13-10 ブリギット第二王女
三人目~。
「ブリギット殿下はどのようなかたなのですか?」
ぼくは、女王国の意外な姿に触れたことに触発されて、シャーリー王女と話すまで深く知らなかったこの国の女王家の実情に興味をもった。なにせ、これまでは脳筋の姉王女二人と腐ったシャナ王女、という雑な捉え方しかしてこなかったのだ。ごめんなさい、シャーリー王女。あなたはただの脳筋ではありませんでした。
「あの子もわたしと同じで、戦場では猪武者だよ」
あ、そこは正しいんだ。
「というと、戦場以外では?」
「ブリギットは多くの人に囲まれていてな。話も固いし他人に対してカベを作ってしまいがちなわたしと比べて、誰とでも親交を結べるのだ。えがたい資質だよ。ときどき、あの子がうらやましくなることもある」
うーん、カベを感じてるのはシャーリー王女だけだと思うんだけどな。彼女の覇気を受け止められさえすれば、だれでも彼女を素晴らしいひとだと感じるだろうに。
「シャナ王女を含めて、皆様の仲はよろしいのですか?」
「なんだ、尋問を受けているみたいだな。だが、こういうのもたまには楽しい。姉妹の仲は良い……と思う。ブリギットはわたしをたててくれるし、昔は相談ごともしたりされたりだった。シャナは性格的に少し変わっているが、優しい子だ。今回も、わたしが窮地に追い込まれないように手を尽くしてくれた。昔もいまもわたしは二人を愛しているし、わたしの妹でいてくれて感謝しているよ。二人がわたしをどう思っているかは知らないがな」
ぼくの知っていたシャナ王女は、誰かのために今回のようなムチャをする人には見えなかった。だが、実際はシャーリー王女のためにかなり危ない橋もわたっている。きっと、彼女なりにシャーリー王女を愛しているのだと思う。
「女王位へのひとつの階段が女児の出産、でしたよね? ブリギット王女にそういう相手はいらっしゃるんですか?」
「これは話して良いことなのだろうか? そなたが与えてくれた拒否権を発動してもよいのだが……今晩は口がよく動く。フォーゲル男爵と運命を共にしてみるか。そなたがわたしの話を悪用したときには、少しだけそなたを恨むとしよう」
そう言ったシャーリー王女は、机の上の葡萄酒をクイッと飲み干してぼくに視線を送り、少し妖しく笑った。少し赤らんだ目許に背中がゾクッとする。これでぼくが彼女に迷惑をかけたりしたら、僕自身が自分を許せなくなりそうだ。
「ブリギットはわたしに常日頃から早く子を産め、とせっついている。わたしが女王位を継ぐことが確定するまで自分は子を産まないとも言っている。それを額面どおりとれば、現在そういう相手はいないか、子ができないように注意しているかだ。わたしは、今は特段の相手はいないと思っている」
ちなみにこの世界の避妊の方法、特に富裕層に人気のあるもののひとつが、魔力を使った方法だ。放ったあとの男の分身たちを魔力を照射して無力化するのである。避妊具を使わなくて良いところが好評だが、当然ながら魔力が強すぎたり、あまり何度も繰り返せば女性の身体に悪い影響が出る場合もある。しかし、ぼくはだいたいがこれだ。ひそかにタニアに魔力の加減の極意を教わっている。
「男性からの申し込みはありますか?」
「あの子は学園時代から男女問わず友達の多かった子だし、その時もそれ以降も、若干の特別の感情を抱いた相手はいたと思うが、長続きしたとは聞いていないな。いまはあの子にもわたしにも、表立っては話は来ていないはずだ。わたしなどは、すでに旬を過ぎたと思われているのだろうが」
「殿下、そのように自分をおとしめるのはお止めください! 殿下は美しく、聡明で、気高く、覇気に溢れた方です! 自分が女王国の人間であったなら、国の民と一緒に姫騎士の一挙手一投足に熱狂していたでしょう! 失礼ながら、そんな殿下が無駄にご自分をおとしめては、ご自身の価値を自ら下げることになってしまいかねません!」
たまらず声を少し荒げてしまった。シャーリー王女は驚いたようにぼくをじっと見ている。ぼくもああいってしまった以上視線をはずすわけにはいかない。うう、王女の目力が強いよ。
ぼくをじっと見つめていたシャーリー王女は、一瞬目を潤ませたがすぐに目に力を戻し、騎士平装の裾をギュッと握った。
「では、ここにいるドルニエ貴族のフォーゲル男爵は、残念ながらわたしに熱狂してはくれないということだな?」
強烈なひと言を口にして王女が浮かべたのは、表情のわずかな歪みまでが凶悪なほどに美しい、涙なしの泣き笑いだ。その壮絶な一撃は、間違いなくぼくのどこかを撃ち抜いた。
「あ、いや……その」
「ふふふ、冗談だ。わたしもドルニエに向けて自分を宣伝したおぼえはない。久しぶりに面と向かって厳しくたしなめられて、なんとなく嬉しい気分になって浮かれてしまったのだ。許せ」
