13-5 女王家の闇
女王家にまつわるドロドロが語られます。語るシャーリーがこれまた……。
「頼みというのはだな……アレックスを預かってほしいのだ」
シャーリー王女の口から出てきたのは、想像の斜め遙か上の頼みごとだった。王族を預かれとか、これはさすがに背景説明がないと簡単に首は縦に振れない。
「事情をご説明いただけますか? いらぬすれ違いを避けなければなりませんので」
「そう……だな。フォーゲル男爵はラグシャン女王国における男性の位置づけをご存じか?」
「君主の地位の継承者は女性に限られるが一般には男女に扱いの差はない、とうかがっていますが?」
「おおむね間違いはない。何人か女性当主はいるが、爵位を持つものは他国と同様に大半が男性だ。市井のものも同様。だが、女王家に関する限り、男性はいかなる権利も持つことはない。わたしの父上も『女王配』として扱われるだけで王族としての資格や権利は何も持たない。父上は母上と結婚する前は伯爵位を持っていたが、今の父上は伯爵相当の権利を持つだけの無位無冠だ」
「それは……考え方によっては結婚前よりも肩身が狭くなる、ということでは?」
「そうとも言うな。ただ父上はそれを承知で母上と結婚したのだし、わたしもそれをとやかく言うつもりは毛頭ない。ここで問題は、望まずして女王家の人間となった男性はどうなのか、ということだ」
「そこでアレックスさまの話になるわけですね?」
シャーリー王女は大きく頷いた。アレックスくんはその横でうつむいたまま話を黙って聞いている。
「女王家に生まれた男子について、フォーゲル男爵はなにか聞いたことはあるか?」
「女王国にかかわりのあった人から、適当な年齢になった時点で貴族のいずれかの家と養子縁組がなされ、女王家から出される、と。その後については、家、本人双方にそれなりの便宜が図られるため、不満が出ることはないとうかがいました」
「ほとんどはそれで正しい。いや、わたし自身、それが真実のすべてだと先日まで思っていた。女王家に生まれた男子は養子として家から出される。引き取った家には充分な便宜が図られる。また、その当人も社会に出て生きていく上で陰に陽に支援が行われる。ここまでは真実だ」
「失礼ですが、それは自分が申しあげたことと同じでは?」
「そう、同じだ。その子が社会に出て行く限りはな。だが、その社会に出て行く子の数が、養子に出される男子の数に比べてずいぶんと少ないとしたらどうだ?」
「それは……亡くなったか、何らかの理由で社会に出る適性を持たなかったか……ですか?」
「養子に出すのは赤子の時というわけではない。社会に出る適性を持つかどうかが概ね判断できる年齢だ。社会に出すつもりがあれば誰も適性のないものは引きとらないだろうが、近年そんな例はない。そして女王家の人間としてこのようなことを言うのは気恥ずかしいが、代々女王家の人間は男女を問わず見た目の美しいものが多い。多少金に汚い家が美しい男子を引き取って、ある種の嗜好を持つものが高額を提示してきたとき、その家は断るだろうか?」
話の行き先が見えてきた。そして、すこし吐き気がしてきた。
「女王家の人たちはそれをご存じなのですか?」
「誰もそれを口にはしない。表沙汰にもなっていない。ただ、わたしのような剣しか能のない女がすこし調べて行き当たるのだ。知っていると考えるのが普通だろう?」
「ええ……。ひとつ伺わせてください。女王家といえども、全員が美しい容姿を持っておられるわけではないでしょう。そういうかたは……?」
「何人かは社会に出て名を成している。その他は……出奔したり早死にしたり、だな」
それ、たぶん出奔したことになってるだけだよね?
「では、殿下が自分たちにアレックスさまのことを託されようとしたのは……」
「養子縁組の話がまとまりつつある。過去にも何度か縁組みがなされたことのある、ゆかりの深い家だ。ことごとく若いうちに姿を消しているがな」
アレックスくんは、さらに身を縮めている。普通ならこれは聞かせるのが酷なレベルの話だ。だが、本人はもうすべて知っているのだろう。
「女王家はその状況を放置しているのですか? 必ず養子に出すというしきたりを変えるとか、養子に出す先をもっと厳しく選定するとか、方法はありそうですが?」
「女王家はしきたりを変えない。代々一系の胎から生まれるというのは女王の正当性のひとつの根拠だ。男子が家に残ると言うことは王位継承にかかわりを持つということを意味する。そこをひとつ動かすと、あちこちに影響が及ぶ」
男系の万世一系というのと基本の考え方は同じか……。
「そして、養子に出す先の家の選定に、実質的には女王家は口を出せない。女王宮を支えるいろいろな勢力の利害が複雑に絡み合っているのだ。これを解きほぐそうとすれば、おそらく問題を解決する前に国が崩壊するだろう」
「アンリさん、お願いですから『そんなの間違ってる』とか言いださないでくださいね」
マイヤがぼくにそっと囁いた。要するに「勇者みたいなことはするな」ということか。ぼくだって、これがそんな単純な話じゃないことはわかっているつもりだ。
それにしても、シャーリー王女は想像していたよりもはるかに脳筋度が低いじゃないか。これほど筋道を立ててものを考えられる人が、なぜ脳筋の象徴のように言われるのか。もしかして、戦場に出ると人が変わるとか?
