表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
四章 雷刃、新生
75/102

十一話







 雄斗が目を開けて最初に視界に入ったのは天蓋の白色だ。

 薄いながらもしっかりと体を温める賭け布団を横にして数人は余裕で寝れそうな巨大なベットから降り、周囲を見渡す。

 客間ということで通されたこの部屋だが雄斗の知るそれとはまったくの別物だ。雑魚寝すれば十人は余裕で寝れそうなぐらい広い室内だ。

 また室内に見える家具一式も一目で超高級品とわかるものばかり。部屋の左奥には豪奢な洗面場と浴槽、右側のガラス戸の奥には小さな庭園もある。


(アザードさんの宮殿も凄かったが、ここはそれ以上だな……)


 周囲を見渡し雄斗は思う。共に立派かつ豪奢な内装だがこちらは一つ一つのレベルがアザード邸のそれより高く感じる。

 昨日シンシアと共にリトボスにある王城にやってきた雄斗。ゼウスとの対談やなにやらイベントがあるのではないかと警戒していたがそう言ったものは何もなく、怪我の治療後は夕食を取って早々に眠りについた。

 出入口のドアが静かにノックされる。入室を許可すると中に入ってきたのは眼鏡をかけた真面目そうな顔つきのメイドだ。


「おはようございます鳴神雄斗様。ご気分の方はいかがでしょうか」

「おはようございますマレーナさん。特におかしなところはないですよ。昨日の戦いで負った傷も痛みはありませんし」

「それはようございました。お目覚めのお茶をお入れしますので少しお待ちください」


 恭しく頭を下げ手際よくお茶の用意をするこのメイドはマレーナ・キーリ。雄斗がここリトボスの王城にいる間、シンシアから世話係としてつけられた人だ。

 数分して淹れたお茶を持ってくるマレーナ。口をつけると暖かいが程よく冷めており爽やかな甘さがある。


「ありがとうございます。美味しかったですよ」

「痛み入ります」


 再び頭を下げるマレーナ。こちらとしては背中がむずがゆくなるのだがやめろというわけにもいかない。

 部屋の中にある洗面上で身なりを整え雄斗はマレーナに先導されて食堂に。長大な机があるそこには食事をとりながら昨夜と同じく、傍にいるメイドや執事に指示を出すシンシアの姿があった。


「あ、おはようございます雄斗さん。

 すみません、先に戴いています。本当でしたら一緒に朝食を食べたかったのですが……」

「いや気に、しないでください。世界会議の準備でしょう。開催は明後日ですから忙しいのも無理はありませんよ」


 マレーナに椅子を引かれたところ──シンシアと対面できる位置に座る雄斗。

 普通に話そうとして、口調を改める。以前はそう望まれたが周囲のメイドや後ろのマレーナに何と言われるかわからないためだ。

 そこにすぐさま幾人のメイドたちが料理を運んでくる。シンシアの正面にあるものと同じくパンにスープ、そしてビスケットやラクスが雄斗の眼の前に並ぶ。

 【オリュンポス】の朝食は【ムンドゥス】におけるイタリアによく似ている。朝食は甘いものが並ぶのが定番だ。ニールの家でも似たような朝食を戴いた。

 たださすが王族が戴く朝食というべきか、一つの品に数種類の物が用意されており一つ一つ微妙に違う。栄養も考えているのか野菜や肉を混ぜたものもある。

 音を立てないようそれらを戴きながら雄斗は正面に座るシンシアを見る。

 食事をとりながら問題を問うてくるメイドや執事に指示を出すシンシア。その知的な姿はとても美しい。


(マリアを始めいろんな美人を見てきたが、やはり頭一つ抜けているな)


 外見もだが口調や動き一つ一つが洗練されている。まさにザ・王族貴族と言った感じだ。

 これで婚約者がいないという話だが、もしかしたらそれ故にゼウスが生半可な相手を選んでいないのか。そう雄斗が思っているところに、


「鳴神様。姫様のお姿に見惚れるのはわかりますが少し視線を向けすぎなのでは」


 たしなめるように言うマレーナ。雄斗は頬を引きつらせ謝罪しようとするが、


「構いませんよマレーナ。特に不快な思いはしていませんし」


 傍にいるメイドが下がったのと同時、シンシアはこちらを見て言う。


「……。姫様がそうおっしゃられるのであれば」


 向けられる好意的な微笑みにマレーナは目を丸くするもそれも一瞬。頭を下げる。

 そしてそれを見て雄斗は驚き、困惑する。どうしてそのような反応をするのかわからないからだ。


(彼女と会ったのはまだ数える程度だ。こんな顔をされるほどの付き合いはなかったと思うが)


