13-17 ビルハイム出発の日
女王国編はここまでになります。
パターンだとこのあとシャーリー視点のInterlude、という流れですが、今回はありません。
思うところあって、シャーリー視点の恋物語を別筆者名で別作品にしました。まだ完結していませんが、なろうグループ内の夜想曲の聞こえるところに出してあります。18才以上でご関心のある方は、検索いただければ幸いです。タイトルに「シャーリー」という名前は使ってあります。
アッピアまでカーライルさんと一緒。彼の指示には服従。もちろん、カーライルさんがどういう指示を出すかなんてわからないが、つい悪い想像をしてしまう。悪い人ではないのがわかっているが、そういう問題ではないだろう。危険すぎる。
あれこれ頭を悩ませていると、ぼくの背後、入り口のほうがざわめいた。振り向くと、いかにも騎士といういでたちの兵士が数人入ってきている。あれか? ギルドと騎士団のいざこざか? テンプレか?
「キリエ殿、マイヤー殿はおられるか?」
若手の騎士がキリエさんに問いかけた。あれ? そんなに雰囲気悪くないな。
「ギルドマスターは出張中です。サブマスターも同行していて、わたしが留守を任されています。何かご用でしょうか?」
「キリエ殿、じつはカーラ殿がビルハイムを離れると聞いてな。この街の守り神が出発する前にひとことクギを刺そうと思って足を運んだのだ。『戻ってくるのはいつごろになる?』とな」
キリエさんに問いかけた騎士の背後から女性の声が響いてきた。透明なよく通る声と持って回ったような話し方。誰なのかは間違いようがない。シャルはまっすぐカーライルさんのところに歩いて行く。ぼくには気づかないようだが、こんなところにいるとは予想もしていないだろうし、やむを得ない。ぼくとしてもビルハイムをでる前にシャルをひと目見られるのはラッキーだ。心の中だけど、お別れの挨拶が出来る。
「あら殿下、あたしは身も心もこの街に捧げているわよ~。特に身はもうこの街に犯されちゃってるもの」
「相変わらずカーラ殿の言うことはどこか意味がわからんな」
シャルがカーライルさんと談笑しているあいだに、ぼくはキリエさんにこの状況の説明を求めた。
「シャーリー王女は街でも戦場でもギルドを正当に扱ってくださっているのです。ご多聞に漏れず、以前は王宮とギルドは必ずしもうまくいっていませんでしたが、王女のおかげで今は非常によい関係が築かれています」
「王女さまはカーライルさんとは顔見知りなんですか?」
「シャーリー王女は主だった冒険者の顔と名前はすべて把握しておられます。Aランクでこのギルドの柱の一人であるカーラさんとは、あのように軽口も出る関係ですよ」
なるほど、戦う王女として、そういう面でも非常に優れた功績を残しているのか。しっかりと実績を残しているようだ。広告塔なんかじゃない。みなに慕われ、頼られる存在ではないか。
「キリエ殿の横にいる少年は見慣れぬ顔だな。ここに一緒にいるということは、カーラ殿の弟子か何かだろうか?」
ふいにシャルの声がこちらに向いた。視線が交わるが、驚きの気配はない。その瞬間すべてが繋がった。
彼女はぼくがギルドに立ち寄ったあとに出発することを知っていたのだ。王宮の中までぼくの旅立ちの予定が聞こえるはずはないから、誰かが伝えた。予定を前の日にヨーゼフと会ったときに口走ったような気がするが、それを伝えるとすればセリアさん以外にない。なんだよ素っ気ないフリしてなかなかツンデレさんだな……って、違う! ひょっとして彼女にはぼくとシャルの関係はモロバレなんだろうか?
