13-16 新しい朝、そして……
女王国編、そしてシャーリーの恋物語も最終段階です。このエピソードを含め、あと二回!
翌日、ぼくは陽が昇ってもまだ貴賓室にいた。人が起き出す前に部屋に戻ろうと思っていたのだが、上目遣いで引き留められたのだ。
「わたしが女王宮に戻るために部屋を出るのを見送ってもらえぬか? そなたを見送って部屋の中で一人になるのは嫌なのだ」
「いいですよ。でも,殿下もわりと細かいところでわがままですよね」
大きなわがままは言わないが、小さい注文は意外と多いのだ。たとえば、時折会いに来るだけでいいと言う一方で、そのときにはああしてほしい、こうしてほしい、とリクエストが重なっている。
「いいではないか。フォーゲル男爵だけしか、わたしがわがままを言える相手はいないのだ。嫌われてしまわぬよう、これでもそなたの顔色をうかがいながら小出しにしているのだぞ? あ、こら、子供扱いするな。わたしはそなたより七歳年上で……ン」
シャーリー王女が口をとがらせて言いつのった。拗ねたような表情がかわいいので、頭をなでて、むずがる彼女の口をふさぐ。最後に思いきり抱き合えたとはいえ、ハードに大きく偏った夜を過ごしたあと、こういうふうにホッコリ成分を補給するのは悪くない。
目の前でシャーリー王女がドレスを身につけていく。あまり目にできない情景だ。戦場で過ごす時間もけっこう長い彼女は、身の回りのことをわりと手際よくこなす。
ベアトと違い彼女は着るところを見ていてほしがった。そして、パーツを一つ身につけるごとにぼくに抱擁をせがむ。
「い、いつもこのようなことを頼むわけではないぞ。これらは……わたしがフォーゲル男爵に征服されていった証だから……そなたがこれらを剥ぎ取る瞬間を……その……思い出すたびに、そなたが愛しくてたまらなくなるのだ。そして……身につけているこの瞬間も、あとで思い出したいのだ」
この王女さまってば、恥ずかしがりながらアブノーマルにエロいことを口走る。抱擁だけでは足らなくなりそうになるのを、さすがに自制した。
ドレスを脱がせたのは三度目以降なので光沢のある生地のあちこちに皺が寄っているし、ボタンもいくつか飛んでいる。だが、ドレス全体に深刻なダメージはほとんどなく、ガウンを着ていれば問題ないと言われた。
「そなたが気を配りながら扱ってくれたおかげで、こうしてそなたの匂いに包まれて幸せな気持ちで帰ることができる。感謝するよ」
「ああ、いえ、お気になさらず……」
あんなすごいドレス、気にするなと言われたって乱暴に扱えるはずないよ!
王女の出発を見送って部屋に戻ると、ほどなくローラがやってきた。ベルメイリアとニケが食べ歩きのために外出したタイミングを狙ってのことである。
「王女さまはどんな感じ? 見たところ元気そうに出て行ったけど……」
「なんとか立ち直ってくれたよ。正直、あぶないところだったんだ。ぼくらはシャーリー王女が崩れそうになっているんだと思っていたんだけど、昨日戻ってきたときにはもう,崩れていないふりをしているだけだったみたい」
「なにそれ? 本当に大丈夫なの?」
「ギリギリってところ。ローラがいなかったら,たぶんこの国の女王位継承の道筋が変わっていたね」
「えへへ、そうかな?」
「うん。えらいえらい」
ぼくはローラの頭に手を伸ばし、つやのある髪を何度か撫で下ろした。肩の長さを超えている髪は、もうすっかり女の子だ。
「あ、やめてよ、子供扱いは」
ローラはふくれっ面でぼくの手を取るが、ぼくが髪を撫でるのは止めなかった。
「それで、あの部屋で実際には何があったの?」
あ、それ訊くんだ、やっぱり。
ぼくはローラに昨夜からのシャーリー王女とのあれやこれやを、生々しい部分を適当にぼかしつつ説明したが、ローラが納得しなかった。
「ボクはアンリと共犯者なんだよ? 共犯者が何も知らされないのはおかしいよ。 共有する秘密がなんなのか、知っておくべきだと思う」
うん、言っていることは正論だ。問題は、これがそのまま本音なのか、建前なのかだ。
「でも、はっきり言ってローラ向きの話じゃないよ? ローラも聞いていてあまりいい気持ちはしないんじゃないかな……」
ローラはけっこう保守的で、ぼくの顔を見ながらのラブラブな雰囲気の行為が好きなのだ。スタイルもほとんどオーソドックスを選択する。
「それはボクが聞いてから決める!! とにかく話してみて!」
この時点でおそらくローラの言い分は建前だと確信はしたが、言い出しっぺはローラだ。ぼくはシャーリー王女との夜を微に入り細に入り写実的に説明した。ボクが話しはじめてすぐに顔を赤らめてしまったローラは、まもなく息づかいが大きくなり、ついにはショートパンツ姿で思いっきり素肌を晒している両の脚をモゾモゾとこすりあわせ始めた。ほら、きみには刺激が強すぎるんだよ。
「……そんなにすごかったの、王女さま?」
はい、建前確定です。
「うん。最初の夜とは全然別もの。ちょっと圧倒される……くらい?」
「あ、あのね、アンリ。ボクはちょっと……きみの言うことが信じられない。だから……その……確かめてみても……いいかな?」
はい? ちょっと何を言い始めたよ、ローラさん?
