13-13 二人の王女
カーライルさんは恐ろしい人……
さて、シャーリー殿下のメンタル状態は?
「なんと、ジュゼッペさんたちは冒険者としての活動自体をしていなかったのですか。それは、ギルドでも所在をつかめないはずです」
ジュゼッペたちの消息不明に言い及んだキエラさんに、ぼくは彼らが現在ボルダンにいることを伝えた。もちろん、ぼくと彼らのあいだのあれやこれやには触れない。ただ、知りあいの冒険者の居場所をたまたま知っている、という形にしてある。
「たしかに、ペドロくんなんかは冒険者にしておくのがもったいない切れ者だったものねぇ。裏社会を仕切っているとか、納得しちゃうわねぇ。なんかこう、濡れて来ちゃうわ」
うん、カーライルさんの印象はぼくも賛同するが、依然として危険だ。今の話で、男のどこが濡れるというのか。きっとペドロも今ごろ原因不明の悪寒に襲われているに違いない。
「ギルドは彼らを呼び戻したりは?」
「いえ、冒険者の活動は基本的に自由ですし、そんなことをする権限もありません。情報があるだけでも助かりますし。リアンさん、ありがとうございます」
「そうだ、リアンくんたち、アッピアに向かうって言ったわね? あたしも一緒に行くことにするわ。ひさしぶりにジュゼッペくんやペドロくんたちと会いたくなっちゃった」
大敗着だった。知らないことにすればよかった。うかつな情報提供がとんでもない結果を招いてしまった。ボルダンまで十日ほどの旅、メチャクチャ気が重い。あまり気にしている様子のないローラが信じられないよ。断る理由もないし……。
ギルドを出て「風花亭」に戻ると、ベルメイリアがニケと競うように食事をしていた。食欲魔人と言っていいニケといい勝負をしているベルメイリアはたいしたものである。
「ここの食事はなかなかよいのです。ずっとここにいてもいいです?」
ニケが大ボケをかます。んなわけないだろ!
「四、五日たったらアッピアに向かうから、心残りのないように食べておいたら? 急に呼び出したお詫びに、それくらいは認めるよ」
「そうするのです! おかわりなのです!」
当分は止まりそうにない。食べざまを見ていると自分の食欲がなくなりそうな気がする。部屋に戻ろうと立ち上がると、ベルメイリアがぼくを呼び止めた。
「そういえば、シャーリー王女が戻ってきて、アンリさまを探してたわよ」
「了解」
よかった、といえばいいのかな。少なくとも、もう一度話すことは出来そうだ。ローラを見ると、彼女も無言で頷いた。
「殿下、お探しと伺いましたが……」
貴賓室の扉の前で呼びかけると、一瞬の静寂ののちにシャーリー王女がぼくを笑顔で迎え入れた。その笑顔はこころもち疲れは出ていたが、翳のようなものはまだ見られない。鎧を身につけて騎士姿で出て行った王女だが、今はガウンの下から上質の生地のスカートがのぞいている。シャーリー王女のスカート姿は初めて見るもので、ちょっと新鮮である。
「足労をかけてすまない、フォーゲル男爵。もうしばらくしたら、またそなたが戻っているか見に行こうと思っていたのだ」
フットワーク軽すぎだろう、誰かに呼びに行かせろよ、と思ったが、考えてみれば王女はお付きの人間を誰も連れていない。戦場で自分のめんどうを自分で見ることもあるだろう、シャーリー王女ならではのフットワークなのかもしれない。
「殿下ともう一度話す機会を頂けるなら、何度でも足を運びますよ」
「嬉しいことを言ってくれるが、なにも礼は出せんぞ?」
そう言った王女は笑顔を悪戯っぽいものに変える。中性的な話し方をする王女だが、その中で見せるさまざまな美しい笑顔は心に迫るものがあるのだ。
「お礼などを狙って何かを言えるような器用な性格ではありませんで……」
「そういうセリフをスラッと言える不器用な男をわたしは知らんな。まあ、それはよい。ブリギットと話したそうだな? あの子は何かわたしについて言っていたか?」
「殿下がブリギット殿下のことを信用も信頼もしていない、と。ブリギット殿下からは、シャーリー殿下への温かい気持ちをたっぷりと感じさせていただきました」
「そうか……わたしはブリギットを信用し、信頼し、愛しているのだがな。たしかに、それを素直に表現できなくなって少し時間がたっているかもしれぬ」
「それは、俗な言い方をさせていただければ、シャーリー殿下派とブリギット殿下派の存在、といった事情があったりするということでしょうか?」
セリアさんが大立ち回りを演じた事件も、王宮内の主導権、あるいは利権の争いに端を発するみたいだしな。
「まあ、そういうことだ。わたしについているのが慎重な主戦派、ブリギットについているのが積極的な主戦派、と言えばいいのかな。これ以上はさすがに一国の王女として他国の貴族には話せないがな」
「なかなか微妙な表現をされますね。ぼくをドルニエを知るために使うようブリギット殿下に助言されたのもそういう背景から、と考えてよろしいでしょうか?」
要するに、ブリギット王女のうしろにはドルニエを敵にすることも視野に入れた人たちがいる、ということだ。そして、二人の王女は王女として機能するために、支持母体の考えをあるていど尊重する必要がある。
