13-11 重なる思惑
アンリの、勝手に外交やってます、の巻。
シャーリー王女に何があったか、そしてアレックスは本当に死んだのか。
ぼくはいずれも回答を持っている。だが、ブリギット王女にそれを伝えるべきかどうか、伝えるとして何をどこまで、どう伝えるのか、判断材料がない。安易な判断でこれまでのシャーリー王女の苦しみを台無しにしてはならない。
「何故それを自分に問われます? 自分は旅の途中のよそ者です。王室のことは、王室のかたが一番よくご存じのはずでは? よそ者が殿下より事情に詳しい、というのは少々問題ではないですか」
「くどくど言ってないで答えなさい。わたしは王女よ? そしてここは王宮。あなたがここから出られるかどうかはわたし次第だと思わない?」
ふむ……。単純に考えればDQNな王女だが、あまりにストレートにDQNすぎるな。ちょっと情報を整理してみよう。
まず、何故ブリギット王女がぼくをここに連れてこさせたか。情報源として可能性があるのはシャーリー王女かシャナ王女、そしてセリアさん。シャナ王女は訊かれれば答えるかもしれないが、訊くためのトリガーとなる情報がブリギット王女にあるとは思えない。
セリアさんはぼくを利用するつもり満々だし、こういう単純な形でシャナ王女からブリギット王女に乗り換えて、シャーリー王女も裏切ってぼくを売るとは思えない。ローラとベルメイリアはたまたま王宮にいるが、確実にそうなるとは限らなかった。ぼくが戻らなければ、当然行動を起こすだろうし、そんなわかりやすいリスクはとるはずがない。とするとシャーリー王女がソースだ。
では、シャーリー王女は何をどう、なんのために伝えたか。ぼくは積極的に遠ざけられるほど王女と悪い関係は築いていないと思う。自分に何があったか、そしてアレックスくんに何があったか、王女はおそらく墓まで抱いていこうとしている。それを妹であっても他人に安易に話す人じゃない。ならば、ブリギット王女は「何かがあった可能性がある」ことしかわからない。そして、その答をぼくが知っていると想像できる形でぼくの情報を伝えたのだろう。
だとすると、あまりよろしくない。シャーリー王女はぼくをブリギット王女の役に立てようとしたのではないか。何故自分で役立てないか。それは、もう自分が正気を長くは保てないと感じたから……。
「お答えするかどうかを決める前に教えてくださいますか? シャーリー殿下はなぜ自分をブリギット殿下のところに遣わしたのですか?」
ブリギット王女は大きくため息をついた。
「わかったわ。フォーゲル男爵、あなたは信用できる人物ね。そして、姉さんがあなたを信頼していて、あなたも姉さんを信頼している。試すような真似をして悪かったわ」
「では、やはりシャーリー殿下がわたしのことをブリギット殿下にお伝えになったのですね?」
「ええ、ドルニエのことを知る必要があるときはあなたを頼れ、ってね。まるで自分はそんな必要がないみたいに……。たしかに姉さんは少し不安定なところはあったけど、こんなことは初めてよ。まるで姉さんがどこかに消えちゃうみたいじゃない! ねえ、教えて! 姉さんに何があったの? アレックスの自殺と関係あるんでしょ!?」
結論。ブリギット王女もやはり百パー脳筋というわけではない。姉王女より少しだけ脳筋度が高いことは間違いないのだろうが……。
「シャーリー殿下がなにと向き合っていらっしゃるのか、ぼくは想像するしかありません。殿下から信頼を得ているならなおさら、それを勝手に話して裏切ることなどできません。同じように殿下が信頼しているブリギット殿下ならおわかりいただけるでしょう?」
「わたしは姉さんには信用も信頼もされていないわ。アレックスのことも姉さんに押しつけっぱなしで、今回もなにも聞かされなかったし……」
「シャーリー殿下は、ブリギット殿下を昔もいまも愛していると、妹でいてくれてよかったとおっしゃっていました。シャーリー殿下を心配されるなら、強引にご自分でぶつかられるのもよいと思いますよ」
「……フォーゲル男爵、あなたいったい何歳なの? 生意気な学生が爵位を持っているだけの若僧だと思っていたのだけど」
「正真正銘,卒業したばかりの十五歳の若僧ですが?」
「ふーん、十五歳ね……卒業したばかりの十五歳? あなた、通っていたのは王立学舎なの?」
ぼくを見定めるように見つめていた王女が突然表情をこわばらせて訊いてきた。
「そうですが、それがなにか?」
「あ、あなた、マイヤ・ジレスを知っていたりする?」
「一緒に卒業した同窓ですので、もちろん知っています。自分の妻とは子供のころからの親しい友人ですし」
「十五歳で、卒業したばかりで結婚しているの? なんて生意気な……じゃなくてっ、その……あの子が絵を描いたりするのは知っているわけ?」
「彼女がどのような絵を好むかも、シャナ殿下と交流が深いことも、ブリギット殿下がお得意さまでいらっしゃることも、以前よりよく存じておりますが?」
ブリギット王女はカアッと頬を染めた。それはもう、おもしろいほどの色の変わりかただった。
「……それは他言無用でお願いするわ」
けっこうかわいらしいかたではあるな、ブリギット王女。クールでかっこいい系の美貌が青くなったり赤くなったり、よく表情が変わる。意外性が萌える。
「お目にかかってすぐのような対応をされてしまうと、つい口も軽くなってしまうかもしれませんが……」
王女は文字通り「ぐぬぬ」という表情になった。
「あれは悪かったって言ったじゃないの! いい性格をしているわね!」
どうやらこの王女も悪い人ではなさそうだ。
「それはそうと、シャーリー殿下はなぜ『ドルニエを知るなら』と、うちの国を名指しされたのですか?」
場は一転してうち解けた雰囲気のお茶会のようになっていた。
「姉さんもわたしも戦うしか能のない王女と言われているのは知っているでしょ?」
トラップかい、これは?
