四話
ぐらっと体が揺れるのを感じ、雄斗は目を開ける。
同時に部屋に女性の声のアナウンスが流れてくる。
『ただ今の揺れは乱気流によるものです。船内には異常はありませんのでご安心ください』
あくびをしながらのそりと体を起こす。周囲はホテルの個室のような作りだ。
しかしここはホテルではなく【オリュンポス】へ移動中の次元航行船の中だ。
「少し早いがもうすぐ飯の時間だし、起きるか―……」
時計の針が朝の七時を刺そうとしているのを見て雄斗は腰を上げる。
手早く着替えを済ませて航行船上部にあるメインダイニングへ。バイキング形式となっている料理から【高天原】──和風の朝食を選び、窓際の席に着く。
白飯と味噌汁、和え物などをのんびり食べる。早朝と言うこともあって人も少ないメインダイニングは静かであり、その静寂が心地よい。
(やれやれ。一昨日は針の筵だったな)
マリアたちに話をした翌日のことだ。いつも通り振舞おうとするも元気がないマリアとあからさまに落ち込む雪菜を見て、ソフィアとルリ、ファティマの三者からは激しく追及された。
そして二人に話したことを伝えると予想通り怒りと疑問をぶつけてきた。それに対して雄斗はマリアたちに行ったことを繰り返し三者をますます怒らせたが、ニコスがマリアや彼女たちと極力接しないような仕事を割り振ってくれたため、何とかやり過ごした。
部隊を離れるということについてルクスたちはドライな反応だった。とうとうこの日が来たか、故郷でも頑張れ、と。
二人はマリアたちを振ったこともいろいろ事情があるんだろうと言った感じで深く追求してこなかった。ラインハルトはともかくルクスも同じような感じだったのは正直意外ではあった。てっきりソフィアたちのように怒りはせずとも追及してくると思っていたからだ。
ともあれ雄斗は予定通り休暇に突入。こうして【オリュンポス】に向かう次元航行船の中にいる。
朝食を取っていた雄斗だが、不意にダイニングのガラス戸から見えていた景色が変わる。虹色一色の空間から、広大な青い空間に無数の白が点在する空間に。
(【オリュンポス】に入ったか)
雄斗は動かしていた箸を止めて、ガラス戸の奥に視線を向ける。青の空間は果てしなく広がる青空。点在する白は無数の雲雲。また空に浮かぶ無数の浮島も見える。
多元世界でも随一の浮島の多さで知られる【オリュンポス】。噂にたがわぬその姿を確認し、雄斗は食事を再開。
腹を満たして部屋に戻りいつでも下船できるよう準備を済ませ、到着までの空き時間を潰すため、シアタールームで放映される映画を見る。
放映されているのは【異形種大戦】の最中、ここ【オリュンポス】にて起きた戦いを元にしたもの。
内容は一言で言えば英雄譚だ。【オリュンポス】の危機に駆け付けた【七英雄】とそれらに当初は反発、敵対するも次第に仲を深め、最後は怪物を打ち倒す。
雄斗が生まれるよりも前に作られた物であり、現在でも【オリュンポス】の民には人気があるらしい。
(これ明さんが見たら怒るんじゃないか)
映画の中の明役の人は無駄に高圧的な態度を取って【オリュンポス】の人たちを煽っている。その様はまるでヤクザだ。
史実では【オリュンポス】にやってきた【七英雄】と【アルゴー】は少数だが存在した協力者たちと力を合わせて戦い、その最中敵対する者たち、反発するものたちと粘り強く対話を続け、最終的に手を取り合い、【オリュンポス】に出現した怪物──【異形王】を討滅したという。
明や外様の【七英雄】が悪く描写される一方、【オリュンポス】出身である【七英雄】、魔道王ニキアスは誠実かつ格好よく表現されている。と言うか完全に主役の扱いだ。
(魔道王ニキアス。明さんと並び称される【七英雄】──)
【七英雄】最強の魔導士であり、魔術の使い手としても当時、全多元世界の中でも五指に入る強者だったという。
大戦を生き抜いた後は【アルゴナウタエ】にて組織の運営や強化、まれに生まれ故郷である【オリュンポス】の復興に協力。そして雄斗が生まれるより少し早く亡くなったのだという。
他の【七英雄】のように生まれ故郷である世界に帰らなかったのは実家との折り合いが悪かったらしい。
とはいえニキアスはこの世界にとって英雄なのは間違いない。彼の教えを受けた【オリュンポス】の者たちは見事に世界を復興させており、多元世界の中でも随一の豊かさと力を持つ世界となっていた。
またニキアスも自身が所有していた【神戦を支配する天眼】を含むいくつもの【七雄宝物】を【オリュンポス】政府に譲渡している。世界を守る強く正しきものに渡してくれと言う言葉と共に。
(そういえば【神戦を支配する天眼】は姫さんが所有しているんだったか)
先日知り合った当代のゼウスの娘。あの後彼女について一通り調べたが、一言で言えば理想の王族、姫君だ。
清楚で温和。民に慈悲深く、貴族にもしっかりと配慮した対処をしている。先日の合同作戦の時のように、いざという時は戦場に出て兵士たちと共に戦う勇ましいところもある。
だがただ一つ、不思議な点がある。人格と実績、そしてその美貌から幾人もの婚約者候補がいるらしいが、あくまで候補の段階に留まっているという。
彼女は雄斗よりも年上で20歳。婚姻していてもおかしくない年齢なのだが。
(そういえば父親との仲も良好らしいな。……当代のゼウス様が嫁にやりたがらないとかか?)
