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多元世界治安維持組織【アルゴナウタエ】  作者: 浮雲士
三章  黒傷を濯げ、清流の剣
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五話






「雄斗さんっっ!」


 響く雪菜の悲鳴。マリアはサクル・レーに降り立つと同時、雄斗がグリンダーカの手刀で胸を貫かれる姿を見た。

 それを見て青ざめるマリア。だが次の瞬間、目を焼くような輝きが視界に映る。

 胸を貫かれた雄斗から莫大な雷が放出されたのだ。そしてそれをまともに浴びたグリンダーカは大きく吹き飛ばされる。

 だがそれで終わらない。放たれた膨大な雷は周囲に四散せずグリンダーカに向かう。空中で体勢を立て直した【異形王キメラ】は迫る雷をかわし迎撃しようとするが、かわされた雷はどこまでも追尾しグリンダーカに命中しては吹き飛ばす。


「【復讐ふくしゅう千閃せんせん】……!」


 雷霆に打ちのめされ続けるグリンダーカを見てマリアは呟く。

 【復讐の千閃】。雄斗が使用できる三つ目の神威絶技。先日の単独での【異形王】討伐の際、思い出したものだという。

 どのような絶技か完全には判明していないが、雄斗が敵から傷を負った瞬間に発動。膨大な雷が攻撃した敵に襲いかかるカウンター系の神威絶技だ。

 とはいえ使い勝手は良くはない。というのも多少の怪我では発動しないのだ。雄斗曰く最低でも重症、または今のような致命傷レベルの傷を負った瞬間、自動的に発動するらしい。


「マリアさん! 雄斗さんを!」

「ええ!」


 泣きそうな声で言う雪菜に応じマリアはサクル・レーの甲板に突っ伏している雄斗の体を抱き起す。

 意識を失いぐったりとした雄斗。胸元は当然のことながら深く抉られており、傷口からは大量の出血が見られる。

 致命傷。その傷口を見てマリアはわずかに表情を歪める。しかしすぐにそれを消して、言う。


「雪菜ちゃん、わたしがいいというまで鳴神君の体に生命力を注いで!」

「はい!」


 涙をこぼしながら雪菜はマリアの言葉に頷き、雄斗の両手を握る。

 普通ならばマリア一人では助けられない傷だ。傷口も深いし出血している血液の量も多い。また心臓も少しだが破損している。

 だが雄斗の手を握っている雪菜が自身の生命力を注ぐことで彼の傷口の回復力を高め、傷ついた心臓の負担を軽くする。そのおかげで何とか心臓の再生と傷口の修復が間に合う。


(まったく、ほぼ勝ち戦でどうしてこんな怪我を負うの……!)


 思わず心中で愚痴ってしまう。負傷した経緯はわかるが彼は大きな戦いとなると必ずと言っていいほど重症か死に至るような大怪我を負っている。

 よほど運がないのか、それとも── 


「オノレエエエエエッッッ!!」


 響くグリンダーカの絶叫にマリアは視線を向ける。

 雄斗の治療をする傍ら、先程まで雄斗の【復讐の千閃】に打ちのめされる【異形王】を心眼で見ていた。

 だがようやくそれが終わったようだ。そして数十の雷霆に打たれたであろうグリンダーカは幾分か消耗しているようだがまだまだ余力がありそうだ。


(本当にタフなやつね……!)


 【復讐の千閃】は決して弱い神威絶技ではない。先日雄斗が倒した【異形王】を屠ったのがこの絶技なのだ。

 しかしそれを受けてもなお戦える状態のグリンダーカ。改めてランクBと認定された【異形王】に強さに身震いする。

 すっかり頭に血が上っている様子の、ぎらついな眼差しを向けてくるグリンダーカに【木花霊剣このはれいけん】を構えた雪菜が立ちはだかり、シンシア達【太陽戦士団ラー・ファーレス】らも集まってくる。

 数の上では圧倒的不利。しかし蛇の【異形王】は微塵も怯まず、こちらに向かってくる。

 だがその途中で、右から飛んできた輝きがグリンダーカを弾き飛ばした。


「【光王の閃突フラーシュ・エダー】……!」

 

