13-12 ビルハイムのギルド
なにをやったんだ、ローラ……。
翌日、ぼくとローラはセリアさんの案内で家具や日用品の調達に出た。すでに目をつけた家はぼくたちが使える状態になっており、セリアさんとの関係でどうやらそこにとどまることになりそうなヨーゼフのために、最低限の生活が出来る状態にしなければならなくなったのだ。
ベルメイリアはここで旅を離脱する彼の代わりにニケを連れてくるようにお願いしている。なぜニケかといえば、フレドだと結局ヨーゼフと同じ運命をたどることになる気がしたからである。一行の食への執着がさらに激しくなるのは目に見えており、少し頭が痛い。
途中で少しティータイムをもらったボクとローラは、二人で軽い食事をした。数日前にも入ったカフェだ。
「結局シャーリー王女殿下は戻ってこなかったね。なんだかんだでこのまま王宮に戻ったままになるのかな。ボクも最後に挨拶したかったけど」
「もともと、こっちにいることのほうが異常なわけだしね。そうなっちゃうかも」
「それで殿下は大丈夫なの? 昨日は少し元気そうだったけど」
「うん、なんとも言えない。鎧を着けていたところとかちょっと不自然だし、少し無理をしているような気はしたんだけど、ぼくの印象だけで引き止めるわけにも行かないし」
「正装って言ってたじゃない。不自然じゃないだろ?」
「ぼくが昨日一人でブリギット王女のところに連れていかれたときは、ほとんど普段着だったよ?」
「あ……!」
ただ、不自然だとして、なぜ鎧が必要なのかがわからない。尋ねてみる機会があるといいけど……。
シャーリー王女のことは心配ではあるが、そのことにばかりかまけてはいられない。なにせぼくは、新婚の妻を放置してひと月の旅に出てしまったのだ。しかも、その妻はぼくの二人目の妻を迎えるための準備に、ぼくの分まで奔走しているのだ。この時点で人間のクズ認定されても文句は言えない。せめてぼくがやらなければならないことは、一にも二にも充分に結果を出して帰ることだ。
拠点は入手した。王宮とのコネも出来た。あとは人脈だ。二人の王女はカウントしないとして、セリアさんは超有能だが、基本的には女王国の利益を第一に考える人だ。できれば、そこから一歩引いているような人を見つけたい。となれば、とりあえず当たるのは冒険者ギルドだ。
セリアさんとヨーゼフに拠点の細々した立ち上げを任せ、ぼくはローラと一緒に下町の中心部にあるギルドに向かう。ドキドキしながらドアを開けて中に入った。なにしろ、こちらは学生上がりの若僧と美少女。テンプレが大挙して押しかけてきても不思議ではない。ローラはあたりを少し不安そうに見回している。
エントランスホールで立ち止まり、視線をめぐらす。「ここはガキの遊び場じゃない」とか、「いい女連れてるな、オレに貸してくれよ」とかが転がっていないかと注意して観察するが、どうもこちらに対する関心はほとんど感じられない。むしろ、こちらを見ないようにしている雰囲気すらある。
「ねえローラ、なんかぼくたち、避けられてる気がしない?」
「え、そ、そんなことないよ。き、気のせいじゃないかな?」
気のせいじゃないらしい。
「なにやらかしたの? 怒らないから言ってごらん?」
「怒られることなんかしてないよ! ボクのことを……その……いやらしい目で見ていた人たちがいたから……」
「Dランクの冒険者が、グループとしてBランクの認定を受けていた十人の冒険者集団を全滅させただけです。ええ、些細なことです。十人中六人が戦闘能力を大きく損なう負傷をして、集団はそのあとすぐに解散しました。どちらに責任があるかは明らかでしたので公的には不問にしましたが、当分のあいだ出入りを自主的に遠慮していただくようお願いしたはずですね」
「ローラ?」
なんてことを! この世界には傷をあっという間に治す魔法や、かけたり飲んだりすれば元通りなんて言う便利な液体はない。治癒魔法も治療薬も、自然治癒を多少促進するだけだ。だから自然に治らないようなものには効果はないのだ。
「キ、キリエさん、いたの!? 姿が見えなかったから大丈夫かと……」
「フロア統括として常に全体に目を配っております。それに、頼まれていたこともありましたので」
「頼まれていたこと?」
キリエさんは後ろを小さく振り返った。そこには強面のむさいオッサンが三人。
「あ、あなたたちは……!」
ローラはわずかに身構え、どうにでも動ける体勢をとる。そんなローラのほうに三人は一歩踏み出した。
「「「姉御、いつぞやは申しわけありませんでした!」」」
「あ、あねごぉ!!?」
ローラは悲鳴に近い声をあげた。
キリエさんによると、彼らは強制引退にならなかった四人のうちの三人でCランクの冒険者。ローラに詫びるため、時間の空いたときはギルドであてもなく待ち、キリエさんにローラが来たら教えてくれるよう頼んでいたそうだ。
三人は流れるように土下座を決めた。
「「「姉御、オレたちを舎弟にしてください!」」」
「なんでそうなるの!? イヤだよ、舎弟なんて作る気ないし! お詫びは受け取ったからもういいよ!」
ローラはパニックで切れかかっている。かわいそうだが、もうひと煽り……。
「いいじゃん、ローラ。これだけ慕ってるんだし」
ローラはぼくを睨みつけ、なにか言おうと口を開きかけた。だが、声を出すことは出来なかった。
「ああ? 子供の来るところじゃねえぞ」
「なにローラさん呼び捨てにしてんだ? 詫びにその剣おいていけや」
「てめえ姉御のなんなんだ? ガキは家で牛乳でも飲んでろ」
なんとテンプレ三連発、遅れてぼくにだけ飛んできた。
「あら、どう見てもローラちゃんのいい人よねぇ」
さらにひと声うしろから飛んできた。ローラが振り返るが、ぼくはイヤな予感がして身体が動かない。
「あ、カーライルさん。いや、そんな、いい人だなんて……。アンリはそんなんじゃなくて」
ローラ、君はなぜこの状況でそんな嬉しそうに身体をくねらせていられるんだ?
