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13-9 ラグシャン女王国という国

けっこうカオスな女王国……

「殿下、おはようございます」


 ぼくはセリアさんが物件を見繕って戻ってくる前にと思い、朝食を済ませてから貴賓室を訪れた。


「おはよう、フォーゲル男爵。なにか用ごとだろうか?」


 ぼくは前夜セリアさんから勧められたとおり,ローザの件をシャーリー王女に相談した。彼女は確約はしなかったが、口利きは約束してくれた。


「しかし、彼女がフォーゲル男爵と行動をともにしていたとは。そそっかしいところがあるが才色兼備と評判をとっていた。死亡したと伝えられたときはわたしも悲しかったよ。近衛に向いていたかというと、にわかには判断できぬところがあったがな」


 おお、才色兼備とな! 周りの女子のレベルが高すぎるから埋もれてしまっているが、確かにローザもスキッと整った顔立ちをしている。彼女もそろそろ三十だが、彼氏とかいるんだろうか……?


「カルターナで懇意にしている武器屋で、騎士剣を売ってもらえず悄気(しょげ)てましたよ」


「どういうことだ?」


「騎士に向いてないやつに売る騎士剣は置いてないって言われたんです」


「ハッハッハ、そういうことか。慧眼だな。わたしもいちど見定めてもらいたいものだ」


「殿下は自他共に認める気高い姫騎士でいらっしゃるでしょうに」


「おだてても何も出ないぞ。わたしもそうでありたいと思ってはいるのだがな」


「それでは、自分たちはこれからセリアさんと外出して参ります。心配はないと思いますが、いちおう気をおつけください。誰もいなくなりますので」


「ふふふ、心配してもらうというのも悪くないものだな。ときにフォーゲル男爵……」


「はい?」


「……いや、なんでもない。所用はあろうが、街も楽しんできてほしい。わたしは、この街が好きなのだ」


 ぼくは貴賓室を退出した。最後、少し元気がなかった気がするが、気のせいだろうか? 夕食後にでも、もう一度話す機会を持ってみよう。




 セリアさんがピックした三件の物件のうち、ひとつがすこし狭めである以外はロケーション、構造ともに理想的で、しかも万一の際の脱出ルートも目立たないところに確保できる。広さにちょっとだけ迷っただけでほぼ即決した。セリアさんはそのまま手続きに入るということで離脱、なぜかヨーゼフを連れて行ってしまった。食事にしようと思っていたら、ベルメイリアは前日に見つけた魔道具店にいきたいらしく、合流地点を決めてやはり離脱した。


 そういうわけで、皆での外出が運よくローラとのデートに変わる。ベルメイリアが去って行くとすぐにローラが腕を絡めてきた。


「セリアさんとヨーゼフって知り合いだったの?」


 ヨーゼフを引きずるように連れて行ったセリアさんの様子が気になったらしい。


「昔の上司と部下の関係だって」


「でも、ヨーゼフって情報関係でしょ? どこかに潜入していたときにそこにセリアさんがいたとか?」


 とても真実には考えが及ばないらしい。人前で話すことでもないから、あとで詳しく教えてあげよう


「まわりに人が多すぎるからあとでね。それよりなにか食べる?」


 耳元でそう言うと、ローラがくすぐったそうに首をすくめた。彼女はぼくの腕を放し、こんどは手を握ってぼくを引っ張る。


「昨日見つけたカフェがあるんだ。お菓子だけどいい?」


 ぼくとローラはカフェでお茶とお菓子をいただき、アクセサリーや食材の店を冷やかしてまわる。そのあとブティックのような店に入ると、ローラが深いワインレッドのジャケットを大変気に入った雰囲気だったため、久しぶりにプレゼントした。彼女の機嫌は右肩上がりだ。こういうところはどんどん女の子になっていく。ま、ローラの薄めの胸部装甲に逆にマッチしたデザインで、とても似合っているからよいのだけどね。




 ブティックを出ると、もうすぐ夕方という時間帯になった。夕食代わりに中央広場に出ている屋台の串焼きや野菜焼きをローラとシェアしながら食べる。ドルニエよりも少し味が濃いめだが、悪くない。ビルハイムは計画的に作られた感じの街で趣(おもむ)きという点ではいまひとつだが、楽しくてよい街だ。


 暗くなってきたタイミングで、ぼくらは広場を離れて「風花亭」に足を向ける。ローラはぼくの腰に腕を回して身体を密着させてくる。ぼくも同じようにローラの細い腰を抱き寄せると、彼女は吐息とともにかすかに躰を震わせた。




「風花亭」に戻ると、食堂ではシャーリー王女が軽い食事をとっていた。最初の夜と同じ変装をしている。長身にじつによく男装が似合っているし、脚など口惜しいがぼくよりも長い。だが、初日はともかく今は貴賓室に入っているというのに、ここで食事をとるのはセキュリティ的にどうなのだろう。


 ぼくとローラは王女の向かいに座らせてもらった。座ることを許された、かな?