「そんなところだな。ずいぶん大胆な進言をしたそうじゃないか」
「言うだけならば簡単ですから。ドルニエに戻って義父に伝えて、あとは自分の手の届く及ぶ話ではなくなります。実現の暁にも、なりたての末端貴族では王女を歓迎する儀式に列席できるか怪しいものです」
「それは残念だな。その場合に行くのはブリギットとは限らぬのだが……」
「殿下がいらっしゃるのなら、儀式に出席できずとも、王宮に入る道筋でなんとかお姿を拝見できるように国の民と争いますよ」
「では、その時は馬車から目を皿のようにしてフォーゲル男爵を探すことにしよう。目が疲れ切って、そのあとの式典などで寝てしまうかもしれないな」
「それが自分の責任になるのは困るので、義父に頼みこんでなんとか儀式にまぎれこみます」
「そうしてくれると助かる」
シャーリー王女とそこで目が合い、二人で同時に吹き出す。なんとも心地よい時間だ。まだ慣れたとは言えない「フォーゲル男爵」という呼びかけが、シャーリー王女の口から出るとなんとも耳に柔らかく響く。そして、その時まで殿下が王女でいてくれるということは、殿下が壊れずにいるということに他ならないのだから、その実現もつい願ってしまう。
「フォーゲル男爵が女王宮をどう感じたか訊いてもよいか? ドルニエの王宮に比べれば小さいものだろうが、あれもこの国の歴史そのもので、国の誇りでもあるのだ」
「なりたて貴族の身ですので、王宮に出仕したことは数えるほどしかありませんが、たしかに比べるとドルニエの王宮はより大きく、入る人間を圧倒するものがあります。しかし、女王宮には女性らしい繊細な美しさがあり、入る人間を優しく包んでくれるような気がいたしました。自分はすばらしい場所だと感じています」
「そなたは本当に口がうまいというか……いや、こういう言いかたは失礼だな。聞くものをよい気分にさせてくれることを言ってくれる。わたしはあの場所で育った。わたしの一部と言ってもよい。それを気に入ってくれたというのは、自分に向けられた言葉のように嬉しいものだ。礼を言ってもよいか?」
あれ、よいのか? シャーリー王女の言いかただと、ぼくが王女を気に入ったと言ったも同然ということで……イエス・ノーでいえばもちろん気に入っているんだけど……あれ?
言った側のシャーリー王女も少し頬を赤らめた。どうやら、自分の言ったことの意味に気づいたらしい。これがまた表情に年齢相応の大人の色香を加える。ヤバい、顔が熱くなってきた。
「は、はい、もちろんです」
「そ、そうか……それでは言わせてもらう。ありがとう、そなたの言葉に感謝を」
こんな緩い雰囲気に浸っていられるような状態なんだっけか?
「女王宮では、ブリギット殿下と話されただけだったのですか?」
ぼくは、話が途切れるたびに次の会話のきっかけを探す。まるで好きな女の子と過ごす時間を延ばそうとする下心に満ちた男の行動だが、ある意味ではその通りだ。シャーリー王女に翳は感じられないが、少しアップダウンの振れ幅が大きい気がする。今日がこのように王女と話す最後の機会であるなら、せめて今日はぼくの全感覚をアンテナにしておきたい。
「昨夜は遅くまで話した。久しぶりに酒も飲みながらあれやこれやをな。楽しかったよ。二年ほど前に国境近くのレイハナという街でアッピアとの小競り合いがあったおりに、あの子を出し抜くような形で前線に先着して以来、あまり話す機会を持てなかったからな」
ごめんなさい、それはぼくにも責任の一端が……。
あのときは脳筋王女二人の競い合いとか面白がって見ていたが、今になってみると少し申し訳なく感じる。あれで本来お互いがお互いを愛しているシャーリー王女とブリギット王女のあいだに溝を作ってしまったのだ。ブリギット王女は王宮の積極的主戦派を背負ってしまっている。彼らにとっては、ブリギット王女が先陣を切ることが何よりも重要だったはずだ。それをし損じたブリギット王女に不満を持った彼らの前で、シャーリー王女と変わらず仲良くするわけにはいかないだろうから。
「では、そのあとは久しぶりにご自分の部屋でゆっくりお休みになれたのでは?」
「ああ、うん、そうだな。いや……じつは意外と目が冴えて寝つきは悪かったのだ」
そういえば、ここではシャーリー王女のほぼスッピンの状態ばかり見ていたので、今の王女は化粧が少し濃く感じる。いつぞやのベアトと同じように、目のあたりが特にそうだ。目が冴えた……だけだといいが。
「そういえば、フォーゲル男爵に見てもらいたいものがあったのだ」
一瞬表情を翳らせた王女は、すぐに笑顔に戻ってそう言った。
「自分に、ですか?」
「ああ、そうだ。申し訳ないが、わたしがよいというまで目を閉じていてくれぬか?」
「わかりました」
ぼくが目を閉じると、シャーリー王女のほうからゴソゴソと衣擦れのような音が聞こえてくる。ちょっといろいろ想像力を刺激して、身体の中心部につい血流が集まってしまいそうだ。
「よいぞ」
ぼくは目を開く。そこには当然ながらシャーリー王女がいた。姫騎士シャーリーではなく、あらゆる意味で「真の王女」がそこにいた。
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