 今見せたシンシアの笑顔は明らかに友人に向ける、リラックスしたものだ。外交上で立場のある人間が見せる儀礼的な笑みではない。


(もしかして昔、どこかで会ったことがあるのか? だが俺の封印されていた記憶の中には彼女の姿はなかったが……)


 そう思いながら雄斗は食を進める。そしてシンシアが食事を終えた時だ、


「ところで雄斗さん、今日のご予定は?」

「予定では今日、リトボス城下を回ろうかと思っていましたが、昨日の戦いで少し疲れましたので今日は一日体を休めようかと思います」

「そうですか。でしたら今日は王城に留まり静養なさってください。

 行きたい場所があればご自由に。マレーナが一緒であればどこでも自由に訪れてよいと、お父様から許可は戴いています」

「……わかりました。ではお言葉に甘えさせてもらいます」


 シンシアの言葉に雄斗が頷くと、銀髪の姫君は嬉しそうに微笑む。普通に笑っただけなのにこれまた美しい笑顔だ。

 それから軽く談笑を交わす二人。しかしそこに息を切らした従者がやってきてシンシアに耳打ち。彼女は雄斗に申し訳なさそうな顔をして仕事があると言って退席する。

 それにやや遅れて雄斗も朝食を終えて食堂を後にし、部屋に戻る。そして日課である素振り、それと【万雷ばんらい閃刀せんとう】と【雲耀うんよう】を用いた魔力制御の鍛錬を手短に済ませる。

 

「もうお終いなのですか?」

「体をなまらせない程度ですから。それに長々とやっているとどこからかギャラリーがやってきますからね」


 叢雲家、ヤシャール家に滞在していたときのことを思い出して雄斗は言う。


「それはしょうがないでしょう。いかに【七雄神財しちゆうしんざい】を持つとはいえ雄斗様の剣技は私の目から見ても素晴らしい以外の感想はございません。

 もし私の叔母が存命なら、間違いなくあなたに勝負を挑んでいたでしょう」

「存命なら?」


 雄斗は存命という言葉に反射的に反応し、すぐに表情を歪める。

 しかし雄斗の失言をマレーナはまったく気にした様子もなく言う。


「叔母は亡くなられています。数年前、シンシア姫の護衛として【ムンドゥス】を訪れた時、姫を守って」


 何故かこちらに言い聞かせるように言うマレーナ。


「数年前……もしかして【東京事変】ですか」


【東京事変】とは数年前、【ムンドゥス】有数の大都市東京で起きた一大事変だ。

 【しんなる世界せかい】と【欲望よくぼうともがら】という二大テロ組織が東京に封印されている希少な魔道具を狙って起こしたものらしく、当時東京に訪れていた【オリュンポス】の神々と【ムンドゥス】、そして【アルゴナウタエ】が協力して事件を収めた。

 事件は一晩で解決──【真なる世界】と【欲望の輩】を撃退したが、その被害は甚大なものとなった。【オリュンポス】、【ムンドゥス】、【アルゴナウタエ】は幾柱の神々や将来有望な人材を失った。雄斗の兄、元気もその一人だ。


「ええ。ですがすでに過去の事。お気になさらずに」


 そう言って頭を下げるマレーナ。

 そう言われればこれ以上突っ込むのは無粋。雄斗は小さく息を吐いて浴槽で軽くシャワーを浴びた後、彼女と共に別の客間に向かう。


「さてアイシャの奴はどうしていますかね」


 雄斗たちが向かう先はアイシャのいる客間だ。雄斗と同じく彼女も王城の客間に泊まっており、昨日の戦いの後もそこに運び込まれて専属の医師から治療を受けたという。

 到着したシンシアの客間の前には褐色の肌を持つ屈強な男女一組の戦士の姿がある。彼らとマレーナが話をすると二人は彼女と雄斗を見て頷き、女性の方が一人で室内に入る。

 その直後、中からなにやら物音が聞こえ、すぐに静まる。防音がされているにもかかわらず響く物音に雄斗は何事かを思い残った一人に目を向けるが、彼は無言で目を伏せている。

