五話
「へぇ……」
馬車を降りて雄斗が見た建物は一言で言えばオーシャンフロントだ。
海沿いに建てられている三階建ての建物。ここが雄斗が五日間泊まる宿だ。
「ずいぶん立派な建物ですね」
「元は金持ち専用のリゾート用に建設されたそうだが、管理人の不正が見つかって押収されてな。
それをオシャール家が買い取り、ポセイドン様が俺たちの新居として与えてくれた。また二階から上の部屋は希望する【金翼の輝士】たちの寮として使用している」
そう言いニールが宿に案内する。すると入り口から藍色の長い髪をポニーテールに束ねたニールと同性代と思わしき若い女性が姿を見せる。
「お帰りなさいあなた。そちらが鳴神雄斗さんですか」
「ああ。前に話した元気の弟だ。昨日言った通り五日間、ここに泊まらせる」
親しげな様子で会話をかわす二人。兄夫婦に酷似した雰囲気に雄斗は面食う。
「雄斗、紹介するぜ。俺の妻だ」
「妻ぁ!?」
「はじめまして。エイレーネ・オシャールといいます。ここを自分の家だと思って気楽に過ごしてくださいね」
「は、はい。鳴神雄斗です。少しの間ですがお世話になります」
微笑むエイレーネに思わず雄斗は畏まる。エイレーネが美人なこともあるが、深窓の令嬢と言う雰囲気を放ち、尚且つそんな人とニールが結婚したという事実のためだ。
遊び人を思わせる外見と雰囲気を持つニールはその見た目通り女性にモテて、女遊びが激しい。
幼い雄斗と一緒にいるときも美人を目にすれば口説いたりデートに誘ったりしており、また香水の匂いをつけて朝帰りなどをした日には【空星】の女性たちから顰蹙を買っていた。
特に好んだ女性のタイプは気丈だったり、芯が強い女性だった。義姉である清美も例に漏れず、ニールから幾度かデートに誘われているところを見たものだ。
(物腰は柔らかいが芯は強いタイプの女性なのかな。しかしオシャールね……)
名乗られたエイレーネの字を反芻する。オシャールとは代々ポセイドンを継承してきた【オリュンポス】屈指の名家だ。
そしてここエナリオスは歴代のポセイドンの領地でもある。またニールが所属する【金翼の輝士】はポセイドン直属の治安維持部隊。
ニールは【金翼の輝士】に籍を置いているといったが、もしかしたらそれ以上の意味があるではないだろうか。
「姫様もアイシャさんも、今日は泊っていかれるのですか?」
「うーん、そうしたいけどやめておくわ。
夕方前には大使館に帰らないとお爺様たちから説教を食らうでしょうし」
「わたくしも今日は帰ります。帰宅しなければ姉弟たちが騒ぐでしょうし、雄斗さんのことをお父様が知れば間違いなくここに押しかけてきて、ひと騒ぎになりますからね」
「そうですね。──ああ、そう言えばジョン様は最近お忍びで良くここに来られますよ」
「お父様が? ……あの、何かご迷惑はかけていませんか」
「いいえ特には。……ただ最近は新たな側室の方とやってこられたり、私とニールの子供を期待するようなことは言われますが」
「おじ様は相変わらず自由ねぇ」
「本当にすみませんエイレーネさん。お父様にはお母さまたちと共にきつく言っておきます」
エイレーネに頭を下げるシンシアとその隣で微苦笑するアイシャ。
雄斗はそれを見てニールに訪ねる。
「ニールさん。今話に出ていたジョンって」
「想像の通りだ。シンシア姫の父親であり【オリュンポス】の支配者。ジョン・リコポース・ミディカス・ゼウス様だ」
「マジですか……」
思わず雄斗は頭を抑える。
【オリュンポス】で最も会いたくない人──いや神がこの辺りをうろついているというのか。
