13-15 ピロートーク
嵐が過ぎ、中休みと言ったところです。
嵐のような時間が過ぎた。ぼくは「事前」と同じように壁にもたれている。脚を前に投げ出しているが、下半身がマッパなのでなんとも締まらない。太腿の上には気を失って手足を無造作に投げ出しているシャーリー王女が頭を乗せている。その様子はなんともひどいもので、ドレスは片肌脱いだ形で一方の肩をさらけ出し、乱れに乱れたスカートの裾の先で下着が足首に絡みついている。
身も心も消耗しているはずのシャーリー王女を少しでも休ませてあげるために身動きできないぼくは、片手で王女の頬や唇に触れ、もう片方の手でだいぶ乱れてしまった黒髪をなでつけながら天井をボオッと見つめていた。
「フォーゲル男爵……」
太腿の上からシャーリー王女の声が聞こえた。ぼくは手を止め、下を見る。半目に開いた蕩けた視線がぼくを見ている。
「お目覚めですか」
「ああ。だが、もう少し髪を撫でていてほしい。そなたに包まれているようで心地よいのだ」
そう言った王女は再び目を閉じて、唇に触れていた指をつかまえて口にくわえ、舌を絡める。また少し静かな時間が流れた。
「そろそろ、一度この手首を自由にしてくれぬか。このままではそなたを抱きしめられぬ」
シャーリー王女の両の手首は、ぼくがつけていた細めのタイで軽く拘束してある。途中で乱暴度のグレードアップを王女が求め、思いつきでやったことだ。言葉にはしなかったが、王女はお気に召したようだった。
要望どおりにタイを解くと、腹筋で身体を起こした王女はぼくの首に両腕を回し、ギュッと躰を密着させてきた。彼女の華やかな花のような香りと汗の香りが混じり合って薫ってくる。
「フォーゲル男爵、感謝する。どうやら、戻ってくることができたようだ。先ほどまでの火照りが嘘のようになくなっている。心の温度も戻ってきたのがよくわかる」
「ほんとうですか? よかった……」
「やはりアレックスとはすべてが違うのだな、そなたは」
アレックスくんと比べてまだまだ、ということだろうか? ただ、男的にはこの場で他人と比べられるのは納得いかないし、マナー違反かと……。
「どういうことでしょう?」
「ありがとう、フォーゲル男爵。わたしの中のアレックスは間違いなく残らず消え去った。そなたの強さ、激しさ、優しさがわたしのすべてをそなたの色に塗り替えてしまった。いまのわたしには、自身の深いところまでそなたが刻まれている。そなたに初めてを捧げることは出来なかったが、それでもそなたはわたしを生まれて初めて女にしてくれた」
「……」
「わたしの中のアレックスが残らず去ったことがわかる。そなたの強さ、激しさ、優しさがすべてをそなたの色に塗り替えてしまった。いまのわたしには、自身の深いところまでそなたが刻まれている」
ぼくの顔の間近でそう言って微笑んだシャーリー王女は、ぼくの頭を抱き寄せて唇を重ねる。
「では、約束どおり壊れずに今のままのシャーリー王女でいてくださいますか?」
「シャルと呼んでくれと言ったであろう? わたしの子供のころ、父母が呼んでくれた名なのだ。いまは誰もその名でわたしを呼ぶ者はおらぬ。この世にそなただけだ。これからも誰にも呼ぶことを許さぬ」
それ自体はメチャクチャ萌えて嬉しい。だが、その時間は終わったのではないか。
「で、でも『その間は』って言いませんでした?」
「まだ途中ではないのか? お願いだ。明日からはふだんどおりに戻るゆえ、今宵はわたしにフォーゲル男爵の時間をくれないだろうか?」
王女は不安そうにぼくを見た。そうだったのか……。
「……了解です、シャル。で、今のままの王女でいてくれるか、と訊いたのですが?」
「この姿のままで、ということか? それはちょっと難しいと思うが……」
「シャル!」
窘めようとしてはみたが、シャーリー王女の口からこういう冗談が出るようになったことは、歓迎すべきことだし、実際に嬉しい。
「許せ。軽くふざけてみたくなっただけだ。もちろん、明日からは第一王女としてのつとめに全身全霊をかけていくさ。女王位を継ぐ準備も、自分なりに続けていく。ただ、今のままでは女王になる見込みは少ないであろうな」
「それはなぜ? シャルは継承順位第一位でしょう?」
「言ったであろう? 女王となる重要な条件のひとつは、女児を最低ひとりもうけることだ。フォーゲル男爵がわたしに女児を授けてくれねば、わたしが女王になる可能性はだいぶ下がろう」
「え、でも、それは……」
「それともそなたはわたしに、ほかの男に種をつけてもらえ、というのであろうか?」
それをここで言葉にするのは反則だろう。そんなこと今は、かりに思っていても口に出せるわけがない。もちろん、この瞬間はそんなこと絶対に考えたくない。ただ正直、好むと好まざるに関わらずそうなるものと思い込んでいた部分はある。
「シャルがほかの男に抱かれるのは、考えるのもイヤです。アレックスさまのことも複雑な思いでしたから」
「そうか、そう言ってくれてわたしも嬉しいぞ」
シャーリー王女が心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。もしかしたら、「策士シャル」にやられたのかもしれない。
