六話
「雄斗さん。起きてください。
もうすぐイスヴァンに到着しますよ」
「……う、ん」
呼びかけられ雄斗は瞼を開ける。自分の名を呼んだのは雄斗が寝ているベットに乗り見下ろしている雪菜だ。
いつもの和装ではなく淡い桜色のロングワンピース。髪をまとめているのはリボンではなく桜の花びらの形をしたベレッタ。
可愛らしさと大人っぽさが同居する姿。とてもよく似合っている。
意識がしっかりするとともに周囲の様子が視界に入ってくる。ここはアヴェスターに向かう次元船の個室だ。
(そういえば今、俺たちはアヴェスターのイーラジ王国にむかっているんだっけか)
シャハブからの誘いはあっさりと許可が下りた。届いた招待状を手にエドガーに相談すると彼は二つ返事でOKを出し、こう言った。
「ぜひ行ってきなさい。多くの神々と知り合い、友誼を深めてくるといい。決して無駄にはならないだろう」
何か含むものがありそうな言い方だったが雄斗は頷き雪菜にマリア、自分たちと同じく招待状が届いていたネシャートと共にシャハブが済んでいる【アヴェスター】のイーラジ王国に向かっているのだった。
ベットから体を起こし周囲を見る。シャハブが用意した船の個室は最高位のファーストクラスらしく、内装はもはや船とは思えないほど豪華だ。
チリ一つないようなきれいな個室には全身を伸ばせるほど大きなベット兼座席とTVにPC、小型の冷蔵庫、有名な画家が描いたようなよくわからない絵など複数の調度品もある。
雪菜についていくと到着したのは小さいラウンジだ。そこには蛇人のバーテンダーと牛乳を注いだグラスを口にしているネシャートの姿がある。
「あら、起きたのね。眠気覚ましに何か飲む?」
「キンキンに冷えた水をお願いします……マリアの奴は?」
「準備中。あの子は女神アナーヒターだからね。【アヴェスター】にやってくるとなると相応の姿や用意がいるのよ」
そう言われて雄斗はマリアの手荷物が自分たちより多かったことを思い出す。
ともあれ到着時刻までまだ時間はある。雄斗はラウンジの席に腰を下ろし軽食を注文。先にバーデンターが出した水を飲み、後から来た軽食をゆっくりと咀嚼する。
乾いていた喉が潤い軽く腹が満ちた時だ、雪菜と共にマリアがやってくる。
「……!」
「まぁマリア、綺麗よ」
姿を見せたマリアを見て、思わず雄斗は目を丸くする。
ネシャートの言う通り、目の前にいるマリアはいつにもまして美しい。
黄金の髪はしっかりと手入れをしたのかうっすらと煌めいており薄く化粧をした表情からは大人の色香が漂う。
身にまとう群青のドレスに水色のカーディガン。首や左手首には黄金色のネックレスとブレスレット。
ネシャートの言う通り女神アナーヒターということを意識した服装だ。
「……何?」
「いや、ネシャートさんの言う通り綺麗だと思ってな。見違えたぞ」
「ありがとう。でもそう言うセリフは雪菜ちゃんに言ってあげてね」
少し照れ臭そうに微笑するマリア。彼女はネシャートから何か飲むかと言われるも断りソファーに腰を下ろす。
いつもより静かな雰囲気を見て思ったのか、雪菜がそばに来て小さい声で言う。
「まだ元気ないですね」
「結婚のことに関しては割り切ったとか言っていたけどな」
シャハブの衝撃発言からいくらか日も経ちマリアも落ち着きはした。
とはいえ何か思うところがあるのか最近は今のように考え込む姿が多くみられる。
声をかけて見ても大丈夫の一点張り。任務や仕事でも大きなミスもないから雄斗たちもそれ以上突っ込むことができずにいた。
しばらくしてファーストクラスにあるスピーカーより空港に着いたという連絡が入る。
雄斗たちはそれぞれの個室にある手荷物を持ち船を降りる。全員首に自前のスカーフを巻きながら。
(鬱陶しいが、郷にいては郷に従えと言うからな)
【アヴェスター】の服装は世界特有のさまざまなものがあるが、その中で共通しているのは誰しも首元にスカーフを身に着けるところだ。
