13-2 エリーゼの思い
まっすぐで乙女で少し脳筋なエリーゼさんです。
ぼくとベアトがフェルナンデス家を訪ねたのはぼく単身の訪問の二日後だった。フェルナンデス夫妻とエリーゼ、ぼくとベアトが一同に会してセレモニー的に話を進めていく。フェルナンデス夫人のジュリオラ様はエリーゼの姉だといっても通るような若々しく可愛らしいかただが、胸部装甲の破壊力はあからさまに遺伝子的つながりを感じさせる。
まずぼくがエリーゼをフォーゲル家に迎えたい旨の口上を述べる。それを受けてジュリオラ様がエリーゼに気持ちを確認する。エリーゼが前向きに答えれば、ジュリオラ様はベアトに第一夫人としての考えを問う。ベアトの回答に彼女が満足すれば彼女は決断をフェルナンデス筆頭大司教に委ね、彼が最後の決定を下す。けっこうめんどくさい儀式的なプロセスなのだが、その一方で様式美を感じもする。
フェルナンデス筆頭大司教がぼくとエリーゼの結婚を認めるという決定を口にしたが、これで儀式は終わらない。両家が挨拶を交わし、夫妻がエントランスでぼくたちを見送って終わるのだ。そこまでぼくはエリーゼと言葉を交わすことは許されない。口上を交わした部屋を出るときにベアトがエリーゼの耳もとでなにか囁き、エリーゼも軽く頷いたが、大目に見られるのはその程度だ。
フェルナンデス家を出ると、ベアトの指示で馬車は「エスカイヤ」に向かう。ぼくも、少しお茶でも飲みながら羽を伸ばしたい。うちのラウンジでもじゅうぶんだが、気分を変えるのも悪くない。まったくベアトはいろいろと気が回る。
「アンリくん、頑張ったね。先週も思ったけど、想像していたよりうまく場を乗り切ってる感じ。やっぱり要領がいいのかな?」
「要領がいいって言うと、褒められている気がしないよ」
「でも、学舎にいるときからそうは思ってたのよ? 成績はたしかにわたしの方がよかったけど、わたしは精一杯なのに、アンリくんはまだ全然余裕があるみたいだったもの」
「あのときの剣術と魔法以外は、ベアトだって平然とこなしてたじゃん」
「あれはホントに大変だったの。でも、あの経験がなかったらアンリくんとこうして一緒にいなかったかも知れないんだね?」
ベアトはそう言って、軽く躰を寄せた。抱き寄せてキスを、と思ったが、ロザリーがいるからそれ以上は自粛しておく。
そうこうしているうちに馬車が「エスカイヤ」に着く。馬車を降りたが、ベアトは乗ったままだ。
「どうしたの?」
「わたしは先に帰るね。エリーゼさんとゆっくり話してきて」
「え? え? どうして今?」
「エリーゼさんはもしかしたらアンリくんが旅から帰ってくるまでアンリくんとお話しする機会がないかもしれないでしょ? そんなのかわいそうよ。わたしは家で出発までまだお話しが出来るのに、平等じゃないわ」
相変わらずの気配りだった。ぼくは感謝しつつ店に入る。ベアトには、フェアであるところにものすごくこだわる部分がある。それは間違いなく美点だけど、もう少しワガママを言っても許されるよなぁ。
四半時ほどしてエリーゼがやってきた。先ほどは白のセミフォーマルなドレスだったが、今はちょっとカジュアルな深いツヤのある紺だ。今まであまり見なかった色合いで、けっこう新鮮な感じがする。きらきらと光を反射する胸元がいつもにも増して存在を主張して危険である。
「お待たせしてしまって申しわけ……あら? ベアトリーチェさんはお席を外していらっしゃる?」
「ベアトは先に帰ったよ。エリーゼとゆっくり話してきなさいって」
「そんな……わたくしってば、ベアトリーチェさんには、最初からお気を使わせてばっかり。どうお返ししたらよろしいのかしら……」
エリーゼは思い詰めたような表情になった。真面目で素直な彼女は、本当に何かでベアトに恩返しをしたいと考えているんだろう。
「そんなこと、ベアトは望んでないと思うよ。自分のしたことをエリーゼが喜んでくれたら、それで充分なんだと思う」
「ホントに……わたくし、どこまで幸せなのかしら。初めて好きになった殿方がアンリさんで、そのかたのおそばにいることを許していただいて、奥様がベアトリーチェさんのようなすばらしい方で、リュミエラ様やローラさんもいらっしゃって……」
その最初はぼくは自信がないのだけど……言葉にしたら、ぼくを選んだエリーゼへの侮辱になるのだろうな。ぼくに出来ることは、彼女に後悔させないように出来ることを精一杯やるだけだろう。それに、形の上だが、彼女はぼくとのギブアンドテイクを理解してくれている。彼女がぼくを利用しやすいように気を配ってあげればそれでいい。
少しの雑談のあと、ぼくはエリーゼにまもなくひと月ほど旅に出ることを告げた。まだその目的についてはハッキリ説明することは控えておく。
「そうですの……口惜しいですわ」
「口惜しい? どういうことかな?」
期待していた、というわけではないが、「淋しい」という反応を予想してた。少し言い回しが違うというような話でないことは、エリーゼが本当に残念そうな表情になっていることからも明らかだ。
「わたくしがもっと強ければ、もしかしたらアンリさんはわたくしを妻としてでなく、旅の仲間として考えてくださったかもしれませんもの」
「で、でもエリーゼが無理に危険に飛び込む必要はなくて……」
「いいえ、わたくしはもともと聖騎士としてお役目を果たすことを目指してきた身。こんながさつな娘では、ベアトリーチェさんのお手伝いをしようとしても足を引っ張るだけですわ。わたくしの出来ることは、ベアトリーチェさんの手が及ばないところでアンリさんを支えることです。それとも、こんな考えはご迷惑かしら?」