 彼方へ吹き飛ばされる【異形王】。そしてそれをしたのは巣から飛び出してきたアルシアだ。


「アルシア様!」

「遅れてすまない。後は私たちに任せなさい」


 ふくよかな──しかしほぼ全身が筋肉で構成されている──アルシアの体は隙間一つない全身鎧を身にまとっている。

 右手には両刃の長剣、左手には太陽の紋章が刻まれた盾を手にしている。ミスラとしての彼の戦装束だ。

 アルシアの神威絶技でボールのように吹き飛ばされたグリンダーカだが空中で体勢を立て直す。そしてアルシアを見て一瞬硬直。

 だが次の瞬間、覚悟を決めたような顔で彼に向かっていく。


「もう逃がさん」


 呟くと同時、アルシアもグリンダーカに向かっていく。

 煙を吹く巣を背景に激突する両者。グリンダカーの闇やブレスがアルシアニア襲いかかるが、【アヴェスター】No2の戦士は立ち回りと光のバリアでそれらをことごとく防いではかわし、的確な剣戟を繰り出しては【異形王】の肉体に傷をつけていく。

 アルシアはマリアと同じ剣と盾を持った戦士であり戦い方も似ている。だがその強さと練度は圧倒的に彼が上だ。

 近接では敵わないと思ったのか距離を取り遠距離攻撃を主とするグリンダーカ。放たれる闇にブレスも先程よりも強力なものが放たれる。

 それに対しアルシアは再び一筋の閃光となってグリンダーカに突撃する。神威絶技【光王の閃突】だ。

 並みの神々や【異形王】では見えていても避けられず、防御が精一杯のそれをグリンダーカは紙一重でかわす。さすがは歴戦の【異形王】というべきだが、マリアは微塵も慌てない。

 かわされたアルシアは即座に軌道変更。稲妻のような軌道で再びグリンダーカに迫る。そのあまりの速さにグリンダーカは反撃さえもできず回避が精一杯だ。

 神威絶技【光王の閃突】。彼が持つ膨大な魔力と力を全身に収束、光速の速さで敵を砕く突貫だ。

 直線的にしか動けないという欠点はあるがアルシアは心眼で自身と敵の位置を即座に確認しては軌道修正をし、すぐに再突撃することができる。

 幾度も突撃するアルシアとかわすグリンダーカ。だが十数もの突撃は【異形王】の体を削り、傷つけていく。そしてその部位はひび割れたまま再生しない。


(なるほど。回避に徹するわけだわ)


 【異形王】の共通能力として尋常ではない再生能力がる。そしてグリンダーカはその点でもかなりのレベルにある。

 その彼の体がひび割れたままなのは【光王の閃突】が膨大な光を圧縮した突撃であるからだ。

 光属性の神威絶技は闇の属性を持つグリンダーカにとっては非常に効き目がある。そしてグリンダーカも【光王の閃突】の危険性を理解している。

 おそらく巣で戦っているとき【光王の閃突】を一度受けてその危険性を悟ったのだろう。


「ヌアアアッッ!!」


 アルシアの突撃がグリンダーカの左腕をもぐ。痛みと怒りに満ちた叫びをあげたグリンダーカは残った右手に巨大な闇の球体を出現させる。

 だがそれが反転したアルシアに放たれることはなかった。何故ならグリンダーカの右腕を槍が貫いたからだ。


「往生際が悪いぜ。お前はもう詰んでいるんだ。

 さっさと消えな」


 そう言ったのはアルシアが突き破った巣の穴から姿を見せたアザードだ。

 グリンダーカの右腕に突き刺さった彼の伝承神具【邪竜を穿つ聖牛の角矛カーヴェ・ビルマーヤ】。牛の頭部を模した矛は闇の球体とグリンダーカの体を覆っていた闇のオーラを消し去ってしまう。  