かつて砂漠なと不毛な大地が多く、そこから飛んできた砂や病原菌から身を護るために生まれた風習だという。
ファーストクラス搭乗者専用のゲートをくぐると見覚えのある顔の男性と見知らぬ二人の少女の姿があった。
「よう、遠路はるばるご苦労さん」
そう言ったのは首にスカーフを巻いたアザードだ。
さすがに正装をしている彼。しかし首元など広く開けておりラフさも感じさせる格好だ。
「久しぶりねマリア。元気にしていた?」
「ええもちろん。レイリ、あなたも変わらないようで何よりだわ」
そう言ってマリアは少女の一人と抱擁をかわす。
マリアと抱き合う少女は外見だけで判断するなら雄斗とマリアと同世代に見える。長い黒髪を左側にまとめており、物静かな雰囲気と知的な瞳を持っている。
地味な印象もある彼女だがよく見ると美少女と言ってもいい精緻な造形をしている。そして相応の実力を持った戦士であることもすぐにわかった。
「【アルゴナウタエ】の皆さん、初めまして。レイリ・ジャーレフと申します。
我が主、イスヴァン王の命により皆様の護衛と案内役を務めさせていただきます」
「レイリはマリア、ファルナーズとは親友同士でな。そういう縁で陛下は護衛と案内役を命じたわけだ。
そしてもう一人、こいつは──」
アザードの言葉と同時、彼の隣にいた黒髪セミショートの少女が前に出る。
アザードに似た雰囲気を持つ雪菜や未来よりもさらに幼い少女。可愛らしくも不敵に微笑むところからは気の強さを感じられる。
「ファティマ・ヤシャールです。皆さんが【アヴェスター】に滞在中、身の回りのお世話をさせていただきます。よろしくお願いします!」
「ちなみに俺の妹だ。いい修行になるんで存分にこき使ってやってくれ」
兄の紹介に改めてファティマは皆に頭を下げる。そして雄斗を見て、何故かにこっと微笑む。
「さぁて、それじゃあ滞在先の俺の家に行くとするか」
アザードとファティマに従い空港から出る雄斗たち。彼が載ってきたというリムジンのような車に乗り込む。
広々とした車内。対面にはマリアとレイリ、アザードが腰を下ろす。雄斗は右に雪菜、左にファティマに挟まれる形だ。
出発する車。アザードを中心に会話の花が咲く。当代のフェリドゥーンはコミュニケーション能力が高いらしく車内にいる者たちにまんべんなく会話を振り、話を途切れさせない。
「鳴神様、叢雲様、どうぞ」
ファティマも兄と同じく高いコミュニケーション能力を発揮しながら、皆に飲み物や食べ物を進めていく。
おかげであっという間に時間は過ぎ、気が付いたら車は目的地に到着していた。
「わぁ……!」
「ほぉ……」
車から降りて見たアザードの邸宅を見て雄斗と雪菜は同時に声を上げる。
一言で言うならオスマン建築風の宮殿だ。邸宅はとにかく広く建物も多い。中庭に八角柱による列柱、水盆、聖所と思うような建物がありそこら中にアザードの家、ヤシャール家に仕えている警護の人間の姿が見られる。
「わ、私の家とは比べ物になりませんね……」
「まぁそうだな。でも俺はお前の実家の方が好みだけどな」
最後の方を周囲に聞こえない小さい声で雄斗は言う。
すると萎縮していた雪菜の顔が明るくなる。現金なやつだ。
「そう緊張なさらないでください。一週間もすれば慣れますよ」
微笑むファティマにさすがにそんな長期間は滞在しないぞと心の中で突っ込む雄斗。
アザードについていく雄斗たち。途中ちょっとした用事があるという彼とファティマと別れ、数日泊まることになる部屋に到着。
身の回りの世話をする使用人たちと挨拶をかわし、ひとまず彼らを下がらせる。
(これが神話の時代より続く神々の住まう家か)
想像していた以上のスケールの大きさに雄斗は体が沈むような柔らかく大きな椅子に背を預けて大きく息をつく。
【高天原】の叢雲家は名家ではあるもののはるか昔から存在する神々の一族という訳ではない。聞いた話によると初代スサノオの分家の一つであったという。
泊まる部屋も数十人が余裕で眠れそうなほど広く、豪奢な内装もいくらかかっているのか全く予測がつかないほどだ。