「あまり心配しなくても大丈夫だぞ。最近のゼウス様は世界会議の準備でろくに睡眠時間も取れないほど忙しいからここに来ることはないと思う。
万が一城から脱走しようものなら【オリュンポス十二神】が力づくでも止めるだろうしな。先日ここにやってきたときも、すぐにポセイドン様が駆けつけ、連行して行ったからな」
「それはそれでどうなんですかね……」
仮にも一つの世界の王がそんな扱いで良いのか。というか連れ戻される王って何なんだ。
思わず雄斗はそう思うが、そう言えば当代のゼウスは王らしからぬ破天荒な人物と聞いた覚えがある。最初聞いたときはデマか何かと思ったが、どうやら本当のことらしい。
歓談する女性たちを置いて雄斗はニールと共に建物の中に入っていく。
雄斗が泊まる三階の隅の部屋にやってくる。一流ホテルのような内装の部屋に荷物を置きガラス戸を開けてベランダに出ると、鮮やかな紺碧の海が視界一杯に入る。
「馬車から見た時も思いましたが綺麗な海ですね。見ているだけで心が癒されそうです」
「元は一流リゾートだしな。まぁこの景色は俺や他の住人も気に入っているぜ。
さて。海を見て癒されるのもいいがそろそろ昼だ。飯にするとしようか」
そう言うニールと共に一回に降りていく雄斗。
彼の案内でやってきたのは元はラウンジと思われる食卓だ。そこにエイレーネたちが料理を並べている。
海の幸をふんだんに使用されたリゾットやカルパッチョなどに似た数々の料理。それらはとても美味く、食器を動かすのが止まらない。
また箸を動かしつつ、ニールを中心にお互いのことを話す。
「そうですか。今年の夏ごろにご結婚をされたと。その時期はちょうど俺が【高天原】に行っていたときですね」
「鳴神家にも招待状を出してな。元気と清美に娘の愛理、それと未来ちゃんとその彼氏がやってきたな。皆、元気そうにしていたぜ」
「……そうですか。それはよかったです。自分はあまり連絡を取っていないものですから」
任務で【アルゴナウタエ】本部にいないことがあったりすること、また雄斗自身が郷愁の念に駆られないようにするため連絡は必要最低限にしている。
とはいえさすがに雪菜と婚約した時には連絡はしたが。
「そう言えば夫からお聞きしたのですけれど、雄斗さんも叢雲のお嬢様とご婚約されたそうですね」
「それと部隊長であるマリアとの関係も噂されているな。──その辺はどうなんだ?」
「あ、それ興味があるわね。今後のあたしにも大きく関わってくるし」
「わたくしも知りたいです。どうなっているのでしょうか」
「色々と複雑な事情がありますので回答は控えさせていただきます」
ニヤつくニール、瞳を輝かせるアイシャ。控えめながらも興味を示すシンシア。
三者に対し上手い返しができない政治家のようなコメントをする雄斗。流石に本当のことは言えない。
「逆に聞くがアイシャや姫さんはどうなんだ? どちらもそう言う話はあまり聞かないが」
「あたしは雄斗を含めて幾人か候補者がいる程度ね。マリアたちみたく早く相手を決めろとせかされることはないわ」
「わたくしもアイシャと似たような感じです。お父様からは候補者以外でも気に入った人がいれば紹介しろと言われていますが……」
雄斗の反撃の言葉に二人はそう答え、じっと視線を送ってくる。
その意味深な視線を感じながらも突っ込んだらまずい気がしたのでスルーし、箸と口を動かすのを再開する。
そうしてあっという間に時間は過ぎ、腹も膨れる。用意されていた料理を全て平らげ雄斗は部屋に戻り、ベットに横になる。
(軽く眠るとするかね……)
心地よい風を感じ、眠気に襲われる雄斗。
