七話
「ネズルヴェはな、猛禽タイプの【異形種】だ。
超高速で空を飛来し狙いをつけた得物を食らって即離脱。その速さは俺たちでもそうそう追いつけない」
「なるほど。だから現状のメンバーで一番速い俺に白羽の矢が立ったわけですか」
無数の宮殿があるアザード宅。その中で最も高い屋上にて雄斗はアザードと会話をかわす。
視界に映る青空と町全体に張り巡らされた結界。しかしそこには上空を超高速で飛び回っている何かがいた。
「で、どうだ。見えるか」
「何か入るようですけど、はっきりとは」
距離があるとはいえ心眼でもはっきりと視認できないそれは幾度も街に急降下。そしてそのたびに街に響く人々の悲鳴と爆発音。
後者は街中に展開している【竜討旗に集う勇士】や魔術師たちが飛来する【異形種】に放つ攻撃のものだろう。
だが一つとして当たってはいないようで、放った攻撃が町の建物に当たり、破砕しているのだ。
(あれがネズルヴェか)
【視力強化】の魔術をかけて、ようやく敵の姿が見えた。
アザードの言う通り猛禽タイプ。それも非常に珍しいただの猛禽にしか見えない【異形種】だ。基本、【異形種】は体のどこかが何かしらおかしなところがあるものだが。
「先ほど言ったがまず俺がネズルヴェの奴の飛行を乱す。奴の動きが乱れたらお前が突撃し、間合いを詰めて渾身の一撃で倒せ。
スピードに特化している分耐久力が高くないのは過去の遭遇事例で確認されている。【掌握】に至った神財──それも【万雷の閃刀】の継承者が放つ神威絶技なら、問題なく攻撃を当てられるだろう。
速度を奪うか撃墜した後は俺たち二人で囲んでボコる。うん、完璧だ」
「わかりました。……ところでこの魔方陣はなんですか」
そう言って雄斗は自分の足元にある魔方陣に目を向ける。
【アヴェスター】独自の魔術理論で構築されているらしく、どのようなものか全く分からない。ただ周囲に刻まれている文字のいくつかは勉強の甲斐もあり解読できてはいる。
(【飛行】、【空中制御】、そして【発射】に【砲撃】。嫌な予感しかしない)
何となくサーカスの人間大砲を思い浮かべる雄斗。
「それは中に立ったものを砲弾みたいに打ち出す加速放出の魔方陣だ。過去にもネズルヴェに似た【異形種】や【異形王】がいたらしくてな。
その時に使用されていたそうだ」
「で、これで俺を【異形種】めがけて撃ち出すわけですか? ……嫌だなあ」
予感が的中し、雄斗は頬を引きつらせる。
速い雄斗をより速くするための処置だということはわかるが、飛ばされる当人としてはたまったものではない。
思わず傍にいる仲間を見るが、マリアたちは神具を手にしつつも笑顔でこちらを見て、
「鳴神君、合図はわたしが出すから頑張ってね」
「雄斗さん、何かありましたらすぐサポートに向かいます!」
「怪我しても私がきっちり治すから心配いらないわよ~」
すっかり任せる気になっている三人を見て雄斗はため息をつく。
とはいえ役目を拒否する気はない。雷を相棒とする雄斗が四人の中では一番速い。
仮に人間大砲による強襲がかわされても、雷となって空を飛ぶ雄斗なら即座に方向転換し、ネズルヴェに迫れる可能性が一番高いからだ。
「さてと、それじゃあ始めるとするか! 雄斗、いつでも発射できるよう心掛けておけ!」
アザードの言葉に頷き、雄斗は手早く【万雷剣群】を発動、大上段の構えを取る。
そしてアザードは【邪竜を穿つ聖牛の角矛】を一回転し、槍投げの姿勢となる。
構えた彼の体より発せられる強大な魔力と焔。それらが槍に収縮され、穂先に巨きな緋色の角が精製された。
「【暗空を祓う焔角】!」
神威絶技の真名をアザードが叫ぶと同時、空に向かって炎の角が飛ぶ。
それはちょうど地表に向かっていたネズルヴェに激突──いや、掠める結果となる。
だが猛禽の【異形種】は姿勢を崩し速度も低下。その姿が雄斗の眼にはっきりと映る。
「今だ!」
アザードの声と同時に足元の魔方陣が輝き、雄斗を空に打ち出す。
そして体勢を立て直そうとしていたネズルヴェの元へ雄斗は一直線で向かい、間合いに入ると同時、剣を振り下ろす。