そう思いながら映画を見終え外に出ると、到着まで三十分と言う時間になっていた。部屋に戻り支度を済ませ携帯で調べものをしていると瞬く間に到着時間となり、軽く船が揺れる。そして接舷したというアナウンスが耳に入った。
「さて、行くか」
着替えの入ったバックを掴み出入口に向かう。人族はもちろん多くの異族の者と共にゲート入り口に並ぶ。
購入した乗船券を見せて通行を許可されロビーに出る。今まで見たどの世界のロビーよりも大きく広いそれを見て雄斗は少し目を丸くするも、案内人を探して歩きだす。
(確かニコスさんの話では役人が出迎えてくれるんだったよな)
今回は個人的な旅行ではあるが、【万雷の閃刀】を持つ雄斗は一般人のように自由気ままに動けるわけではない。雄斗が何か問題を起こした時に対処するため【オリュンポス】政府の役人が一人つくのだという。
「……さてと。そろそろ出てきたらどうだ。
さっきから身を隠して人のことをジロジロ見やがって」
探し始めて数分、空港の隅にやってきた雄斗は振り返り言葉を放つ。
ほぼ人の姿がない場所。だがどこからか視線を向けられているのを感じる。
ここにやってきたのは歩き始めてすぐに、何者かに視られているとことに気が付いたからだ。
視線に気づいた雄斗は自然体ながらも、常に迎撃できるよう心構えをしていた。
「出てこないならこちらも相応の対処をさせてもらうぞ」
感じる三つの気配にそう言い、雄斗は静かに戦意を発しだす。
その時だ、軽快な声がロビーに響く。
「ははは。悪いな、数年ぶりだから普通に出迎えるのも面白くなと思ってな。
それに随分腕を上げたと聞いている。軽く試したくなった、許せ」
謝罪の言葉とともに姿を見せたのは金髪碧眼の男性だ。
小さい笑みを浮かべた少し軽薄そうな雰囲気を持つ男性。しかし彼を見て、雄斗は目を輝かせる。
「ニールさん!?」
「久しぶりだな雄斗。5年ぶりだな」
姿を見せた彼はニール・マックール。かつて兄、元気が率いていた部隊【空星】に所属していた仲間であり、知己だ。
「お久し振りです。あれから全く噂を聞かないから気にはなっていました。
再会を喜びたいのが、残る二人も姿を見せてくれませんか」
浮かべた笑顔を一転、厳しい顔になって雄斗は周囲に目を向ける。
それを見てニールは微苦笑し、言う。
「それもそうだな。ただ雄斗、あまり怒るなよ」
「?」
「お二方、姿を見せてください」
ニールの妙な断りに雄斗が首を傾げた時だ、右手の方に”隠し身”の魔術で姿を消していた二人が出現する。
「げえっ!? な、何でお前たちがここにいる!」
「ハーイ、久しぶりね雄斗」
「お久し振りです、雄斗さん」
軽い調子で手をひらひらと振るアイシャ・リガート・カーリーと、少し申し訳なさそうにするシンシア・ミディカスを見て、雄斗は叫び声を上げるのだった。
◆
「俺は今現ポセイドン様の神軍【金翼の輝士】に所属していてな。
おまえが【オリュンポス】に来るとポセイドン様から聞いて、知り合いである俺が出迎えることになったんだ。
で、だ。それをどこから聞きつけたのか、シンシア姫とアイシャ嬢が強引についてきて、こうなったわけだ」
「……そうでしたか」
空港内を歩きながら雄斗たちは会話をかわす。
それにしてもまさかニールと再会するとは。雄斗にとってこれは嬉しい事だ。
雄斗も短期間所属していた、十二天将だった兄、元気の部隊【空星】に所属していた流浪の魔術師。
部隊の面々は最年少である雄斗のことを何かと気にかけてくれてはいたが、特に彼とは付き合いが深く、また彼と共にいくつもの戦いを共に潜り抜けた雄斗にとってはもう一人の兄と言ってもいい存在だ。
兄が怪我により現役を退き、結婚してすぐにまた流浪の身となった。ごくまれに手紙が届いてはいたが、手紙に映っていた今いる場所はどれも異なる場所のため、所在はハッキリしていなかった。
最後に見た絵ハガキの手紙では彼の故郷である【ティル・ナ・ノーグ】にいるとあったが、まさかここ【オリュンポス】で再会するとは。