いや、全然迷惑じゃないよ。一緒に旅が出来ればそれはすばらしいし、それとは別に実際に手が足りていないという問題もある。それに、「がさつ」なんてとんでもない。一度もそれに類する印象を持ったことはないし、むしろ戦う装いでも気品を失わない、お嬢さまとしても一流な子だと思うのだが。
「エリーゼの気持ちはわかったし、ありがたく受け取る。一緒に旅に出る時を楽しみに待ってるよ」
「そのお言葉で勇気が湧いてきますわ。じつは、ローラさんに二度ほどお手合わせをいただいて、自分はまだまだだということも思い知らされましたの。ようやく『見習い』がとれたばかりの身ですけど、もっと頑張りますわね」
エリーゼは「ムンッ」という感じで両の握り拳に力を入れて見せた。とても愛嬌のあるポーズだが、それにつれて動く胸部装甲の揺れ方が愛嬌どころではない。どこにトラップがあるかわからないこの子は本当に危険だ。もっとも危険なのは、そんな男の動揺に完全に無頓着な彼女の邪気のなさだろう。
それと、気になるのは「『見習い』がとれた」というところだ。詳しいことを知っているわけではないが、騎士団で「見習い」がとれるのはだいたいの場合早くて一年後だ。リシャールもまだ近衛騎士団の「見習い」だ。騎士団全体のレベルにもよるが、早くないか? 家柄が影響している可能性もないとは言えないが……。
「エリーゼ、もう『見習い』がとれたの? すごいね、それ」
「いえ、わたくしなどまだまだ力不足の身。きっと、父や祖父の目を忖度された方がいらっしゃったのですわ。そういう目でわたくしを見る方がいる、ということもわかっていますの。でも参加できる訓練が違って参りますし、強くなるために得るものは大きいですから、気にしないことにしたのです」
わかっていて気にしない、というのはすばらしい。利用できるものはするというこの考え方が、逆に親の七光りだけではないと感じさせてくれる。決して「祖父の七光りもある」とかそういうボケではなく!
「ちなみに、エリーゼはローラの出自を知っている?」
「いえ、存じていません。どこかで正規の訓練をされた方だろうとは想像しているのですが……。わたくしなど遠く及ばない高みにいらっしゃって、お手合わせいただいた二度とも手もなく封じられてしまいましたわ」
「ローラはね、ギエルダニアの騎士養成学校で二回飛び級して、十三歳で近衛騎士団に任官されたホンモノの逸材なんだよ。訳あって一年後に騎士団をやめてから冒険者として経験を積んでいて、実戦経験も充分だしね」
英雄云々は今は言わないでおこう。
「まあ、道理で自由自在に踊っている剣に美しさがあると思いましたわ。そんなすばらしい方と手合わせいただけているなんて、わたくしは幸せものですわね。ますます気合いが入って参りました!」
エリーゼは、あの見た目年齢を大きく下げる満面の笑みで嬉しそうに言った。この子、強くなることに貪欲だなぁ。ぼくのために強くなりたい、という気持ちが原動力なのだろうけど、それでもちょっと脳筋の域に足を踏み入れてる?
「帰りの時間は大丈夫?」
それから半時ほど、ぼくとエリーゼはとりとめもない雑談をした。本来ぼくたちは会っているべきではない段階だし、フェルナンデス筆頭大司教もわかっていて目をつぶってくれているのだとは思うが、あまり時間を引っ張るのも良くない。
笑顔だったエリーゼが、急に淋しそうな表情になった。
「ええ、そろそろ……」
「ぼくは勝手に帰るから気にしないで。都合のいいときに……」
「あの、アンリさん、はしたないお願いをしてもよろしい?」
「なに?」
「ここを出る前に、少しの間……隣に座らせていただいても?」
この部屋の椅子はゆったりと作ってあり、二人くらいなら余裕で座れる大きさだ。
「もちろん。もっと早く言ってくれてたらぼくも隣にエリーゼがいてくれて嬉しかったのに」
エリーゼは真っ赤になりながらも笑顔を浮かべてぼくの隣に腰を落とす。
「もっと早くこうさせていただいていたりしたら、ドキドキしてあまりお話しが出来ませんでしたわ」
彼女はそう言って、ぼくに体重を預けてきた。少し熱くて柔らかいエリーゼの腕がぼくの腕に押しつけられる。腿のところに置かれたその手に触れると、彼女はぼくの手を取って指を絡め、もう一方の手のひらでぼくの手を包んだ。ギュッと指に力を入れると、彼女も握り返してくる。そして、ぼくの手を包み込んだまま、胸の前にそれを持っていって押し頂くようにした。ホゥッと艶めかしい吐息をもらし、手を腿に戻して頭をぼくの肩にもたせかける。ぼくは、彼女のアゴにもう一方の手をかけてこちらを向かせ、軽く唇を重ねる。「ンッ」という小さな呻き声がした。
突然エリーゼは何かをふりほどくように首を左右に振り、飛び跳ねるように立ち上がってこちらを向く。顔は真っ赤だ。
「アンリさん、それでは失礼しますわ。次にお会いできる時を楽しみに待っております」
彼女は早口でそう言うと、引き止める間もなくドアを開けた。そして立ち止まる。
「次はもっと……」
それだけ言って、廊下の向こうに消えていった。
正直にいって名残惜しかった。だが一方で、これで良かったとも思う。チョロッと触れた胸とか腿とか、はっきり言ってヤバかった。自制心の限界まであまり距離がなかったのを感じている。
(早く彼女も屋敷に迎えられるよう、ちゃんと準備をしないとな……)
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