この一部屋に雄斗一人で寝泊まりするのだ。ちなみにマリアたちも個人個人で同じような部屋に泊まるのだという。
「うーん、広すぎて落ち着かないな」
使用人たちが用意していた茶菓子などを手に付けたり部屋の中にあった本やTVを見てはいたが、しばらくして雄斗は腰を上げる。
部屋の出入り口に控えていた使用人にマリアのところに行くと告げて外に出る。
石畳の廊下を歩くこと数分、マリアが泊まる部屋に到着。自分の部屋と同じく警護の人間──もちろん女性の兵士──に一声かけ、許可が下りたので部屋に入る。
「あれ? 全員揃っているのか」
雄斗の部屋と大差ない造りをした部屋の中にはマリアたち全員の姿があった。
また傍には彼女らの荷物も置かれている。どうやら四人はこの部屋で寝泊まりするようだ。
「よ、用意された部屋が広すぎて落ち着かなく。マリアさんの部屋で寝泊まりさせてもらおうかと」
「私はヌトゲプに似たような部屋を持っているからそうでもないんだけど、一人は寂しいからね」
緊張した様子の雪菜とその彼女の頭を優しく撫でるネシャート。
「もう、アザードさんには過剰な歓待をしないよう言っておいたんだけど。
この部屋はどう見ても各世界の王族や神々にセレブ、その家族たち専用の部屋でしょうに」
「アザード様にとってはあなたたちはそれぐらい重要なお客様ということじゃないかしら。それにマリアもいるわけだしね」
膨れ顔のマリアに慣れた様子で優しく諭すレイリ。
「いいねぇ女性陣は集まれて。俺は一人あの部屋で寂しく過ごすのか」
「アザード様は鳴神君を気遣ってそうしたのかもしれないよ」
「気遣う?」
問い返すとレイリは意味深な笑みを浮かべる。
「ここに来る途中、本殿の次に大きな建物があったのは覚えてます?」
「確か本殿の後ろにあったあれか?」
「あそこはアザード様のハレムなんです」
「!?」
レイリの言葉に雄斗は思わず絶句する。
「アザード様には現在三人の正妻と四人の側室がいます。
それ以外の相手は全てそこに住んでいるんです。確か二十名ぐらい」
「そのハレムと俺が何の関係があるんだ?」
「うーん、普通に考えてあなたのお相手をさせる気なんじゃないかしら。そんなことをぼやいていたもの」
「ええ!??」
大きな声を上げたのは雪菜だ。思わずと言った感じで席を立ち不安そうな瞳を雄斗に向けてくる。
「あの人は……! 雪菜ちゃんがいるのを知っているというのに自分の女を鳴神君にあてがおうなんてふざけたことを考えていたの!?」
「うーん。もしかしてなかなか進まない二人の関係を考慮してそうしようとした可能性もあるんじゃないかしら。……多分?」
マリアは眉を吊り上げ、ネシャートは困ったような顔になる。
「マリア、そう怒らないの。こういうことは【アヴェスター】では珍しいことではないでしょう?」
「だからって……!」
「アザード様も思い付きで言ったようだったし、鳴神君から申し出ない限りそう言うことにはならないと思うわ」
主をフォローしてマリアの怒りを治めるレイリ。
するとなぜかマリアたちの視線は雄斗に向けられる。
「鳴神君、ハレムの方々に魅了されないよう気を付けてね。わたしが覚えている限り、誰もが美女美少女でおっぱいも大きかったから」
「どうしても我慢ができなくなったら雪菜ちゃんに言いなさい。あなたの欲──もとい、想いにきっと応えてくれるわ」
「ネネネネネネシャート様!?」
「雪菜ちゃん。これはピンチだけど同時に関係を域に進めるチャンスよ。いつもより頑張って雄斗君がハレムの女性たちに目が行かないようにしなさい……!」
「オイお前ら。人の話を聞かず勝手に話を進めるな」
妙な盛り上がりを見せる女性陣に雄斗は冷ややかな視線を向けて突っ込む。
雄斗としてはアザードのハレムにかかわる気はないし、雪菜との関係もステップアップさせる気もない。どちらもことを成したら雄斗にとって大問題だ。
「……もしかして鳴神君は男色家だったりします?