しかしその嬉しさも、後ろにいる美女二人のおかげで半減しているが。
「そう怖い顔をするなよ。美女二人に出迎えられたんだ。男としていい目の保養になるだろう」
「……百歩譲ってシンシア姫だけならいいんですけどね。カーリー様にはいい思い出がないもので」
初対面にも拘らず斬りかかられ、さらにその後の消えない口づけ。
冷たいマリアの、雪菜の悲しそうな顔を思い出し眉にしわを寄せる。
「あら神名呼びなんて堅苦しいわね。アイシャでいいわよ」
「それで。お二人は俺に何の用ですか」
肩に手を置く馴れ馴れしいアイシャの手を払いし、雄斗は後ろを振り向いてシンシアに訪ねる。
【ヴェーダ】の若き神の中でも屈指の実力者と【オリュンポス】の姫君二人が自分を出迎えるとは、厄介ごとの気配しかしない。
正直なところ逃げ出したいがニールたちがいる以上、それは無理だ。一人ならともかく三人。特にアイシャもニールも【万雷の閃刀】を振るう自分以上の強さを持っているのを感じる。
それに余計な騒ぎを起こせば休暇どころではなくなる。捕まった後【オリュンポス】からの強制退去ならまだいい。想像できる最悪の事態はゼウスの元に連れていかれた上、強制的に世界会議に参加させられることだ。
しかしシンシアが答えようとするより早く、アイシャが口を挟む。
「何もないわよ。ただ【オリュンポス】に来るって話を聞いたから会いたいと思ってここに来たのよ」
「わたくしもです。一目だけでも会いたいと思いまして。
ただご不快な思いをさせてしまったことは深く謝罪いたします」
深々と頭を下げるシンシア。
アイシャとは違う真摯なその態度に雄斗は黙り、彼女をフォローするようにニールが口を挟む。
「許してやれよ雄斗。というかこんなところをもしゼウス様直属の者に見られたら大変だぞ。
シンシア姫は【オリュンポス】でも一、二を争う美女であり女傑。民からも慕われているからな」
「その割には周囲の反応が鈍くないですか」
雄斗たちと同じく天馬馬車に乗る客の幾人かはこちらをチラチラ見ているが、シンシアに反応する様子はない。
「それはシンシア姉様が”認識阻害”の術を使っているからよ。大抵の人には普通の女性に見えるでしょうね。
ゼウス様やその近侍は誤魔化せないでしょうけど」
「姉様? ……もしかして二人は姉妹なんですか」
アイシャのシンシアの姉呼びに雄斗は首をかしげ、訪ねる。
シンシアの父親であるゼウス神は幾人もの妻や愛人を持っていることでも有名だ。確か妃の中に【ヴェーダ】出身はいなかったが、確認できる愛人の中にはいたような気がする──
「いえ、血縁関係はありません。ただアイシャのご両親とわたくしの父が親しく、その縁でわたくしもアイシャも昔から付き合いがあったのです」
「幼馴染ってわけですか。……随分苦労されたんですね。いえ今もされているんですね」
しみじみと雄斗が言うと、アイシャが頬を膨らませる。
「ちょっと、どうしてそう決めつけるのかしら。ねぇ雄斗、あなたはあたしがトラブルメーカーだと思っていたりしない?」
「お前が打ち立てた武勇伝や俺との初対面にやらかしたことを考えれば、そういう結論になるのは不思議でも何でもないだろ。それにニールさんもシンシア姫も否定されていない」
雄斗の言葉にシンシアは微苦笑し、ニールは肩をすくめる。
「い、いえ。そんなことは……少ししかありませんよ?」
「ま、頼りになるときはなる奴ではあるんだがな」
「二人とも酷くない!?」
むくれアイシャを見て、少し溜飲が下がる雄斗。
天馬馬車に乗り空を浮いて移動する雄斗たち。しばらくするとうっすらと見えていた地表の大陸が見えてきて、その詳細を見て雄斗は目を丸くする。
眼下に見える大地には巨大な港とそこに停泊している大きな無数の船があった。漁船やクルーズ船といったものもあれば【アルゴー】のような次元航行艦に似たものもある。
「ここがエナリオスですか」
「ああ。【オリュンポス十二神】が一人、ポセイドン様とその一族が代々収める【オリュンポス】随一の港湾都市だ」