 歴代のフェリドゥーンに伝わる神具【邪竜を穿つ聖牛の角矛】。竜殺しの伝承を持つこの神具は竜、蛇の【異形種】の力を消し去る、または奪う能力を持っているのだ。

 【光王の閃突】がグリンダーカの右足を消し飛ばす。よろめき力なく落下していく蛇の【異形王】を見て、アザードは言う。


「アルシアの旦那。決めちまいな!」


 その声に応じるようにグリンダーカの真上で停止したアルシアは両手を天に掲げる。

 そして眩い十の輝き──太陽を思わせるような巨大な光の塊──をグリンダーカに向かって放つ。

 【罪人を焼く裁きの十陽ナイルーズ・ミフル】。太陽を思わせる巨大な光弾を同時に放つ広域殲滅の神威絶技だ。

 ルクスの【洛陽成す九つの太陽ツェアシュテールング・ノーヴェ・ソル】とよく似ているが一目見て分かった。込められた魔力に破壊力はこちらの方が遥かに上だ。

 落ちてくるそれへグリンダーカは最後の悪あがきと言うように巨大な闇の球体を展開する。だがアルシアの放つ光弾は容易にそれを消し飛ばし【異形王】を飲み込む。

 防御魔法で防ぐほどの爆音に目を閉じても眩しく思えるような輝き。それらが収まった後、眼下の大地には巨大な爆発の跡のみが残っていた。


「──作戦、終了。我々の勝利だ!」


 直剣を天に掲げて宣誓するアルシア。同時に巣が内側から跡形もなく破壊され、中からシャハブやアシーム達が姿を見せる。

 【アルゴナウタエ】に二つの世界の神々はもちろん、その誰一人も欠けず健在な事実。それを見た神軍の面々は勝利の雄たけびを上げる。

 マリアも安堵の息をつき【神解しんかい】を解除。そして雪菜と共に倒れている雄斗を担いでネシャートがいる医務室に向かうのだった。









「……う」

「気分はいかがです? 鳴神雄斗様」

 

 左手側から聞こえる優しい声。視線を向けるとそこには白を基調としたサマードレス銀髪の美女の姿がある。

 雄斗が寝ていたベットの左に置かれている椅子に腰を掛けているたおやかな雰囲気を放つ彼女。膝元まで伸びている長い銀髪は白銀のきらめきを持ち、瞳は澄み切った蒼穹のような優しい水色。

 細い腰つきに豊かな胸元、女性らしい見事な凹凸を持つ完璧と思わせる肢体からは見る者を魅了するような色香と清楚さを放っている。

 【アルゴナウタエ】にきて10ヵ月。幾人もの美女、美少女を目にしてきたが眼前の美女はその中でも抜きんで出ている。それを目の当たりにして思わず雄斗は数瞬、見惚れる。


「あんたは……」

「はい。先程雄斗様に助けていただいたシンシア・ミディカスです。

 あの時は本当にありがとうございました」


 小さく頭を下げるシンシア。言われて雄斗も思い出す。

 とはいえとっさに思い出せなかったのは無理もない。初めて会った時彼女は髪型をポニーテールにしていたし雰囲気も違っていた。

 あの時が美しく凛とした戦女神ならば今は清楚と慈愛の女神と言ったところだ。


「いや、頭を下げられるほどの事じゃない。

 それにその右肩の怪我は俺のせいだろう。すまなかったな」


 彼女の右肩に貼ってある清潔な布を見て雄斗は謝罪する。

 緊急時とはいえ手加減抜きで蹴り飛ばした。今はほとんど直っているようだが手応えから骨にヒビが入ったか砕けたか。相応の傷を負わせたはずだ。


「いいえ、あれがなければわたくしも危ないところでした。お気になさらずに。

 それにしても見事な剣技でしたね雄斗様。あのグリンダーカ相手に一歩も引かないとは。【オリュンポス】、【ヌトゲプ】の神具持ちの中でもあれだけの剣技を持つものはほとんどいません」

