13-14 シャーリーの心
女王国編の一つの柱、シャーリー王女の恋物語、クライマックス突入?
「どうだ? 感想など聞かせてはくれぬか?」
シャーリー王女は悪戯っぽく微笑みながらクルリと回ってそう言うが、神々しいほどに美しいその姿に気の利いた言葉など出てこない。目を開いた瞬間にポカンと開いてしまったぼくの口は、何度閉じても気がつくとまた開いている。
おそらくガウンの下に着ていたのであろう光沢のあるスカイブルーのドレスは、王女のオーラとマッチして美しさをさらに引き立て、実は非常に女らしいそのプロポーションをこれ見よがしに見せつける。髪や耳、首もとの装飾品は先ほどは見えなかったので、わざわざこのために身につけてくれたのだろう。
「……きれい……です」
やっと出てきたぼくの言葉は、中年のオッサンではなく十五歳の少年に戻ってしまっていた。
「ようやく七歳年下の少年と話している気分になれたぞ。子供の素直な賞賛は、どんな飾った言葉よりも心に響いてくる。ひとつ学ぶことが出来たよ」
王女はそう言って、大輪の花が開いたような笑顔を見せた。
「でも、どうしてその姿をぼくに見せてくださったのですか?」
あ、「ぼく」と言ってしまった。精神年齢がなかなかもとに戻らない。
「フォーゲル男爵が子供らしく『ぼく』と言うのを聞けたのも痛快だな。なに、朝方にこれを身につける用があったのだ。そなたには無骨な女武者の姿しか見せてこなかったのを思い出してな。こういう装いを見せれば驚いてくれるかと思い、そのままの姿で来てみたのだ。装飾品は持ち出し厳禁ゆえ残念ながらわたしの手持ちの安物だがな」
いやどうみてもそれ、安物とは言いませんって。
「驚きました。いえ、力づくで驚かされた気分になっています。自分は友人からも『驚かせがいがない』と言われているので……」
「我が儘をきいてもらえるなら、『ぼく』というのを続けてくれるか? なんとも耳に心地よいのだ」
今さら少し気恥ずかしいんだけどな。でも、王女の頼みならきかないわけにはいかない。
「わかりました。ぼくはあまり驚いたりはしないほうなので、殿下の企みは大成功です」
「ふふん、思ったとおりだ。『自分』が『ぼく』になって、フォーゲル男爵の取り澄ました話し方が少し崩れてきたぞ。これで少しはわたしもお姉さんぶることができるかもしれぬ」
け、けっこう策士だ、シャーリー王女。しかも、ぼくをけっこう甘ったるい気持ちにさせてくる。
「し、失礼しました……。で、でもですね、驚きはしましたけど、衝撃はありませんでしたよ?」
「ん? どういうことか? わたしのように女性らしい魅力に欠ける女でも着せるものによってこれだけ変わるのだ、というところを見せたつもりだったのだが。変わりようは衝撃ではなかったか?」
この人は本気でこう思っているのだろうか?
「殿下、ほどよい謙遜は美徳、いきすぎた謙遜は他者への侮辱、謙遜にもならない不当に低い自己評価は自分に対する冒涜だとぼくは思うのです」
「それは正論であろう? わたしも同感だ」
どうやら本気らしい。ならばぼくもそろそろ忍耐の限界だ。
「ならば子供の言い分をぶちまけます! 殿下は人の偽らないさまを見る目を持たない、感じる心を持たない駄目な人間です!」
「な!? いくら子供の言葉とはいえ、それはさすがに失礼ではないか?!」
さすがにシャーリー王女の視線も険しくなる。だが、かまう必要はない。言うだけ言って、無礼うちされそうになったら抵抗して逃げよう。
「ご自分の正しい姿を理解できない王女が、どうして他人の真実を理解できるのです?」
「り、理解しているぞ。だからこそ……」
「鎧だろうがドレスだろうが、街のものと同じ質素な服だろうが肌着だけの姿だろうが、殿下はどのような装いであっても変わらぬ美しい女性なのです!」
あ、勢い余って肌着のことまで言っちゃった。気づかないといいが……。
「何を言っている。わたしなど、背も大きく女性らしい振る舞いも出来ぬ。身体も柔らかさのかけらもなく、外を駆け回ってばかりゆえ白い肌も持たぬ。そんなわたしが……」
シャーリー王女も必死にぼくに言いつのってくる。だが、ぼくは聞くつもりはない。
「ぼくに斬りかかってきた最初の時から、殿下はぼくにとっては絶世の美女でしたよ。殿下と話をしているとき、殿下はぼくを何度もときめかせてくれました。そのドレス姿がどれだけ美しいか、殿下は本当にわかっているんですか?」
王女の顔からいっさいの表情が消えた。感情のないその顔は、単純に造形としての美しさを際立たせる。
そして王女は顔を伏せる。
「フォーゲル男爵、そなたはどうして……」
王女が再び顔を上げた。その宝石のような目から涙が流れ落ちている。
「どうしてそなたはそのようにわたしの心を波立たせるのだ!? わたしがせっかく……」
ぼくはじっと王女の次の言葉を待つ。
「せっかくそなたを、壊れた自分を見せぬまま見送ろうと頑張っていたのに……」
シャーリー王女は嗚咽を繰り返しながら、膝から床に崩れ落ちた。
「わたしはアレックスを殺してしまった……」
どういうことだろうか? 彼の居場所を知らないシャーリー王女にそんなことは出来ない。ならば、別の意味を持った言葉だ。
「それは?」
