十三話
「うーん、いい天気。絶好の観光日和だ」
雄斗は快晴の空と眩く輝く太陽を見て、呟く。
丸一日体を休めた翌日の今日、雄斗は予定通りリトボス城下の観光に向かおうとしていた。
しっかりと手入れがされている王城裏門付近の中庭を通り裏門へ。すると裏門には衛兵二人と妙な格好をしたシンシアの姿がある。
白のブラウスにスカート。その上にはグレー色のロングカーディアン。いつもストレートにしている銀髪はサイドテールにしており何故か瓶底眼鏡をかけていた。
朝食時に見たドレス姿とはまるで違う、明らかに変装と言う格好。こちらに気づいたシンシアは笑顔を浮かべて小さく手を振ってくる。
「……。シンシア姫、一応聞きますが城下の案内人はシンシア姫なんでしょうか?」
「はい。わたくしがご案内しますね。
あ、ちなみに世界会議関連の仕事は全て済ませていますからばっちり付き合えます♪」
微笑み言うシンシアを見て雄斗は「|ゼウス(父親)に似てるな」、「案内役をするのは聞いていない」という突っ込みを抑えて小さく息を吐く。
朝食時に案内人をつけると聞いた時、嫌な予感はしたが、それが見事的中したようだ。
ふとマレーナの事を思い出し、主の行動を諫めるかと雄斗は思う。しかし雄斗の背後に控えていた彼女はいつの間にかシンシアの傍に降り、シンシアの耳元に口を寄せて何かを話している。
「なるほど……。ならわたくしも少し攻める必要がありそうですね」
「はい。より積極的に動くべきかと愚考します」
「何がですか?」
真剣に考えこむシンシアの姿に何か不穏なものを感じ雄斗は問うが、彼女は一瞬で笑顔を浮かべ、
「いいえ何も。さぁ城下に行きましょう!」
元気よく言うシンシア。裏門にいる衛兵たちにも目を向けるが彼らは何も見えていないような無反応さだ。
(いや違う、か)
彫像のような顔に見える衛兵たちだが雄斗に真っすぐ視線を向けており、その視線はドライアイスのように降れれば火傷しそうな感じだ。
もしシンシアに何かあったら容赦しねぇ。必ずシンシアを守れ。彼らの眼差しはそう言っている。
(おかしい。今は休暇中のはずなのに、任務の時と同じようなプレッシャーを感じる)
そう思いながら雄斗はシンシアと共に裏門を潜る。
門が開閉するまで、マレーナや門番たちから突き刺さるような視線を感じる雄斗。門が閉じた時大きく息を吐く。
「あ、そうだ雄斗さん。一つ言っておきたいことがあります」
「何ですか?」
「城下でわたくしのことはシアと呼んでください。今は世界会議のため城下も騒がしく警備の者たちもピリピリしています。
さすがに今の時期にわたくしが外を出歩いているのを見れば何人かは城に連れ戻そうとするでしょうから」
「……。はぁ、わかりました」
俺としてはそうしてくれた方がありがたいんだが。思わず出そうになった本音を抑えて雄斗は頷く。
「それと敬語も止めてください。普通の話し方でお願いします」
「わかりました──もとい、わかったよ」
一瞬で頬を膨らませるシンシアに言うと、彼女は再び笑顔になる。
そして彼女は雄斗の肩に手を触れると魔術を行使する。雄斗たちの足元とその周囲に魔方陣が浮かび周囲が瞬いた一瞬ののち、二人はどこかの路地裏にいた。
「ここは?」
「城下の下町のとある裏道です。この辺りはあまり人気が無いため転移するには絶好の場所なんです」
「わざわざ転移する必要があったんですか? ……あったのか?」
敬語に反応して再びむくれるシンシアに言い直す雄斗。
「あるんです。裏門とはいえあの辺りは王城のすぐ側。オグマ様やハーデス様たち直属の部下がアンテナを張り巡らせています。