 そして出てきた女性の戦士とマレーナが無言で頷き、アイコンタクトをかわす。やれやれといった感じの視線を交わす二人に中はどうなっているのかと雄斗は不安を抱くが、


「それでは雄斗様。アイシャ姫がお待ちです」


 マレーナに促され雄斗は中に入る。

 中の広さ、構造は雄斗の客間とほぼ同じだ。だが内装は【オリュンポス】の西洋風ではなく【ヴェーダ】のインド風なそれだ。

 そしてベットには変わらぬ様子のアイシャの姿があり、傍には従者と思わしき者たちが数名、控えている。


「おはよう雄斗。そっちは元気そうで何よりだわ」

「まぁな。お前さんも元気、…というわけでもないようだな」

「ええ。見た目だけを見ればそう思うのは無理ないけどね」


 微苦笑するアイシャ。

 一見すると昨日と変わらないように思える彼女だが、よく見ると昨日の戦いで消費した魔力があまり回復していない。せいぜい半分程度だ。

 また──これは予想外だが──体力も万全ではないようだ。ベットに横たわる彼女は入院したての病人に見える。

 その姿を見て、雄斗はとある病の名を口にする。


「お前、もしかして鈍恢レイトリート持ちなのか」

「その通りよ。強くで美しいあたしの唯一の欠点ね」


 神々の大半は酷く消耗したり大した怪我がなければ一晩寝れば体力魔力共にほぼ全快する。

 しかしごくごく稀に、完全回復にその倍以上の時間がかかる鈍恢と呼ばれる先天性疾患を抱えている神もいる。アイシャはその一人のようだ。


(とびぬけた強さと力を持つが故のデメリットというところか)


 若くして実力を発揮するものはどの世界にもいるが、その中でもアイシャの実績は飛びぬけている。

 なにせカーリーを継承してたった一年で【異形王】討伐や【異形種】の巣の殲滅、狂神の打倒。【欲望の輩】の最高幹部【五欲王】と互角に渡り合う。極めつけは反乱を起こした元【トリムールティ】を一人で打ち倒したことだ。

 【トリムールティ】とは【ヴェーダ】を収める三柱の大神。現在も【ヴェーダ】はこの三柱の神王の決定により動いている。

 実力もその立場に相応しく各世界のトップクラスと遜色がない。現【ヴェーダ】最強と言われる【トリムールティ】の一角、ヴィシュヌ神の強さは【オリュンポス】のゼウス神と同等という噂だ。