ゆっくりと移動する天馬馬車の上で雄斗はその見事な街並みを視界に映す。
船が泊まっている港も大きく広いが、すぐそばにある倉庫区画や市場の広さも並外れている。
特に市場の賑わいは目を見張るものがある。多くの海産物が所狭しと積まれ、様々な種族の人たちがそれを売買しあっている。購入したものを市場の外で美味しそうに食べている人たちの姿もある。
(観光スポットの中にもあったエナリオス市場。ここでしか手に入らない海の幸もあるようだし、一度は行ってみるかな)
馬車が市場を通過し雄斗も視線を戻そうとした時だ。軽く馬車が揺れる。また強い風の音も聞こえてきた。
「今の揺れは?」
「ああ、タルタロスから噴き出す風が原因だろう」
そう言ってニールが東の方向に指をさす。
視線をそちらに向けると巨大なドームがあり、大きく開いた中央部から強風が上空に吹き上がっている。
「あれがタルタロスですか」
「ああ。エナリオスにある、な」
タルタロス。【ムンドゥス】におけるギリシャ神話に登場する神であり、あらゆる怪物や神を封じ込める牢獄の世界である。
その元となった本来のタルタロスはこの【オリュンポス】に存在する十二の大陸に一つずつ存在しており、地底の底から風を吹き出しては、また逆に吸い込んでいる。
「確か浮遊大陸はこの風を制御して浮いているんでしたか」
「ああ。吹き上げる強風を浮遊大陸の各所にある風力制御装置で安定化させてな。
ま、大陸を構成する土や鉱石自体が風に浮きやすい性質もあるがそれだけだと不安定で落下する恐れもあるからな」
ニールがそう言った瞬間、再び馬車が揺れる。先程よりも少し強い揺れだ。
「しかし今日は少し風が荒いですね。結界を張ります」
三度ぐらりと揺れる馬車と嘶く天馬の鳴き声。それを聞いてシンシアが右手を掲げる。
馬車を淡い光が囲み、強風の風音も聞こえなくなる。
「時間によって風を吹き出したり吸い込んだりするんですよね。
もしもの話ですけど、吸い込んでいる時間にタルタロスに落ちたらどうなるんですか」
「風が吹き上げるまでは地底に存在する大空洞に留まざるを得ないだろうな。神でもタルタロスの吸引風に抗うことは簡単じゃない」
「それに大空洞内にいる【異形種】との戦いもあるわね。あそこの【異形種】は碌な知性もなくむやみやたらに襲いかかってくるわ。
しかも強いわよ。日々、同族同士で殺し合っているためか、特殊な能力を持つ個体も多いし。不運なめぐりあわせでタルタロスに落ちた神が【異形種】に襲われて亡くなったという話はいくつもあるもの。
もしタルタロスに落ちたらまずはじっとしておくことね。【異形種】に遭遇しても極力戦闘は裂けること。そして風向きが逆になったらすぐに出入口に向かうこと。
風に乗ればあっという間に上空に放り出されるから。その後は飛行や浮遊の術でゆっくりと地表に降りればいいわ」
「……やけに詳しいな。もしかして落ちたことがあるのか」
饒舌に話すアイシャを見て雄斗が言うと、彼女は軽く肩をすくめる。
「ま、一度だけね。とある犯罪者を追って捕まえたはいいものの、その直後にタルタロスの風向きが吸引に代わってね。
あの時は流石に焦ったわ。戦闘後と言うこともあって消耗していたし、空洞内で遭遇して戦った【異形種】はどれも厄介な能力を持っていたし。
無事に帰ってきたときもシンシア姉様やお爺さまから烈火のごときお説教と罰を受けたし……」
「当然です。あれだけタルタロスの出入り口付近で戦うなと言っていたのに吸い込まれてしまうなんて。
ヴィハーンさんも血相を変えていたのよ」
その時のことを思い出したのか、眉を吊り上げるシンシア。
「ま、何にせよタルタロス付近で戦うのは禁止されているし、もしそうなったらすぐに離脱するんだな」
「……心に留めておきます」
雄斗はニールの言葉に頷き、滞在期間は何があっても近づかないと決意するのだった。
次回更新は10月14日 夜7時です。