「自分こそ、失礼な言い方で失礼なことを言ってしまい、本当に申し訳ありません」
「フォーゲル男爵、わたしも自分の話し方が普通だとは思わないが、そなたもときどき妙に凝った不思議な言い回しをする。王族に対する態度も堂に入っているし、本当にそなたは学生を終えたばかりの十五歳なのか?」
「え、ええ、見ての通りですが……」
やはり感受性の鈍い人ではないよなぁ。
「そうか、そうだな。変なことを訊いてすまない。それはともかく、そなたの言葉はなかなか響いた。わたしが自らをおとしめては、民にも申し訳が立たぬしな。今晩はしみじみと考えてみることにしよう。時間をとらせてすまなかったな、フォーゲル男爵」
民のこととか、全然頭になかったんだけどな。ただ、目の前のシャーリー王女に自分自身をもっと正当に評価してほしかっただけだ。
「こちらこそ、重要な話をいくつも聞かせていただいた上に、失礼な物言いまでしてしまったこと、お許しください」
「わたしが気にしておらぬのだ。そなたが気にすることは許さぬ。よいな」
「はい」
「よい返事だ。……と、やっと年上らしい物言いができたな。よい夜を」
「おやすみなさい。失礼します」
クスリと楽しそうに微笑んだ王女にすこしほっとしながら、ぼくは貴賓室を辞した。
翌朝、食堂に降りていくとセリアさんがぼくを待ち構えていた。
「申しわけありませんが、朝食は今はあきらめてください。一緒に行ってもらいたいところがあります。そこで軽食くらいは出ると思いますので、それで我慢してください」
新しい物件が出てきたとか? それとも、さっそく使い勝手の向上?
「ぼく一人ですか?」
「別行動になるかもしれませんけど、それでよければローラさんもベルメイリアさんもお連れになってけっこうですよ。ヨーゼフは言いつけてある仕事がありますので、居残りですが」
要するに、ヨーゼフは彼女の部下というポジションに舞い戻ってしまったわけだ。で、さっそくこき使われていると。ご愁傷様。
ぼくたちを乗せた馬車が向かった先は、なんと女王宮だった。なんとなくついてきたローラも「美食の気配がする」と言ってついてきたベルメイリアもさすがにびっくりしている。だが、ベルメイリアの「美食の気配」は、ひょっとしたらいいポイントを突いているかもしれない。なんたって女王宮だ。
「ローラさんとベルメイリアさんはこちらでお待ちください。用意してある食事はご自由にどうぞ」
ベルメイリアはもちろん問題なし。ローラは残されるのが少し不満そうだったが、食事の匂いにあっさりと白旗を揚げてぼくにヒラヒラと手を振った。ローラ、きみは一年だけとはいえ近衛騎士として皇宮に勤務していたんじゃなかったか? どこの田舎出の食いしん坊さんだよ。
「で、ぼくはどこへ?」
スタスタと前を歩くセリアさんに訊いてみる。
「着けばわかりますよ」
と言われても「わかる」ような相手はシャーリー王女とシャナ王女くらいで、シャーリー王女はまだ「風花亭」のはずだ。消去法だとシャナ王女だが、彼女がぼくに用があるはずもない。ありえない。
ああだこうだと考えながらセリアさんが開けた扉を入っていくとそこには……やっぱり知らない女性が座っていた。着いてもわからないじゃん。
「はじめまして、ブリギット・ラグシャンよ」
セリアさんは「着けばわかる」って言ったけど、そりゃ無理ってものだ。わかるわけがない。それにしても、なんで? なんでいきなり第二王女の前に連れて来られるわけ? ぼく悪いコトした? シャーリー王女に失礼なこと言ったのバレた?
パニクったまま、ぼくはブリギット王女の前に座らされた。そしてセリアさんはサッサと退出する。ここで目をそらしたら負けなので、気力を振り絞って視線だけは外さないようにするのだが、自分でも目力で完全に負けているのがわかる。
ブリギット王女は覇気は気分上向きの時のシャーリー王女と似ている。こちらを彼女が発する気が圧迫してくる感じだ。姉や妹と同じ黒髪を肩までで切りそろえ、素軽い感じが活力に満ちた雰囲気を引き立てている。女王家の血筋なのか、シャーリー王女が「広告塔はつとめられる」と言うとおり完璧な美しさだが、その活力が造形美を生物の美に昇華させている。ただし、体形はローラと同じ系統だ。胸部装甲はそれとなく存在がわかる程度である。
「フォーゲル男爵といったわね。単刀直入に訊くけど、姉さんに何があったの? そして、アレックスは本当に自殺したの?」
単刀直入って言ったら、普通訊くことはひとつだろう? ポイントは外してないし、訊き方はたしかに単刀直入っぽいけどさ。姉シャーリーは戦場以外では脳筋ではないとぼくは判断したのだが、妹ブリギットは噂どおりなのだろうか?
お読みいただいた方へ。心からの感謝を‼