「褒められるほどの事じゃない。それに足止め目的だったからな。攻めに転じていたらどうなっていたか」


 そう言った時、雄斗は気づく。あの闇の中、自分の動きを見れていたことに。

 そしてグリンダーカの猛攻をしのげたのは何者かの魔術の支援があったことも思い出す。


「魔術の支援はあんただったのか?」

「はい。自分で言うのもなんですが魔術にかけては神に匹敵するものと自負しています」

「確かに。言うだけのものはあったな」


 グリンダーカに向かっていた魔術はダメージこそさして与えていなかったがどれも並ならぬ威力を持っていた。

 そしてその正確さ、精密さは彼女が言う通り神々に匹敵、いや並ぶかもしれない。

 厳しく見ても彼女の魔術はマリアと同等のように思えた。


「母と敬愛する師の教え、そして我が身に宿りし神具の力があってのものです」


 微笑むシンシア。そして彼女の瞳が変化する。

 鮮やかな藍色から銀と黒の二色を宿す猛禽の眼に。


「その神具はまさか【神戦を支配する天眼パナテナイア・グラウコーピス】なのか……!」

「ご名答です。雄斗様の【万雷の閃刀】と同じ【七雄宝物しちゆうほうもつ】です」


 【七雄宝物】。それはかの【異形種大戦キメラ・ウォー】の英雄、【七英雄しちえいゆう】が所持していた神具、神財の総称だ。

 【万雷ばんらい閃刀せんとう】や【アルゴナウタエ】の本部である巨大アルゴーもそれにあたる。

 そしてシンシアが保持する【神戦を支配する天眼】は【七英雄】であり当時の多元世界最強の魔術師と言われた魔道王ニキアスが所持していたとされる神具だ。


「……ん? ちょっと待ってくれ。

 【神戦を支配する天眼】にミディカス……」


 どこかで聞いたような。何かが引っ掛かる雄斗。

 二つのキーワードで記憶の海を漁り、一つの答えに行きつく。たらりと右頬に汗が流れる。


「あーその、なんだ。間違っていたらすまないんだが。

 もしかしてあんた、当代のゼウス神の娘だったりするか?」

「はい。わたくしの父は当代のゼウス、ジョン・リコポース・ミディカス・ゼウス。

 そしてわたくしはその長女です」

「……! こ、これは失礼をした。そうとは知らず随分礼儀知らずな物言いを……!」


 思わず姿勢を正す雄斗。だが無理もない。

 数多の神々の中でも当代のゼウスは全世界を含めたトップクラスの強者であり英雄だ。

 二つの神器を所持しており【崑崙大戦こんろんやいせん】など幾つもの大戦に参戦し功績を上げた、当代最強の神の一人と目されている。


「気にしないでください。それに自己紹介の時、それを言わなかったのは父やわたくしの意志です。

 わたくし現在ヌトゲプに留学しています。その間できるだけ自分の身分は隠すように言われています。

 素性が知れると皆、畏まってしまいますから」

「そりゃそうですよ……」


 強者と目される神々の中でも当代のゼウスは強さと知名度は群を抜いている。

 おそらく彼に並ぶのは【アヴェスター】のウルスラグナを含んだ数柱の神々だけだろう。【真なる世界】のラーマでさえおそらく彼には及ぶまい。

 言うなれば神々を束ねる王。神王というべき立場と権威を持っていると言ってもいい。


「今のわたくしは【オリュンポス】の姫ではなくヌトゲプの留学生。

 ですから雄斗様も先程の気安い口調でお願いします。個人的に言わせていただけますとそちらの方が私は好きです」

「いや、ですか……いや、わかった。そうさせてもらう」


 雄斗が躊躇うと悲しそうな顔をするシンシア。それを見てあっさり前言を撤回する。

 なんとなくだが彼女から逆らえない、反抗したくないような雰囲気がある。これが選ばれた王族が放つ高貴な空気というものか。 


「雄斗様。今回の御恩は決して忘れません。

 もし何か困りごとがございましたら遠慮なくわたくしに声をかけてください。できうる限り力になります」

「あ、ああ。その時はよろしく頼む。

 ……あと、なんだ、様付けは止めてくれ。むず痒い。あんたは俺より年上だし呼び捨てでいい」

「では雄斗さんと呼ばせていただきますね」


 そう言ってふわりと笑うシンシア。どきりとし頬が熱くなった雄斗とはそれを悟られまいと表情に力を込める。

 とそこへ病室の扉が開く。入ってきたのは私服姿のマリアと雪菜、ネシャートだ。


「雄斗さん、大丈夫ですか!?」

「鳴神君起きたみたいだね。具合はどう?」

「雄斗君大丈夫? 食欲はあるかしら?」


 寄ってくる三人を見てシンシアは雄斗から離れる。

 そして三者に挨拶をして雄斗に振り向き、「体をご自愛ください」と言って病室から去っていった。


「あの人は……」

「【太陽戦士団】のシンシアさんだよ。作戦前に挨拶されただろう。

 ま、気づかなかったのは無理もないが」


 そう言って雄斗は彼女が何者であるかマリアたちに説明する。


「よかったね鳴神君。シンシア様に貸しが造れて」

「意図して作ったものじゃないけどな」


 にこにこと微笑むマリアに雄斗は言う。


「でも今後のことを考えたらいろんな人たちに貸しを作るのは悪いことじゃないわよ。

 これからどうするにせよ、雄斗君の人生は大変なものになるでしょうから」

「? ネシャートさん。それはどういう」

「でもまぁ、今はゆっくり休みなさい。

 お腹が減っているでしょう? 食事を貰ってくるわね」


 雄斗の問いが聞こえていなかったのか、ネシャートはいつもの明るく軽い調子で部屋から出ていく。


「まぁいいか。とにかく今回も無事に生き延びたんだから」

「そうだけどわたしとしては心臓に悪いよ。鳴神君は重傷を負いすぎです。

 雪菜ちゃんがいなければどうなっていたか」


 ジト目でマリアは言い、雄斗を助けた経緯を話す。

 

