたお前さんの評価や評判を聞いているとそう思うのは無理もないと思うぜ。
自分の実力に自信を持っているが、何故か異様に自己評価が低い。周囲から寄せられる期待に見向きもせず、自分ができることしかやらない。
かと思いきや他者──それも仲間が絡んだ時には無茶なことに挑み、成し遂げてしまう。場合によってはこちらの話も聞かず暴走する。
底力はあるが他人が絡まない限りそれを発揮しないし、周りの都合も後先も考えず動く。
上司としては評価もしづらく面倒な部下としか思わん」
そう言われて脳裏に浮かぶ、ここ数ヵ月の任務。……確かに、そう言ったところはあったかもしれないと思い、雄斗は閉口する。
「ま、それは俺の意見であって。あいつとしてはその若さでどうしてそこまで自分より他者を優先──いや、自分を蔑ろにできるのか。お前の行動は自らの幸せや益と度外視していると憂いていたぞ」
「……」
「その顔を見る限り何か理由はあるんだろう。だが俺は聞かん。どう見ても面倒くさそうだしたな。
話したければニコス達か婚約者達、シンシアやルカにでも語ってくれ。お前を勧誘しそうなあいつらなら喜んで話を聞くだろうさ」
ジョンの言葉に雄斗は思わず彼の娘息子の顔を思い浮かべた。
それを見てジョンは笑い声を上げる。
「ははは。その様子だとどちらかから──いや、おそらくルカの奴から勧誘されたか。
あいつ、親友であるテオがお前に圧倒されたのを聞いてひどく驚いていたからな。だがその様子を見る限り断ったんだろう」
「はい。ですが殿下は諦めないと仰っていましたけど」
「だろうな。あいつはリリアーナに似て頑固だからな。これからもあの手この手で接触してくると思うぞ」
くっくっくと肩を揺らすジョン。心底楽しそうな顔を見て雄斗は渋面となる。
「あと正直に言うと俺もお前さんに興味はある。あの【戦帝】と戦い生き延びただけではなく仲間と協力したとはいえ首を落としたんだからな。
故郷である【ムンドゥス】やお前さんが深く関わった【高天原】や【アヴェスター】が己の陣営に加えるべく躍起になるのは当然だろう」
「ではゼウス様も俺を勧誘されるのですか。──まぁ首を縦に振る気はありませんけど」
面白そうにしている意趣返しのつもりで雄斗は軽口を叩く。
「俺としては何が何でも欲しいとは思わないな。我が【オリュンポス】は多元世界屈指の戦力を持ち、テオを始め将来有望な若手も多くいる。
今の戦力で満足しているかと問われれば首を縦には触れないが、横に振るほどでもない」
「それほどの戦力がありながら【神雷を制する天空】をこれまで放置していたわけですか」
「痛いところをついてくるなー。ま、言われてもしょうがないが。
しかし俺がそうしない理由はルカにああ言っている以上、わかっているんだろう?」
頷く雄斗。自分でも調べて知っていたし、昨日アイシャからも聞かされている。
「世界的、政治的な配慮で動けない。全く本当にあいつらの相手は面倒だ。
だがそれもじきに終わるけどな」
「じきに?」
「【世界会議】が終了直後、【神雷を制する天空】を殲滅する」
獰猛な笑みを浮かべ断言するジョン。
今まで浮かべていた笑顔から一転、戦士の顔となった彼に思わず雄斗は目を丸くする。
「長年にわたる俺の功績や様々な工作で連中に味方する奴らもだいぶ減ったからな。
今なら俺を含む【オリュンポス】の主力を投入すれば日を跨がずに壊滅できるだろう。
まぁ殲滅するだけならもっと早くできたんだが、そのために民に犠牲を出すわけにはいかなかったからな」
現在【アルゴナウタエ】と同盟を結んでいる多元世界の中で一、二を争う戦力を持つ【オリュンポス】。
本来その巨大な戦力を使えば【神雷を制する天空】を殲滅することは難しくはない。
だがその戦力の大半は広大な【オリュンポス】の各地を守るために分散している。またこの世界は他世界とも比べて【異形種】との戦いや、それの被害件数がけた違いに多いのだ。
そのあまりの多さに本来戦場に出るべきではないジョンも月に一度は力を振るう必要があるほどなのだ。
【神雷を制する天空】を壊滅させることはできるが、そのために【オリュンポス】に住まう民の生活を脅かすわけにはいかないということなのだろう。
「しかし【オリュンポス】に来る前に調べてて思いましたが【オリュンポス】の【異形種】の発生件数は異常ですね。どうなっているんですか」
「最大の原因はタルタロスだろうな。とはいえ今すぐあそこを調べるなんて自殺行為はしないが」
そう言ってジョンは近くにある花壇に足を運ぶ。
雄斗が視線を向けるとそこにはいつの間にかトレイとその上は水が注がれてある二つのグラスがある。
ジョンは無造作にそれを手に取り一口で飲み干す。そしてトレイを雄斗の元に運んできては差し出す。
「これは?」
「お前さんの分だ。俺を捕まえに来たようだがお前がいたから気を利かせてたようだ」
ジョンはそう言い小さく笑い、左後ろに視線を向ける。
それを雄斗は追い、庭園の入り口に見えた人の姿を見て目を丸くする。
「シンシア姫。それにエドガーさんも……」
「やぁ雄斗君。聞いていた通り元気そうで何よりだ」
「お父様。休憩はもう十分ですね。それじゃあ政務に戻るとしましょうか」
淑やかなに歩き、圧の含んだ笑みを浮かべるシンシア。
雄斗から見てもかなりご立腹な様子にジョンは慣れているのか、軽く肩を竦めて頷く。
「はいはい。ところで俺が任せた仕事は片付けたのか?」
「ええ。お父様が押し付けたものと、あれからいくつか入ってきた新たな案件はわたくしの裁量で片づけました」
「おお。さすが我が娘──」
「ですがわたくしでは処理出来ない案件もあります。それらが先程大量に入ってきましたのでよろしくお願いしますね?
