六話
「それじゃあ始めてくれ。
たださっきも言ったが【神解】や【掌握】はなしな。それをされたら俺たちの張った結界なんてあっさり吹き飛び、周囲に被害が出るからな」
「ま、シンシア姉様が【掌握】すれば本気を出しても問題はないでしょうけど、さすがに大ごとになるから。
本気を出しつつも、全力の本気を出さないようにねー」
宿の隅にある修練場に響くニールとアイシャの軽い声。
真剣な様子でこちらを見て居るシンシアとベオウルフとは違い、完全にスポーツを観戦する人のそれだ。
雄斗は呆れつつも【雲耀】を召喚、対するテオドロスは全身から眩い光を発し、獅子の文様が刻まれた黄金の輝く軽甲冑を身にまとう。
代々のヘラクレスが所持する神具の一つ、【金獅子の戦衣】だ。
「疑似神具で俺の相手をするつもりですか」
「あいにく来年からの俺はこいつが主武装になるからな。【万雷の閃刀】は必要だと思ったら使うことにしている」
「舐めてくれますね……!」
怒りのボルテージが上がるテオドロス。
しかし雄斗も少し言葉を強めて、言う。
「それはお互い様だろう。お前だって所持する三つの神具の内、一つしか見せていないだろう」
ルクスと同じく、テオドロスも複数の神具を所有している。しかもそれら全ては神話の時代に作られた伝承神具だ。
伝承神具。遥かなる過去、神代に作られた神具であり神具の中では頭一つ抜けた力と能力を持つ。
それを三つも所持し、テオドロスはそれらを使いこなせるという。歴代の継承者の中には一つ、または二つしか使えなかったものも珍しくはない。まだ十代と言う若さで全ての伝承神具を扱うことができる。麒麟児と言われる理由だろう。
「……。あなた相手はこれで十分ですから」
「それを舐めているというんだ。──まぁいい。さっさと始めるぞ」
そう言って雄斗は地の構えを取る。
一方のテオドロスは半身となり腰を少し低くする。左腕を前に出し、右拳を脇に構えた。空手家のような構えだ。
「始め」
ニールがそう言った次の瞬間、雄斗は瞠目した。
瞬きするような刹那の間にテオドロスが間合いを詰め、右拳を放ってきたからだ。
(想像以上に速いな)
心中で呟きながら突き出された拳を後方にバックステップしてかわす。
反撃を試みようとするが、それより早くテオドロスは再び間合いを詰めてきては拳打を繰り出す。
流れ落ちる水の如く、淀みない拳と脚による連撃。しかもわずかでも別のことに意識を逸らせば当たると思うほどに速い。しかも正確だ。
(武の技量だけを言えばマリア以上だな)
テオドロスが繰り出した十発程度の連撃を回避したところで雄斗も反撃する。しかし雄斗の紫電のごとき剣閃を当代のヘラクレスは回避し、一切怯む様子を見せず反撃を放ってくる。
双方の攻撃は直撃こそないが互いの肌や服を掠める。共に神速の武闘を繰り出して二十秒ほど経過したところで、雄斗は後方に大きく跳躍する。
「へぇ。テオドロスの速さについてこれるなんて、さすがは私の婿候補ね」
「ええ。ヘラクレス様の速さは【オリュンポス】の神々の中でも上位です。それと互角とは。流石ですね」
聞こえてくるアイシャ達の会話に反応せず、【雲耀】を正眼に構え、雄斗は言う。
「そろそろ神威絶技を使ったらどうだ?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「今のお前相手なら必要ない」
「……なら使わせて見せますよ!」
怒りを面に浮かべ突進してくるテオドロス。
雄斗がそうであるように彼もこちらを図っていたのだろう。その動きは先程よりもさらに速い。