「マリア、雪菜、ありがとうな。世話をかける」

「い、いえそんなことはないですよ」

「雪菜ちゃんと同じ言葉を言いたいけど本当にそうだよ。

 前々から思っていたけど鳴神君、君は少し自分の体を危険に晒しすぎなところがあるよ。直しなさい」

「そ、そうか? そんなことはないと思うんだが」

「ある。大いにあるよ。【アルゴナウタエ】に所属した直後や【高天原】の戦い。

 大きな戦いのたびに死にそうになっているのがその証拠だよ。

 もっと自分を大事にして。いいね!」


 眉を吊り上げたマリアの指先が鼻先に突き付けられ、雄斗は頬を引きつらせる。

 これ以上何か言えば濁流のような説教が来ることが容易に想像できたため、雄斗は大人しく首を縦に振る。

 その時、病室のドアがノックされる。ネシャートが戻ってきたと思いきや、入ってきたのはシャハブだ。 


「失礼するよ。怪我の具合はいかがかな」

「シャハブさん、どうしたんですか?」

「鳴神君。君にお礼が言いたくてね。私の【星天団】のメンバーを助けてくれたことにね」


 そう言って椅子に腰を下ろすシャハブ。

 彼の言葉に雄斗は首をかしげるが、誰の事かすぐに思い出す。


「もしかして俺が投げ飛ばした女の子ですか」

「その通り。彼女は私の【星天団】のメンバーで現在は【太陽戦士団】に留学していてね。

 彼女は将来有望な若手の一人と見込んでいたから助かったよ。ありがとう。彼女の仲間たちもとても感謝していたよ」

 

 深々と首を垂れるシャハブ。


「そのお礼という訳ではないのだが、マリアと共に近々【アヴェスター】へ招待しようと思う。

 ……正確に言えば私の結婚式に」

「ええ!?」


 一拍間を置いたシャハブの言葉に仰天するマリア。

 彼女は眉を吊り上げてシャハブに詰め寄る。


「け、結婚式ってどういうことですか!?」

「言葉通りだよマリア。私は第二婦人を娶る。

 鳴神君。もしよければマリアと、そして婚約者である叢雲雪菜さん共々参加してはどうだろうか」

「第二婦人を迎えるそうですが一体誰なんですか。フーリさんは納得しているんでしょうね!?」


 今にも嚙みつきそうな表情のマリア。それを見て雄斗は不思議に思う。

 そんな意外なことなのだろうか。神が複数の妻を娶るのは珍しいことではないだろうに。


「シャフナーズだよ」


 僅かに言いにくそうにするも、シャハブは婚約者の名を告げる。

 そしてそれを聞いた雄斗は思わず目を大きく見開く。


「雄斗さん、あの、聞き間違いでしょうか? マリアさんの天敵の名前が聞こえた気がしましたけど」

「いや、俺にもシャフナーズと聞こえた。聞き間違いじゃないな」


 思わず顔を見合わせる雄斗と雪菜。そしてマリアは石のように固まっている。

 無反応を訝しく思ったのかシャハブが声を掛けた時だ、彼女はまるで火山が爆発するかのような勢いで声を荒げる。


「正気ですか!? よりもよってシャフナーズと結婚!? それも第二婦人に迎える!?

 そんな馬鹿な話がありますか! 彼女はもちろん彼女の家だって納得するはずがありません! 絶対に!!」

「もちろん色々あったけど、今は私もシャフナーズも結婚を承諾している。

 それにこの話を最初に口にしたのはフーリだからね」

「フーリさんが!?

