13-8 透明の悪鬼
セリアさんとはいったいなにものか。
ひとりの侍女か、それとも……。
「風花亭」に戻るともう夜になっていたが、ローラとヨーゼフは外出していた。ベルメイリアは「お腹がすいた。働き過ぎよ」とか言って食堂に直行である。ぼくはひとりで貴賓室に向かった。ドアをノックして名乗り、中からの声に招き入れられる。
「フォーゲル男爵、手間をかけさせて済まなかった。首尾は?」
「無事に自分の信頼する場所に預けてきました。どこかを言うつもりはありませんが」
シャーリー王女は微かに笑った。朝方の彼女と比べてどうなのか、すぐには判じられない。
「そなたはわたしの心を読めるのかもしれないな。訊こうと思ったが、その前に封じられてしまったよ。それでよい。知れば心が揺れることがあるかもしれぬ」
「こちらの状況に何か変化は?」
「シャナがムチャをしたらしい。もっともあの子は部屋から出てこないから、実際にムチャをさせられるのはセリアなのだがな。アレックスを追ってそなたたちに撃退された騎士は、部隊ごとギエルダニアとの国境に送られた。ただ、彼らが国境に到達することはないらしい。アレックスは彼らから逃げ切れずに覚悟の自殺をした。その責めを負ってのことだそうだ。綺麗にたたまれた衣服や靴が残っていたそうだよ。わたしも二、三日で王宮に戻って問題ないそうだ」
シャナ王女、すげえカッ飛んだことをやってくれる。大感謝だ。巻き添えを食った部隊の人は気の毒だが、しょせん同じ穴の狢だろうし、ご愁傷様。
「セリアさん何者なんですか? 有能すぎません?」
「それはそなたとの約定どおり、語るべきではないと判断する。情報部の内情など他国の貴族に話すわけがなかろう」
王女はそう言ってニヤリ、と笑った。覇気は感じるし、切れ味も戻っている。あまり関係ないが髪や肌の艶もすばらしく、仕草にも張りがある。姫騎士のあるべき姿だ。とりあえずタニアの悪いほうの見立ては外れているか? そうだといいのだが……。
「それで、そなたの希望する物件の条件はまとまったか?」
ぼくは王女にいくつかの条件を告げた。街中だが下町の外れのエリア、表通りから一歩入った人通りの少ない立地、五人が同時に個室に宿泊出来る部屋数、打ち合わせに使える広めのラウンジ、他の建物と接していないこと、といったところだ。
「承知した。王宮との連絡役はシャナのはからいでセリアが引き受けてくれた。関係者は少ない方がよいから、好都合と言えるな。わたしが許可したと伝えてくれれば、物件をセリアが見つくろってくれる」
「おかげでずいぶんラクになります。ありがとうございました」
「気にせずともよい。それよりフォーゲル男爵、そなたも飛び回って疲れているのではないか? 早めに身体を休めてはどうだ?」
「殿下は今はお忙しいですか?」
「いや、王宮に戻るまではむしろ手持ちぶさただな」
「自分と少し雑談する時間はございますか? まだ殿下と普通に話をさせていただいていないので……」
「かしこまった話し方は無用だぞ? 気楽に話してくれてよい。ただ、わたしと話してもあまり面白くはないと思うぞ」
「なぜそんな?」
「気の利いたことなど言えぬ堅苦しい女だからな、わたしは。王宮でも戦場でもわたしに声をかけてくる者はいるが、みな早々に話を切り上げて離れていってしまうのだ。よほどわたしの話がつまらないのだろう」
そんなはずはないと思うのだが……。
それから半時ほど、ぼくはシャーリー王女ととりとめのない話をした。王宮や戦場でのエピソードに笑わせてもらったり、ぼくの学舎でのあれやこれやにけっこう痛烈なツッコミをもらったり、充分に楽しい時間だった。
「それでは、そろそろ休ませていただきます。楽しい時間をありがとうございました」
「うむ、わたしも久しぶりに会話を楽しむことが出来た。こちらこそ礼を言わせてほしい。今夜はゆっくり休んでくれ」
含みがあるのかないのかわからないひと言を背に、ぼくは貴賓室を辞した。
思っていたとおり、決してシャーリー王女は会話下手ではない。話題の選び方も、侮辱にならないように気を配った毒舌も、じつに心地よい。間違っても戦場以外で価値のない女性などではない。話しかけてくるものが早々に立ち去るというのも、うわついた気持ちで近づいた人たちが、彼女の覇気にあてられて前に立っていられなくなるだけではないだろうか。それに気づかない、という点では周囲の人たちの空気を読むのが苦手な不器用な人、といえるかもしれないが……。
部屋に戻ると、ちょうどローラとヨーゼフが外出から帰ってきたところだった。今日の部屋割りはさすがに男と女別室で、ボクはヨーゼフと一緒だ。
「ヨーゼフ、街で知りあいに出くわしたりしなかった?」
「何人か見かけましたが、向こうは気づきませんでした。情報部に回される男は、存在感の薄い人間が多いんです。それがさらに周囲に溶け込む訓練をしますから、自己主張をしない限り気づかれませんよ」
「ほう、それでは君は腕がなまった、ということかな、ヨーゼフ?」
気配ゼロのまま、いきなりうしろから声が飛んできた。慌てて振り向くと、セリアさんが笑いながら立っていた。
「た、た、た、隊長! なんでここに? いえ、これはですね、べつに工作中というわけでなく……」
「どんどん墓穴を掘っているぞ。冷静さを欠くとミスが増えるのは変わらないようだ」
「えーと、知りあい?」
ボクはヨーゼフの顔を覗きこんだ。顔面は蒼白で、悪い感じに汗をダラダラ流している。
「……オレの最後の上司です……」
こんどはセリアさんを見る。たしかに、シャーリー王女は情報部との関係をほのめかしていたが……。
「なんのことでしょう? わたしはシャナ王女の侍女のひとりですが?」
「……なんで『透明の悪鬼』が侍女なんかに……」
ヨーゼフ、きみ、いますごく物騒な二つ名を口にしたよね?