ぼくは床に座りこんだまま動こうとしない王女の手を握りながら問いかけた。
「ブリギットはわたしにアレックスが本当に死んだのかを尋ねた。ブリギットに真実を話すことも出来たはずなのに、わたしはただ首を縦に振って、女王宮のアレックスの居場所を完全に消した。アレックスは二度と女王宮には戻ってこない」
「それは覚悟の上だったはずです。殿下の選択は正しい」
「そう、わたしはするべきことをした。そしてその時、自分というものを支えていた土台がひとつ、あとかたもなく消えたのを感じたのだ。土台を失った自分自身は、今も歪み続けている」
ぼくは勘違いをしていた。シャーリー王女は壊れぬように頑張っていたのではなかった。すでに壊れている自分を、ぼくに見せないようにしていたのだ。このミスはなんとかして取り返さなければならない。
「殿下はぼくに、ぼくのために正気を保つと約束しましたよね!? 約束を守ってください!」
「すまない、フォーゲル男爵。わたしもそなたのために正気でいたい。だが、わたしもそう努めるとしか約束できなかったはずだ。弱いわたしを許してほしい」
「違います。殿下は正気を保つと誓いました。そのためにぼくの知恵を借りると。知恵だけじゃなくてもいいです。出来ることは何でもします。だから、壊れないでください! 壊れてはイヤです!」
ぼくはシャーリー王女の手を握る自分の手に力を込めた。弱々しく力が返ってくる。
「いくらフォーゲル男爵の頼みでもきけぬものはきけぬのだが……イヤだと言われるとはな。子供に駄々をこねられたようだ」
素直な気持ちである。ぼくはもう、王女が壊れることを「困る」とは考えていない。感情として受け入れたくないのである。
「ええ、イヤです。だから、力ずくでもこちらに引き止めます」
王女は泣き笑いの表情でぼくを見た。以前見た泣き笑いとの違いは、王女が本当に泣いていて、形だけしか笑っていないということだ。
「力ずくでかまわん。わたしの中のアレックスを消してくれるか?」
「フォーゲル男爵、わたしはそなたの前で醜態をさらしたくはなかったのだ」
ぼくは背中をカベにもたせかけた形で床に座っていた。シャーリー王女は同じく床に座り、ぼくに躰を預けている。
王女はぼくに不安定な心を晒さないよう、騎士の姿でぼくと接し、騎士の矜持を最後のよりどころにして平静を保っていたという。
「ブリギットと話したあと、わたしは自分の心がどんどん冷え、反対に躰がどんどん熱くなっていくのを感じた。これまでは、アレックスが熱を冷ましてくれれば、心も戻ってきていた。だが、昨夜のそれは、仮にアレックスがいてくれていたとしても、あの子にあの乱れが鎮められたかは確信が持てない」
「それは……」
「ひょっとしたら、あのまま女王宮に壊れたままとどまったほうがよかったのかもしれないが、わたしはもう一度そなたと話したい、と思ってしまった。相手の迷惑を考えないのはこれまでとまったく同じだ。情けない話だな」
「ここに戻ってこないで壊れるようなことになっていたら、ぼくは一生殿下を恨みましたよ」
「そう責められるのもありがたいものだ。そういうわけで、わたしは今日という日を平静を装いながら過ごすために、熱くなってしまった躰を鎮めようとしたのだよ。だが、夜通しいろいろ試しても躰は熱くなる一方だった。もう騎士の姿では自分を抑えられそうになかった。このドレスは、用のついでなどではない。自分に残された最後の砦、王族としての誇りに縋っただけだ。途中まではうまくいっていたのだが……フォーゲル男爵に台無しにされてしまったよ」
押しつけられた腕からは、まだシャーリー王女の躰の熱が伝わってくる。
「台無しにしたことを後悔はしていませんよ」
「勝手なやつだ。ならばせめてわたしをどうにかしてくれ。正直、こうやって話していても時折自分が保てなくなりそうになっている」
方法などひとつしかないだろう。そこに踏みこむ前に確認しなければならないことがあるが。
「殿下、覚悟はできてますか? ぼくはこんな若僧でも他国の貴族です。アレックスさまの場合でも問題でしょうが、あくまで王宮の中の醜聞です。でも、他国の貴族となると、政治的に響く可能性がありますよ?」
「頭の回る男だな、そなたは。かまわんよ。壊れた王女がひとり残るよりはマシだろう。どうしてもまずければ、フォーゲル男爵の旅にでも連れていってくれぬか?」
「王女としての誇りを大事にする殿下に惹かれたのですけどね、ぼくは」
「勝手なことを言うでない。それより、わたしからも頼みがある」
「なんでしょう?」
「フォーゲル男爵ができうる限り乱暴にしてほしい。アレックスがカケラもわたしの中に残らぬよう、力ずくでそなたをわたしに刻んでくれ」
ちょ、それはいくらなんでもまずいのではないか。
「で、ですが……」
「この服もどうなってもかまわない。あと、その間は、『殿下』はやめてくれ。できれば「シャル」と呼んでほしい」
「注文が多い……」
「うるさい。いいから早くしてくれ。そろそろ限界なのだ……」
ぼくはほとんどシャーリー王女に押し倒されるようにして床に転がった。ここから「乱暴に」って……。
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