「そちらはリアンさんというドルニエの冒険者の方です。ちょっと縁あって、カーラさんの旅に同行してもらうことになっています」
シャルはキリエさんの説明を頷いて聞いている。
「……リアンどの、ビルハイムを訪れるのは初めてだろうか?」
「はい、とても楽しく美しい街です。大好きな街の一つになりました」
「そうか、この街はわたしそのものだ。そう言ってくれることが何よりも嬉しいのだよ。ぜひまた訪ねてきてくれ」
王女としての笑顔の下に、シャルの願いを感じるのはぼくの思い上がりだろうか。
「この街が自分を受け入れてくれるのなら、是非」
ぼくはさまざまな想いを込めて答えた。彼女もただ頷いている。
「……そうだ、このように立ち話をしていてなんだが、少しのあいだわたしの前にひざまずいてみてくれぬか?」
シャルの言葉にぼくは黙ってひざまずいた。鍛えられているわりに繊細な手がぼくの頭に乗せられる。
「聖母マリーエンの名において、そなたの旅に祝福のあらんことを」
シャルはほんの少し指を動かして指先にぼくの髪を絡めてから、手をゆっくり離した
「あら王女さま、不公平じゃなあい? あたし王女さまに祝福なんてしてもらったことないわよぉ?」
「気まぐれだ。それにカーラ殿に祝福など必要ないではないか。災厄のほうからさっさと逃げ出して行くであろう?」
「ひど~い。わたしがやっかいごとを抱きしめて逃がさないかもしれないじゃない」
「それは他人に迷惑のかからぬようにやってくれるとありがたいな。ではキリエ殿、騒がせてすまなかった。これで失礼する」
シャルはギルドを出て行った。来たときと同じように、騎士たちに囲まれて姿は見えない。街中に平然と生身で出て行く王女に対する、最低限の警護なのだろう。
「今のはなんだったのでしょう?」
ぼくはシャルの手が置かれていたあたりを触りながら尋ねた。
「女王が儀式の時におこなう祝福の儀を真似たものだと思います。ああいうことはあまりなされない方ですが、さすがに雰囲気がありましたね。女王に一番近いかただというのを実感しました。でも……少し雰囲気が変わられたような……ずいぶん柔らかい感じでしたね」
「いつもは違うんですか?」
「もう少し張り詰めた感じの雰囲気だった気がするのですが、表情もお言葉も力が抜けてすごくいい感じでした。それに、仕草がみょうに女らしいところがあったのがビックリで……」
「あらあ、そんなの決まってるじゃない。いい人が出来たのよぉ」
「でも、そんなに急に? ついこないだはもっと固い感じでしたよ?」
「時間なんて関係ないわよぉ。愛よ、愛。うらやましいわ。濡れて来ちゃうわね!」
「だとすると、お世継ぎ候補を授かられる日も近いかもしれませんね。女王位に一歩近づかれるわけですか」
カーライルさんの頭のおかしいコメントを笑顔でスルーできる、キリエさんのスルースキルはものすごい。だが、なんとなく照れくさい。それでいて、心がホッコリしてくるのを感じる。シャル、次にここに来るまで、どうか元気でいてほしい。
「あ、キリエじゃないの! あんたなんでギルドなんかで仕事してんの?」
キリエさん、カーライルさんとギルドの外に出ると、ベルメイリアが大声をあげた。
「ベル! あなたこそなんでこんなところにいるのよ?! 叔母さまが怒っていたわよ? あと十年顔を見せなかったら勘当だっておっしゃってたのが……七年前? あなた継承権なくなるわよ?」
えらくスパンの長い期限だが、そこはあまり大きな問題ではない。いま「継承権」とかいうベルメイリアにまったく似合わない単語が出てこなかったか?
「キリエさん、ベルメイリアと知りあい?」
「人間でいえば従姉妹の関係になります。森人族の場合は家族の単位が大きいので、親が兄弟のや姉妹なら、ほとんど家族のように扱います」
「というと……」
「わたしとベルは歳も九歳しか違いませんし、ほとんど双子の扱いですね。迷惑な話ですが」
「あんたみたいな外見だけいい子ちゃんなんか、こっちが願い下げよ!」
いろいろ難しい関係のようだが、そろそろ本題に入っても大丈夫だろうか?