それでも大丈夫。そう言う趣味にもアザード様も理解はあるし協力してくれますよ」
「んなわけあるか!」
真面目な顔で言うレイリに全力で突っ込む雄斗。
すると彼女はからかうような笑みを作る。どうやら今のは冗談だったようだ。
(ったく、姿は真面目な図書委員長って感じなのにこんな一面もあるとは。類は友を呼ぶってわけか?)
マリアが普段するようなからかいを受けて雄斗は思う。
こんな風に雑談をしていると部屋にファティマが入ってくる。
先程とは違う煌びやかなドレス姿の彼女。美しく気高さが感じられるその姿はまさに令嬢といったものだ。
「鳴神様もこちらにおられましたか。……もしかしてお邪魔をしてしまいましたか?」
「そんなことは欠片もないから安心しろ。何の用だ」
愉しそうに笑うファティマにうんざりした顔で雄斗は言う。女性にからかわれるのはもう勘弁してほしい。
「これは失礼しました。我が家の当主、当代のフェリドゥーン様が皆さまをお呼びです」
そう言う彼女と共に部屋を出る雄斗たち。
そして案内されたのは謁見の間と思うような広い部屋だ。正面には玉座のような椅子に腰を掛けている着飾ったアザードと煌びやかなドレスを身にまとう女性三人。
その奥にはさらに四人の女性が控えている。おそらくレイリが言っていたアザードの正妻と側室たちなのだろう。
両側には年齢性別バラバラな男女が十名ほど直立している。しかし誰もしも相応の腕が立つ戦士だということは一目見て分かる。
おそらく【竜討旗に集う勇士】のメンバー。それも幹部クラスの者たちなのだろう。
「待たせて悪かったな。
さてと、我が屋敷に滞在する数日間だけだが何かと顔を合わせたり世話になるかもしれねぇからな。俺の妻たちと【竜討旗に集う勇士】の幹部たちを紹介するぜ」
アザードはそう言って周囲の人たちを一人一人紹介していく。
誰もが礼を尽くした態度で雄斗たちへ名を名乗り、当然雄斗たち【アルゴナウタエ】の面々も彼らへ自己紹介をする。
「さてこうして知り合えた記念にだが鳴神。俺と軽く手合わせをしねぇか?」
「いきなりですね」
互いの自己紹介が終わりアザードが言う言葉に雄斗は反射的に突っ込む。
「そうでもねえさ。実はマリアの奴に何度か頼んではいたが断られてな。
残念に思っていたところシャハブの結婚式にお前がってきてしかも俺の家に泊まるというビックチャンスが訪れた。逃す手はねぇよな」
「アザードさん」
呆れたような態度でマリアが何か言おうとした時だ、アザードが手でそれを制する。
「お前は黙ってろマリア。俺は鳴神に聞いてんだ。
只人でありながらお前と変わらぬ若さで神の領域に到達し、切り伏せることさえ可能とするその剣技。いち戦士として交えたくなるのは道理だろう。
それにあのカーリーの奴とも互角の勝負をしやがった。あれで沸き立たない戦士はいねぇだろ。
お前だって【アヴェスター】有数の強者である俺と矛を交えるのは得難い経験になる。どちらにとっても悪い話じゃない。
なぁ、お前たちもそう思うだろう!」
アザードの呼びかけに【竜討旗に集う勇士】の幹部──それも若い者たちは即座に首を縦に振り、賛成の意を示す。
「と、いうわけだ。当人同士が了承すればお前だって文句はねぇだろう? ネシャートの奴は異論がないみてぇだしな」
「命にかかわる怪我をしないという条件付きですよ♪」
微笑んで言うネシャートの言葉にアザードは笑みを浮かべる。
そしてキラキラとした視線を雄斗に向けてきた。それを見つめ、雄斗は口を開く。
「すみません。お断ります」
「何ぃ!?」
仰天するアザード。その一方で妻や側室たちは小さく笑ったり微苦笑したりしている。
そして先程頷かなかった【竜討旗に集う勇士】の年長の幹部たちは頭を抱え、又は主に対し呆れた視線を向けていた。
どうやらこの決闘の申し込みはアザードの独断のようだ。
「おいおい鳴神の。ここは『仕方ありませんね。皆の期待に応えるために勝負を受けましょう』っていうところだろう!? 空気読めてねぇぞ!」