 その元【トリムールティ】をたった一人で打倒したアイシャ。まさしく麒麟児の中の麒麟児というべき女だ。

 そんな彼女が鈍恢持ちとは。ままならないものだ。


「とはいえ二、三日もじっとしていれば元通りだろ。大人しくベットで横になっておくんだな」

「そうね。でも退屈なのよ。世界会議に必要な仕事はもうないし皆は忙しくて顔を見せに来ないし」


 子供のようにむくれるアイシャ。

 年相応な顔を見て雄斗が小さく笑みを浮かべ、空いている椅子に腰を下ろす。


「ま、お前も世界会議に参加するわけだししっかり静養しろってことだろ。

 昨日のことについてヴィハーンさんも心配していたんじゃないか」

「心配するどころか限界まで力を使ったことを怒られたわよ。

 鈍恢が発症しない程度に力を使えって、そんな状態でもなかったのに」


 むくれながらアイシャは言う。確かに彼女の言う通り、敵対した神との戦いに加えて浮島の完全消滅を行ったのだ。相当な力を使わなければならなかっただろう。


「雄斗、改めてお礼を言うわ。昨日は本当にありがとう」

「気にするな。あんな状況で手助けするのは当然だし、お前が俺の立場でもそうしただろう?」


 彼女自身の性格、気質は問題があるが、神としてまっとうなのは昨日の行動を見ればすぐにわかる。 

 血気盛んなトラブルメーカーという雄斗の内にある評価が少しは良くなった。


「それと落下したあたしを抱きかかえて浮島に降りたとも聞いたわ。

 それについても感謝するわ。あのまま落ちれば多少は怪我を負っていただろうから」

「……そうか」


 あの高さで落ちても怪我程度で済むのか。という言葉を雄斗は飲み込む。


「それにしても【神雷を制するスフラギーダ・天空ケラウノス】だったか。聞いていた以上に厄介な連中みたいだな」

「ええ本当に。面倒な連中よ……!」


 静かに憤るアイシャ。昨日その理由を雄斗に語った彼女だが、やはり感情と理解は別物のようだ。


「昨日俺やお前が戦った相手以外にもまだ神はいるんだよな」

「ええ。確認されているのは四柱。首魁のウラヌスに副首領のアポロン。それと私たちが戦ったヘパイストスとアレスね。

 これでも数は減っているのよ。一時期はその倍はいたこともあるみたいだし」

「少しずつだが弱体化はしているわけか……。

 この調子だと今回の世界会議でも何か仕掛けてくるのは間違いないな」


 現政権転覆を狙っている【神雷を制する天空】としては行動を起こさない理由はない。


「まぁその辺はオグマ様やハーデス様のお二人、ジョンおじ様の側近であり両翼に任せておけば大丈夫でしょ。

 あの二人がいる限り【神雷を制する天空】が事を起こしても昨日レベルが精一杯よ。

 それに【神雷を制する天空】が何かしても各世界のトップのお歴々は真に受けることはないと思うわ」

「ま、それは確かに」


 軽い声で言うアイシャに雄斗も同意する。

 細かな問題はあれど当代ゼウスの治世は落ち着いており、他世界への協調路線は他の多元世界に好意的に受け止められている。

 【神雷を制する天空】が掲げている主張も他世界との協力、協調という多元世界全体の流れからは大きく逆行している。よほどの理由がない限り【神雷を制する天空】たちが現政権より支持されることはないだろう。


「それよりも雄斗。時間があるならちょっと付き合いなさいよ」

「少しだけならかまわないが、これは何のボードゲームだ?」


 アイシャが傍にある棚から取り出し、ベットの傍にある卓上に置かれたボードと駒を見て将棋かチェスのどちらかかと思ったが、駒がその両方とも微妙に違う。


「チャトランガよ。将棋やチェスの起源ともいえるゲームね」


 そう言ってアイシャはルールを説明。またくたびれたルールブックをこちらに手渡す。

 それに目を通したところでアイシャは開始の宣言をする。


「さぁもう準備はいいわね。それじゃあ始めるとしましょう!