「いやね、カーラと呼んでって言ったでしょ?」
絶望感とともに声の主を見ると、そこにいたのはやはりというべきか、身長はぼくより頭半分高い、フリル多めの赤いシャツを着たマッチョのスキンヘッドだった。鼻の下にはよく手入れされたヒゲをたくわえている。こんなテンプレ、出会いたくなかったよ……。
カーラさんことカーライルさんはAクラスで、ジュゼッペが去ったあとのビルハイムのエース的存在だそうだ。ちなみにキリエさんとやらはギルドの地上階フロア全体を統括するフロアマスターで、ギルドのナンバースリーにあたる幹部らしい。キリエは愛称で、正しくはキリエルカだそうな。耳が少し尖っているので、ベルメイリアと同じ森人系だろう。
奥のラウンジに通される前に三人組から「なんであんな若僧が姉御のそばに……」という気持ちはよくわかるブーイングが聞こえてきたが、それに対してカーライルさんが一喝した。断じて心の中ではカーラさんとは呼ばない。
「そんなこと言ってると、あなたたちいつまでもCのままよぉ。あたし、この子に負けることは絶対ないと言いきれるけど、勝つと言い切る自信はないわぁ。キリエちゃんはどお?」
「そうですね、魔法限定なら魔力量の勝負で最後はなんとかなると思いますが、なんでもアリならちょっと分が悪いかもしれませんね」
三人組がブータレ顔のまま固まった。
ラウンジに引き込まれたぼくらは、あらためてギルド施設立ち入りの自制を求められた。正確には、ローラが立ち入り実質禁止、ぼくはローラを伴っての立ち入りを禁止、という感じだ。ローラがいなければ、ぼくにはなにも制限はない。
「ローラさんになんの落ち度もないのは承知しておりますが、なにぶんあの件で冒険者に広まった動揺がまだおさまっておりませんので、ご理解いただければ助かります」
ローラはひたすら頭を下げていた。どんだけ暴れたんだよ、きみ? そこまでキレたところは見たことがないから想像できないし、逆に少しだけ見てみたい。
「で、表の三人はどうします? ローラさんに心酔しているのは間違いありませんが……」
「いらないよ、舎弟なんて!」
ローラの反応は誰もが予想するとおりだが、少し思いついたことがあった。
「まあまあ、ローラ、落ちついて。キリエさん、その三人、ぼくらが連れていくことはできません。ですが、本当にローラの舎弟になるつもりなら、ここに残るぼくの仲間が必要としたときに、役に立ってもらうように言い含めてもらえますか?」
「そのままでは納得しないかもしれませんので、試用期間のようなものと言えばよいですか?」
「けっこうです」
ぼくは抗議しようとするローラの口をふさぎながら話をまとめきった。キリエさんも満足そうだ。
「リアンさん、あなたと一緒の時のローラさんはまるで子供のようですが、どういう手管を?」
「それなりにつきあいが長いですから。あとは内緒で」
キリエさんはフンフンと頷いて流した。深く追求するつもりはないようだ。横でフガフガ言っているローラは言いたいことがありそうだが、スルーだ。
「リアンさんはわたしの知る限り、ビルハイムのギルドにいらっしゃるのは初めてですね? 仕事を探しに、という雰囲気でもなさそうですが、どのようなご用件で?」
「しばらくしたらアッピアに向かうんで、うまい仕事があればいい、とは思ってます。あとは、初めて来るところなので、面白そうな人でもいたらいいなぁ、と」
「ジュゼッペちゃんたちがいなくなってから、小さくまとまった普通の冒険者ばっかりになっちゃったわねぇ。面白みがないったら」
いや、少なくともあんたがいるだろ。超がつくほど普通じゃないあんたが。
「そういえば、彼らはドルニエに向かったあと消息を聞きませんね。リアンさんたち、なにか知りません?」
知ってますとも。非常によく。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