「知りませんよそんなこと。大体結婚式に参列すためにやってきたのに何で【アヴェスター】の神と戦わなければならないんですか。意味が解りません」
「それは心配するな。周りには黙っておくから今回のことはバレはしない」
「いやこれだけ証人がいてそれは無理でしょう。人の口に戸は立てられないですし、万が一どちらかに何かあった時は大騒ぎになります」
「あーうるせ! とにかく勝負しろ! じゃないと屋敷から追い出すぞ!」
とうとう子供のような癇癪を見せるアザード。
妻や幹部たちが諫めようとするが彼はそれを聞く様子を見せず雄斗に怒りと苛立ちを込めた視線を向けている。
(どうしたものかねぇ)
口ではああ言っているが実際、アザードが雄斗たちを追い出すことはないだろう。もしそんなことをしたら最悪【アヴェスター】と【アルゴナウタエ】を巻き込む大問題になるからだ。
とはいえこのままという訳にもいかない雰囲気になりつつある。幹部や側室の何人かは懇願するような眼差しをこちらに向けている。何とか折れてくれないかと訴えてきている。
仲間たちに目を向けると、マリアはこちらの視線に気づかず駄々をこねているアザードに冷たい眼差しを向けており、一方ネシャートは雄斗の視線に気づき目で「やっちゃえ♪」と言ってきている。雪菜は混乱する場に慌てているだけだ。つまり役に立たない。
「お兄様、皆を困らせるのもそのへんにしてくださいませ」
上手く断る方法は何かないかと考えようとした時だ、ファティマが鮮烈な声で駄々をこねている兄に忠言する。
周囲の視線が彼女に集まるが、この場での最年少である彼女は微塵も気後れせず、続ける。
「あのカーリー様と肩を並べ、マリア様が認める勇士と剣を交えたというお気持ち、武人の端くれである私にもよくわかります。
でも何の褒章もなく神を切り伏せるほどの腕前を見たいというのは例え兄さまであっても不遜です」
そう言ってファティマは意味深な視線をこちらに向けてくる。
雄斗がそれに眉をひそめた時だ、ネシャートが口を挟む。
「ファティマさんの言う通りね。アザードさん、鳴神君の剣が見たいのであれば相応の対価を支払うべきだわ。
と言われても急には思いつかないでしょう。なので今後、鳴神君が何か困ったことがあった時、あなたができる限りで協力するというのは」
「私はそれでいいと思いますが、兄さまはどうですか?」
「俺としては勝負ができるならそれで全く問題はないが……」
唐突にまとまりだす話に持ち掛けた当人は目を白黒させる。
雄斗も念話でネシャートに呼び掛けるが彼女はそれに答えずこちらに笑顔を向けてくるだけだ。
(何考えてるんだあの人)
【天輝四団】の部隊長四人の中でネシャートは穏健派として知られている。もめ事は極力話し合いで解決することが多く、そのため問題が起きた場合折衝役として動くことが主だという。
だというのに今回に限ってアザードの無茶な要求を止めもしない。一体どういうつもりなのか。
ともあれこれ以上長引かせてもしょうがない。面倒だし。心中で呟き、雄斗は気付かれないよう小さいため息をついてアザードを見る。
「わかりました。俺もそれなら剣を交えることに異論はありません。
ただしあくまで剣を、技を競うだけ。神具は使わないこと。それが条件ですがかまいませんね?」
「ああ、それでかまわない! それじゃあ早速行うとするか!」
玉座から飛び跳ねるように喜ぶアザード。彼に引っ張られるように雄斗たちは宮殿の東にある武芸場に移動。
初代フェリドゥーンの石像がある広さ百メートルはある空間。雄斗とアザードは練習用の武器を手にして対峙する。
(【アヴェスター】に来て早々にこれか。ネシャートさんは、どうして止めなかったのやら)
心中で呟く雄斗。すると今度はネシャートから返事が返ってきた。
(ごめんなさいね。でもアザード様は駄々をこねたら説得するのにも時間がかかるし。
それほど無茶な要求でもないので黙っていたの)
(俺としては話を強引に進めようとしているように感じましたが)
(まぁまぁ。内容はどうであれ【アヴェスター】の方々とコミュニケーションを取れるチャンスよ。
この機会、存分に生かしなさい)