「まあ、わたしとヨーゼフの関係など、『いまは』小さな問題です。何かご用があると伺いましたが?」
あとでまた蒸し返されるわけだな? ぼくに関係ないからいいか。
「物件の条件を整理したので、相談したかったんです」
ぼくはセリアさんに希望する条件を伝え、シャーリー王女の了解を得ていることを付け加えた。
「承知しました。明日までにはアタリをつけておきましょう。ただ、物件の入手には協力できますが、管理までお手伝いする余裕はありません。物件の管理はそちらでお願いすることになります」
困ったな。人手不足だというのに……。
「ここで募集したりできませんか?」
「それはできますが、すべて新しく雇った見知らぬ人物というわけにもいかないでしょう。ひとりはよく知ったものを置いたほうがよいのでは?」
「ですよねぇ……」
「そこのヨーゼフなどどうです?」
えっと、彼は女王国を離れてこちらに転んだ人間だよ? まずいのでは?
「隊長、なにバカなこと言ってんですか! いつまでも気づかれないわけないでしょう! ひと月たたないうちに拘束されちまいますよ!」
「ふむ……一つご相談です、フォーゲル男爵。このヨーゼフをここに管理人として残してくださるなら、彼は今まで任務でドルニエに潜入しており、それを解かれて新しい任務に就いていることにしましょう。もしこの男がどうしても拒否するなら、脱走罪で第一級手配をかけます」
第一級手配とは、他国の元首に正式に書簡を出し、捜索および摘発の協力を得るというものだ。はっきりいって、迷う余地はない。
「了解しました。ヨーゼフに任せましょう」
「アンリ様!」
ヨーゼフはほとんど半狂乱だ。
「フォーゲル男爵が話のわかるかたで非常に嬉しいですね」
「ただ、決める前にいちおう、なぜそんなにヨーゼフ推しなのか聞かせてもらっていいですか?」
「わたしもなにかの折に利用させてもらいやすくなりますから。ああ、ご迷惑をかけるような使い方は決していたしません。認めていただけるなら、使い勝手の向上にも協力いたします」
むむ、セリアさんを信用できる人物とするならば、方向性としてはアリだ。ただ、持ち出しが多い気がするな。
「もう一声なんとかなりませんかね。たとえば、フレドとローザもセットで無罪放免にしてもらうとか」
「あの二人も抱えていらっしゃるんですか。ですが、わたしが請けあえるのはフレドだけですね。ローザはシャーリー殿下に相談されたほうが早いでしょう」
「それだと、セリアさんからの支払いが減りますねぇ……」
「支払い、ですか。面白いかただ。では、次以降にお越しの際にも、可能な範囲でわたしがいろいろ相談に乗りましょう。それで足りますか?」
こちらからすれば、支払い超過にも見える。それがセリアさんにわからないはずはない。彼女にもメリットのあるような協力、あるいは、家やヨーゼフをかなり使い倒すつもりなのか……。
ぼくは無言で手を差し出し、セリアさんはその手をぎゅっと握った。ぼくも握り返す。交渉成立だ。ヨーゼフは部屋の隅で幽体離脱状態になっているが、気にするまい。セリアさんは、翌日昼前に一度顔を出す旨を言い残して去って行った。
「ヨーゼフ、『透明の悪鬼』って?」
ぼくはガックリと肩を落としている彼に、余計な気配りゼロで訊いてみた。
「ああ、オレが所属していたのが『三番』って呼ばれている実力工作担当の部隊で、そこのリーダーがあのセリア・マッケンジーだったんですが、いちど王宮のクソ野郎に嵌められましてね。隊長を含む六人で潜入したら、そこにとある貴族の私兵が三十人ほど待ち構えていたんですよ」
「うわあ……」
「覚悟して隊長を見ると、ヘラヘラ笑いを浮かべてましてね。次の瞬間消えました、文字通りに。相手が次から次へとバタバタ倒れていくんですが、隊長がどこにいるかがさっぱり見えないんです。ようやく見つけたときには、相手は全員が喉首かっ切られていました。で、ついた二つ名が……」
「『透明の悪鬼』と……。何なの、それ?」
いろいろあり得ないだろ。
「あのときは、キレた隊長の前に立つくらいなら自分で喉を切った方がましだと思いました」
「『おまえらは逃げろ』とか『下がってろ』とか、指示は全然なし?」
「たぶん、オレ達がいることも頭になかったと思いますよ」
セリアさんは絶対に怒らせないようにしよう。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!