「【天斬雷剣】!」
繰り出す莫大な雷を込めた一太刀はネズルヴェの体を真っ二つに割き、雷撃が包み込む。
そして地表に向けて落下する【異形種】を見て雄斗が安堵の息を漏らす。だが真っ二つとなった猛禽の【異形種】に起きた変化に雄斗は大きく目を見開く。
「なっ!?」
落下中、両断されたネズルヴェの体は凄まじい速さで変態する。一つは人の上半身と鳥の頭部を持ったものへと、もう一つは人の腰部に鳥の足が生えたものへと。
そしてそれらは互いに向けて羽毛を放出。絡みついた羽毛が傷口を瞬く間に塞ぎ、わずか数秒で鳥の亜族のような姿へと変わる。
六つに巨大な翼を広げ地表に降り立つネズルヴェ。雄斗もすぐ後に【異形種】の正面に着地する。
「おいおい、このタイミングで【異形王】になりやがるとは……!」
ネズルヴェから放たれる圧と魔力を感じ、雄斗は呟く。
追い詰められた【名有り】が進化し【異形王】となる。まれにある現象だが、今起きなくても。
心中で雄斗がそう呟いた直後、ネズルヴェの姿が正面から消え左側に出現。首元めがけて手刀を放ってきた。
「うおっ!?」
繰り出される神速の一撃をかわし雄斗は反撃の剣戟を放つ。しかし【万雷の閃刀】の剣先が斬ったのは空気だけだ。
次に真上に姿を見せたネズルヴェは眼下にいる雄斗に風の塊を放つ。雨あられのように降り注ぐそれらを雄斗はかわし、いくつかは受け止める。
「くっ……!」
超高速で動くネズルヴェに雄斗は苦戦を強いられる。攻撃防御、回避、あらゆる挙動がとにかく速いのだ。結果雄斗の攻撃はかわされ続け、ネズルヴェの攻撃を雄斗は回避よりも防御することを強いられる。
雄斗も【心眼】でその動きを捕らえカウンターの剣戟を放っている。また【雷刃】や、雷となり距離を詰めて攻撃しているが剣戟が掠めるので精一杯だ。
速度で上回られている上、元は強襲タイプの猛禽型【異形種】であるせいか、雄斗より行動するタイミングが速く、動きに無駄がない。
(強さ的には先日倒した【異形王】と大差ない。
だがあいつと同じ特化型。それもスピードタイプとは……!)
一月前に倒した【異形王】もネズルヴェと同じ特化型だった。尋常ならざる体力と再生能力を持っており、最初こそ雄斗が圧倒していたが時間が経過するにつれて劣勢となった。
死の間際まで追い詰められ思い出した【復讐の千閃】がなければやられていただろう。
雄斗の放った剣戟をかわし背後に移動するネズルヴェ。しかし雄斗が回避しようとした瞬間、【異形王】が別方向から来た炎の牛に吹き飛ばされ、建物に激突する。
雷撃が飛んできた方向を見れば神具の切っ先を【異形王】に向けているアザードの姿があった。
「悪い。遅くなったな。まさかネズルヴェの奴が【異形王】になるとは予想外だった。
とはいえあいつの動きが先程よりもはっきりと見える。【異形王】になったとはいえお前の攻撃が効いている証拠だ。
二人でさっさと斃すぞ」
「はい!」
頷く雄斗。建物から飛び出してきたネズルヴェに二人は向かっていく。
先程と同じく超高速で動き回り四肢による近接戦闘、風による遠距離攻撃を放つネズルヴェ。
これに対しアザードは雷と焔を周囲に出現させ【異形王】の遠距離攻撃を相殺、体に稲妻を纏って槍を手に飛び掛かる。
二対一となりいくらか余裕ができたことで雄斗もアザードと同じく、周囲に展開してある雷剣を操作しながらネズルヴェに斬りかかる。
最初こそ超高速の速さで二人の攻撃を回避し攻撃を繰り出していたネズルヴェだが、次第に攻撃が当たるようになり、回避行動のみになる。
雄斗たちはともに雷速で動き、互いをフォローするように攻防を繰り出す。また【異形王】の速度にも慣れてきたのか相手の動きを予測、または誘導するようになっていた。
「【炎牛】!」
【雷刃】をかわした直後のネズルヴェに【邪竜を穿つ聖牛の角矛】から炎の牡牛が放たれる。
翼をはためかせて可否する猛禽の【異形王】。だが紅蓮の牡牛はネズルヴェの左足に当たり、吹き飛ばす。
神威絶技【炎牛】。炎でできた牡牛を敵にぶつける単純な技のようだが強力な威力を持つようだ。