「冗談だよね?」
「本気。でないと秘密が共有できないもの」
明らかに話が別の方向に行っているのだが、みょうにローラの頭が回り、建前をうまく後付けしてくる。そこまで言うならと、ぼくは「合意の上の無理矢理」をローラと実践した。最終的に気息奄々となったローラは、やっとの思いで言葉を絞り出す。
「やっぱりボク……ふだんどおりでいい……」
そうそう、無理は禁物だよ、ローラ。
ビルハイムに来て正味七日ほど、期待した以上の収穫があった。希望条件にほぼ合致した物理的な拠点を入手し、セリアさんという情報部にもつながる重要人物とのコネ、さらに、普通の関係とは言いがたいが女王家とのコネ。ブリギット王女からはドルニエ王家との橋渡しというタスクもうけおった。これ以上を求めて長居するのは欲張りすぎ、という結論に達し、翌日にぼくらはレイハナ、ボルダン経由でアッピアに向かうことにした。
大きな収穫を得たその裏には、育ててきた、あるいはこれから育てる人とのつながりがある。ビルハイムを離れるに当たって、そういうものをおろそかにして出て行ってはいけない。世話になった人には礼を尽くし、今後の交流につなげなければならない。
最初に訪れたのはマイヤの家だ。
「何しに来たんですか? お願いですから早く街を出て行ってください。アンリさんがいると、どんな厄災が降ってくるか不安でしょうがないんです」
ほとんど塩を投げつけかねない勢いだった。あれえ?
マイヤから辛らつな言葉を投げつけられて立ち往生していると、玄関先に馬車が着く。中から慌ただしくおりてきたのはシャナ王女だ。ビルハイム訪問中にお目にかかることはこれまでなかったが、ある意味で一番ぼくたちのために力を尽くしてくれた人だ。
「シャナ王女、ご無沙汰しています。今回は本当にお世話になって……」
「邪魔。わたしは忙しい」
シャナ王女はマイヤの家に直ちに姿を消し、マイヤもそれを追って中へ。ドアはボクの目の前で閉じられた。あ、あれえ?
ぼくはちょっと意気消沈して拠点に足を向けた。ただ、苦労を押しつけてしまったヨーゼフに暗い顔は見せられないと、ぼくは自分の頬をひと叩きして家に入る。
「ヨーゼフ、いる?」
ヨーゼフはセリアさんと大激論中だった。セリアさんにはどうコンタクトをとろうか悩んでいたところだったから、まさに渡りに舟だ。
「ああ、アンリさま、まだビルハイムにいたんですか? 早くカルターナに戻ってフレドをよこしてくださいよ。このままじゃオレの身体がもちません!」
ほとんど「お前じゃまだ」的対応を受けた。拠点の管理がそんなにキツい? そんなはずないよね? キツいのは別の理由だよね?
「あの……セリアさん?」
「お、アンリさん、ご出発ですか? お気を付けて。それでだな、ヨーゼフ……」
ぼくに使う時間はまったくないらしい。というか、セリアさんあなた、完全にヨーゼフを自分の部下として扱ってません?
「セリアさん、シャーリー王女とブリギット王女に……」
「ああ、おふたりにはわたしから適当に言っておきますのでご心配なく。だから何度言ったらわかるんだ、きみは!」
お仕事の打ち合わせ中、お邪魔してすみませんでしたぁ! ここの管理体制はすぐにテコ入れに来ますからね! それから、シャーリー王女、ブリギット王女、ご挨拶は出来ませんがお元気で! でもなぁ……あれえ~?
ぼくは悄然としつつ「風花亭」に戻ってローラ、ベルメイリア、ニケをピックアップし、のろのろと食事をとる。テキパキと出来ないのは、このあとに待つ最高に気が重いミッション「カーライルさんとの合流」のためだ。
長すぎるくらいの食休みのあと、渋々ぼくはギルドに足を向けた。ローラは出禁を喰らっているので、三人を外に待たせて中に入る。
「キリエさんいらっしゃいますか?」
受付でキリエさんを呼んでもらおうとしていると、彼女がカーライルさんを伴って奥から出てきた。
「アンリさん、お待ちしていました。今回はカーラさんのめんどうを見る……いえ、同伴していただくということで、ギルドからの正式依頼と言うことにしてあります。ボルダンのギルド支部では対応できませんが、アッピアの王都ダルメシアのギルドに申告していただければ報酬が支払われます」
「わたしの口利きよ~。感謝してくれてもいいのよ?」
ふむ、それは路銀をラクにする観点からありがたいと言えるのだが、ちょっと疑問がある。
「同伴を依頼、ということは、カーライルさんの指示を拒否する権利とかは……」
「ありません。厳密に言えば、拒否は自由ですがカーラさんの申告内容によっては依頼失敗という扱いになり、ペナルティの可能性が出てきます」
なんなんだよぉ、それぇ~! その依頼自体がペナルティじゃないかぁ~。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