「楽しい街ですね、ビルハイムは。ぼくも好きになれそうです」


「そうか! わたしの好きな街をそなたたちも気に入ってくれたというのは、なんとなく嬉しいものだな」


 シャーリー王女は満面に笑みを浮かべた。おそらくは民を虜にしているであろう、じつに華やかで美しい笑顔だ。


「食事もけっこう美味しいですしね」


「そうかそうか。ん? ローラ殿のその上着、じつによくそなたに映えているな」


 ローラは買ったばかりのジャケットを、ブティックを出るときから着てしまっている。


「ホ、ホントですか? 嬉しいな、殿下にそう言ってもらえるなんて。これ、さっきアンリに買ってもらったもので……」


 何故か王女の笑顔がほんの少しだけ曇った。


「そうだったのか。さすが、フォーゲル男爵もやるものだな。少しだけうらやましく感じてしまうよ。わたしはそういう形で誰かに何かを買って贈ってもらった経験がないものでな」


 そうかもしれない。王族として育てられた彼女は、今日のぼくらみたいに、誰かと街であれこれ買い物をすることなどないだろうからな。


「王宮に戻られる前に、殿下も一緒に行きますか? 安物でよければ、頑張って何か贈りますよ」


「ハハハ、大変魅力的な誘いだが遠慮しておこう。そなたたちが寄り添うのを邪魔をしてしまっては後味が悪い」


 ぼくの横でローラが顔を赤らめてうつむいた。まだ少しだけ最初の夜を引きずっているらしい。


「お気が変わられたらいつでも言ってください」


「ああ、その時は頼む。さて、わたしはそろそろ部屋に戻るとしよう」


「わかりました。ではまた明日」


「そうだ、フォーゲル男爵、明日以降のことについて少し打ち合わせがしたい。さほど時間はとらせぬゆえ、あとで少し来てくれぬか?」


「承知しました」


 シャーリー王女はカッコよくサッと手を振ると上階への階段へ姿を消した。すると、ローラがスッと顔を寄せてきた。


「シャーリー殿下、少し疲れてるような気がしなかった?」


「そう? 楽しそうに話してたと思ったけど」


「楽しそうだったけど、ちょっと無理してはしゃいでる気がしたんだ。なんとなく張り詰めてる感じ。アンリもあとで話すとき、少し気をつけてあげて」


 だとしたら、少しまずい兆候かもしれない。


「わかったよ。あまり自信はないけど、全力でおかしなところがないか感じてみる」


「アンリ、もし殿下がアンリを頼ってきたら、アンリは支えてあげてほしい。それがどんな形でも、ボクは受け止めるし、受け入れるから。ボクはあの方を応援したい」


 ローラは明らかに「どう支えることになるか」も承知の上で言っている。だがそれでいいのか? たしかにタニアも「拒否するのは自由だがその場で王女は壊れるかもしれない」と言っていたが、だからといって大事な人のすぐそばでほかの誰かと、という踏ん切りなど簡単につけられるものではない。


「いや、しかし……」


 ローラはぼくの手をキュッと握ってきた。


「大丈夫だよ。ベアトリーチェやリュミエラには気づかれないようにしてあげる。もちろん、エリーゼにも。アンリひとりじゃ頼りないから、ボクも協力するよ。二人だけの秘密だ」


「ローラ……」


「二人だけの秘密ってね、その秘密に耐えられる限り、けっこう嬉しいものなんだよ。そしてボクは耐えられる。ボクを信じてくれないかな?」


 ぼくはローラの手をギュッと握り返し、そして腰を抱き寄せて唇をあわせ、その唇を耳もとに移した。


「ローラ、大好きだよ」


 ローラは答えず、小さく「ンンッ」と呻いて形のよいアゴを上向けた。少し開いた唇が艶めかしかった。





「じつは、王宮に戻るのを一日延ばすことにした。うるさい者たちを完全に黙らせるのにあと一日必要だとシャナが言っているらしい。まあ、これだけの道化芝居を二~三日で完結させるのだから、あの子は本当に恐ろしい。本来ならばあの子が女王になってわたしとブリギットがその横を固める、というのが我が国の理想だと思うのだがな」


 貴賓室を訪れると、シャーリー王女が平装の姫騎士姿でぼくを待っていた。凜々しくてカリスマに満ちた姿はザ・王女だ。ぼくは少しだけホッとした。ローラと話したあとだけに、王女が初めての夜のベアトのような姿で待っていたらどうしよう、と少し心配していたのだ。取り越し苦労というのはほんとうに恥ずかしい。自己嫌悪だ。


「あの、女王国にとっての理想というのは、ひょっとしてドルニエにとっての脅威では?」


「ハハハ、そうかもしれんな。だが安心するがよい。そうはならんだろう」


「理由をきいてもよろしいですか?」


「詳しくは語れぬが、あの子が子をなす姿をわたしは想像できない。わたしの知る限り、あの子が男に興味を抱いたことはないと思うのだ」


 いや、男には興味ありすぎますよ、シャナ王女は。ただ、男女関係の一方のにない手としての男に興味がないだけです。マイヤがいる以上、状態は悪化していると思いますし。


 しかし、それが女王になることへの障害になるとは……いや、障害にならなくても、それはそれでまずいかも。同人誌発行が義務づけられたりしたら大変だ。


「子供を産むことが必要なんですか?」


「女王の胎から次の女王が生まれることが必要なのだ。当国の王室では戴冠前の出産はむしろ奨励されている。女を産んでいれば、女王たる資格をひとつは持っていることになるわけだからな」


 すごい国だ、ラグシャン女王国。



 

お読みいただいた方へ。心からの感謝を!

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