もしあそこから普通に城下に行こうとすれば間違いなく誰かに発見され、城に連れ戻されます」
「それなら転移しても追跡される……んじゃないのか」
「それは大丈夫です。わたくしの魔術の腕は【オリュンポス】内でも上から数えたほうが早いですから、神クラスでもない限り転移したとはわかりません。
仮に追跡されても各所にダミーを飛ばしていますので追跡も困難です」
「……随分手馴れているな」
自慢げに言うシンシアに思わず雄斗は突っ込む。
「子供のころから暇さえあれば城下に来ていましたから。
このやり方は最初お父様に教わったのですけど、今じゃわたくしの方が上手く撒けます」
「そっすかー」
自慢げに言うシンシアに雄斗は乾いた声で応じる。
そして思う。やはりジョンと親子だと。
「監視、追跡者はないみたいですね。それじゃあ行きましょう」
念のためか一分ほどそこで立ち止まった後、シンシアは言う。
そして自然な動作で雄斗の左腕に右腕を絡めてきた。
「これは何だ?」
「何かおかしなところでも?」
「いや腕が……」
「最近は人込みが凄いですからね。離れないための処置です。
それにこうしてデートのようにふるまっていれば周囲にいる兵たちの目をより誤魔化すことができますから」
綺麗な笑顔で言うシンシア。妙に言い訳臭い。
「シン……じゃなくてシア、何かあった時剣を振りにくいから離れてくれると助かるんだが」
「大丈夫です。その時はわたくしも手伝いますから。
それにそうなったときは見回っている兵たちが対処するので心配無用です」
耀くような笑顔を向けて雄斗の言葉を容赦なく潰してくるシンシア。
何かうまい言い訳はないかと雄斗が頭を悩ませるが、答えが出るより先にシンシアが「それでは行きましょう」と言って歩き出す。
最初こそシンシアの豊かな胸──おそらくマリアと同等かそれ以上──の感触に気を取られていたが、街を案内されていくうちにどうでもよくなる。
先日のアイシャと同じく、シンシアのガイドも文句のない出来だ。オトリーズの有名な名所と地元民しか知らない隠れスポットを交互に回りこちらを飽きさせない。また雄斗の疑問にもすんなりと答えてくれる。
シンシアと共に回った場所はどれも見どころがある所だったが、特に興味を引かれたのは【異形種大戦博物館】だ。各世界に必ず一つは存在している博物館だが、【オリュンポス】のそれにあった展示物や情報は今まで訪れた【ムンドゥス】や【アヴェスター】のそれよりも豊富だった。
「いやー想像以上に見所があるな。さすが【オリュンポス】の首都リトボス。これから行くところも楽しみだ」
博物館を出た後、休憩もかねて立ち寄った喫茶店の椅子に腰を沈ませて雄斗は言う。
「ふふふ、ありがとうございます。でもその前にしっかり休憩しましょう。
この調子で回っていたら疲れてしまいますから」
そう言ってシンシアは手にしたアイス──ジェラートを差し出してくる。
受け取った雄斗は軽く舐め、目を見開く。今まで口にしたアイスやジェラートとは一線を画す美味しさだ。
「美味いな……! 味が濃厚だがさっぱりしている。そして口どけも柔らかい……!」
「はい。ここのジェラートはリトボスでも屈指と評判です。
わたくしとしては【オリュンポス】一といっても良いと思っているのですけれど」
嬉し気に笑みながらシンシアも手にしているイチゴのジェラートを口に含む。
そして破顔する。今まで清楚で大人びた表情が一転して幼いそれに変わる。
あまりの変わりように思わず雄斗は目を丸くし、それに気づいたのだシンシアは恥ずかしげに頬を染める。
「すみません。恥ずかしいところをお見せしましたね」