満腹となった腹をさすり目を閉じようとした時だ、ガラス戸のほうから視線を感じ、目を向ける。
半開きとなっているガラス戸の傍に一匹の黒い猫がいた。首輪をしていないのを見て近所に住む野良猫が入り込んだのかと思う。
しかしこちらを見つめる向けられる黄金の瞳にはただの動物とは思えない知的な光があるように感じる。
「お前……」
只ならぬ雰囲気の猫を見て雄斗が体を起こそうとした時だ、黒猫は唐突に身を翻してしまう。
その気まぐれな様子を見て考えすぎだったと雄斗は思い、改めて目をつぶろうとした時だ、上空から誰かが乗った二頭の天馬が庭に降りていくのを見る。
「何だ?」
落下するようなその勢いだったそれを見て思わず雄斗身を起こす。
階段を下りて庭に向かうと、自分と同じくニールたちも庭に集まっていた。
「ニールさん、一体どうしたんですか」
「雄斗か。あー、ちょっとな」
「ゼウス様はここにおられないんですねシンシア姫」
言いにくそうな顔をするニールの正面、シンシアに鼻息荒い様子でそう言うのは雄斗よりも年下と思われる金髪碧眼の少年だ。
170あるかどうかという小柄な体躯。まだ少年の面影を強く残す幼い顔立ち。
だが一目で只者ではないことはわかった。細身ながらも鋼のように鍛えあげられた体躯に内に秘められている強大な魔力。
間違いなく何かの神を継承した人間だ。また誰かに似ているような気もする。
「ええ。見ていないわ。……また脱走したのね?」
「はい。申し訳ありませんシンシア姫。僕とテオ、二人が目を離した一瞬のうちに逃げられてしまいました。
現在は怒り心頭のオグマ様が政務を代行されていますがゼウス様の裁可が必要なものも多く。早めに見つけないとあの方も探しに行きかねません」
シンシアに頭を下げるのは金髪の少年の隣にいる男性だ。
こちらは雄斗と同い年かやや年上と思われる大人びだ顔立ちの青年。少年と同じ金髪の男性だが、麦の穂の一面を思わせる柔らかい色だ。
また苛立っている少年と多は対照的に落ち着いているようだ。
「ヘラクレス様、ベオウルフ様、わたくしも探すのを手伝います」
「仕方ない、あたしもそうしますかね。一応世界会議の参加者だし、万が一開催に支障があれば不味いでしょうから」
「全く。この忙しい時にやらかしてくれるなゼウス様は……!」
申し訳なさそうに言うシンシア、呆れた様子のアイシャの横でニールは乱暴に髪をかきながら言う。
忙しそうな【オリュンポス】の人たちの邪魔をするのはまずい──巻き込まれたくない──と思い、雄斗はその場を去ろうとするが、その肩をニールの伸ばした手が掴む。
「ちょうどいい雄斗。お前もゼウス様捜索を手伝え。どうせ時間は有り余っているんだろう」
「……! い、いや俺はゼウス様の顔もよく知りませんし邪魔になりますから」
「雄斗? もしかして鳴神雄斗ですか、その人」
雄斗が断ろうとした時、割って入る声。
そちらに視線を向けると、何故か金髪の少年が鋭い眼光をこちらに向けている。
「確かに俺は鳴神雄斗だが。君は?」
「テオドロス・ミケナ・ヘラクレス。当代のヘラクレスだ」
「へぇ、君が噂に聞く……」
ニコスからも聞いていた【オリュンポス】の麒麟児。
マリアよりさらに一つ若い十三歳でヘラクレスを継承、一年前に【オリュンポス十二神】に選ばれた俊英。
あのラーマに匹敵する才能を持つと言われる若き実力者だ。
「俺もあなたの噂は聞いています。数々の難敵、そしてあの【戦帝】グラディウスの首を断った実力者。
──けど噂ほどじゃないようですね。伝説の【万雷の閃刀】の後継者が、この程度の使い手とは」
「ヘラクレス様?」
「テオ、どうしたんだい?」