体勢を崩すネズルヴェに雄斗が【雷刃】を放つ。放電する光刃が【異形王】の右腕を薙ぐ。
「クエエエエエッッ」
苛立ちのような絶叫を上げ、左足と右腕を再生するネズルヴェ。
その叫びとともに周囲一帯の空気が突然逆巻き、雄斗たちの周りを竜巻が囲む。
明らかに何か大技を発動しようとする【異形王】だが、当然雄斗もアザードもそんなことを許さない。
「【雷刃】!」
雄斗が繰り出す紫電の横薙ぎが周囲を包む竜巻を切り裂く。
そして驚き固まっているネズルヴェにアザードが神具の切っ先を向ける。
「止めだ。──【暗黒を祓う民の聖意】」
【邪竜を穿つ聖牛の角矛】より放たれる纏った淡い輝き。それがネズルヴェの体を貫き、その体を音もなく消滅させてしまった。
それを見て雄斗は驚く。【暗黒を祓う民の聖意】。これはおそらく非常に希少な【異形種】特効の神威絶技だ。
対象の強弱に関係なく技を受けた【異形種】を問答無用で消滅させるとはいえ、【異形王】を一撃で滅ぼすのは凄いというほかない。
「さて、と。ひとまずこれで解決だな。
このまま先程の続きと行きたいが、事故処理やらなにやらあるからな」
不満そうな顔で言うアザード。
雄斗は微苦笑し、言う。
「時間があった時にでも続きをしましょう。俺もはっきりとした決着がつかないのはむず痒いですし。
ただ次の勝負は神具や神威絶技有りにしましょうか」
「……! そうか。それもそうだな。次、勝負できるときが待ち遠しいな」
にやりと笑みを浮かべるアザードに、雄斗も微笑みを返すのだった。
◆
「鳴神様、本日はネズルヴェ討伐と兄の無茶な決闘に応じてくれてありがとうございました。
兄は女性と同じぐらい達人が好きでして。気にいった武人と剣を交えなければ気が済まない困った人なんです」
「頭を上げてくれ。俺もいい経験になったから気にしてないよ」
賑やかな宴会の中、宴会場の柱に背を預けている雄斗。
酒を飲みすぎ休憩していたところにファティマが姿を見せて陳謝。水の入ったグラスを差し出してきた。
「それにしても随分皆さんに気に入られましたね」
「そうだな。おかげで酒を飲みすぎたー……」
ネズルヴェ討伐後、一通りの後始末が終わった夜。無事ネズルヴェを討伐したことと、雄斗たち【アルゴナウタエ】歓迎の合同宴会が行われている。
マリアたちはもちろん、雄斗もつい先ほどまではアザードや【竜討旗に集う勇士】の幹部たちから話しかけられ酒を勧められた。
一級品の武人である彼らとは話も合い、勧められた酒は思った以上に飲みやすかった。ただ勧められるままに飲んでしまったので酔いが回るのも速かった。
雄斗が酔ったのを見て気遣うように彼らも席を外し、各々宴を愉しんでいる。
「おうおう! 飲んでるかー!」
水を飲んで少し気分が回復したところで荒々しく背中を叩かれる。
叩いたアザードに雄斗は冷たい視線を向ける。
「飲んでますよ、飲みすぎて気分が悪くなっていたところですがファティマさんが水を持ってきてくれたので少しは良くなりました。
──まぁたった今、また悪くなりましたけど」
「そうか! ならより多く飲まないとな!」
「人の話聞いてます?」
酔っているのか皮肉が通じていない様子のアザード。傍にある空の杯になみなみと酒を注ぎ、雄斗の顔に向けて押し出す。
「酒は飲めば飲むほど強くなる! その苦しみはお前が明日、より多くの酒を飲むために必要な苦しみだと思え!」
「兄さま、いい加減になさいませ。鳴神様のご迷惑になります」
妹から注意を受け、アザードは陽気に笑っていた笑みを消す。
先程といい血のつながった肉親からの苦言は効果があるのか。そう思った雄斗だがアザードの顔から酔いの気配が消えているのを見て勘違いだと思いなおす。
「ふむ、お前がそう言うならやめておくか。──鳴神、話がある。少し付き合え」
まるで戦うときのような有無を言わせぬ迫力。雄斗は頷き彼についていく。
雲一つない満点の星々が見えるバルコニーに雄斗たちはやってくる。星々を背にしたアザードは不敵な笑みを浮かべて言う。
「お前の剣、素晴らしいな。元々持っていた天稟を数多の死闘と敵味方の血潮で鍛えられている。実に俺好みだ」