「いや、それにお答えすることは差し控えさせてください」
「うまく逃げるわね……まあそれはいいわ。わたしはいろいろあって対外積極派の旗頭みたいになってるの。わたし自身、それを嫌がっているわけじゃないんだけど、アッピアに出るにしてもギエルダニアに出るにしても、問題はドルニエの出方でしょ?」
リラックスした雰囲気になってきたと思ったら、いきなりぶっちゃけ始めたな、オイ。他国の貴族に聞かせていい話かい、これ?
「自分に聞かせてよい話ですか?」
「あなたは姉さんが信頼している相手よ? 姉さんとはもちろんじっくり話すけど、これはこれよ。せっかく世話してもらった相談相手だし、利用はさせてもらうわ」
「了解しました。自分で役に立つならなんなりと」
「今のところあなたの国は大陸の強者としてわたしたちの国なんか相手にしていない。でも,アッピアかギエルダニアにある程度食い込んだとして、黙ったままなのか、どの辺でお仕置きがやってくるのか、勘どころをつかみたかったのよ」
「まさか学生上がりの自分が、そんな高度な判断に関わってるなんてお考えじゃないですよね?」
「あたりまえじゃない。ただ、あの国がどういう国なのか、はっきりした印象を持ちたかったの」
着眼点は悪くないと思う。ただ、この方法で目的を達するためには、ぼくは延々とブリギット王女につきあわなければならなくなる。
「いちど、カルターナまでお越しになりませんか? 直接見て、感じていただくのが一番早いと思います」
「それはそうだけど、そっちが受け入れる気があるかもわからないし、話を煮詰めるだけで一年、二年かかっちゃうわ。それまで動かずにすめばいいけど……」
「いま、うちの国王はたまたま女王国に関心を強く持っているらしいですよ。自分の義父は王に近いですから、耳打ちするよう頼んでみましょうか?」
自分が直接アクセスがあるなんてことは、この場では言わずもがなだ。
「あなたに世話になりすぎるのは怖い気がするけど、やってみて損はないわね。お願いできる? うまくいったら、お礼はするわ」
「承知しました」
よっしゃ、陛下に持って行く話ができた。お礼というのは気になるけど、うまく運ぶかどうかはぼくの関わる話じゃないし、ぼくが無理する必要はない観客としてみていよう。
ブリギット王女に解放されてローラたちのところに戻ると、二人はまだ食事中だった。というか、えんえんと食事中だった。ほんの少しだけぼくもつまませてもらって小腹のすきを抑えると、セリアさんに合図して二人を引きずって「風花亭」に戻った。部屋に戻る前に食堂でちょっとお茶をいただく。
「で、アンリは一人でなにしてたのさ? まさか超高級料理でも食べてたんじゃないだろうね」
ローラさん、あなたいつから腹ペコキャラになったの? それに、いかにも一人でいい目を見ていたような言いかたはやめてほしい。
「ブリギット王女と一対一で話してた。ドルニエの話をあれこれ訊かれたよ」
ウソではないし、前半部分は言う必要はないだろう。
「うえ~、それはご愁傷様」
と、階上から足音が下ってきた。シャーリー王女だ。鎧まで着けて最初に見た騎士姿である。やはりカッコいい。動きも溌剌としていて、表情も引き締まっている。
「どうしたんですか、殿下?」
「ああ、ブリギットがとにかく一度顔を見せろと言ってきたのだ。放っておいてここに乗りこまれても、そなたたちに迷惑がかかろう? 目立たぬように顔だけ出して戻って参るつもりだ。いずれは王宮に戻るにしても、そなたたちに別れの挨拶くらいはしたいからな」
いや、その姿は目立つでしょう。
「どうして鎧を?」
「ここには着のみ着のままで来ている。正装といえるものの持ち合わせがないのだ」
あれえ? さっきブリギット王女の前に引きずり出されたときのぼくは、とても正装といえるものではなかったのだが……まあ、女王家の人間とそれ以外では違うということか。ちょっと違和感を持ちながらも、ぼくたちは王女を見送った。
ほんの少し動きがぎこちない気がしたが、呼び止めるのを思いとどまる。ぼくの言うことを受けてブリギット王女が動いたのだ。心配はしても、ぼくはそれを見守るしかない。
その夜は、シャーリー王女は「風花亭」に戻ってこなかった。
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