「あの、『継承権』って言う言葉が聞こえたんですが、ベルメイリアってひょっとしていいところのお嬢さんだったり?」
「「ひょっとしたら」ってどういうことなのかなぁ、アン……モガッ!?」
ローラがベルメイリアの口を慌ててふさぐ。ここでは「リアン」なんだから駄目じゃん。
「なにやら意味不明のやりとりが見えた気もしますが、いいでしょう。ベルメイリアは森人族の最大の集落の長の娘です。森人族はあまり群れて暮らさない種族だったのですが、ベルメイリアの祖母が商才に長けた方で、一族が豊かになるにつれて彼女のまわりに人が集まり、気がつけば一つの集落が出来ていました」
集落って、そこまで大きいイメージがないな。せいぜい、村長って感じかな。村長の娘、っていうといきなり親近感湧くよな。
「どのくらいの人が集まったの?」
「あくまで推定ですが、森人族全体の半分を少し超えたくらいでしょうか。五百ほどの家族が集まっていますので、五千人は超えているのではないかと」
……メチャクチャでかかった。人数もそうだが、種族全体の半分とか、人族でドルニエの王の支配下にある人の割合より高い。
「そ、それでベルメイリアはどのような粗相を?」
「粗相なんてしてないわよ! あんまりうるさいことばかりいうから、家を飛び出して自分の力で生きてきただけよ!」
それがあの教会のもうけ話か? ものすごく詰めが甘い自活だと思う。ぼくはキリエさんを見た。
「お小遣いが少ないからと市井の怪しい儲け話に手を出しては痛い目にあって、叔母さま、彼女の母親の逆鱗に触れ、自宅から出ることを禁じられていたのです。どうやったのか、叔母さまが張った結界を破って外に出たらしく、そのまま姿を消したのが十五年ほど前のことでした」
ぼくはベルメイリアを見た。特になんの感情も込めたつもりはなかったが、ベルメイリアにはそうは見えなかったらしい。
「何よ、そのかわいそうな子を見るような目は!」
やっぱりそう見えたか。
「それで、ベルはなぜリアンさんと一緒に?」
「ひょんなことから、ちょっと彼女がぼくに逆らいにくくなってしまいまして」
「し、しょうがないじゃない。まさかノスフィリアリさんとテルマさんがいるなんて思わないし……」
「ノスフィリアリ様がいらっしゃるの?! どこにっ? ねえ、どこ?! リアンさんの近くにいるんでしょ!? ねえ、教えなさいってば!!」
冷静沈着にみえたキリエさんの目がハッキリと変わった。多少血走ってつり上がった目でぼくを睨みつけ、襟首をつかんですごい力で揺さぶる。しかしすごいな、タニアの名の通り方は。
「いや、ぼくとしても勝手に居場所なんかを教えると命に関わるわけで……」
「何でもするわ! 足を舐めろといわれれば舐めます! ギルドをやめて召使いになれといわれれば喜んで! 中央広場で百回回ってワンなんて朝飯前です! それとも、この身体が……?」
デジャブだ。ガブリエラ・クロワールとかいう子がリュミエラの名を出したとたんに手のひらをすっぱり返した、それに酷似している。これは使わない手はないか?
「いやまあ、少し考えさせて。アッピアからドルニエに戻ったらすぐに決めるから」
「カーラさん、よけいなことをリアンさんにさせて時間をとらせるようなことがあれば、降格も検討しますよ! いいですね!?」
「キリエちゃん、こんな子だったかしらね……」
カーライルさんは、処置なし、といった風情で首を振っている。さきほどまでキリエさんにかわいそうな子を見る目で見られていたベルメイリアは、それこそ残念な子を見る目でキリエさんを見ていた。
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