転換
「へへへへへ」
イマルは苦笑いをしている。
嫌な沈黙が流れる。
「あっそうだ。これお父さんの好きな辛子明太子」
イマルは百貨店の袋を差し出した。
「ありがとう。入ってくれ」
俺は扉を開けた。
「お邪魔します」
コウの声が聞こえる。
その程度の挨拶はできるんだな。
そう思った。
イマルはタンスの上に置かれた遺影に手をあわせる。
「こちらコウ君。私が結婚する人だよ」
イマルはそう言っていた。
「寿司買ったんだ。飯食わないか」
「うわ。ありがとう。コウ君食べよ」
「いただきます」
「卵焼きといなり寿司好きだっただろ。多めに買ったんだ」
「もう父さん。卵焼きが好きなのは母さんだよ。私はいなり寿司と海老」
「そうか。そうか。いなり寿司と海老だったか。じゃあ俺の海老全部食え」
「俺、卵焼き大好きだから、ちょうど良い感じっすよ」
イマルは嬉しそうにコウを見つめる。
「あの。コウさん」
「はい」
「あんた何をやってる人なんだ。いやなんか職業で人を差別するような……、
そういうんじゃねぇんだが」
「法律関係です」
「あぁそうか。ずいぶん堅い職業なんだな」
「見た目とのギャップ萌えを狙ってます。てへ」
コウは笑った。
こいつ悪い奴じゃない。
そう思った。
(ぴーんぽん)
ベルが鳴る。
「あぁ役所から人が来た」
俺は言った。
「パパ。何の用で来たんすか?」
コウは尋ねる。
「いやイマルの戸籍の件でDNA鑑定するとかで来たんだ。あぁそうだ。金持ってかねぇと」
俺は封筒を取り出す。
「あの。俺、法律関係の仕事をしている関係上、そういうチャンスがあると、立ち会うようにしてるんすよ」
「父さん。コウも一緒に出て良いでしょ」
「俺も法律関係わからないからな。でも余計な事はいうなよ」
「もちのろんです」
コウは笑った。
「チョット待ってよ」
(がらがらがら)
「市役所のほうから来ました」
男は言った。
「あぁお世話になります。
それでDNAの件ですよね」
「はい」
「こちらが50万円です」
「はい。確認させていただきます」
男は封筒に入った50万円を確認しはじめた。
「それで領収書は出るんですよね」
コウは笑った。
「もちろんです。すこしお待ちください」
現金の確認を続ける。
「確認を終えました。たしかに50万円お預かりしました。領収書はこちらです」
「はい。これね」
「その領収書ちょっと見せてもらえますか?」
コウはまじまじと領収書を見る。
「これ、
収入印紙が貼られていませんが」
「おい、ちょっと失礼だぞ」
俺はコウを制する。
「あぁ。これはね。収入印紙を貼る必要がないのですよ」
男は笑った。
「これは売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書にあたると思うのですが」
コウは譲らない。
「これだから素人は困る。役所がやる事だから、収入印紙は必要ないの」
男は苛立ちを見せた。
なにか様子がおかしい。
俺はそう思った。
「50万円といえば大金だ。
この収入印紙の件がクリアになるまで、金は渡せない」
俺は言った。
「おいおい。他に権利を譲ることになるけど、良いのか?」
男は脅すような言い方をする。
「ねぇねぇ。お父さん。あの人、腕に刺青がある」
イマルは言った。
「刺青があるのを、市役所は許すのか?」
俺は尋ねた。
「今は多様性の時代だから、許されるんだよ」
男の言動が荒れる。
「くそ。うっとうしい。帰るわ」
男は金を投げ返し、去っていった。
コウは扉に鍵を閉め、
窓から男の写真を撮る。
「イマルちゃん。あいつの写真撮った?」
「うん。遠くからだから、ピンぼけかもしれないけど、これ」
「だいじょぶ。これならいける」
「お前ら何してるんだ」
「あぁパパ。言いにくいんだけど、あれ多分詐欺だよ」
コウが言った。
「詐欺?」
「うん。ちょっと役所が集金に来るって時点で怪しいから、警戒してたんですよ。
ちょっと電話で確認してみます」
……
コウは電話で誰かと話している。
「はい。はい。はい。
わかりました。
写真があるので、送ります。
はい。ではあとはよろしくお願いします」
「ねぇイマル。さっきの画像送ってくれる」
「ちょっと待って。はい」
「ありがとう。それでこれを送信してと……」
「パパ。
終わりました。
えっと結論から言うと、詐欺でした。
それで警察に犯人の顔写真を送ったんで、
これでOKです」
コウは笑顔を見せた。
「そうか。ありがとうな。でも、どうしよ。問題はなんにも解決してねぇ」
俺は目を伏せた。
「父さん。あんな大金どうしたの?」
イマルは言った。
「あぁあれは、お前が結婚する時に持たせてやろうと思った金だ」
「そっか。ありがとう」
「でも戸籍の件は解決しなかった」
「それなら大丈夫です。市役所に対して訴訟を起こしますから」
「そうなのか?」
「うん。そうなの。それで今回は、その報告とコウ君をお父さんに見せたくて来たの。なかなかいい男でしょ」
イマルは笑った。
「あぁいい男だ。俺なんかより、頼りになる」
「パパ、カッコよかったよ。
“50万円といえば大金だ。
この収入印紙の件がクリアになるまで、金は渡せない”
あれは渋い」
コウは笑った。
俺は少し恥ずかしくなった。
「娘の金だ。納得できないモノには払えない」
俺は下を向いた。
「お寿司食べましょ」
イマルは言った。
俺たちは、
ゆっくりと寿司を食った。
深夜2:00過ぎ、
俺はトイレで目が覚めた。
部屋には、昨晩の寿司が残っていた。
50万はそのまま娘に渡した。
「裁判で金がいるだろう」
そう言ったら、
素直に受け取った。
小腹が空いたので、
明かりをつけ、
ビールを取り出し、寿司をつまんだ。
五人前は少し多かったなと思った。
俺は妻の写真を見る。
心なしか笑ったような気がした。
ガリの袋を開け、
ガリを食う。
甘さと辛さが口に広がる。
口の中が気持ちよくさっぱりとする。
帰り際、
娘は自分の荷物を全て持ち出した。
もうこの家に、
娘の気配はない。
結婚する。
それは家を出るという事。
すでに家出をしているわけだから。
もう家を出ているはずなのに、
これで本当に出たんだと、
そう思った。
裁判はどうなるのだろうか。
できれば、娘には幸せになってもらいたい。
俺はそればかり考えていた。