軽く見下すようなテオドロスの言葉にシンシアとベオウルフが目を丸くする。
一方、そのように言われた雄斗もカチンとくる。
「初対面なのに随分な言い草だな。ま、俺も同意見ではある。
若干14歳で【オリュンポス十二神】に抜擢された麒麟児と聞いてはいたが、この程度が【オリュンポス】の頂点の一角だとしたら、就任する基準が甘いとしか言いようがないな」
「なんだと……!」
眉を吊り上げ、魔力を高めるテオドロス。雄斗も即座に臨戦態勢となり全身の魔力を活性化させる。
彼が強いことはすぐにわかる。だが今まで敵対、相対した神々と比べれば中の中と言ったところか。
両者ともに火のついた爆弾のような雰囲気を放ち始めた時、二人の間にアイシャが割って入り、言う。
「あんた達、今から軽く決闘しなさい」
「あ? いきなり何言ってやがるこの馬鹿女は」
「今すぐゼウス様を捜索しなければいけないのにそんな無駄なことをするわけが無いじゃないですか。
前々から頭のネジが緩んでいるとは思っていましたがとうとう全てのネジが外れたんですか」
「うわ二人とも酷いわね! ──でもまぁ聞きなさいよ」
両者の間をくるりと一回転し、笑顔でアイシャは言う。
「あんたたち二人の様子を見る限りゼウス様は結構本気で逃げているみたいだし。探してもそう簡単には捕まらないわ。
でもあの人は面白いものがあれば自分の損得を無視するところがある。それを利用するのよ」
「つまり、お二人の勝負を餌として、お父様をおびき寄せるというわけね」
「その通りよ姉様。この近くにいるなら間違いなく来るわ。
【オリュンポス十二神】の一人であり若手屈指の実力者であるテオドロスと、三代目【万雷の閃刀】の継承者で、あの【戦帝】との戦いを生き延びた雄斗。
どちらもゼウス様が将来を期待している二人。反応しないわけはないわ」
「なるほど……。そう考えると妙案ですね。
あとは周囲にゼウス様が来られた時に反応、捕縛する結界を張っておけば万全です」
神妙な顔で頷くべオウルフとアイシャ。
雄斗はニールの手を振り払おうとするが、兄貴分の手には力がこもり、逃げられない。
「と言うわけだ雄斗。頼むな」
「いや勝手に話を進めないでくださいよ。何で休暇中なのに【オリュンポス】の面倒に巻き込むんですか。
やるならニールさんやアイシャ達でやればいいでしょう」
「いや俺らだと反応はしてもすぐに逃げそうだからな。アイシャの言っていた通りお前とテオの2人だからゼウス様も見学すると思う。
このままゼウス様が見つからないとなると捜索はさらに大ごとになり【オリュンポス】の治安維持にも影響する。これも世界の平和につながることだと思って協力しろ」
「嫌ですよ! 無駄な戦いをするなんて! 大体今回のゼウス様の失踪はそちらの不手際──」
「──俺は構いませんよ。
あなた程度と拳を交えるのは正直不本意ではありますが、これもゼウス様を見つけ出すためと割り切ります。
演舞場に行きましょう」
「おいおい! さっき無駄なことって言っていただろうがお前!」
前言を撤回するテオドロスに突っ込む雄斗。
しかし彼は微塵も表情を変えず、続ける。
「アイシャ嬢の言う通りですし、それにこうして問答する時間も正直惜しいんです。
──それとも”この程度”と言った相手に恐れをなしているんですか? やはり噂とは程遠いようですね」
再び浮かべる嘲りの表情。それを見て雄斗も決断する。
「……いいだろう。軽く撫でてやるよ小僧」
「俺も最近書類仕事でストレスが溜まっているんです。解消するぐらいには付き合ってくださいよ?」
次回更新は10月18日 夜7時です。