「……ありがとうございます」
「回りくどいことは苦手だから率直に言う。ファティマと婚約する気はないか」
「まだ酔いが覚めてないのか。水を持ってきてやうか」
頓珍漢な発言に思わず素で返す雄斗。
しかしアザードはそれを気にしていないのか普通に言葉を続ける。
「あいにくだが頭は覚えているぜ。この程度の酒じゃ正気を失わねぇよ。
お前が、お前の剣が俺は欲しい。そう思ったのは昨日今日じゃない。【万雷の閃刀】の所有者たるお前の情報はマリアから逐一送られてきてたからな。
春、お前の戦いぶりを見て俺は一目見て気に入り、その後も【アルゴー】や【高天原】、先日のカーリーやグリンダーカとの戦いを見て、改めて惚れ直した。
そして今日、直接剣を交え、肩を並べて戦い、何が何でも俺のものにしたくなった……!」
右手を差し出し、ぐっと握るアザード。雄斗に向ける眼差しは溶岩のように熱い。
「熱烈な求愛だな。だがマリアから話を聞いているのであれば俺がどう答えを返すのか予想がつくんじゃないか」
「ああ。つくな。だからファティマをくれてやるといっている」
「……自分の目的のために肉親を道具として使うのか」
思わず声に殺意が混じる。
だがアザードもそれは心外だったのか、不愉快そうに眉を顰める。
「何馬鹿なことを言っている。そんなふざけた真似をするわけがないだろう。
当然当人の意志を確認したうえで話を持ち掛けているんだ」
そう言われ雄斗は右に佇んでいるファティマを見る。
彼女は小悪魔のような笑みを浮かべて、小さく首を縦に振る。
「私はあなたと婚約する──ううん、あなたの伴侶となることに異論はありません。
私と婚約してもらえませんか」
「どういう理屈でそう思ったのか教えてくれないか。俺と君は今日出会ったばかりだろう」
「兄と同じ理由です。あなたの剣に惚れました」
即答され思わず雄斗は言葉を失う。
馬鹿なことを。そう言おうとしたがアザードと同じく熱い眼差しを向けてくる少女を前に口ごもる。
「武人の武はその使い手そのものを映す鏡です。あなたの剣技は私の心を射止めるに十分足りうるものです。
できることなら私はあなたのような人と結ばれたいし子供も産みたい」
直球すぎる求愛の言葉を囁くファティマ。
雪菜と同じぐらいの年齢だというのに口にした過激な言葉に雄斗は思わず絶句する。
が、慌てて気を取り直し、否定の言葉を放つ。
「悪いが断る。雪菜もいるし彼女の家に不義理な真似はできない」
「それなら無用の心配だぜ。叢雲明も陽司も複数の妻を持っている。お前が一人婚約者を増やしたところで文句を言うこともないだろう」
「あいにく俺自身の問題なんだよ……! 俺は妻を複数持つ気はない」
できるかどうかの問題ではない。神々でもない只人である自分が複数の妻を持つなど想像すらしたことがないのだから。
「そうか。なら叢雲雪菜とファティマの一騎打ちになるのか。それは非常に残念で悲しいな。どちらは失恋し、涙を流す羽目になるのだから。
──お前が受け入れればすべて万事丸く収まるんだがなぁ」
大きくかぶりを振るアザード。そしてこちらを見る視線に雄斗は思わず身構える。
それは神々のような権威者が浮かべる欲望の眼。持ちうるすべての手を使って欲するものを何が何でも手に入れようとするそれだ。
雄斗が眉間にしわを寄せたその時だ、
「アザード様。流石に性急すぎるお話だと思います」
場の空気に割って入る声。物静かだが強いそれを発したのは姿を見せたネシャートだ。
「ネシャート・レイン・ハトホル。俺の邪魔をするのか?」
敵を見るような眼でネシャートを睨むアザード。
一方のネシャートは向けられる敵意がないかのように微笑む。
「いいえ。ですがこのままことを強引に進めても鳴神君を手に入れるのは難しいと思います」
「どうしてそう言い切れる」
「【神魔八王】が鳴神君を欲しがっているからです」
ネシャートの言葉にアザードも大きく目を見開く。
そして雄斗も当然、驚愕している。【神魔八王】。【ムンドゥス】の支配者と言うべき神々が自分を欲している──!?