一瞬の沈黙のあと、シャーリー王女が言葉を重ねる。
「わたしは今の時点で女王位継承権第一位という立場にある。そのわたしが今回後手を踏んだ。つまりはそういうことだ」
次期女王でも手の届かないところで話が動いている、ということか。難儀だな……。
ふたたび沈黙が場を支配しかけたとき、来客が告げられた。ぼくも二、三度顔をあわせたことのある、シャナ王女専属侍女のセリアさんだった。
「今の時点でここが怪しまれているということはないはずです。しかし、念のために今晩中に皆様はほかに移られた方がよいでしょう。シャーリー殿下もアレックスさまも、今夜は王宮に戻られないほうが安全かと」
セリアさんはマイヤからシャナ王女への急ぎの使者で事態を察し、王女と相談の上で情報を集めて駆けつけてくれたのだ。マイヤのグッジョブだ。あとは、確認すべきことを確認だ。
「セリアさんがここに来たことで不審を買う可能性は?」
「シャナ王女は時を選ばずマイヤさまと連絡をとっておられます。そのために特別の紋をあしらった馬車も用意なされました。それを使って参りましたので、アンリさま、いや、フォーゲル男爵さまのご懸念は今は無用かと考えます」
すばらしい。腐った趣味を持つ人たちの交流にこれほど感謝したことはない。
「しかしセリア、場所を移すと言ってもどこへ? わたしにそんな場所の心当たりはないぞ?」
「このあたりであれば、いくつかわたしの懇意にしている宿があります。そこにお移りください。数日はしのげるでしょう」
「あの、セリアさん、ぼくは明日に仲間とこの近くの宿で落ち合うことになっているのですが……」
ぼくはヨーゼフが指定した宿の名前をセリアさんに告げた。
「『風花亭』ですか。すこし防犯面が不安ですが、特徴がなくてあまり目立たない宿ですし、主とは古い知りあいです。話をして参りますので、すこしお待ちください」
そう言い置いたセリアさんはあっという間に部屋を出て行った。以前に会ったときも思ったが、引きこもり王女を支えるセリアさん、できる人なんだなぁ。
ぼく、ローラ、シャーリー王女、アレックスくんは多少の変装をして「風花亭」に移動した。変装ネタはマイヤがけっこう持っていたのでよりどりみどりだった。ぼくは眼鏡とヒゲ、ローラはカツラとドレス、シャーリー殿下は男装、アレックスくんは女装だ。マイヤがあれこれ厳しく指導していた。ありがたいが、ぼくの扱いだけ雑な気がする。
セキュリティもしっかりした貴賓室は明日にならないと空かないらしく、今晩は普通の部屋を続きでふた部屋とってあった。貴賓室はハードのセキュリティだけでなく踏みこまれたときの逃走路も用意されているらしく、王室組はそちらの方がたしかに安心だろうし内密の話もしやすい。その夜は、ぼくはアレックスくんのことは前向きに検討するとだけ告げ、それぞれの部屋に散った。
二人きりになると、ローラは寝台に横になったぼくの隣で甘えてきた。ここ何日か接点が少なかったこともあり、ぼくからもいろいろ軽いチョッカイを出していたのだが、突然ぼくら二人の動きが止まる。
「姉上、今日は恥をかかせてくれましたね。ぼくはフォーゲル男爵やローラさんに顔向けが出来ません」
「アレックス、ごめんなさい。許してください」
隣の部屋から響いてくるのは王室組の二人の声だが、防音の欠如を置いておくにしても様子が変だ。あれほど凜々しかったシャーリー王女の声がみょうに弱々しい。
「ダメです。罰が必要ですね。服を脱いでそこに四つん這いになってください」
ゴソゴソと衣擦れの音がする。ぼくはローラと目をあわせ、そしてまた耳をダンボにした。ほどなく「パシィッ!」という音、そして女の声の悲鳴が聞こえてくる。肌を叩くような音はそのあとも続き、そのたびに悲鳴が聞こえてくるが、少しずつ悲鳴に艶が混じってくる。あれはもしかして……?
「アンリ、どうしたんだろう……」
ぼくにじゃれついていたローラは、隣で行われていることを理解できないのが不安なのか、すこし抱きつく腕の力を強めてくる。王族組が部屋に戻ってからショートパンツに着替えていた彼女だったが、その生足を無意識にぼくの脚に絡みつけてくる。
やがて叩くような音は止み、くぐもった女のうめき声が断続的に聞こえてくるようになった。これは出来れば触れなかった方がよかった事態だ。いろいろボーダーを踏み越えちゃっている。
だが一方で、アレックスくんを思う気持ちが見せかけだけというわけでないこともわかった。彼を守りたいと思っているのは真実だろう。それにしても、あのおとなしそうなアレックスくんがSか……。
「アンリ、お願い……。もうダメだ、ボク……」
ローラは全身を熱くしていた。胸部装甲をボクの胸板にこすりつけ、絡めた脚をモゾモゾと動かしてくる。同じく忍耐の限界を超えていたぼくは、力を込めて彼女を抱き寄せた。
その夜、続きのふた部屋からは競うように嬌声があがった。
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