夕食まで執務室に缶詰めになると思いますので、ご覚悟くださいね」
「……。おう」
娘の仕返し(?)に頬を引きつらせるジョン。とはいえ完全な自業自得なのでフォローしないが。
束縛の魔術をかけられ連行されていくジョン。シンシアは父親に向ける笑みとは真逆の、好意の笑みを雄斗に向けて「失礼しますね」と言い立ち去っていく。
王族二人の姿が見えなくなったところでエドガーが軽く嘆息する。
「やれやれ。ジョンくんのサボり癖は昔と全く変わらないな。
これではおそらく彼が退位するまで周りの人たちの苦労は絶えないだろう」
「ですが、あれでも【オリュンポス】は繫栄していますよね。あんな様でもゼウス様はしっかりと仕事をしているのでしょう」
「ああ。それと彼の周りにいる者たちもな。今後もこの調子で【オリュンポス】と多元世界のために頑張ってほしいものだ。
万が一、【オリュンポス】に何かあれば、同盟に大きな影響が出るからね」
多元世界同盟において【オリュンポス】の影響力は非常に大きい。
もし何かが起こり【オリュンポス】が抜けるようなことがあれば同盟そのものに見直しが迫られるほどに。
「雄斗君、休暇の方はどうかな。ゆっくりは……できていないだろうが」
「まあ昨日の一件を始め小さいトラブルに遭遇したりしかかったりしてはいますが楽しんでいますよ。
歴史ある建物や名所に上手い食べ物。正直あと一週間ぐらいは滞在したいですかね」
「ふふふ。そうか。ならば【オリュンポス】で暮らすかね? 今なら殿下が最大限融通を利かせてくれると思うぞ」
「それはそれ。これはこれです」
ルカから話を聞いていたのか、からかい混じりに言ってくるエドガー。
「ああそうだ。一応教えておくが、今回の【世界会議】にはマリアだけではなく雪菜君も同行しているよ。
【高天原】の一件で活躍するなど功績を上げたし、その【高天原】の方たちからも連れてくるよう言われたからね」
「誰が言ったのか、容易に想像がつきますねぇ……」
瞬間、脳内に浮かぶ|舞香(姉バカ)。
おそらく、いや間違いなく彼女も【高天原】の代表としてやってくるのだろう。根拠はないが雄斗は確信した。
「もし二人に会いに来たければ離宮まで来ると言い。門番に言えばすぐに案内してくれるだろう」
「……。そうですね。万が一その気になればそうさせてもらいます」
儀礼的な笑みを浮かべ、雄斗は言う。
実際のところ、マリアたちに会う気はない。というか、あのように一方的に突き放しておいてどの顔下げて会いに行けというのか。
多少なりともこちらの事情を知っているというのに今の物言い。エドガーも中々に意地が悪い。
しばらく談笑したあと、仕事があると言って去っていくエドガー。それを見送り雄斗は図書室に戻りマレーナと合流。先程読んでいた書物を含めた、気になる本をいくつか借りて自室に戻る。
(先程の殿下のように場内で遭遇するわけにはいかないからな)
先日のマリアと雪菜の表情を思い出し、雄斗は首を振ってそれを振り払う。
我ながら勝手な話だ。しかしあそこまで一方的に突き放したのだ。合わせる顔がない。
それにもしマリアたちがしつこく食い下がれば罪悪感から理由を言ってしまう恐れもある。それだけは何としてでも避けなければ。
そう思い雄斗は本を読むのに集中する。しかし時折マリアたちのことを思い出しては懊悩するのだった。
次回更新は11月11日 夜7時です。