「【神魔八王】が……!」
「彼らはご存じの通り自分たちの力を高めるのに貪欲です。【ムンドゥス】は科学技術こそどの多元世界より優れていますが、魔術や存在する神々の数は大きく劣っています。
【ムンドゥス】で誕生した鳴神君を何としても自分たちの陣営に引きずり込もうとするのは自明の理でしょう。
事と次第によってはあなた、いえ【アヴェスター】と敵対する道すらも選択するかもしれません。何せ鳴神君はこの若さで神と伍する剣技を会得したうえ【万雷の閃刀】の所有者でもあるのだから」
ちっと舌打ちをするアザード。不愉快そうに頭をかく。
「その様子だと連中は【アルゴナウタエ】に鳴神の引き渡しを要求してやがるのか……!」
「ええ。私が知る限りで三度ほど。そのうち一回は【神魔八王】のお一人が直接【アルゴー】に参られました。
その時は私とエドガー様で何とか引き下がっていただきましたが、もしあなたが強引に話を進めるのであれば彼らも大人しくはしておかないでしょう」
穏やかながらも、どこか脅迫しているようなネシャートの言。
「ですので一つ私から提案させていただきます。鳴神君に何か贈り物をするというのはどうでしょう」
「贈り物?」
「もしくはそれに近い何か。例えばですが彼の後ろ盾──後継人に名乗り出るとか。
これならば【神魔八王】をそこまで刺激するようなことにはならないと思いますが」
そう言いネシャートは見るものを安心させるような笑みを浮かべる。
数拍、静寂が支配をしたのち、アザードは眉間にしわを寄せて腕を組む。
「……フン。お前の掌で踊らされているようで面白くはないな。
だが妙案であることも事実。わかった。少し考えてみるとするか」
「ええ。それでよろしいと思います。──それでは私と鳴神君は少々早いですがこれで失礼します。明日はマリアの儀式がありますから」
一礼してネシャートは雄斗に目配せをする。
それを見て雄斗もアザードとファティマに挨拶をし、彼女と共にその場を去る。
薄暗い廊下を歩く二人。しばらくして雄斗はネシャートに訪ねる。
「さっきの話、本当なんですか。初耳ですよ」
「ええ。あなたが単独で【異形王】を倒した直後、カグヅチ様がやってこられたわ」
カグヅチ。日本をはじめとする東アジア一帯の勢力を取りまとめる神。【神魔八王】の一人だ。
そして雄斗にとってはそれだけではない──
「今すぐにでもあなたを引き渡せと。あなたは自分たちの世界で生まれたのだから所有権はこちらにあるのだと」
「モノ扱いかよ」
「当然のことだけど【アルゴナウタエ】に色々と手土産を用意されていたわ。
と言ってもあなたほど価値のあるものではなかったし、彼の言い分を私もエドガー様も好きではなかったから丁重にお断りしたけど」
「カグヅチの奴め……!」
忌々しい名を聞き、雄斗は思わず奥歯を強く噛む。
カグヅチと彼の一族は鳴神家に大きく関わっている。その一つが兄が再起不能となり現役を退くことになったことだ。
「怒らないの。むしろカグヅチ様だからこの程度で済んだと考えるべきね。
他の方々──特にスルト様やラーヴァナ様なら強引な手法に訴える可能性もあるのだから」
現【神魔八王】の中でも飛び切り危険な二人の名を口にするネシャート。
「ネシャートさん、俺は【ムンドゥス】に帰っても元の生活は遅れないのですか」
「今のまま確実にね」
女性陣の部屋と男性陣の部屋に分かれるT字路にきたところで彼女は足を止め、雄斗を見る。
【アルゴナウタエ】と他世界の折衝を任されている賢者は言う。
「アザード様の話と似たような申し出は【高天原】の一件以降、増えているのよ。
マリアにも伝えてはいるけど実際はそれよりも多いわ」
「当人である俺にそれを教えていいんですか」