 そんな……! そんなことが! あり得ない……!」


 よほどショックなのか、マリアは後ろによろめき、雄斗のベットに腰を落とす。

 横からしか見えないマリアの顔には強い混乱の色が見える。表情も病人のように青白くなっている。


「言いたいことがあるのはわかる。だがそれはフーリ本人に聞いた方がいい。

 私やシャフナーズが言っても君は納得しないだろうからね」


 気遣わしげな表情でシャハブは言い、マリアの肩を叩く。

 そして雄斗の方を見て言う。


「鳴神君。後日正式に招待状を送らせてもらうよ。もちろんこれは強制じゃないから断ってくれても構わない。

 ただ私としては君が来てくれることを願っているよ」


 そう言って病室から姿を消すシャハブ。

 雄斗はベットに腰を掛けて何やら呟いているマリアを一瞥し、再び雪菜を顔を見合わせる。


「……どうする?」

「どうしましょう……?」


 二人は同じ言葉を呟き、天井を仰ぐのだった。











 砂漠をグラディウスは歩いている。

 砂に覆われた地面。水の香りは欠片もなく、草木の姿も周囲のどこにもない。燃えるような太陽の光はその場にいるもの全てを焼くように降り注いでる。

 死の気配が漂う大地。何よりもそれが強く感じられるのは眼前に見える廃墟の神殿だ。

 かつて戦いがあった荒廃した古代の神殿。そこに足を踏み入れると砂地より唐突に同胞が姿を見せる。蠍と蛇の異形種だ。


「よう」


 友人に会うように声をかけるが彼らはこちらのことを一切考慮せず襲いかかってくる。

 グラディウスは小さく嘆息し、彼らを止める。今まさに襲いかかろうとしていた二体の異形種は動きを止め、その横を悠々と歩く。

 神殿内に入ると同様のことが何度も起こった。だが最初と同じように対処し、神殿奥の祭壇にある影──もっとも濃い死と戦いの気配が感じられる場所にたどり着く。


「いるんだろう。誰か知らないが。

 同胞が姿を見せたんだ。顔ぐらい見せてくれてもいいんじゃないか」


 先程同様気安い口調で語りかける。しかし反応はない。

 グラディウスはため息をつき祭壇の傍にいる落石に腰を下ろす。こうなれば根競べだ。

 そうしてぼーっとすること数日、立ち去らないことにしびれを切らしたのか、祭壇の傍にある砂地から巨大な魔力と殺意を放つ存在が姿を見せた。


「おお、ここにいたのはお前だったかザングール」

「いつまでいるつもりだグラディウス」


 今にも襲いかかってきそうな顔で言うのは人の体と牛の頭部を持つ異形種(同胞)だ。


「そう怒るなよ。ちょっと気配を感じたから立ち寄っただけだ。

 しかしお前だったか。大戦の最中討伐されたと聞いていたが無事で何よりだな」


 言うと同時、ザングールは拳を振り上げてきた。

 迫る鉄拳。しかしそれをグラディウスは一睨みで止める。


「……!」

「やめろって。喧嘩しに来たわけじゃないんだ。

 しかし今ので動きを止められるってことは調子は八割ってところか。大戦で得た傷は未だ完治してないんだな」

「あの忌々しきティシュトリヤの担い手の傷のおかげよ……!」

「そのティシュトリヤだが、数年前に先代アナーヒターと共々相手をしたぞ。当時は将来有望な若者だった。

 今は俺の予想通り立派に成長しており、【アヴェスター】の神々の中ではトップクラスとのことだ」

「そうか。ティシュトリヤはいるのか。

 ならばこの傷の恨みも晴らせるというものだ」


 剣呑な眼差しで彼方を見つめるザングール。

 陽炎のような殺気を放ちながら彼は現れた影の方に向かって歩いてく。


「もう眠るのか」

「知りたいことは貴様から聞いた。

 当代のティシュトリヤとは傷が完治したのち、殺すとしよう。邪魔をするなよ」

「ああ。戦士同士の戦いに割って入る無粋な真似は、そうそうする気はないから安心しろ」


 グラディウスの言葉に影に足を踏み入れようとしたザングールは顔だけ振り返り、睨む。

 交差する【異形王】同士の視線。一瞬、猛烈な殺気が周囲に拡散し、周りにいた雑魚たちが恐れおののく。

 だがザングールは再び前を見て、影の中に姿を消す。それを見送り、グラディウスも遺跡を後にする。


「さて、当代のティシュトリヤはどれほど成長したのかね。もしザングールを倒すほどなら再び矛を交えるのも悪くない……」


 灼熱の日差しを浴びながら、グラディスは暢気に呟き砂漠を歩いていくのだった。




次回更新は8月2日 夜7時です。

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