しかし雄斗は突き出された拳をあっさりかわし、すれ違いざまに横薙ぎを繰り出す。【叢雲】の刀身がテオドロスの腹部を打撃した感触が手に伝わる。
「なっ……!?」
驚愕の声を上げて体勢が崩れかかるテオドロス。しかしすぐに視線を戻し反転、雄斗に拳打を放つ。
だが雄斗はまたしてもそれをかわし、再びテオドロスの腹部に【叢雲】を叩きつけた。そして今度は彼が振り返るよう早く身を翻し、彼の後頭部目掛けて剣を振り下ろす。
命中すれば意識を奪う一撃。テオドロスは前転してギリギリそれを回避。すぐさま体を起こす。
驚愕と同様を面に出しているテオドロスに雄斗は突撃し、剣戟を放つ。ギアを上げた雄斗の剣閃の前にテオドロスは圧倒され、反撃すらままならない。
(グラディウスと戦う前の俺なら苦戦しただろうな)
テオドロスは強い。自分より幼いにも関わらず【オリュンポス】の最高位である十二神に選出されるだけのことはある。
だがグラディスとの死戦を潜り抜けた雄斗から見れば未熟と言わざるを得ない。テオドロスの確かに今まで相対した者たちの中でも強く、速さだけなら最上位だろう。
しかし【戦帝】の剣は速いと感じていては間に合わないほどのものだった。それを体感し、凌いだ経験を持つ雄斗から見れば遅く感じるのだ。
またその速さに頼り切っているためか、技量の面ではやや粗い。マリアよりは上だろうが戦い方次第ではどうにでもできるほどの差だし、雪菜には及ばない。
「そろそろ神威絶技を使ったらどうだ?」
剣戟を放ちながら雄斗は先程の言葉を繰り返す。雄斗が繰り出す閃電の剣戟の前に、もはやテオドロスはサンドバック状態なのだ。
しかし若きヘラクレスにその兆候は見られない。一方的に押されながらも瞳には雄斗に対する悔しさと怒り、そして負けん気がある。
(何か勝機でもあるのか。それともただの負けず嫌いか。
まぁいい。長々と付き合うのも疲れる)
何が何でも神威絶技は使わないという感じを見せるテオドロスに心中で呆れながら、雄斗は後ろに下がる。
そして【雲耀】の刀身に雷光をきらめかせ、振り下ろす。
「【雷刃】」
一瞬で己の元に届いた刃に仰天するテオドロス。慌てて右腕で受け止めようとするが雄斗が繰り出した剣戟はガードの姿勢を取った少年を吹き飛ばし、結界に叩きつける。
【雷刃】は【万雷の閃刀】にて発現した神威絶技。しかし【雲耀】が同じ雷の属性を宿すため流用が可能なのだ。
【雷刃】を行使したのは攻撃の速度と威力を上げるためだ。そして予想通り【雷刃】による剣戟の前にテオドロスは防御すら満足にできなくなっていく。数発に一回は直撃を受けては結界に叩きつけられ、地面に転がる。
「くっ……!」
数回地面を舐めた後立ち上がったテオドロスは眩い黄金の輝きを拳に宿す。
徒手格闘が届く距離ではない。だが雄斗は直感で攻撃が来ることを悟り左に飛ぶ。
「【獅子爪牙】!」
直後、拳打を放つテオドロス。すると突き出した拳から巨大な獅子の形をした光の塊が発射され結界に激突する。
反撃の剣戟を放つ雄斗。だがテオドロスはそれに反応しており今度は左拳の突きを繰り出す。【雷刃】の刃と光の獅子が激突し、けたたましい破壊音を響かせる。
(光弾を飛ばす拳撃。とはいえ【雷刃】を相殺するところを見るとそれなりの威力はありそうだ)
再び接近するテオドロス。先程と同じくまだ間合の外にも関わらず拳を振りかぶる。
今度は雄斗も前に出て神威絶技をかわしカウンターの一撃を見舞おうかと思ったその時だ、拳を振りかぶった体勢から光の獅子がこちらに向かって放たれてきた。
虚を突かれた雄斗。咄嗟に回避するもテオドロスは距離を詰め、拳打の嵐を放ってくる。
(やるな……!)