「エドガー様から許可は戴いているわ。本来マリアに任せるべきことなんだけど最近のあの子はどうもいろいろと考えているようだし、私がすることにしたの」
肩をすくめるネシャート。
「現時点で鳴神君、君が取れる最善の方法は二つ。【アルゴナウタエ】にこれからも所属し続けるか、【高天原】にお世話になるか」
「それのどこが最善なんですか」
どちらもかつての生活とは程遠い。そう思い雄斗が突っ込むがネシャートは微笑みを崩さない。
「あなたが自ら望めば【アルゴナウタエ】も【高天原】もあなたに相応の便宜を図るし、あなたやその家族を守ろうとするでしょう。
例えば【アルゴナウタエ】なら【ムンドゥス】が余計な真似をしないよう牽制、またはあなたの家族に護衛をつけるか。あなたが名を上げればさらにそれもグレードアップするでしょう」
ネシャートは私の家族も似たような状況よと付け加え、話し出す。
【ヌトゲプ】出身の彼女は老いた自分と夫の両親は【ヌトゲプ】が、共に【アルゴナウタエ】で暮らす夫と娘には自分の部下や【アルゴナウタエ】が警護しているという。
「【高天原】の場合はあなたの家族全員を【高天原】に移住させるか、つながりの深いあなたの故国である日本に対していろんな方面から圧力をかけるとか。
また雪菜ちゃんと結婚すれば当代のスサノオ様にアメノウズメ様の力や味方も借りることができるし、何より【七英雄】の一族との縁ができる。これは非常に大きな武器になるわ。
【異形種大戦】から半世紀たった今でも【七英雄】の名は絶大な効果を持つもの。もし【ムンドゥス】か他世界があなたに対して何かすれば【高天原】はもちろん、他世界も動く可能性はあるわ。
下手をすれば【崑崙大戦】の再来、とまでは言わないけどあなたの所有を巡って【ムンドゥス】と他多元世界との間で様々な争いが起きるでしょうね」
多元世界【崑崙】を激怒させて起きた大戦の名を聞き、雄斗は頭が痛くなる。
大戦が起きた理由の当事者は相応の身分の持ち主だった。自分は彼らと同じ扱いになるのか。
「どうすればいいんですかね」
「どうすればいいと思う? 答えは先程のアザード様とのやり取りの中にあるわ」
ネシャートの言葉を聞いて雄斗は先程のやり取りを反芻する。
「……俺が元の、平穏な日々に戻るには、自分で味方や各世界の神々や英雄とコネを持ち、それをうまく利用しろってことですか」
「その通りよ。世の中は持ちつ持たれつ。多くの神々と親交を深め、貸し借りを積み重ねれば、それは間違いなく君やその家族を守る力になるわ」
そう言ってネシャートは微笑む。教え子が一つ賢くなったことを喜ぶような教師の顔だ。
「本当、面倒な話です」
「そうよ。本当に、面倒なのよ。
でもあなたの人生なのだから逃げ出さず立ち向かわないと。世界や人々に押しつぶされないように」
いつになく強く断言するネシャートに雄斗は目を白黒させる。目の前にいる女性はまるで戦の時のような真剣な表情をしていたからだ。
ネシャートは再び笑顔を浮かべて就寝の挨拶を告げ、部屋の方へ歩いていく。
それを見送り雄斗も自分の部屋に向かおうとした時だ、ふとある考えがよぎり、ネシャートに問う。
「……あの、ネシャートさん。
もしかして先日の【異形宮】の戦いや今回の結婚式への参列は、エドガーさんが俺が各世界の神々たちと知り合わせ、コネを作るチャンスを与えてくれたんですか」
雄斗の問いにネシャートは振り返り、微笑む。そして何も言わず部屋の方に向かっていく。無言の肯定と言ったところか。
廊下の角を曲がりネシャートの姿が見えなくなったところで、雄斗は大きく息を吐く。
「本当、面倒だぜ」
かつての平穏な日々を送れるのはいつになるのか。廊下の壁に背を預けて雄斗は独り言ちるのだった。
次回更新は8月9日 夜7時です。