 ちなみに負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くこと!」

「ちょ……! お前初心者に対してそれはないだろ!?」


 突拍子もない条件に雄斗は抗議するがアイシャは聞き入れず駒を動かす。

 小さく息をつき雄斗もルールブックを片手に盤面に目を向ける。そうして四半刻経過したのち、勝利者が決まる。


「はい王手」

「うっ……!」


 王の駒を積まれ表情を歪めるアイシャ。食い入るように盤面を見つめるが観念したように顔を伏せ、そして勢いよく上げる。


「ふ、ふふふ。まぁ最初だから手加減してあげたのよ。さぁ続けて行くわよ!」


 若干頬を引きつらせて言うアイシャ。しかし次も雄斗の勝利で終わる。


「お前、弱くね?」

「ぐぬぬぬ……! ──まだよ!」


 表情を真剣そのものにして再度チャトランガを開始する。

 そうして数試合行った後、アイシャが快哉の声を上げた。


「チェックメイト! どうよ!?」

「あー俺の負けだな」

「ふふふっ! またあたしの勝ちね。口ほどにもないわ!」

「はいはいそうだな。まぁ二勝三敗でお前の負け越しなんだが」


 子供のように浮かれるアイシャに雄斗は呆れた眼差しを向けるが彼女は気付かない。


「さぁ、何をお願いしようかしら!」

「話聞けよ。つーか俺も勝ってるからお前に言うことを聞かせられるんだが?」

「……まぁあたしが手加減したとはいえ一つ多く勝っているのよね。

 仕方ないわ。さぁ何でも言いなさい。一つ、私にできることなら何でも聞いてあげるわよ!」


 アイシャは少し悔し気にしながらも胸を張って言う。どうやら彼女の中で勝ち星を相殺した結果、一つとしたらしい。

 正直雄斗としては特に何もないのだがそう言えばよからぬ事態を招くことを予感している。

 何か手頃な、それでいて角の立たないものはないだろうか。かすかに俯き考えていると何故かアイシャの従者たちが離れていく。


「──全く。雄斗ったらしょうがないわね」

「は? いきなり何の話だ」

「何も言わなくていいわ。あんたの望みはわかったから」


 アイシャがそう言うと同時、何故かベットの天蓋が過剰に広がり周囲に広がる。

 雄斗たち二人を隠すように広がったそれを見て雄斗が目を丸くしていると、雄斗の右手をアイシャが掴み、言う。


「あ、あたしの胸を触りたいんでしょう? 先から随分熱い視線を向けていたものね。

 そういえば巨乳好きという情報があったわね……」

「はぁ? 何を言って──」

「しょうがないわね。い、一応、あんたはあたしとの勝負に勝ち越したわけだし、あんたが望むならやぶさかではないわ」


 頬を染めながらアイシャは言い、雄斗の右手を自分の胸元に引き寄せる。


「お、おい! 止めろ。俺はお前の胸なんて触りたくはない!」

「……へぇ。言ってくれるわね。マリアや雪菜の胸を触りまくっているからあたしはいいと? ──傷ついたわ」

「触ってねぇよ! いい加減に手を……!?」


 強引に腕を振り払おうとするがどうしたことか、掴まれた右腕はアイシャの胸元に引っ張られる。

 そして気づく。彼女の体から魔力が発せられていることに。


「お前身体強化して……! この馬鹿。静養中なのに何考えてやがる!」

「あんたがしぶとく抵抗するからでしょ……! さぁあたしの胸を揉みしだいて歓喜なさい!」

「誰が触るか……! マレーナさん!」

「ふふふ無駄よ。この天蓋は防音効果もあるのよ。人の声程度容易にシャットアウトするわ。

 さぁ観念なさい……!」


 徐々にアイシャの胸元へ引き寄せられる雄斗の腕。

 いっそのことこちらも身体強化して引きはがそうとも思ったが相手は一応病人。手荒な真似をするわけにもいかない。


(こうなったら……!)


 雄斗は腕に入れていた力を一瞬、緩める。そして手がアイシャの胸元に触れようとした瞬間、全力で引き抜く。

 緩急を利用した動きで引き抜かれる右腕。それを見て雄斗は喝さいの声を心中で上げるが、直後に体勢を崩しベットから落ちそうになるアイシャを見て目を見開く。


「アイシャ……!」


 転がり落ちそうになる彼女を見て雄斗は席を立ち、手を差し伸べる。

 アイシャの頭が雄斗の胸元に当たり、制止したのを見て雄斗はほっと息をつく。直後、褐色の両腕が雄斗の顔を掴む。


「アイシャ!?」

「……確かにあんたの言う通りみたいね。女の匂いが染みついていないわ。

 あたしとしてはマリアか雪菜、どちらかと一度ぐらいは体を重ねたかと思っていたけど」


 ペタペタと頬を触りまくりながら意味不明なことをアイシャは言う。

 そして顔を赤くしながらも蠱惑的な表情となり、


「キスもまだみたいね。……いい機会だから奪ってしまおうかしら」

「お前……!?」

「あら、暴れるとまた転んでしまうかもしれないわよ? 一応病人よ、あたし」


 雄斗は慌てて離れようとするがアイシャの言葉に動きを止める。

 そして褐色の美姫が顔を近づけ瞳を細めたその時だ、


「──ふむ。見舞いに来ると聞いていたからやってきたものも、まさか我が孫のラブシーンを見ることになるとは思わなんだ。

 久しいの、鳴神君」


 唐突に響くしわがれた、しかし力ある声。

 両者の体は離れ声のした方を見ると、脇にファイルを抱えたヴィハーンの姿があった。


「ヴィハーンさん。こ、これはですね」

「よいよい。わかっておる。大方アイシャが悪いのじゃろう」


 うろたえる雄斗にヴィハーンは冷静そのものの顔で言う。


「ちょっとお爺様。どうして決めつけるのかしら。

 もしかしたら雄斗があたしの魅力に参ってキスをしようとした可能性もあるでしょ」

「あるわけなかろう。儂が何年生きていると思うておる。主ら若造の心情など表情を見れば手に取るようにわかるわ。

 大方ベットに騒いだアイシャが何かの拍子で転げ落ちそうになり、それを鳴神君が支えたといったところじゃろうて」

「ヴィハーンさん……!」


 完璧な回答をする【ヴェーダ】の伝説的英雄に思わず雄斗は感激する。

 そしてヴィハーンはわきに抱えていたファイルをアイシャの膝上に置き、


「鈍恢が発症するぐらい疲労したから今日はゆっくり静養してもらうつもりじゃったが、この様子を見る限りその必要はなさそうじゃのう」

「あのお爺様。これは……?」

「世界会議の追加の資料じゃ。目を通しておけ。それと新たにいくつか印を押すものもあるからそれも頼む」

「ちょ……! お爺様。あたしは病人」

「異性にかまけているならそれぐらいの元気はあるじゃろう。つべこべ言わずやるんじゃ」


 そう言ってヴィハーンは意味深な視線を雄斗に向ける。

 それを察し、雄斗はアイシャのベットから距離を置く。

 