(もうちょっと穏やかなのがいいんですけどねぇ……)
小さく息をつき雄斗は剣を構え、アザードも手にした槍の切っ先をこちらに向ける。
手にした獲物は練習用だが刃引きはされていない。運が悪ければ致命傷を負う可能性もあるため、静かに気合を入れる。
「それでは、はじめ!」
ネシャートの号令と同時、前に飛び出すアザードが刺突を放った。
稲妻を思わせる速度で迫る穂先。それらが矢継ぎ早に放たれる。しかも一つ一つの精度も高く容易に飛び込めない。
雄斗はかわし防ぐことに追われる。だがそれも最初だけだ。
繰り出される連撃が二十を超えるとそれに慣れた雄斗は懐に入り込み、突きを繰り出した直後のアザードにカウンターの剣戟を放つ。
必中の一撃。しかしアザードは笑みを浮かべて剣戟をかわし、こちらの間合いから遠ざかる。
「おいおい、この短時間で俺の槍をあっさりと見切るか。さすがにちょっとショックだな」
「そちらこそ。俺の放った斬撃をよく躱せましたね。当たると思ったんですけど」
「当たってたら脇腹の半分ぐらいは切られていたぜ」
「ネシャートさんがいるわけですしその程度なら問題ないでしょう。死んだら事故です」
「平然と恐ろしいことを言うな……」
「そちらこそ、まともに食らえば腹に穴が開くような攻撃ばかりしてきているじゃないですか。人のこと言えませんよ」
「確かにそうだな。それじゃあさらにギアを上げようか!」
そう叫び槍を振るうアザード。
言った通り、さらにアザードの槍裁きは速度、精度ともに上がる。また最初見られた技の繋ぎにあった隙も無くなる。
どうやら最初のカウンターを放った時はこちらの力量を見定めるため手を抜いていたようだ。──もっともそれは雄斗も同じだが。
「ちいっ……!」
「ふん……!」
時間が経過するに従い、アザードの攻撃は刺突だけから多彩なものへと変わる。
直線的な刺突だけではなく軌道が変化する突きに斬撃、石突による殴打、曲芸じみた体裁きからの拳打や足技など。
しかしそれらを雄斗はかわし逸らし斬りかかる。繰り出す剣戟は直撃こそ一つもないが、アザードの焼けた肌にうっすらとした傷をいくつも作る。
アザードの武技はさすが神と言うべきものだ。しかし現在の雄斗の神技もまた神を殺める剣戟であり、そのレベルはわずかだが彼を凌ぐ。
「はははっ! まさかこれほどとはな!
マズいな、本気を出したくなってきた……!」
歯を剥いたアザードが体から膨大な魔力を放出する。
雄斗もそれに対応しようとした時だ、武芸場に警報音が鳴り響く。
「ちっ……このいいタイミングでやってくるとは。【異形種】のクソども、空気を読めってんだ!」
忌々しそうにそう言って構えを解くアザード。雄斗も刀の切っ先を下ろす。
アザードの傍に駆け付ける老齢の幹部。雄斗のところにもマリアたちが駆け寄ってきた。
「どこから来る?」
「西のグダ平原から【名有り】がまっすぐここエルザムに向かってきているみたい」
「【名有り】だと!?」
【名有り】とは【異形王】になる直前にまで強くなった個体の総称だ。場合によっては【異形王】よりも厄介な存在にもなる難敵である。
「……そうか。ネズルヴェの奴か。面倒だな……」
悩まし気な顔でアザードは言うが、はっとした顔になると雄斗を見る。
数秒、雄斗に真剣な眼差しを向け、アザードはマリアに言う。
「マリア、雄斗の奴を借りるぞ」
「雄斗君を?」
「ああ。俺と奴の2人でネズルヴェの奴を仕留める。構わないな?」
「わかった。雄斗君、アザードさんに協力して」
「……。了解」
こちらの意思に構わず矢継ぎ早に決まるアザードとの共闘。
ほんの少し不満に思うも口には出さない。アザードたちは真剣な、戦士の顔を浮かべていたからだ。
【竜討旗に集う勇士】がいるにもかかわらず雄斗を指名するということは、雄斗が必要ということなのだろう。
(本当、空気読めよ。【名有り】の奴)
数日後に行われる結婚式に参加するために【アヴェスター】へやってきたというのに。
練習用の刀を直しながら、雄斗は心中で毒づくのだった。
次回更新は8月5日 夜7時です。