「ただ、さっきも申しあげましたが……」
「フォーゲル男爵、シャルと呼んでくれるときは、そなたも普通の十五歳に戻ってくれぬか?」
フォーゲル男爵と呼ぶのは続けるのか、と思ったが、ぼく自身がそう呼ばれるのを好んでしまっているので不問にしよう。
「はい。では……さっきも言いましたけど、他国の貴族と通じた結果の子供、というのはまずいんじゃないですか? 念のために言いますけど、ぼくは妻を愛していますし、結婚を解消する気はまったくありません。ローラも、もうひとりの恋人も変わらず大事にしていくつもりです。そんな相手の……」
「安心しろ。そんなことを求めるつもりはない。しかし覚悟はしていたが、改めて聞くと多少気が重いかも知れんな。一国の王女が他国の男爵の四番目の女と言うことか……。前代未聞であろう」
「妻は今、ぼくの留守の間にぼくの二番目の妻を迎えるための準備に奔走していますが?」
シャーリー王女は「ガーン!」という表情になった。
「すると、五番目……すぐそばに侍っていても順番がなかなか回ってこないではないか!」
「なんの順番ですか!? それはともかく女児が出来たとして、そんな相手の子供でシャルを支えてきた人たちが納得しますか?」
「納得はしないだろうな。だから父親は明かさない。それなら女王位争いに多少不利になる程度だ。前例もある。女王にとって必要なのは女児であって、夫ではないからな」
ぶっちゃけた説明、ありがとうございました。なかなかカオスだな、女王国。
「不利にはなるんですね?」
「それはやむを得ないだろう。例えばブリギットが国内の高位貴族と結婚して女児をなせば、当然ブリギットを推す声が高くなるだろうからな。その次の女王の血筋が明らかなほうがよいに決まっている」
そんなことには当分なりそうにない気がするが、一寸先は闇だしな。
「その場合は?」
「女王宮にわたしがいる必要はなくなるな。その時にはもう未練もないだろう。だからフォーゲル男爵が旅に連れ出してくれ」
「……わかりました。万一そうなったときは一緒に行きましょう。それまでは、女王位に最も近い王女として頑張ってくださいね」
「それは約束しよう。だが、フォーゲル男爵もわかっていてほしい。女児の種の件だけではなく、さっきも言ったように、わたし自身の深いところにそなたが刻まれてしまっているのだ。わたしは死ぬまでそなた以外の男に身を任せる気はない。そなたの爪痕はもう誰にも消せないし、消させるつもりもない。そなたに去られたならばわたしはまた同じ状態になるだろうが、次はおとなしく壊れるのを待つであろう」
「シャル……」
「まったく、とんだ王女だと自分でも思うよ。自分より七つも年下の、卒業したての子供同然のはずの男に身も心も虜にされて、それを心の底から幸せだと感じてしまっているのだからな。わたしにとっては、もうそなたがすべてだ。そなたが黒だと言えば、わたしは白でも黒だと断じよう。わたしが女王になって、そのときそなたに悪意があれば、女王国はそなたの思い通りに動かせるであろうよ」
この王女にここまで言われて喜びに舞い上がらねば男ではないだろう。だが、それはそれとしてこのタチの悪いジョークにクギは刺しておかねば。
「シャル、怒りますよ?」
「すまぬ。悪い冗談だな。もちろん、そんなことを思ってみることさえしないであろうそなただからこそ、わたしは進んで虜になったのだ。なんの後悔もない。だからその……軽口をたたけるようになったわたしを、褒めてはくれぬか? 冗談もうまく言えぬ生き方をしてきて、そのことをいま深く後悔しているわたしに免じて……」
王女は冗談めかしながらも、縋るような視線を向けた。
「よく頑張ったね、シャル」
ぼくは髪をもう一度撫でた。シャーリー王女は髪を撫でられる感触を目を閉じて受け止めている。そして頬を赤らめ、躰がブルッと震える。唇を重ねると、彼女の方から舌を差し込んできた。
「フォーゲル男爵、お願いだ……」
王女はすでに呼吸を乱している。
「なに、シャル?」
「いつも、なんて我が儘は……言わない。だが、時には……わたしを思い出して……今宵のようにわたしを弄んで……。お願い……そなたの存在が……なくなってしまえば……狂うしかないのだ……。そなたと出会った……わたしは……狂いたくない! どうか……わたしを……なんでもするから……」
その魂の懇願を拒絶できるような冷酷さをぼくは持ち合わせない。それに、すでに充分にこの美しく不器用な王女に惹かれている。
ぼくは耳もとに囁いた。
「約束する。またシャルを抱きしめる。でも……弄ぶのはなぜ?」
もう一度躰を振るわせた王女は切れ切れに答える。
「自信が……ない……。わたしは……征服……されたい……支配……されたい……そなたに……」
もうこれ以上の言葉を重ねさせてはいけない。この誇り高く不器用な王女は、身体は熟れていても、愛情をもって優しく抱き合ったことがないのだ。
普通に抱き合う日を頭に描きながら、ぼくはシャーリー王女を床に這わせた。彼女はまた手首の拘束をねだった。さっきよりも強く、と付け加えて。
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