「あーそれでは俺はこれで失礼します。

 ヴィハーンさん、助かりました。このお礼はいずれ。アイシャ、養生しろよ」

「あ、雄斗。待ちなさ」

「お主はこっちじゃ」


 アイシャたちと天蓋からそそくさと離れ雄斗は部屋を出る。

 そして外に出て、大きく息を吐く。


「あー、えらい目にあった……」

「そうですか? 私としては実にお楽しみだったように思えるのですが」

「あれのどこがそう見えるんですか。……というか、見えていたんですか!? だったら助けてくれても良かったでしょうに」

「アイシャ様の機嫌を損ねるのは避けたほうがよろしいですから」


 マレーナはそう言い、何故か冷たい眼差しを雄斗に向けてくる。

 ともあれアイシャの見舞いを済ませた二人は城の書庫へやってくる。

 吹き抜け構造となっている書庫。周囲全てが本棚であり隙間なく本が収まっている。天井の高さは十メートルはありそうなほど高い。


「確か奥にある禁書庫以外は目を通して問題ないんですね?」

「はい。お好きなだけ閲覧ください。こちらの端末を使えば本の検索や取り出しもできます」


 出入口傍にある機械を手で指し示すマレーナ。言われた通り端末をいじるとどの書籍がどこにあるかなどが事細かにモニターに表示される。

 流石多元世界の中でもトップクラスに繫栄している【オリュンポス】というところか。科学の発達ぶりも【アルゴナウタエ】に引けを取っていない。


(さて何を見るかな……)


 昼までの時間つぶしとはいえ無為に過ごす気はない。

 【オリュンポス】の歴代の神々の経歴か【異形種大戦】時の記録か。それらを目に通そうかと思いながら端末を見ていたら、ふとある書籍の名前が目に留まる。


(タルタロス研究書……)


 端末に表示される書物の紹介に雄斗は目を向ける。【オリュンポス】に存在する空洞タルタロスの最新の研究書。著者は【オリュンポス】随一の賢人である当代のケイローン神──

 【ムンドゥス】のギリシャ神話においても賢者として名高いケイローンだが、【オリュンポス】においても同様の存在として知られている。

 先代はシンシアの父親──ゼウスが若かりし頃の腹心であり圧倒的不利な状況を彼の知恵でしのぎ切ったという。そして当代も父と同じく【オリュンポス】の繫栄、発展に力を尽くしているらしい。

 興味を引かれた雄斗はその書物を選択。すると本棚からひとりでに本が抜きだされ雄斗の元にやってくる。

 本を手にして書庫内にある読書専用の机に腰を掛ける。本を開き中を見るとタルタロスについての歴史や空洞内の構造や細かな事情、生息する【異形種】など様々なことが記載されている。


「へぇ……なるほど」


 深まるタルタロスへの知識。いくつもの驚くべきことを知り雄斗は感嘆の息を漏らす。

 ページをめくる手は止まらず一気に全てを読み終える。直後、重い鐘の音が書庫内に響く。

 正午を知らせる鐘の音ですと言うマレーナと共に雄斗は食堂に赴く。朝食を取ったところとは違う数十、いやもっと大勢の人たちが食事を取れるであろう広々とした大食堂。

 ちらほらと警護の兵や王城内で働いているメイドたちの姿が見えるところから、おそらく彼ら、王城内における働き手たちのための場所なのだろう。

 雄斗としても朝食時のように無数の視線を浴びながら食べるよりずっと気が楽だ。マレーナからおすすめを聞きそれを注文。

 舌鼓を打ちながら食し、雄斗は書庫に戻る。そして他のタルタロス関連書物に目を通していた時だ、書庫の扉が開く音が聞こえた。


「ルカ殿下……」


 小さいが聞こえたマレーナの声。ページをめくる手を止めて視線を向けると書庫の入り口にはマレーナと同じメイドが一人と、簡素だが品と質の両方を備えた服を身にまとう銀髪の少年の姿があった。

 小学生高学年──11、12歳ぐらいに見える少年はマレーナの言う通り、ゼウスの長男でありシンシアの弟。第一皇子のルカ・ミディカスだ。

 どうしてここにいる。雄斗がそう思った時だ、ルカと視線が合う。少年は驚くも声を出さず、笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。


「初めまして鳴神雄斗さん。現ゼウスが長男。第一皇子ルカ・ミディカスです。

 お会いできて光栄です」


 こちらの警戒を解くような柔らかな微笑と共にルカは綺麗な礼をした。






次回更新は11月8日 夜7時です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