先程見た高速の拳打に加わった光の獅子。拳打が放たれる中、どの体勢、タイミングからも放たれる【獅子爪牙】は非常に厄介だ。
とはいえ防御と回避に専念していると仕掛けてくるタイミングも見えてくる。慣れてきたところで雄斗は反撃に移り、再びテオドロスを後退させる。
「【狩猟群】!」
苛立った様子で新たな絶技の名を叫ぶテオドロス。すると彼の体から光が拡散し、分身を生み出す。そしてそれらが一斉に多方向から襲いかかってきた。
ライオンの狩りのような複数であり多方向からのテオドロスによる一方的な猛攻にまた雄斗は回避と防御を強いられるが、一転した戦況はすぐに元に戻る。
テオドロスの攻撃を雄斗は全て見切り回避しつつ、繰り出すカウンターの斬撃は分身のヘラクレスを切り裂いては消滅させ、本体に命中してダメージを与える。
理由は先程と同じだ。いかに数が多くなろうと速くなろうとそれ以上を知る雄斗にとってただ速いだけ。
たとえ分身を作ろうともテオドロスの攻撃は十分に見えており反応もできる。警戒はしても脅威とは感じないのだ。
「このぉっ!」
神威絶技を使っているというのに全く変わらない状況にテオドロス本体と分身の動きにも乱れが生じだす。
わずかだが荒くなる挙動を見て本体を見抜いた雄斗は雷速で分身の間を抜け本体との距離を詰める。驚愕したテオドロスが繰り出す右拳をかわすと同時、またしても腹部に【雲耀】の剣を叩きつけ、結界まで吹き飛ばす。
「がっ……!」
激突し、崩れ落ちるテオドロス。すぐさま立ち上がるが散々食らった雄斗の剣戟によるダメージの蓄積のためか、がくりと膝を曲げてしまう。
もう終わりにするか。そう雄斗が思った時だ、テオドロスは顔を上げ、悔しげな表情で言葉を紡ぐ。
「獅子王よ。無双の英雄にも屈せぬネメアの王よ。汝が王威をここに顕せ──」
言葉とともに高まるテオドロスの魔力。
こいつまさか【掌握】をする気か。雄斗がそう思った時だ、
「そこまでだテオ。いくら負けそうだからと言ってルール違反をするのは見過ごせないな」
修練場に響く低い男性の声。
雄斗はもちろんニール、ベオウルフでもない。声のした方に視線を向けると、そこには先程雄斗は自室で見た黒猫がいた。
そして先程には感じられなかった強大な魔力と圧を放っている。もしかして、いやもしかしなくてもこの猫が──
「神威絶技を行使しても【掌握】をしなければ圧倒される。
鳴神雄斗は噂以上の強者だということだ。悔しいだろうがそれで納得しておけ」
淡い輝きと共に黒猫が輝き姿を変える。
光が人の形となる。姿を見せたのは顎髭を生やすやや暗い金髪の男だ。
その姿、そして放つ圧を感じ、思わず雄斗は目を見開く。
「初めましてだな鳴神雄斗。当代のゼウスであるジョン・リコポース・ミディカスだ。よろしくな」
「……お初にお目にかかります。鳴神雄斗です」
差し出された手を握り、挨拶する雄斗。
一見、ただのイケメン中年に見えるジョンだが【神王】の異名を持つ彼。感じる力の圧は凄まじく底が見えない。
「お前さんの噂は前々から聞いていた。こうして会えて嬉しく思うぜ。
──ところで、いつまでそうしているつもりだテオドロス」
笑顔を消すジョン。一転して厳しい顔になりテオドロスを見る。
「仮にも【オリュンポス十二神】の一柱がこれ以上の醜態をさらすのは許さん。拳を収めろテオドロス・ミケナ・ヘラクレス」
「……っ。わかりました」
叱咤するような声音。そして【神王】の異名に相応しいプレッシャーを放つジョンを前に、テオドロスは戦意を消し、首を垂れる。
「すまんな雄斗。あれはどうもお前さんのことを嫌っていてな。
まぁニコスの奴がお前さんをえらく褒めるものだから──ん?」
目を瞬かせるジョン。それと同時に彼の体に無数の輪──呪縛の術がかかる。
そしていつの間にか、彼の周囲をニールたち四人が囲んでいた。
「ニール。それにアイシャにシンシア、シンジ。これは何の真似だ?」
「自分たちはやるべきことをしているだけです。──さて、ゼウス様、王城に戻りましょうか。
逃げ出してきた政務が待っていますよ」
にこやかな笑顔──しかしどこか怒っているような雰囲気を放ちながらベオウルフは言う。
シンシアも同様に雰囲気を放ち、アイシャとニールは微苦笑しながらも術を解くそぶりは見せない。
ジョンは少し頬を引きつらせ、
「あー、なんだシンジ。少し雄斗と話をしたいんだが」
「駄目です。これ以上駄々をこねるのであればルーファス様にクレイトス様、サラス様にお声をかけようと思いますが?」
「……。わかった、戻る。戻るからそれは止めろ」
表情を引きつかせ、両手を上げるジョン。シンシア達に立ち上がったテオドロスを含めた四人に囲まれる。
身動き一つですら監視されているような状況にジョンはやれやれと言った感じで肩をすくめ、雄斗の方に振り向く。
「それじゃあな鳴神雄斗。また近い位置に暇を見つけて会いに来るぜ」
結構ですと言いたくなる衝動を抑え、連行されるゼウスを雄斗は見送る。
そしてゼウスと共に去ろうとしたテオドロスは悔しげな表情でこちらを振り返るも、何も言わず王と共に去っていくのだった。
次回更新は10月21日 夜7時です。