「いや、気にしてない。それにちょっと昔のことを思い出した」
「昔の事?」
「ああ。昔えらく暗い女の子と仕事で知り合ったが、その子がアイスを食べた時、別人のような顔を綻ばせていてな」
「……暗い、ですか。彼女は今どうしているんですか?」
「さてね。ほんの数日の付き合いだったし別れる時もろくに挨拶もできなかったからなぁ。
今どこで何をしているのやら」
ジェラートを口に含み、雄斗はその娘に想いを馳せる。
その娘と知り合ったのは【東京事変】の数日前だ。とあるお偉いさんの娘らしく身の安全のために護衛兼従者である女性と共に兄、元気の元にやってきた。
長い銀髪であり目が見えないのか目元が包帯で覆われていた。そして年が近いせいか雄斗が彼女の世話を焼くこととなったのだが、とにかく苦労した。
声は小さく何を話しているかさっぱりわからないし意思表示もほとんどしない。それに苛立ち強く詰め寄れば従者の後ろに隠れてしまう。
【東京事変】に巻き込まれるまではさっさといなくなってくれないかと思っていたほどだ。
「そういえばあの子の名前、お前と同じだな。
ま、シアって名前自体珍しくもないから単なる偶然の一致だと思うが」
「……そうですね。わたくしの名前もお父様の祖母から頂いたものと聞いていますから。よくある名前ではありますね」
そう言ってジェラートを口にするシンシア。雄斗も手にしているチョコレートのジェラートを頬張る。
周囲に響く穏やかで平和な喧騒を耳にしながら雄斗たちは休憩した後の予定を話し合っていると、シンシアの偽名を呼ぶ声が聞こえる。
「あれ? シアじゃない。どうしてここにいるの?」
声のした左手側にいるのは喫茶店のジェラートを手に持った一組の男女。男の方は先日知り合った当代のベオウルフであるシンジ。
そしてもう一人は祭服を身にまとうウェーブがかかった長い金髪と碧眼を持つ美少女だ。そして胸元にはベオウルフと同じ【オリュンポス】王政府直属の治安組織【パンクラチオン】の紋章──屈強な男が天に向かって腕を上げている──がある。
「……!」
彼女を見て雄斗は大きく目を見開く。
しかし当然だ。今回の休暇で彼女とは会う予定だったがまさか今、こうして顔を合わせるとは。
いや、と雄斗はすぐに思い直す。【パンクラチオン】に所属している彼女がこの時期に見回りをしないはずがない。こうなる可能性は十分にあったと。
「ウィルマ、そしてシンジじゃないですか。今日はこの区画の見回りでしたか」
「はいシアさん。昨日のこともありより警戒していたのが効果があったのか、騒ぎは何も起こりませんでした」
周囲に一般民衆がいるためか、偽名でシンシアに言うシンジ。
シンジと親しげに談笑するシンシア。先日見た時も思ったがどうやらこの二人、身分を超えた友人のようだ。
「ところでシア、その人は誰なの? 見慣れないけど……」
雄斗を見て小首をかしげる少女。どうやら向こうは雄斗だとわからないようだ。
まぁ雄斗も以前と比べてかなり変わっているからか。ともあれ雄斗は動く。ジェラートの残りを口に放り込むと、不敵な笑みを浮かべて、口を開く。
「おいおい、短い時とは言え背中を預けた相手を忘れるのは酷いなヴィルヘルミナ。本当にわからないのか?」
「雄斗さん……?」
挑発、揶揄するするような雄斗の声にシンシアは不思議そうに眉を潜める。
そしてそれを聞き、困惑していたヴィルヘルミナの表情が確信、そして驚愕へと変化する。
「雄斗……! 鳴神雄斗!?」
「ああ、そうだ。三年ぶりだなヴィルヘルミナ・ドーン」
一歩下がり警戒するヴィルヘルミナに、雄斗は不敵な笑みを浮かべて言った。
次回更新は11月15日 夜7時です。




